将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:天朝様

1302200113022002  ひさしぶりに福地源一郎が登場します。彼は伝馬町にパクられていたということです。この挿絵が源一郎なのです。

 羽織袴は汚れくたびれ、月代は浪人のごとく伸び、すっかり面窶れしているのですぐに誰とはわからぬが、よくよく見れば紛うことなき福地源一郎である。

 この源一郎がえらく怒っているのです。田島小源太がなんなく「源一郎の腰から造作もなく脇差を抜き取った」という。源一郎は刀なんか(ここでは脇差ですが)使えないのですよ。

「このなりを見たまえ。僕はその伝馬町の牢獄に、かれこれ一月近くも放りこまれていたのだ」

 そうなんだ。これから福地源一郎は新聞も大いに出していきますが私が浅田次郎「黒書院の六兵衛」(264)で書きましたように、

「そんなことだから、あとでパクられちゃうんだよな」と私は言います。いや逮捕されても、そのあとが問題です。今も、朝日、読売はありますが、福地の新聞はないではないですか。

と思うのです。
13021909 さて、この源一郎が前回浅田次郎「黒書院の六兵衛」(274)で勝安房が言ったことで、「天朝様がご勅遣の物見役」ということになっているのです。
 これであっさり源一郎がそれを簡単に覆してくれるかなあと期待します。

1302190113021902  今ただ座っているだけの的矢六兵衛に、大村益次郎も勝安房も加倉井隼人も頭を悩ませます。そしてとんでもないことを思いつくのです。

「ここだけの話だが、勝さん。お公家衆は軍勢を持たぬかわりに、武家方が思いもつかぬ策を弄する。これまでにも、どれだけ手をやいたか」

 そうですね。南北朝の争乱では、南朝方は軍勢を持って実際に戦ったからいけなかったのかもしれません。『神皇正統記』を書いた北畠親房を思い出しました。常陸の国で戦いの中、籠城戦の中で執筆されていたのですが、どうにも内容は肯けません。
 そして私は500円札の岩倉具視の顔もも思い出していました。この小説にも出てくるのかなあ。
 勝安房が言います。

13021812「・・・・・・、天朝様はわずかご宝算十七の御砌(おんみぎり)ながら、英明覆うものなしと聞き及ぶ。ならばご宸念(しんねん)もてあの侍を江戸に下向させたとしても、ふしぎはあるまい。あら、どうしよう。・・・・・・」

 何が「あら、どうしよう。」だ、なんて気にもなります。(あ、私は勝海舟が好きではないのです)そんなことあるわけがないだろうと思うわけですが、それは今の私です。
 こう思うのも仕方ない気にもなってしまいます。

1211190112111902 なんだか、この津田玄蕃という旗本が気の毒になります。

 侍は名乗ることも忘れるほど呆然としていた。まさか御城が官軍に封じられるとは、考えてもいなかったのでさろう。

 この挿絵にあるのは、ここが埃だらけなのを示しています。思えば、この時はもう江戸幕府なんて、この埃ばかりだったのでしょうね。

 事情はようわかった。・・・・・・。むろん登城したところで、挨拶をするべき上司はいない。逃げたの消えたのと、どの口が言えよう。

12111812 でもやがては、この津田玄蕃もすべてを知るのでしょう。気の毒だなと思います。こうしたことはものすごくたくさんあったのでしょうね。
 これでこの旗本はどうするのでしょか。それにこの侍は的矢六兵衛を、いや新的矢六兵衛をどう語ってくれるのでしょうか。

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