将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:娘二人

11060912 娘二人が正月元旦と二日は一緒にいたのですが、二人とも2日の初詣のあと、彼氏の実家に行ってしまいます。彼氏の実家では、二人を可愛がってくれるのはいいのですが、私はなんだか寂しくなります。
 私は二人にいつも言っています。「お前はうちの子なんだからね」。
 可愛がってくれるのは嬉しいし、相手のお母さんもお父さんもみないい方でいいんですけけれど、なんだか少し不満です。
 偶然二人の娘の彼氏のところは、男二人の兄弟なので、女の子が来ると嬉しいのでしょうね。とくにお母さんが嬉しいようです。私は彼氏に娘を取られるのは仕方なのですが、なんだかそのお母さんに取られるのが少し悔しいのです。実に娘とそちらのお母さんは、いつも仲好くしているようです。まあ、女同士で愉しいんでしょうね。
 この二人の彼氏のところから、いつもいろんなものをいただきます。でも私が嬉しいのは、長女の彼氏のところからは、ワインを、次女の彼氏のところからは、日本酒を頂くことです。そしてこれが、実にいいお酒です。
 私は、なんだか娘が相手のお母さんに取られそうに感じることは、寂しいのですが、これだけいいお酒を贈られると、もうなんだかおかしくなります。「こんないい目に会えるのなら、いいのかな」なんて思ってしまうのですね。お酒を贈られて、お礼の電話で話すときに、なんだかそのことを自白しそうになって、「これはまずいな」といつも自戒している私です。

11060506 娘二人は、ちょうど成績付の時期で大変なようです。私は2日飲み続けて、ひさしぶりに7日(日)に帰宅すると、二人とも自宅にいました。それで二人でいろんな話をしています。
 実は、姉のおはぎの東京都文京区の生徒だった男の子が引っ越ししまして、偶然妹の学校のしかもブルータスのクラスに転入してきました。この子が大変に面白い子のようです。二人は、この子のことをずっと話しています。私も妻もその話を聞いているのが大好きなのです。
 今の生徒たちは、面白いですね。なんか、みないろいろな意見を自在に主張できるようです。いや、うちの子どもたちが小学生のときもそうだったのかもしれません。でも、私が子どもだったときのことを考えると、「俺たちは違ったよな」なんていう思いになります。なにしろ、私たちは人数が多かったから、何も意見を言えない子たちが大勢いたように思います。1クラスが少なくても57、8人いたのが私たちの世代でした。
 それと今は、「こういうふうに意見をいうほうが正しいのだ」というようには指導しないのがいいですね。ただ、さまざまな意見をみなが述べ合って、意見をたたかわすのはいいことだということははっきりしているように思います。
 二人の話を聞いていると、私もそのすぐそばへ行って、話を聞いて、そしてまた私も自分の意見を言いたい気持になります。きっと愉しいことでしょうね。
 娘二人が羨ましいです。

11051503 娘二人は、学校は夏休みになったのですが、なんだか忙しいようです。毎日学校へ行っています。研修もあって、それでもあちこちへ行っています。
 このところ自宅に、次女のクラスの生徒からいくつもの葉書や手紙が来ています。どうしてかなと思ったら、担任クラスの生徒全員に手紙を出したようです。それが一人一人あてにそれぞれ書きまして、これは子どもたちはさぞ嬉しいだろうなと思いました。イラストが入って、彼・彼女の一学期での様子が書いてあります。私が仕事で、事務所に泊まった夜にパソコンで作っていたようです。だから私は知りませんでした。
 生徒たち一人一人に手紙を書くというのはいいですね。私も反省しました。各クライアントの社長や社員の方一人一人に手紙を出そうかな。やっぱり私の場合は、メールになっちゃうでしょうね。

1105082011050901 5月8日の母の日に、娘二人が私の妻に贈ったお花です。左が長女おはぎ、次がブルータスの贈ったお花です。
 ブルータスのは、午後4時頃届きまして、そのあと、妻と二人で長女の家に行きましたら、孫3人とも楽しい時間を過ごしたのですが、この花が長女おはぎから贈られました。
 もちろん、ブルータスの娘じゅにちゃんのこともいっぱい思い出しました。
 今もこの二つの花は元気に見られます。

11040409 いやはや寒くなりました。娘二人は、ブルータスは帰ってきますが、姉のおはぎは帰ってきません。土日も学校に出て成績つけをやっているようです。図工の全員の成績を絶対評価でつけるわけなので、時間がかかるようです。
 ブルータスからは、見ている男の子のことをよく聞きます。

   ぶるぶる日記   2002/12/05(木)毎日感動してしまう

 彼が、給食を全部食べられるようになったといいます。もうものすごく嬉しかったようです。A君は偉いなと思います。
 実は当のブルータスは小学校低学年の頃は、嫌いな給食は、みなわざと机から落していたようです。自宅でも、嫌いなものを押入れの中に流していたりしていたものでした。手ごわい子どもだったなと思い出します。それが今は先生として懸命にやっているんだなと思います。
 給食でもなんでも、無理強いするのはいけないけれど、粘り強く努力することを教えていくことはいいなあ、感激することだなと思います。

11030521 娘二人が11日に、「母の日に」と言って、お花やケーキやいろいろなものを妻のために買ってきてくれました。それだけではなく、私の義姉にも、祖母にも買ってきてくれました。娘たちにとっては、義姉も祖母も自分たちを育ててくれた母の一人なのです。みな喜んでくれまして、そしてちょうど祖母の家には、従姉妹が息子二人を連れてきていたので、みなでまた愉しいひとときでした。でも娘はいいます。私は答えます。

  おはぎ「父の日は何もないと思うよ」
  ブルータス「どうせパパは、何もいらないのでしょう」
  周「え、だからサ、ビール券をくれよ!」

 なんかいつも同じだなあ。

10122708 もう仕事が終わりません。昼間はどうしても、あちこちへ行ってしまうので、こうして夜が事務所での仕事になってしまいます。
 長女のおはぎも、次女のブルータスも学校の試験の季節です。それでいつも私にいろんなことを言ってきます。

 おはぎ「パパ、エジプトでの旅行客が襲われた事件を教えて」

 これは、新聞記事をダウンロードして解説。試験でもうまく書けたといいます。

 おはぎ「パパ、岡倉天心の本ない? 試験に出るんだ」
 周「あるよ、ほら『茶の本』と『東洋の理想』だ」

 しばらくして

 周「でも、どうせ読まないだろう。漢字が難しく読めないだろう」

と言って、私が柏市民ネットに過去UPした「茶の本」の書評を印刷して読ませます。そして私が解説しました。たぶん、「美術史の先生の意図はこうだから」と、私は考えて、それに沿って話します。結果は、ばっちり「うまく書けた」といいます。
 ブルータスはそれこそ、なんだかすべて私ですまそうとします。けっこう私が柏市民ネットで書いてきた本の書評が役にたっています。
 それで、きょうの朝、

 ブルータス「きょう、早く帰ってきて。おじいちゃんの戦争の話を教えて」

というのです。なんでも「身近な人に戦争の思い出を聞いてきて」ということで、それを書くことが出題のようです。
 だが、私はこのとおり、帰宅できませんでした。

 妻「どうせ、パパがまたおじいちゃんの戦争のことも、パソコンで書
    いているんじゃない」

なんて言いますが、私にはその構想はあっても、まだやっていないのです。
 それでやっぱり、会社で仕事ということになって、電話でブルータスとおじいちゃんの戦争体験の話をしました。
 そうすると、次におはぎが電話に出て、

 おはぎ「パパ、ルソーの『エミール』、うちにない?」

と言います。またきっと私が手品のように印刷したものを出してくると思っているようです。

 周「うちにはないよ、あの本はつまんないんだよな。だいたいにサ、ル
    ソーっていいかげんな、悪い奴なんだよ」

と言って、私はルソーの顔を思い浮かべ、さらに「告白録」の最初のほうの、ルソーが子どものときに、いたずらをすると、若いお手伝いさんが、彼のお尻をぶつのをそれが快感になった、わざといたずらしていたら、そのうちに彼女のほうが気がついて恥ずかしがってやめた、なんていうエピソードを思い出していました。(一応言っておきますが、私はこのエピソードでルソーを悪い奴と言っているわけではありません。「自然に帰れ」とかですね、「人間不平等起源論」とか、いろいろとロクでもないと思っているのです。いやいや、もっとありますけれどね)

 周「でもでも、そんなこと答案に書いちゃ駄目だよ。書くと点とれな
    いよ。結局フランス革命というのはサ、ルソーの啓蒙主義と言われ
    る………」

と話し出しました。
 なんだか昼には、ゴルフ関係の会社へ行って、モデルクラブ等々のモデルとの契約関係のこと(源泉所得税の取り方がどうたらとかいろいろ)を話していました。また電話で、ある非常な問題が起きてしまった(でももうどうやら収束に向かっていますが)会社のことの、解決策をいろいろと話しました。そしてまた、ある女性のために、私が代理人になって、内容証明郵便を出しました。そういえば、朝は損保のことで動いていたな。
 落ち着いて仕事やっているはずなのだけれど、こうしてまた娘との愉しい話になってしまいます。

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「大人の皆さんへ:(3)フィルタリングは理由の説明を」 への目森さんからの「大人になったらわかる事」というトラックバックがありました。

 直接だと、反論のような感じになると困ると思ったので、話題に参加という形をとらせていただきました。

 その目森さんの気持が嬉しいです。そして、「でもでもさー……」とちゃんとした応えにはならないけれど、応えるように思います。
 いえ、私はときどき目森さんとは、電話で話しているのです。でもその話をするときにも、私はなかなか本気で話せているとはいえないのではないかなあ、と自分を思っているものです。

 子どもに「どうしてアダルトサイトを見ちゃいけないの?」と聞かれたら、私は「そのうちわかるよ」と答えると思うのです。
 今はわからなくても、そのうちに、ちょっと時間がかかるかもしれないけれどわかる事というのはあるから、今すぐに何でもわからなくちゃいけないという話はないのだと、そんな事を言って来たし、言うと思います。
 セックスだ、愛だという話は、間違ってもしません。

 そうねえ、私は娘二人とはずっと親であったわけで、思えば、いろんなことがありましたね。二人とも、最初の彼とつき合い、やがて別れてしまったことも知っています。でも私なんか、娘のことはちゃんと知ってはいないのですね。娘二人には、「どうせパパは判っていない」と思っていることでしょう。そうですね、私はいろいろとたくさんのことが少しも判っていないのです。

 人を傷つけたりといった、人に対する向かい合い方は、フィルタリングの話ではなくて、親子関係の話ですね。しかも、無意識のところの話です。携帯やフィルタリングが必要な年頃になってしまっては、もう、ほぼ取り返しのつかない形で子供に伝わり、無意識に実感されているところです。
 問題なのは、禁止されているのか、本当は禁止されていないのかがわからない、矛盾した状態です。ダブルバインドというのでしたっけ?
 言葉では愛情を口にしながら、無意識では疎んじているといった事があると、親のそうした状態に、子供は混乱し、傷つきます。
 その傷が、形を変えていじめや暴力、自殺に結びついて行くと考えられます。

 思えば、子どもには、そういう親の態度が一番大きな影響を与えるのでしょうね。

 ただ、私は二人の娘が実によく育ってくれたと思っています。このことは実に嬉しいことです。そして、今度は孫の番です。娘のやることに、私は親として当然に協力し、手を貸していこうと思っています。

 子供に対して、うまく、格好よく行かなくて困りながら、むにゃむにゃと誤魔化しているような、できるだけ向かい合っているような・・・正直なところで相手をしていればいいのだと、それしかないんじゃないかと思うのです。

 うん、思えば、そういうふうに私はずっとしてきたような思いがあります。ただただ、むにゃむにゃとして来たようなものですね。はっきりしたことはいつも言い切れていないのです。今後もこれでいいのかなあ。
 なんとなく、今の自分の姿勢に不満ですが、でも今までは、まんざら間違えたことをしたわけでもないかなあ、なんて思っているところです。

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0d616a47.jpg 私のこのサイドバーの年賀状をクリックすると、私の家族の過去の年賀状をすべて見られます。いや今頃になってやりました。昔から見ていくと、私の娘二人がだんだん大きくなっていくのがよく判ります。

 私の父や母、義父も亡くなりましたが、娘二人は結婚し、長女おはぎには、子どもが二人できました。だから、これからもだんだんとにぎやかになるのです。
 私は娘が二人でした。その娘に、とってもいい彼ができて、そして私には二人の息子になってくれたのです。
 そして今は二人の孫がいます。今年こそ、私の次女にも赤ちゃんがほしいです。
 孫の最初は、男の子でした。私はこの孫と早く温泉で、赤ふん姿でいます。それが実現したら、二人で赤ふん姿で写真をとって、ここで披露しますね。

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 義母から私の娘二人への手紙ナミちゃんが次のコメントをくれました。

1. Posted by なみんと    2008年06月30日 10:59
周さん〜おはようございます。
今日も梅雨空ですね。庭の紫陽花<周さんが嫌いな紫陽花です・笑>の色が冴えて綺麗です。
。。おばあちゃまからの可愛いお孫さんへのお手紙は優しい愛に溢れていますね。美しい字で書かれたお手紙。。宝物ですね。文章を通してお孫さんへの想いが伝わってきます。

 どうもありがとうございます。いえ、私は紫陽花が嫌いというわけではないのですが、なんとなく私が昔住んでいた家では、私とは相性が合わなかったというような思いですね。
 きょうも歩いたところでは、いくつも紫陽花を見ました。でもデジカメを向けることはなかったですね。
 私はどうして、このような手紙をスキャンしたかといいますと、もう私の家は大変なことになっているのです。もうこういうものがしこたまあるのです。手紙も写真もたくさんあります。ネガフィルムなんて半端な数じゃないですよ。
 だからね、こういう手紙はスキャンして、デジカル化して、もう本物は捨てるのです。もうそうしないとすべてがかたづきません。
 たとえば、どうみても大事そうな手紙・葉書とか、写真は、誰のものだと判断して、次女のものなら、郵送しています。
 あのですね、例えばクリスマスプレゼントでもいいのですが、もしも1年に平均10個のプレゼントをもらって、28、9歳になったとしてみると、それはもう大変なことですよ。それでクリスマスでなく、誕生日もその他もいろいろとあるじゃないですか。もうかたづかないこと夥しいものです。
 写真もデジカメはいいです。紙焼きもネガもポジもなにもないですから。それでなるべく削除して、どうしてもというのはインターネット上のどこかへ蓄積しておきます。私のあるクライアントで、仕事上で、その仕事をやった写真を何年間保存する義務のあるところがあるのです。絶対に見ることにないどうでもいい写真です。
 それで最初の最初は、フロッピーに入れていました。そのうちに、ハードディスクに入れ出しました。でも莫大です。そして、「どうしたらいいだろう?」というので、インターネット上で無料のところに保存するようにしました。だから多分、アリゾナか南米がどこかのハードディスクのどこかに保存されているのでしょう。そして永遠に誰も見ない写真です。
 私たち個人の家も、どんどんとあらゆる資料が死蔵されているだけです。とにかく、廃棄だけしてゆきます。

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f5300183.jpg 娘二人は、次女が大学を卒業して、東京都の教員の臨時採用になった2002年4月から東京豊島区駒込にアパートを借りて住みだしました。長女は、その一年前から文京区の教員になり、次女も文京区の臨時採用の教員になったからです。それで駅で言うと、長女は巣鴨、次女は千代田線千駄木駅の小学校でした。
 それでもう我孫子から通うには大変なので、どこか探すことになりました。それで、実にあちこち探しまして、最後に豊島区駒込のアパートを見つけたものです。それまで、実にたくさんのアパートを見て歩いたものです。
 次女は翌年、千葉県柏市の教員になりましたから、自宅へ帰ってきて、長女は一人で住み始めましたが、そこで結婚することになりました。
 その駒込のアパートの鍵が私の我孫子の自宅を整理していましたら、あるものの中から出てきたのです(この鍵は娘二人のものではなく、私たち夫婦に預けられたものでした)。それで、私は昨日そのアパートの大家さんに手紙を書いて、その鍵をお送りしました。実にいい大家さんで、二人の娘を実に大事にしてくれました。次女も結婚して、長女には長男ができたことも、手紙に書きましたから、喜んでくれていることと思います。
 でも私もこの娘の駒込のアパートに何度も行ったものです。駒込は学生のときからよく知っていた街ですから、どこも実になつかしい思いがしていたものでした。
 あの大家さんのことを思い出しました。若い娘二人の部屋になるので、心配して部屋の名前を父の私の男の名前を書いていてくれたり、いろいろと気にかけてくれていました。思えば、私たち家族も大勢の方にたくさんのお世話になってきているのですね。たいへんに感謝するものです。そしてまたその感謝する気持を、大勢の方に還していかなければなりませんね。
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 私は1992年4月から「柏市民ネット」というパソコン通信に参加していました。そこでさまざまなことを書いていたわけですが、教育に関することについては、「あげあしとり」という題名の連載を続けてきました。
 最初は、私の書くRESに関して、「それはあげあしとりじゃないか」といういわれ方をしたことがあり、それが非常に気にいってしまい、この題名で続けたものです。
 この「あげあしとり」で書いてきた内容の多くは、現在

   http://www3.xdsl.ne.jp/~hana/  目森のページ

にあります「レターズ」(これは「ティーンズロード」という雑誌に連されていたものの一部です)に関したものでした。私は目森一喜さんと同じように、ただただ涙を流し、怒りを覚えながら必死に書いていたように思います。また新聞等々で見聞するさまざまな教育での問題についても、これまた書いてきました。その過去述べてきたことを整理して掲載しているのがこのページです。
 今後も教育に関して、考え感じることがあったときには、ここにUPしてまいります。(2002.04.15)

   http://shomon.net/kyoiku/age.htm  あげあしとり

 それにしても、このところこのUPが滞っているなあ、と反省しています。もう孫のできた私ですから、またさらに「教育について書いていくべきだよなあ」なんて考えているところです。
 ちょうど私の娘二人の相手も教員ですから、たくさん話すことがあります。こういう家族になれたことは嬉しいです。
 そしてさらに私の孫たちがいろんなことをしてくれるでしょう。また孫の世界にも私に大きく拘わっていくようになるんだろうな、と考えています。

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b5db8b8f.jpg きのうの夕方の事態のことを、私は妻に話す。妻は「私が毎回早めに帰るようにしたほうがいいのかな」といいます。でもそうはいかないのは自明のことだ。やはり二人で交代にやるしかないのだ。義母は私にとっても大切な母なのだ。
 でも、やはり娘である妻は、自分の子どもだが、私は違うのだろうかと、少し悲しくなる。でもでも、「わが家」のお便り帳を見ると、私のことも息子と思ってくれているようだ。そんなことを見ると、なんだかとても嬉しい。嬉しくなって、また困惑して………、この繰り返しだ。
 それと思うのですが、自分の子どもが女の子二人でよかったな。これが男の子だと、きのう夕方の長女のようなふるまいができるのだろうか。娘二人は、私に大変に厳しいが、二人の祖母には、大変に優しい。あ、これは俺がいけない人なんだなあ。
 なんとしてもやりぬいて行こう。あ、きょうも自転車で走るぞ。
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