将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:存在倫理

11102302雑誌名  群像 2002年1月号
2002年1月1日発行
発行所  講談社
定価   1,020円

 すぐ購入して読みました。ただ、私にはこの「存在倫理」という概念がまだよく理解できません。もう少しなんどか読んでみます。

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 このかんがえを最後のところまで突きつめていくと、存在あるいは存在根拠というのが問われてしまう。その問われた場合には、つまり自分と外とのかかわり、他者との関係とか時代との関係といったあらゆる関係がぜんぶどこかに集約されて、集約されていながらその区別はきちっとついているという状態が、ぼくらが現在望み得る人間力としての最後の問題なんだとおもいます。だけど「終え前できているか?」といわれればとんでもない話で、しばしば逸脱している。
 そのことは自覚したうえで、でもそこまで集約できれば、それは現在であるかぎりは最後の問題がそこに集約されてしまう。そしてそれは一種の存在することの問題に帰着してしまう。そこまでうまくいけばいいわけだけど、いけないないのが今の状態なんです。かんがえだけでも、あるいは精神だけでもそこまでいきたいといっても、いまとってもいける根拠がない。
(『還りのことば』2006.5.1雲母書房「記<空隙>より出る言葉」」)

 この最後の問題が、「存在倫理」だという。だが今の私には、とても判断理解できていないことである。吉本さんは、「なかなか難しいことになっている」と言われているが、私には、まず理解することから難しいことです。ただ、「こんなことなのかな」という思いだけはあるのです。だが、やはり自分の言葉では説明できないことにいらだってしまうのです。

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