将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:孫

10121809 私には、二人の女の子、長女おはぎ、次女ブルータスがいまして、二人とも結婚しています。その二人には、子どもがいまして、長女おはぎには、長男ポコ汰(満3歳)、長女ポニョ(満2歳)、次男ポポ(満0歳)がいます。次女ブルータスには、長女じゅに(満0歳)は生まれてちょうど1カ月です。
  ここのサイドバーには、以下が置いてあります。

ポコ汰はいくつになったの?
ポコ汰は1月3日生まれ
3歳11ヶ月16日♪
★4歳の誕生日まで15日★

ポニョはいくつになったの?
ポニョは8月2日生まれ
2歳4ヶ月17日♪
★3歳の誕生日まで226日★

ポポはいくつになったの?
ポポは生後7ヶ月8日♪
★1歳の誕生日まで143日★

じゅにはいくつになったの?
じゅには生後1ヶ月ちょうど♪
★1歳の誕生日まで335日★

 これが日々変化していくわけです。

 それで前にも書いたはずなのですが、探しても見つからないので、また書いてみます。 この子どものさらに子ども、つまり孫を可愛がるのは、人間しかいないのです。動物でもいわば昆虫でも、自分の子どもは可愛がりますが、そのまた子ども、孫を可愛がる存在ではないのです。人間だけが、自分の孫を可愛いと思い、可愛がることができるのです。 私の家では、秋田にいるときから、秋田犬を可愛がってきました。そのあと、札幌、名古屋(ここは、南区、千種区、北区と住みました)、鹿児島、横浜、我孫子と秋田犬を飼いましたものです。全部で百頭を超えているでしょうか。秋田犬ばかりでしたが、名古屋の千種区、北区では洋犬も飼いました。
 秋田から、札幌、名古屋、鹿児島と飼っていたのは、剣光号という実にいい犬でした。この犬が、秀峰姫という美しい雌犬と夫婦になり、何度も子どもを産みました。
 思えば、札幌の雪の中でも転げまわる子犬たちをよく覚えています。名古屋の3カ所の家でも、いつも5匹生まれてきていた秋田犬の子どもたちを思い出します。
 鹿児島では7匹の子犬が生まれて、もう大変なものでした。秀峰姫という犬は、実に美しい犬だったのですが、子犬たちが少し大きくなってくると、自分の乳房を求めてくる子どもたちを嫌がります(実は子犬はそのうち歯が生えて、その針のような歯で乳房を噛まれるのが嫌なのです)。
 だからそうなると、子犬たちには、怖いお母さんになります。そうすると、子犬たちは、お父さんの剣光号にまとわりつくようになります。いざとなれば、喧嘩の強い剣光号でしたが、この大勢の子犬たちには、参っていました。5匹から7匹の子犬がみんなでお父さんのしっぽをかじったり、耳をかじったりするのです。
 いつも「お母さんは、怖いな、ヨーシお父さんのところへ行こう」となると、もう最初は鼻の先で押しつぶしたりしてじゃれていますが、そのうち必ず子犬たちから、逃げ出していたものです。
 でも、それでもどうしても孫犬との出会いは私はまったく見ていなかったわけです。
 この剣光号は、近所の野良犬をいわば手下にしたりするところがあり、実に親分肌でしたが、自分の子どもの犬も可愛がりましたし、名古屋で飼っていた洋犬も実によく可愛がりました。この剣光号の背中に乗っている、ベアとケリという夫婦の英国コッカスパニュールの姿を思い出します。
 でもでも、私は剣光号も秀峰姫も、自分の孫を可愛がる姿は見ていません。

 おそらく犬には、自分の孫と触れ合うような機会はないのだと思います。それは動物以外の昆虫等にも言えるのでしょう。
 でも私は、人間でも、この日本を見ても、中国を見ても、欧米を見ても、「孫を可愛がる」という風習を実に目にすることはありますが、実際には、何もないことに気がつきます。日本の短歌にも、中国の漢詩にも、欧州の詩を見ても、私には見つけられません。
 短歌でも漢詩でも自分の子どもが可愛いとか、いやこういう問題があるとかいうことを、歌や詩にしていて、それを読むことはありますが、孫を読んだ歌も詩も私には見つけられないのです。
 私は昨日このことを、浦和会の場で述べました。来ていた仲間は、子どもがいて、もうちょうど結婚している時期ですが、孫がいるのは、私だけで、この話をしても、まだ完全には分からないかもしれません。
 でも私には実に大きなことだと思うのです。私には、多くの友人でも結婚して子どものいることが実にいいことだと思います。でもさらに、その子どもが結婚して家庭を持ってくれると実に私も嬉しいです。そしてさらに、その子ども夫婦に子どもができて、つまり孫ができると、もう実に嬉しいことだと思っています。
 私は自分の子どもと自分の孫に、さらにいいじいじになろうと思うばかりです。

10111621 こうして毎日書くようにしているはずですが、「てっぱん」がないと昨日14日にように書かないままになってしまっています。

2010/11/15 05:39もう前にも言いましたが、ブログが午前4時から6時までは非常にUPするのが大変です。いや文章を書くのは、別にいいのですが、それをインターネット上にUPするのがとんでもなく面倒です。
2010/11/15 07:00きょうは私が義母を看ています。
2010/11/15 07:18なかなかこのポメラも書いていられません。仕方のないものです。
 昨日は孫に会っていません。寂しいものですね。きょうは会うぞと強く思っています。
2010/11/15 07:50さてもうすぐ「てっぱん」です。
2010/11/15 14:18もうこの時間なんだなあ。

 こうして午後にもこれに書いていますね。

10102203  いつも孫3人を思い浮かべます。来月19日に女の子が生まれる予定です。

2010/10/25 07:49昨日長女の家から帰ってきて、こちらの家に着いたら、私が鍵をなくしたと思いこんで(実は腰のベルトにあるDCー15に入れてあった)、妻や長女、ミツ君にも迷惑をかけてしまいました。これからは反省の日々です。
「てっぱん」を見ているともう実にいいです。
2010/10/25 09:46義母を送る時間です。またリビングで電話を待ちます。いつもこの時間は大変ですが、なんとかやって行きます。
 いつもこのときには、孫のポコ汰、ポニョ、ポポを思い浮かべています。可愛いのですが、でもどうしてもポコ汰とポニョは喧嘩ばかりしています。それにポポも加わるでしょうから、どうなるかなあ。今から心配で、そして嬉しく楽しみです。どうなるかなあ。
「ちい散歩」を見始めました。

 こうしていつもこの「周のポメラ」でその日を思い出しています。

f9cb91cc.jpg 昨日は私が義母を迎える役だったので、孫たちのところへ行けませんでした、きょうは会ってきます。妻にリンゴを持って行くように言われました。ポコ汰が喜んでくれるだろうな。ポコ汰はいつも電話でお喋りしていても、私にはそのポコ汰語がよく判らないのです。
 この写真は20日に飲みました千駄木「浅野」の天麩羅です。その左側に私の読んでいる本とポメラがあります。ここで飲みながらポメラを打っていました。読んでいる本は「田中優子『カムイ伝講義』」です。(1/22)

6f469c9c.jpg「すごろく」なんて、ずっとやったことがないなあ、なんて思いました。これからは、孫とやれるのだなあ、とも思いましたものです。じいじがいつも負けちゃうのだろうな。
 この写真は昨日飲んでいましたお店にあったものです。これは何なのでしょうかね。(01/21)

5b6de369.jpg どうしても疲れ気味のようです。いつも自分の部屋で寝てばかりですので、ホントはもっとたくさん話しかけるべきだな、と思っております。
 一日孫に会えないと寂しくなっているじいじの私です。できたら、きょうも会いたいな。とにかく毎日懸命に歩いている私です。
 写真は、12月12日の夕方八重洲ブックセンターの前の通りを隔てたところにあった樹です。いつも夜に撮るのは大変なのです。少しはまともに撮れたかなあ。(12/13)

c1aeda4c.jpg 昨日書きました岡井隆「私の履歴書」についてのことに、すぐに私のブログにコメントをくれた方がいます(私はこのノートに書いていることは、私のブログにUPして、そこから写真含めてプリントしています)。私がどうしても評価するようになってしまった岡井隆という人がやはり、すごい人だと思いますね。「岡井隆という人の高度な詩意識は吉本さんに接近して行くしかなかったのだ」と書いていてくれています。
 もうすぐ、長女が二人の孫を連れてきてくれます。義母もまた優しい顔を見せてくれるでしょう。それがとっても私は嬉しいです。いやもう孫と何をしようかなんて、そのことばかり考えています。それに長女には手紙を書かなくてはいけないのです。さて、もう漢詩の解説は書けないからどうしようかなあ。
 昨日浅草へ行ったという義母の写真を見て、とても嬉しいです。長女も興味深く見てくれるでしょう。
 写真は10月4日の私の次女の義弟の結婚式のときにありましたお花です。(10/18)

bb9c1231.jpg たしかに、このところ義母はよく耳が聞こえないようです。
 昨日夕方長女と二人の孫を送って行きました。最後別れるときの「あれッ、じいじ行っちゃうのか!」というポコ汰の顔が私に焼き付いています。
 写真は昨日義母を迎える寸前に、空を撮ったものです。(09/03)

c9af5c40.jpg 義母が「体調が非常によろしいようで」ということで、嬉しいです。
 孫がまだ少し風邪をひいているようで可哀想です。外へ出たいと言っているようです。私が行くと、「じいじは甘いからなあ」と利用されそうなので、行かないでいるところです。
 写真は7月18日のこのご近所にあったお花です。(07/19)

bd082d98.jpg 昨日も来て水遊びしていた孫とは会えませんでした。いつまでも水遊びをしていて、怒られたようです。今度来たらじいじが一緒にいつまでも遊んであげるよと思っています。
 写真は昨日撮りました綺麗なお花です。路に並んでいたものです。(06/20)

08022203 きょうは、友人たちと飲んできました。それで、王子の家に帰ってきますと、妻が、「エッ、今ポコ汰たちが帰ったばかり、ポコ汰が自分で歩いたのよ」といいます。私はもう嬉しくなって、ポコ汰に会いに行きたいのですが、私はもうお酒を飲んでいるときは、絶対にポコ汰には会いにいきません。おはぎに嫌われるからです。
 きょう、朝起きたら、ポコ汰に会いに行きます。歩いているポコ汰を抱きしめます。歩いているポコ汰をただただ見つめています。
 とにかく、なんで、こんなに孫が可愛いのでしょうか。
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 私の最高血圧の数値 へのコメント に私は次のように書きました。

 私には孫がいましてね。きょうは、朝からたくさんのことがあって(けっこう外出も忙しくしていました)、でもそのさまざまなときに、自分の孫を思い浮かべて、「あ、早くこの腕で抱きたいなあ」とばかり思っていました。そして、午後6時半頃、長女の家に行きまして(同じマンションの違う階に住んでいます)その可愛い孫を抱くわけなんですが、そのうちその孫が何故か騒ぎ出します。泣くわけじゃないのですが、じじでは不満になるわけでしょうね。
 そうすると、もう私は、長女には、「じじはもっと、どっしり構えていろ」というところなんでしょうけれど、いつもおろおろしてしまうじじなのです。

 これは本当にいつも感じていることです。いつもポコちゃんを「抱きたいなあ」とばかり思っています。でも、その抱いているときでも、少しでもぐずると、いつも困ってしまう私なのです。もう今はぐずると言っても、ようするに、ママにかまってほしい、パパに抱いてほしいというだけなんですが、このじじだと駄目だというのでしょうかね。
 なんだか、このことがいつもいつものことです。
 私の妻は、私ほど孫ばかではありません。でもいつもとっても可愛がります。その可愛がりかたに、「実に上手だなあ」と感じています。たぶん、保母だったことがあるからでしょうね。
 私も早く、妻のように、この孫のあしらいがうまくできないといけませんね。
 17日に私は仕事先から帰ってくるときに、妻にケータイすると、妻と長女家族は、あるところで食事していました。王子駅前にいた私はそこへ歩いていくと、3人とポコちゃんは、その店から出てきたところでした。ポコちゃんは、「あれ、なんでじじがいるんだ」というような顔をしています。でもやっぱり、とっても可愛いのです。

 また、この「ポコちゃんを抱きたいな」という思いを抱いてばかりいて、そして実際に抱いて可愛いのですが、そのうちにぐずると、持て余してしまう私を繰り返していくでしょう。でもきっと、そのうちにうまくポコちゃんと仲のいいじじになれると思っています。

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cf2ccd73.jpg 写真は8月11日に、「我孫子の和菓子福一」の水菓子を持ってきたところ、それを手にしようとしてしまう私の孫のポコちゃんの手です。もう私は嬉しくて、焦って大騒ぎです。
 こんな可愛い手をしているのです。昨夜は、私たちのところから、パパとママが帰るときに、「じゃ、きょうはじじとばばのところへ泊まるか」と言って、泣き出すかなと思っていたのですが、二人が玄関のドアから出て言っても平気な顔をしています。それでもう二人がすぐドアをあけて抱いてしまいました。嬉しいけれど、嬉しくないような、なんと言ったらいいのかなあ。

81cd998c.jpg 昨日は義母もさすが暑いと言っていました。もうこう暑いと私はビールを飲んでばかりになりますね。でもそれでもいつもいっぱい汗をかいている孫のことが一番気になってしまいます。あと美味しいケーキを買ってきても、まだ食べられないのが残念ですね。でも義母も美味しくないようです。昔のケーキみたいに甘くないですからね。(8/06)
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9a52555f.jpg 孫がどんどん活発に動くようになっていきます。もう驚いてしまいますね。それとさらに驚くくらいに汗をかいています。新陳代謝が活発なんですね。もうママが居なくても泣かないで元気に騒いでいます。こうして元気なのは嬉しいですね。(8/04)
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6fad4276.jpg 14日、私は我孫子の自宅へ行きました。母の見舞に行きまして、その他いくつものことがありました。昨日は我孫子へ帰りました に書いた内容です。
 それで我孫子駅北口(といいましても、少し歩きます)の「盛」へ入りまして、ここでひさしぶりに飲みます。私はすぐに、私の孫のポコちゃんの写真を見せますが、彼のところは孫が二人で、二人目はまだ2カ月だということを言われました。
 ここに掲げたのが、店に置いてありました、そのマスターの絵です。ああ、こんなふうに小さな絵だと、どこにも置けるからいいなあ、なんて思っていました。
 またこのお店に行って飲んでいたいのですが、今では我孫子は私には遠いんですね。

05d27403.jpg きのうのお休みは私が居まして、長女が孫を連れて来てくれていました。私の孫が自分のひいばあを見ていくつ笑顔でいてくれます。これがすごくいいです。なんだかその笑顔を見ていると私も嬉しくなります。同時に私もまた反省して、もっとちゃんとしていこうと思いました。義母の前でいつも笑顔でいることは大切なことです。(6/07)
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c8e83d47.jpg きょうの5月30日で私は満59歳になりました。私は昭和23年(1948)生まれです。自分にこんな年齢のときが訪れるとは少しも思いませんでしたが、実際にこうした事態になってしまいました。大変に不思儀な気持です。
 でもきのう孫のポコちゃんを抱いて、いっぱい話しかけていました。もう可愛くて仕方ありません。早く次女の子どもにも会いたいです。
 長女のたくさんの友だちの女の子たちにどんどん子どもが生まれていることを知っています。もう私は大変に嬉しいです。次女の友だちの女の子たちは今がみな結婚する時期です。これまた私は嬉しいです。みんなを祝福してあげたい。そしてその彼にも、その子どもたちにもお会いしたいな。
 私は長女の友だちや、次女の友だちを思い浮かべると、「あ、これなら日本の人口は増えているよなあ」と思い込んでいますが、実際にはそうもいかないのでしょうね。二人の友だちでも、女の子たちはだんだん結婚して、子どもができていますが、男の子の友だちは、ほぼみんな独身ばかりです。なんでなのかしら。不思儀でたまりません。
 その独身の男の子たちに誰かを紹介したい気持は私にはたくさんありますが、こればかりは、けっこう難しいことですね。
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7b3f85ca.jpg 昨日の休みの日に私の長女が孫が部屋に連れてきていました。義母もとっても可愛いと思ったんじゃないかな。長女はmixiをやっていて、そこにこの孫のことを書いています。それを読むと、じじとしての私はもういつも涙を浮かべています。こうして記録が残っていくのはいいですね。(5/17)
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18a0ecb4.jpg きのうは、私の孫、義母のひ孫を何度かそばで見まして可愛いと言っていました。たしかにじじの私も可愛くて堪りません。やっぱり結婚して子どもがいるということはいいことですね。子どもがいると、やがてはこうして孫の顔見て、この手で抱けるのですから。いつも孫の顔を思い浮かべるだけでもう嬉しい限りです。(4/05)
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b5db8b8f.jpg きのうの夕方の事態のことを、私は妻に話す。妻は「私が毎回早めに帰るようにしたほうがいいのかな」といいます。でもそうはいかないのは自明のことだ。やはり二人で交代にやるしかないのだ。義母は私にとっても大切な母なのだ。
 でも、やはり娘である妻は、自分の子どもだが、私は違うのだろうかと、少し悲しくなる。でもでも、「わが家」のお便り帳を見ると、私のことも息子と思ってくれているようだ。そんなことを見ると、なんだかとても嬉しい。嬉しくなって、また困惑して………、この繰り返しだ。
 それと思うのですが、自分の子どもが女の子二人でよかったな。これが男の子だと、きのう夕方の長女のようなふるまいができるのだろうか。娘二人は、私に大変に厳しいが、二人の祖母には、大変に優しい。あ、これは俺がいけない人なんだなあ。
 なんとしてもやりぬいて行こう。あ、きょうも自転車で走るぞ。
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 きのう水曜日はお休みで、妻と私が一週間交替で家に一緒にいます。ずっと午前中から自分の母親のことを何度も聞いてきたのですが、午後5時をすぎると、自分の娘が帰ってこないと、そればかりを繰り返しています。そして玄関のドアを何度も開けて「何で帰ってこないんだ、またどこかへ行ったのか」と怒っています。それが午後6時ちょうどのころ、私が自分のクライアントのやっかいな問題で電話しているときで、もう義母が実に大変なときに、長女が来てくれました。長女は産休になったばかりなのです。

「おばあちゃん、ママはね……」という長女の声で、どうやら義母は落ち着きました。私では、もうどうにもならない事態でした。こうして、娘がそばにいてくれるのは、とても助かります。私もこの娘のお腹にいる私の孫のいいおじいちゃんいなります。(11/16)

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c44db617.jpg 今義母をデイサービスに送りました。マンションの入口で待っていたときに、二人の女の子が一輪車で元気に遊んでいました。
 義母は、「あぶないよ」と声をかけましたが、二人は「だいじょうぶだよ、転んだことないもの」と言っていました。
 でも、義母が出かけたあと、私だけと話すと、実は二人とも、今まで一輪車で失敗したことを教えてくれました。「今まで3度転んだ」「お尻を打った」「でもおかあさんにはいわないんだ」、なんてことで、私も「もうすぐおじさんにも孫が生まれるんだ」なんて話していました。
 こんなお喋りがとても愉しいです。
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35f5e87e.jpg 義母のことを思うときに、いつも私の母のことも思います。義母は何故か私の存在をよく記憶に入れてくれているようです。母も同じです。でももうすぐ母も90歳になります。私の長女の子どもができたら、どんなことを言ってくれるのかな。そして私もおじいちゃんになるんだ。今から柳田公園を走る孫の姿ばかり想像しています。(9/02)
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