1f0f48f0.jpg

薔薇の雨

 この小説の留禰はもう50歳です。相手の守屋は34歳。でも二人は外見からは不釣り合いなカップルには見られないだろうという感じのようです。守屋は、22歳の若い子と見合いしたばかりで、多分結婚するようです。
「今からやったら、まだ『ご休憩』ですむ、とか。もっとあとになると『泊まり』になるから急いだほうがエエ」なんていうのが、この守屋です。
 こんなカップルは、この東京でも大阪弁を使わないだけで大勢いるのかもしれないな、なんてことを思いました。


かんこま

 夫は「カンコマ」と呼ばれている。

 夫の言によれば、カンコマは、しぶちんやケチのようにいささか軽侮の意味で使われる言葉とは全然、語感がちがうという。
 どっちかといえば───倹約という意味の「始末」という語感に近い。大阪人や京都人は「あの人はシマツな人や」とか「しまつ」して金のこす」などという風につかう。そしてカンコマも、やや、それに似ている。
 この長い文化的伝統につちかわれた関西では、浪費・濫費、およそ放縦な経済観念は悪徳である。倹約・しまつ・カンコマは美徳として尊敬される。

 しかし、この夫は浮気をしている。しかもまったく私なんかには理解できない相手なのだ。でもそのことを問い詰める妻に夫はいう。

 なんでッていわれても……つまり、その、カンコマのせい…
 ………………僕のはもったいないという、カンコマごころ…

 うーん、これは何なのだろうか。これが大阪なのかな。それとも、こういう男がいて、それが大阪弁を使って、「カンコマ」なんだと言っているだけなのかなあ。


容色

 ウメノは、もともときりょうがよくない。でも実にさわやかな男ぶりの紋平と一緒になり、5人の子どもを産んだ。だが戦死したりいろいろで、二人の男女の子どもしか残らなかった。夫も早く死んだ。何故か生まれた子どもはみなウメノに似ずきりょうよしだった。
 でも残った男の子の嫁は、何故か不きりょうなのだ。その上性格もどうかなと思われる。そしてウメノとは少しも気が合わない。
 こんなところで、ウメノは少しも嫁と気が合わない。
 でも最後にこうあります。

 ふっと彼女の白粉(おしろい)の香が鼻をつき、ウメノは健造におしりをもちあげられ、車に押し込まれながらつくづくと喜栄の顔をみ、この人もまんざらのきりょうでもないのやなあと思った。

  周の雑読備忘録「『田辺聖子珠玉短編集2』」の3 へ

続きを読む