将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:寅吉

07123103 私の 周の掲示板 に寅吉さんから、次の書込みをいただいていました。

考える人=地獄門を覗き込む男  投稿者:寅吉  投稿日:2007年12月31日(月)03時56分12秒
 先ほど0時過ぎに帰宅して夕食を済ませました。周さんのブログを初めて拝見してから、毎晩0時過ぎには必ず目を通しています。最初に書き込みしましたが、パソコンを購入してから今日でちょうど3カ月になりました。インストールされていたセキュリティソフトが期限切れになるため、必死で付属の別ソフトをインストールしましたが、2時間もかかったのです。それでも周さんの勧めでブログ開設を夢見ています。いや、どんなつまらない内容でも実現させなきゃ残りの人生楽しめないような気がしてきました。先日、一年ぶりに図書館へ行って本を借りました。\蚕颪両鐚院併核楴景拭豊▲┘灰離潺好箸糧蛤瓠弊症邁)ゲーム理論の愉しみ方(バラシュ)っ狼紊鮖造襦丙監Mァ豊イ曚鵑箸Δ旅佑─ΔΔ修旅佑─糞繁槊缶)
でも私の休日は1月6日からなのです。
周さんの「考える人」の写真を見てこれまた30年以上前に私が見た緑青だらけのブロンズ像が、あざやかに蘇りました。当時は芸術品を雨ざらしにしておいてかわいそうにと疑問に思っていたら、周さんの写真を見たらおそらく定期的に磨いているのですねきっと。何気ないスナップ写真は何よりもいいです。選択した対象物にもその人の意識・無意識が反映されているわけですし、カメラの目線は実は本人の位置が映っていると解釈できるわけですから。こんなこと美術の本で調べてもわかりませんでしたよ。
インターネットのおかげです。
ちなみに「考える人」の芸術性は背中の曲線にあるという人もいました。おいそがしい毎日のようですが、ブログの更新を毎日するというのは、並大抵ではできないことがようやく分かり始めた今日この頃です。写真と同様にネットを通じて、その人柄が映し出されるわけですから、底の浅い人間など表出するものがすぐに尽きてしまうでしょうから。私が周さんに惹きつけられたのは、吉本思想の解釈者というよりは、バックボーンにある経験に裏打ちされた人間性なのでしょう。団塊の世代という言葉は嫌いなんですが、まだまだ諸先輩に教えられること多々あり!

 ありがとうございます。

 選択した対象物にもその人の意識・無意識が反映されている

というのは、本当に、その通りだと思います。これは、文章だけでなく、絵にも大きく言えるわけなのですが、写真というものも、大きく言えることだと思うのですね。私は写真を見るときに、いつも、「この写真」を撮りました、その作者の側の気持を考えています。「どうして、この人は、こういう風に撮ったのか?」「どうしてこの人は、この対象をこういう風に見ているのか?」と考えています。
「なんで、こう見ているのか?」「どうしてこのように考えているのか?」ということを思って、そのときに私こそが思い考えるのです。

 寅吉さんに、ブログの開設を勧めましたね。是非ともやってほしいです。実は、何人もの人に私はブログの開設を勧めてきています。でもでも実際に自分でやり出してくれたのは女性ばかりです。それもみな50代・60代の方です。
 男性はね、「ホームページを開設しよう」という気はあるのですが、もっとおおげさなものに考えていて、結局はできません。
 それで、思うのですが、ブログというのは女性にこそ向いているのかもしれないですね。前にも書きましたが、あるクライアントへ行ったときに、そこで会った女性は、「ブログは女性に向いている」、「ああ、だから萩原先生も女性なのよ」と言われて、私は「アッ!」とビックリし、そしてでもなんだか納得したものです。
 一般的な男性は、「俺はまだよくパソコンができないしなあ」と考え、まだまだ「パソコンがよく理解できないと、ホームページとかブログってできないものだ」と思い込んでいます。ときどき、「今もパソコンができるのは、理科系の人間だ」なんて思い込んでいるような大馬鹿が本当にいますよ。人間をそのように別けること自体がくだらないのです。
 随分前になりますが、私よりも20歳くらいの下の人で、「萩原先生って、本当は文系の人間ですね。ホームページを読んでいてそう思いました」などと、もう阿呆なことを言う人がいて、私は「あっ、俺は違うよ、酒系の人間だよ」と言ったものでした。私はいつも二日酔い、三日酔いですからね。

 山本七平さんは、私も好きな方です。やっぱり、「日本人とユダヤ人」が面白かったです。その他もいくつか読んできました。
 西部邁さんはね、実際にお会いしたこともありますが、何故か彼は急に突然怒り出して、それがよく判らないのですよね。彼は言っていること、そう思われたいことと違って、実に今も左翼なんだと思うのですね(彼は俺こそが反共だと思われたいのでしょうが)。
 私は彼の 60年安保 センチメンタル・ジャーニー だけは大好きな本です。そうねえ、もう他の本は読む気になれません。
 佐藤優さんは、たくさんの本を書いておられるのは、知っています。今度ちゃんと読んでみます。

 もうねえ、今はもう実に本が我孫子の家にあって、これをどう処分するのかが大変なことです。なんだか、いつもそれを娘や妻に責められている気がして困っています。吉本さんの本だけは、「俺の棺桶に入れろ」というのですが、「もう葬儀場から断られる」とばかり言われています。
 もうどうなるのかなあ。

 我孫子の家に、今はパソコンが5台あるのよ(先日ちゃんと数えた)。思うんですけれど、パソコンの自作というのは、一見いいこことのようですが、ただただパソコンが増えていくだけです。3台作ったとして、またかならずパーツが余るから、また作ることになります。そしてまたパーツがあまる、それでまた作る、を繰り返します。だから、私はたしか12台自作しました。でも思えば、これも余計なことでした。
 秋葉原をあちこち歩いて、それで路上でも、パーツを拾い求めて、そして莫大なパソコンパーツを持ちながら、そのあと飲み屋で飲んで、また別な店で飲んでいたものでした。思えば、私は実に阿呆でしたね。

「団塊の世代」は、私はそのまっただなかで、そしてよく嫌われる全共闘であり、そして三派全学連とともに、文字どおり闘い、そして逮捕起訴され勾留されてきました。ただし、私はその当時からずっと国粋主義者を自認して、公表してきました。
 ただ、とは言っても、その後の人生も長くあったわけで、左翼の方々とは、上の60年安保世代の方々ともつき合ってきましたが、とにかくパソコンとインターネットをみなにやろうよとばかり言ってきましたが、でもでも、団塊の世代もその上の世代も、もう保守的な方が多くてね、困り果てていますよ。ケータイですら、まともに使えない人が多いのです。
 でももう仕方ないですよね。

 だから、というか、でもとにかくブログを開設を願います。もっと時間が経過したら、また違うものが出てくるでしょう。それはそのときに、私はまた考えていきます。とにかく、私はブログを毎日更新し、ホームページももちろん更新し、メルマガは毎週配信していきます。
 そしてお酒は毎日飲みますが(2週間に1回は断酒します)、量はもうそれほど飲まないで、とにかく、孫を可愛がっていきます。

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 マガジン将門第383号発刊 へ寅吉さんから以下のコメントをいただきました。

1. Posted by 寅吉    2007年12月17日 15:30
周さん<本が読めるようになりました>
う〜ん「人間力」ですか・・・全文を読んでいないので捉えきれませんが含蓄がありそうですね。西郷南洲なんか人間力の塊のようですが、意味が違いますか。ユリウス・カエサルなども対極的な意味で人間力があったと想像します。西郷を評して海舟が、<大きくたたけば大きく響き、小さくたたけば小さく響く>といった意味のことを氷川清話で言っていたと思います。カエサル<人間ならば誰にでも、現実のすべてが見えるわけではない。多くの人は、見たいと欲する現実しかみていない>塩野七生著「ローマ人の物語」でも二人とも殺されちゃったんですよね。たとえが究極的すぎました。
リストラされて約2年間、精神的にも肉体的にもまともに本が読めませんでした。
周さんのブログに出会ってからなんだか気力が出てきたような・・・もしかしてこれ周さんの「人間力」?

 ありがとうございます。私は鹿児島というところは、私の中ではけっこう長く住んでいたところ(小学校6年から高校1年まで丸4年間いました)で、西郷南洲の生まれ育つたところにすぐそばに居たのです。南洲は、若き日に江戸にいたときに、我が故郷の水戸の藤田東湖を尊敬していました。だから、そんなことから小学生の私もかなり親しみのあった人なのです。
 今開きました『南洲翁遺訓』に次のような言葉があります(今パッと開いたら、この文が目に入りました)。

 道は天地自然のものにして、人はこれを行うものなれば、天を敬するを目的とす。天は人も我も同一に愛し給う故、我を愛する心を以て人を愛するなり。

 やっぱり西郷を愛する人の気持がよく判ります。そうですね、例えば、西南戦争に参加した庄内藩士の若い人がいますね。20歳と18歳の方です。西郷は彼らに、庄内に帰国するようにいいましたが、彼らは西郷さんに殉じました。西郷さんが、もうとてつもなく魅力ある人だったと思うのです。

 それから、私はユリウス・カエサルも好きです。ただ、彼があのように歴史上で華やかに活躍するのは、実に短い間なのですね。
 私は若きときに、「プルタルコス」を読んで、大変にカエサルのことが好きになっていましたが、「ガリア戦記」を読んだのは、たしか高校3年のときです。横浜の高校の修学旅行で熊本に行ったときに、熊本城が燃えてしまった原因に、この「ガリア戦記」の記述を参考にしたのではないかな、と思ったものでした。いえ、官軍の中に英文か仏文で、「ガリア戦記」を読んだ人がいるのではと思うのです。
 でもなんといっても、塩野七美さんが書かれるローマは最高に面白いです。そして塩野七美さんが大好きなのが、私はユリウス・カエサルであると思っています。彼女はカエサルに惚れ抜いているのですよ。

 寅吉さんは、リストラされていたのですか。私はね、大学生のときに実に過激派なわけで、そして一つ目の逮捕起訴された東大裁判で、ずっと統一公判を主張していたほうなので(ええと、同じ埼玉大学の被告でも、みな分離公判になりました。とくに私たちのように、そのあと芝浦工大事件でも逮捕起訴された人は仕方ないのです。でも私はそれでも変わりませんでした)、このことは、ずっとあとあとまで、影響しました。もう就職のときに、露骨にいわれたこともありますよ。
 だからね、私はもういつもいつもまともには就職はできませんでした。私はいつも、「俺って馬鹿だかならあ」と考えるようにしてはいましたが、露骨にいわれると、驚いたものですよ。でも私はまたすぐにそれを忘れます。
 そしてまたある会社で、派手に労働組合をたちあげて、すぐにストライキを貫徹しましたので、それでも、その経歴でも睨まれたものでしたね。

 でも私は全然反省なんかしていません。そもそも私は過激派といっても、マルクス主義は大嫌いでしたから、そしていつもたった一人でしたから、私から逃げ出すわけにはいかなかったのです。いつもいつも、ときどき詩吟をやっている(どこでもすぐに詠いだす)ので、みんなからわけが判らない存在と見られていました。

 でもとにかく、寅吉さん、ブログを始めてくださいよ。それが面白い世界を切り拓けるかもしれないことだと思いますよ。

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 周の掲示板に、寅吉という方から次の書込みがありました。

周さん「知」のデパートですな  投稿者:寅吉  投稿日:2007年12月10日(月)02時57分10秒
34年ぐらい前に吉本さんに脳無い細胞を犯されました。批評家以外で久しぶりに吉本さんの正統派?信者の言葉を目の当たりにして、懐かしさと青春時代の苦い思い出がよみがえってきそうです。パソコンをはじめて3カ月未満でまだこの世界のことをまったく知りませんが。周さん「知」のデパートですな。今日はまだ吉本ワールドをざっと目を通させてもらっただけです。「知」も睡魔には勝てませんからね。じっくり探検させていただきます。

 ありがとうございます。私は昭和23年5月生まれで、今は59歳です。寅吉さんはおいくつなのですか。
「懐かしさと青春時代の苦い思い出」とは、私も思えば、あの時代は懐かしく、でも辛い思い出でもあります。いや、学生運動はいわば愉しい思い出ですが、恋の思い出は今も辛いです。
 吉本(吉本隆明)さんは、学生のときから、ただただ読んできただけです。私よりも、どうみても熱心であり優秀な読み手が私のまわりにもたくさんいました。ただし、それらの人のほとんどは、このパソコンもインターネットの世界も無縁だという人が多いのですね。
 私は何人もの友人知人たちに、パソコンとインターネットを勧めてきましたが、やらない理由に「今は忙しいから」というのが多かったですね。なかには、「あと○年たてば余裕が出るから、それからやるよ」という返事をもらったものでした。あと、「定年になったら、やるよ」という声も聞いたものです。
 でも、いつも「まだかなあ。まだかなあ?」と期待していても、何の変化もありません。もう私の友人たちにはかなり失望しています。
 もう仕方ないのですかねえ。

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