将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:富司純子

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題名 あ・うん
封切 1989年11月3日
監督 降旗康男
原作 向田邦子
製作会社 東宝
キャスト
 門倉修造  高倉健
水田たみ 富司純子
水田仙吉 板東英二
水田さと子 富田靖子
 まり奴   山口美江
門倉君子 宮本信子
石川義彦 真木蔵人
旅館の番頭 大滝秀治
見知らぬ男 三木のり平

 私はこの映画を最初どこで見たのかなあ、と思い出そうとしましたが、どうにも無理でした。テレビで見たのかもしれないなあ。14121338
 この映画で板東英二は第13回日本アカデミー賞で最優秀助演男優賞、ブルーリボン賞で助演男優賞を受賞しました。ただ俳優としては私はそんなに好きになれない人です。
 以下少し「あらすじ」を書きましょう。時は昭和12年の春です。門倉修造は水田仙吉の親友と言っていい存在です。でも娘さと子は「だって、門倉さんはお母さんのこと好きだから」といいます。母たみはそれを否定しますが、実はそれを嬉しいとも思う気持をどうしようかと思うところなのです
 さと子は君子の紹介で帝大生・石川義彦と見合いをするが、断ります。だが石川は堀口大学訳「ヴエルレエヌ詩集」を渡します。いい詩集ですね。私も高校三年の4月に読んでいます。
 でもさと子は石川と付き合います。そして「修善寺」とメモを残していなくなります。そこへ仙吉とたみが出かけていくのです。
 ここの最初のポスターがこの修善寺温泉です。ここで三人が写っている橋が修善寺に架かっている橋です。私は何度かこの橋を渡りました。最後に行きました時は娘おはぎとブルータスとばあばでこの橋の上で写真を撮ったものです。「岡本綺堂『修善寺物語』」も思い出していました。
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 門倉が嫌われるために、わざと仙吉に喧嘩を売りその時には嫌になるくらい私のほおにも涙があふれました。
 さと子は「みんな本当のことを言わないで生きている」「巷に雨の降るごとく」というと門倉は「わが心にも涙ふる」(みなヴエルレエヌの詩です)と答えます。
 仙吉がジャワ支店長として転勤することになり、門倉は最後の別れを言いに水田家を訪れます。仙吉は「入れるな」というのですが、このときはたみが中に入れます。この時だけはどうしてたみはあんなに積極的になれたのだろうか。何かを感じられたのだろうな。 そこに石川義彦が来ます。門倉はさと子に雪の中を去る義彦を追わせます。14121345
 でもいい映画です。私はいつものことですが、涙ばかりになりながら実にいっぱいのことを思い出していました。私はこれで富田靖子が大好きな女優になりました。
 そしてもちろん高倉健と富司純子のことが任侠映画を見ていた頃より好きになったのは、いうまでもありません。
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この最後の画像ですが、実に富司純子さんが可愛くてとってもいいわけなのですが、インターネット上でいくら探しても、画像はこれしか手にはいらなかったのです。


10100301 毎日朝NHKの朝ドラの「てっぱん」を見ています。昨日の「周のポメラ」で、以下のように書いています。

2010/10/05 09:43あ、まだこれを書いたり、テレビを見たりしたときに、何かを思い出して、「あ、ブログに書こう」と思うことがいくつかあります。それをちゃんとやらなくちゃあな。

 まずその一つを書きます。いや富司純子のことでも、いくつかあるのですが、でもとにかく書いていきましょう。
 この「てっぱん」で、富司純子は少し怖いおばあちゃんです。いやまだ68歳という設定なので、「おばちゃん」かなあ。でも、今はこうしておばちゃんを平気で怖いおばちゃんとしても平気で描きますね。それを私は感心します。
 実際に、昔からおばちゃんはみんなあんなふうに、自分を主張するおばちゃんがいたのですが、それをいつもニコニコとした優しいおばあちゃんが描かれてきたものです。そんなことは実はなかったのですが、でもそういうおばあちゃんがいわば理想だったのでしょう。
 それを、こうしていわば自分のいうことを強く主張するおばちゃんをそのまま描いてくれて、私は嬉しいです。

 それと少し違うかもしれませんが、昨日私が長女の家に夕方行こうとするときに、このマンションの近くで、一人のおじいさんと一人のおじさんが、ケータイでメールを開いていました。そして私がまた歩いていくと、王子映画のそばで、一人のおばあさんに、一人のおじいさん(たぶんご夫婦でしょう)が、ケータイメールの開きかたをものすごく教えていました。いい感じでしたよ。
 どこでも感じますが、おじいさん、おばあさんが、ケータイを開いて、メールを送受信して、そのメールを見たり、打ったりしている姿はいいものです。

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