11071413 私の「小野博雄さんの従兄さんからのコメント」に再びAlexさんから、次のコメントをいただきました。

1. Posted by Alex   2011年07月15日 08:48
周さん、有難うございます。 小野博雄とは親戚のイベントでは必ず顔をあわしては他愛のない事でもいつも楽しく話をしていたものです。 弊職が20年ちょっと前に米国へ移住してからは会う機会が少なくなりましたが、それでも何かある度に親戚で集まり楽しく過ごしたものでした。 5年前に父が他界した時もそうでしたが、親族の中で独り国外で長い事生活していると、斯様な悲しい出来事でも実感がわかないものであり、今でも日本に行けば父や博雄と楽しく酒を酌み交わせるのではないのかとの錯覚に見舞われます。 とんがった性格の弊職とは違い、博雄は従兄仲間の中ではメローな柔らかい性格で、いつも和ませて貰っていました。 昨日、博雄の母親と一緒に居た母と電話で話しましたが、博雄の周りには素晴らしい友人や先輩方がおり、短いながらも幸せな人生を送れたのだねと話しておりました。 それでもやはり早過ぎる旅立ちは非常に悲しく寂しく、弊職含め残された皆が幸せに過ごしていく事が使命であり、博雄も左様に願っている事と思います。 来月、毎年恒例の父親の墓参りの為に訪日予定ですが、写真相手にはなりますが線香を手向けながら少し語ってきたいと思っております。かくも短い人生で旅立ちましたが、博雄が大変お世話になりました。 本当に有難う御座いました。 Alex

 私も自分の親戚で、こういう悲しいことがいくつかありました。私は小さいときから、日本中を引越ししてばかりいましたから、親戚の人にはなかなか会えないのでしたが、それでも何度も会うたびに、いつも大事な親しみを感じてきました。
 でも友人はまた別な思いがしています。私は激しく学生運動をやり(ただし、私はマルクス主義は嫌いでした。だから少々面倒でした。だって友人はほぼマルキストばかりなんだもの)、でもそれでもいくつもの逮捕拘留された経験の中で、その個々の親兄弟含めてしたしく付き合ってきたものです。
 それが社会でこれだけ時間が経過しますと、もう私たち三派全学連、全共闘に対する決め付けにはもう嫌になります。「高校時代はビートルズに憧れ、長髪を続け、学生運動をやったが、就職をしたら、モーレツ社員になって・・・」と言われ続けるのですが、私は高校時代から、詩吟軍歌を唄い、頭は坊主頭(ただし、これはまた別なことがありましたでそれで王子闘争に行くと、市民の家でかくまわれたりすると、いつも不思儀がられました)で、そんな私には、小野さんとの触れ合いは、ほっとできるものでした。
 私はテレビでも元学生活動家というので、しばし出たものですが、「その萩原さんの本当のところは黙っていてください」と言われ続けたものです。ちゃんと学生運動やると、普通のところには就職できないよ。それは当然のことで、そのこと事態には私たちは不満はなかったものです。
 博雄さんと、もう少し会って、飲んでおけばよかったなと思うばかりです。ツイッターで彼と何度か交換できたことが良かったなとばかり思っています。
 私は自分の大学でも、かなり年下の活動家(もう学生運動・革命運動ではありませんが)のお母さん、おばあちゃんとも連絡があります。いつも自分の子どもや孫と、何故かメールやケータイメールで連絡をとっている変な先輩ということで、記憶にあるようです。
 もうこれからは、ただ思い出すだけの友人になりました。でも私には、そんな後輩の友人がたくさんいるのです。いつも思い出して、夢で見ているものです。