10091304「わが青春に悔いなし」の映画のことはもう止めようと思いましたが、でもあと少し書きます。
 尾崎秀美はあの映画では、特公の毒いちご(志村喬)に殺されます(獄死したと映画ではなっています)が、歴史の事実では彼は堂々と莫大な供述調書を残しています。彼は日本共産党を率いているのは自分だと言っています。おそらく宮本顕治のリンチ殺人事件が許せなくて、「俺こそがコミンテルンの認める共産党なのだ」という意識が強かったのでしょう。
 彼は昭和16年10月15日に逮捕され、反軍機保護法違反、治安維持法違反によって巣鴨の東京拘置所にて死刑になったのは、その3年後の昭和19年11月7日(実にこの日はレーニンのロシア革命記念日になります。これは尾崎にとっての「祖国」ソ連の最大の祝祭日でした。日本の官憲の好意でした)。実際に獄死したのは、宮城与徳でした。映画の尾崎秀美には、この宮城与徳もモデルであると思います。
 尾崎は「世界最終革命戦争」のときが来るなどと、戦後私たちの時代のブント赤軍派のような阿呆なことを言っています。あの映画で、大河内伝次郎が「彼は反戦のために生き、そして殺された」などと言っていますが、まったくの大嘘です。彼は日中戦争が始まったときに喜び、そして日米戦争が開始されると、「こうして俺の思う通りになる」と思って、「最後に勝利するのはマイホームだけだ(彼はソ連のことをマイホームと言っています)」と思ったことでしょう。彼の言う通り歴史はしばらくは動きましたが、彼のいうとおりには世界はなりませんでした。彼を死刑にしたのは、日本官憲ですが、殺したのはスターリンだと私は思っています。
 おそらく、その後の原節子は、戦後日本共産党との戦いの中で、あるいは日本社会党との関係でも、つくづく嫌になっていったはずです。「わが青春に悔いなし」ではなく、悔いだらけの青春を思い出したはずです。…私は実に残念なのです。

 写真は「ゲゲゲの女房」です。この大好きな番組がもう終わると思うと残念でなりません。