将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:履歴書

12083103   藤田典さんの「ダダさんの掲示板」を読みまして、 
証成寺のことでを書きました。でも、「あ、まだ書きたいことがあったんだ」と気がついたものです。
 ななさんが「職場の方々に歓迎会をしていただきました」と書いていることです。新しい職場に早く慣れていくことを希望します。
 私は実に転職をしたのです。職場はいくつ変わったかなあ。その就職先で、露骨に「君を雇うわけにはいかない。あなたも覚えがあるだろう」と言われたこともあります。もうそのときは私は自分の履歴書を印刷したものです。(なんか「印刷した」なんてひどいことのようですが、もう私は実際に履歴書を買いに行くのも大変だったのです。そして私のは、「印刷した」なんて実際に分かる人は、5%もいません)。
 まあ思えば、私の妻とも5番目の職場で知り合ったのですね。
 もうあんなつらい面倒なことはもう嫌です。上に書いた印刷した履歴書で受かったのは、私が7番目に転職したところです。あとでこのときの面接官(彼もそのときはまた別なところ、有名な調査機関にいました)が、数年前に、ここ王子の私の自宅に来まして、「あのときはすっかりだまされちゃったな」なんて言っていました。私も逆にその彼の今いる会社を詳しく指摘しましたよ。
 また何事も今になれば、楽しい思い出話です。

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 私の毎日書いています 蜘蛛業ニュースさとう で書きました 自分のリストラ・早期退職に関するブログ ですが、私は次のように書きました。

 …でも私にはこんなのは関係ないことです。私なんか、こんな大きい会社に入ったことはないですからね。……私自身は、もう失業ばっかりしていました。履歴書をどんなに書いたことでしょうか。

 もう大変な思い出ですね。そして最後はもう就職するのは諦めたものです。私の父も母も当時の彼女も、その親も、そして今の妻もその親も大変な思いだったことでしょうね。
 思い出すと、私が最初逮捕され起訴されたときに、東調布署で、検事の取調べのときに、その検事が席をはずしたときに、いつも横にいる書記官が始めて口を開きました。「君ね、こうして黙秘していると、随分あとになって必ず後悔するよ…」。
 これはたぶん、私はその後初犯でも保釈になったのが、同じ黙秘していた仲間でも私だけ(私だけは最後まで調書は一枚もとらせませんでした)、何故か1カ月以上遅くなったことに表れていました。
 そしてさらに保釈後すぐにまた別な事件で逮捕起訴されて、そのあと同じ仲間たちはさすが2つの起訴でみな東大闘争統一公判から抜けていきました。でも私は同じく統一公判主張組で、思えば、でもでもこのことはいつも就職のときにも影響しました。私がまったく反省していない人間に思われたからです。就職の時露骨に指摘されたこともあります。もう実際の事件からはもう10年以上を経過しているのに同じでした。でも思えば、私は就職してからもそこで労働組合を作って、実に元気に無期限ストライキをやっていましたからね。
 でも私の本心はいつも、ちゃんとした会社に就職して平穏に暮らしたい思いばかりでした。
 そんな私からすると、このブログを書いている方は、そんな会社のリストラ案に合わせないで、ずっとその職場で働いていればいいのになあ、なんて思います。そのお歳で再就職なんて私には想像もできません。
 私が失業して再就職をいくつもした経験がありましたから、よく同じ経験をする人に聞かれたものです。でも誰一人として、時間はかかっても再就職はできると思い込んでいる人ばかりでした。私はいつも、「そんな自信がどこからくるのだろう?」と思っていたものです。
 まあ、この方はリストラに応じたのですから、もう仕方ないなあ。でもこうしてインターネット上で書いていても、どうだということはないでしょうね。つまり今の会社への影響も、他の同じような方々への影響もないのではとしか私には思えません。

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