将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:山口瞳

201703020320170303022017030202    ここで最後に三島由紀夫対東大全共闘の対談での画像を載せています。私は三島由紀夫が市谷で自決の行動をしたときには、吉本(吉本隆明)さんとこの山口瞳が的確な批評を書いていたと思っています。 
ちなみに私たちは、浦和で三島由紀夫追悼のデモをやったものでした。埼玉県警もお線香を掲げてデモする私たちにとまどっていました。私もそのときだけ、嫌いな黒ヘルメットをかぶったものでした。いつも弾圧の埼玉県警もとまどっていたものです。ただ私にだけは納得できていたかもしれません。
   私は彼山口瞳の作品はほとんど読んでいます。読んでいないのは週刊新潮に長期連載されていたものだけです。
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13110207 私は前日お通夜にポメラを忘れていて、それでブログはすべてIS01でやったものです。でも4日にばあばが持ってきてくれました。

2013/11/04 09:02今少し前にばあばが来てくれました。薬を持って来てくれました。ほかのことはケータイメールしたのですが、薬を頼むのを忘れたと思いケータイメールしましたら、北千住から「持参している」とのケータイメールがありました。あ、このポメラも持ってきてくれたから、こうして書けているのです。やはりIS01よりは書きやすいです。
2013/11/04 09:09今NHKテレビで天野祐吉さんのことをやっています。今糸井重里さんの「おいしい生活」という広告コピーのことをやっています。今天野さんが面白いことをいいました。私は今「それは違うよ、山口瞳がいたよ」と画面の天野さんにいいました。 私には山口瞳は直木賞の作家というよりもコピーライターなのですね。もちろん、『江分利満氏の優雅な生活』『〜優雅な生活』『血族』『姻族』等々の作品があります。私はすべて(「雑誌『新潮』に書いていた以外はすべて)読んでいます。
 画面を見ていて、残間えり子さんを見て、「歳とったな」という声をあげました。
2013/11/04 09:27少し前に正志夫婦が来ました。町子さんも来ました。
 もう美織家族が4人来ました。


 私の次女ブルータス家族3人も、正志の娘・孫も来ました。

12111605 高橋義孝を思い出しました。彼の書いた作品の中の文章も思い出しました。

2012/11/17 11:51「喪中」の知らせの葉書も宛名印刷をしなくてはいけないのですね。なかなかみなやれないものです。もういくつものことをやらないとならないのです。やりきります。
 まず「司馬遷『史記』」を書かないとなあ。
 今私は「トーマス・マン『ベニスに死す』」を思っています。いやあれを岩波文庫で訳していた高橋義孝を思います。彼が飲んでいた目白の目白通りにあった「たにし亭」を思います。それは山口瞳が書いたいた文章です。私が行ったときも、キリキリシャンとした美人の女将さんがいました。白髪で白い和服で綺麗な方でした。
 でも私は山口瞳にも高橋義孝よりも酒癖の悪い男だったろうな。
 思えばあれは私が29歳くらいの時かなあ。
2012/11/17 12:12またこうしてやりきっていかなくちゃなあ。
2012/11/17 18:25上に書いたことで、「司馬遷『史記』」は一つは書きましたが、もう一つ書かないといけないのです。今は殷のことを書いているのですが、また書かないとな。 殷をいくつか書いて、周のいくつかのことを書いて終わりにしたいと思います。周の西周はいいけれど、東周だ12111609と、「春秋時代」「戦国時代」で、書くことがありすぎるじゃないですか。

 そうだ、長女おはぎについて書いたことも、長女の高校も私がそこへ行っていた日のことも思い出しました。

1205051012050511 こうして、今朝も「周のポメラ」をUPするのです。

2012/05/06 06:31「はやく起きた朝は」を見始めました。実は、パソコンで「将門Web」に書くことで、藤堂高虎、加藤嘉明、加藤清正のことを書いていました(imajouの独り言のトラックバックで書いていたものでした)が、このテレビの番組を思って、あわてて来たものでした。
 なんだか、この三人の女性たちはいいなあ。いつも、このポメラでは漢字かな換が面倒です。
 このポメラでは、あとでパソコンで打ち直すことがたびたびあります。でも私の今のパソコンも漢字かな換が不満なのですね。もうこれは宿命のように、日々繰り返していることなのですね。
2012/05/06 07:23今は「ボクらの時代」を見ています。この三人もいいなあ。
 次の「がっちりマンデー」を見ています。私はウィスキーももちろんストレートで飲みます。そうすると、当然ニッカが好きだ・・・、・・・とそう簡単にはいかないのです。ニッカのほうが旨いというのは分かるのですが、でもでもニッカは嫌な会社だよね。サントリーの方が遙かに好きになれます。トリスなんて、本当の酒飲みにはウィスキーとは言えないのでしょうが、私はトリスが好きです。
 そうですね。私は山口瞳が大好なのですよ。
 そうねえ、そして今私が毎日飲んでいるのはサントリーのビールです。

 とにかく、今日もまずUPします。

12050113 偶然「日本映画専門チャンネル」で山口瞳を思い出していました。

2012/05/02 07:47もう私のブログ「将門Web」にはこの「周のブログ」はUPしました。
2012/05/02 08:14相変わらず「梅ちゃん先生」を見て、また涙になってしまします。
2012/05/02 10:30今テレビをつけたら、「日本映画専門チャンエル」で、「江分利満氏の優雅の生活」をやっていました。私はいつもこの原作は私のすぐそばに今も置いてあります。「優雅の生活」も「華麗な生活」も何度も読んでいます。高校2年のときに読んでいたのかなあ。
 山口瞳は全作品(ほととんど)を読んでいますが、でも「男性自身」のみが、すべては読んでいません。8割くらいは読んでいるのではないかなあ。
2012/05/02 10:48こうして今はテレビを見ている私なのです。 

 いつも山口瞳を思い出しました。彼の好きな目白の飲み屋も行ったものです。彼のいう目白の店の「キリキリシャンとしたおかみさん」の表現を読みたいと思い、今本を探したのですが、「華麗な生活」はあるけれど、「華麗な生活」はどこに行ったのかなあ。横浜の白楽の古書店で、高校2年のときに買いました。

12033003 もう今は、ケータイメールアドレスが分からないと困りはてます。

2012/03/30 10:03「ちい散歩」を見始めました。いつもちいさんが歩かれる都会の小さな公園はみな好きになれます。山口瞳が「江分利満氏の」「優雅な生活」か「華麗な生活」かどちらかは忘れましたが、都会の片隅にある小さな公園を、「あ、あそこのブランコには乗っていないな」と思うのですが、私は神田錦町のいくつかの小さな公園を見て、いつも思い出していました。
2012/03/30 10:18今私の大学時代の友人に頼みごとの電話をしましょう。いや、メールしたいのですが、アドレスが分からないのです。あ、電話してみましょう。
 上の友人とは関係なく、今ここの電話がなりまして、電話のそばまで行って、やっとでましたら、切れました。そういえば、つい先日は午前3時に電話がなりました。本当に迷惑です。誰がやるのかなあ。
2012/03/30 13:53上に書いた友人の自宅に電話しましたが、留守でした。手紙を書きましょうか。
2012/03/30 16:35今上に書いた友人に手紙を書きまして、今ポストに入れて来ました。A4で2枚では入りきらないので、できるだけ段落をなくして、行をつめたのですが、それでもまにあわずに、1ページの行数を増やした(1ページ46行にしました)ものです。
 明日は、この手紙も着くことでしょう。でも彼ら二人は千葉県の館山にも自宅があるのですが、横浜駅そばにも自宅があるのですね。だからケータイメールアドレスが分かれば一番いいのですが、それは手紙に書きました。

 これで返信がくればいいなあ。

12010113 前回の江角マキコのことで、そのときに思い出したことがありました。それを「周の掲示板」に書いていたのですが、それをまた書いてみます。

 なんだかしつこいのですが、また書きます。
 私が、最初

むしろ江角さんの自らの未加入を知っていながらあの迫真の演技ができるのはさすが役者根性だなーとして評価されてもいいのでなないか。

を読んだときに思い浮かべたのは、映画「江分利満氏の優雅な生活」の新珠三千代です。
 これはたしか山口瞳「酒飲みの自己弁護」に書いてあったと思うのですが(たぶんというのは、今あるべき本だなに、この本がないのです。焦っています)、江分利の妻夏子役が新珠三千代なんですが、彼女が、江分利の母親が亡くなったときの演技が「凄い」のです。いや「凄い」としかいいようがないのです。
 新珠三千代は、そのシーンで、ただときどき目に手を当てるだけなのです。それが「これはすごい女優だな」と感じさせてくれます。
 このすごい演技のことを山口瞳が、直接新珠三千代に聞きます。このときの新玉三千代の応えがこの「酒飲みの自己弁護」に書いてあるのです。
 この映画「江分利満氏の優雅な生活」は、本来は川島雄三が監督として撮る予定でした。ところが彼が突如亡くなります。山口瞳と実に昼から痛飲して(その飲んでいる途中で、川島は銀座で大岡昇平と大喧嘩したといいます)、
その後10日後の次の日に、ある編集者から、山口瞳に電話がかかってきます。

  先生、すぐ酒を止めてください

山口瞳が、「いったい何のことか」ととまどっていると、

  昨夜、川島雄三さんが亡くなりました

と伝えられます。川島雄三も、山口瞳と同じ大酒飲みでした。
 新珠三千代は、この川島雄三のお通夜のときの、川島夫人のしぐさを、ただただ見ていまして、それをそのまま真似ただけだと山口瞳にいうのです。
 これが私には、すごいのです。すごい演技です。これこそ、役者魂です。新珠三千代は、自分の義理の母(江分利満は山口瞳自身であり、その母親は、のちに「血族」の主人公です)を亡くしたという体験はありませんでした。それで、この川島雄三監督の奥さまのしぐさをつぶさに見ていまして、それをそのまま真似ただけなのです。
 この映画は岡本喜八監督に引き継がれて、完成したわけですが、この新珠三千代のこのシーンが私には一番記憶に残ります。

 今回の江角マキコの出来事でも、彼女はあの演技をする際に、何を思い浮かべたのでしょうか。おそらく、結婚していた時、国民健康保険のこととか、夫とは話したのではないでしょうか。彼女も働いているから、別々の保険証を持つことになる、彼女の保険料は、夫ではなく、彼女の通帳から自動引落にするとかなんとか。それなら、当然国民年金のことも話したのではないでしょうか。彼女の年金は、彼女の所得から支払うから、彼女の通帳から自動引落にするとかなんとか。彼女はそんなことも一切関心のない妻だったのかな。

 私の亡くなった親友の堀雅裕さんは、実は晩年は、かなり身体が悪くて、悪いというのは、彼は歩くのも、仕事するのも非常にきつかったはずなのです。もう満員電車で通勤するのもきつかった。だから彼はバイクを使っていた(しかも、このバイクを2台使っていた、自宅の近くと、会社の近くと。でも、実に私はこの頃知ったのですが、実はバイクは3台あったといいます。どう使い分けていたんでしょうか)。でもこのバイクが彼が死ぬ事故につながりました。
 でも彼は、サラリーマンになったのがおそくて、そして身体がきつくても、懸命にサラリーマンとして貫徹しました。それは、とにかく厚生年金の受給資格が得られるまでは、働こうとしていたのです。彼は自分の命が長くないのを知っていたのです。
 そして、ちょうど受給資格を得られてすぐに、彼は亡くなってしまったのです。だから彼の残された奥さんには、今遺族年金が支給されています。奥さんはこのことを区役所で教えられて、号泣したといいます。おそらく彼は、そのことを考えていたのです。
 彼は私と同じで、いつもいつも大酒を飲んでばかりでした。私と同じような、少々欠陥人間だったかもしれません。でも、私は彼が笑顔で私に語りかけている気がしています。

  あの女(彼の奥さんのこと)はサ、口うるさくて、萩原さんは
  気にいらないだろうけれど、俺には、いい女房だったんだよ。だ
  から、俺はやるだけのことはやったろう。

 だから、あんなに身体がきつくても、通勤していたんだ、新聞記者を貫徹したんだと思います。

 江角マキコも、夫婦のときに、そんなことを、ほんの少しでも思い浮かべなかったのでしょうか。いや、夫婦のときは、そんなことを考えなかったというのなら、あの演技のときに、こうしたことを学んで、演技に生かそうとはしなかったのでしょうか。

 惚れた女に愛想がつきたときに、その理由(わけ)が実に思い浮かべるのも馬鹿馬鹿しい。

11122828  私の「山口瞳『江分利満氏の優雅な生活』」へ、BOBさんから以下のコメントをいただきました。

1. Posted by BOB   2011年12月10日 18:58
はじめまして
とても参考になりました
ありがとうございます。

 私は山口瞳は昔から大好きで、全作品を読もうと思っていたのですが、新潮社の「男性自身」シリーズが莫大で、挫折しています。それ以外の作品は、すべて読みました。
 ただ読み始めは遅いのです。『江分利満氏の優雅な生活』『江分利満氏の華麗な生活』を読んだのは、高校3年のときでした。今でも、この2冊は、私のすぐそばにあり、いつも読んできたものでした。
 この山口瞳の関係で、私は国学院大学が大好きになったものです(もちろん、折口信夫も好きですが)。
 でも私が書いていることで、最初に

強烈な二日酔が夕方になってもさめないまま、何人もの友人や初対面の人たちと飲みはじめたことがあります。

というのは、本当の事実で、その日は、最初二日酔いのまま、どこかの綺麗な渓谷へ行ったものだったのです(私だけはよけいだったかもしれない。だってほかは家族ずれが3組いました)。そこで、延々と、戦争文学の話をして、しかも私がしつこくからむように、大岡昇平の話や、木山捷平の話なんかをしていくわけです。まあ私は大西巨人や島尾敏雄がすきなのですね。
 そして、この山口瞳が好きなのです。私はNiftyでも話して、『江分利満氏の優雅な生活』に出てくる登場人物とも知り合いになったものです。
 もう山口瞳さんの行かれるいくつかの飲み屋も行って飲んでいたものですね。
 もはや、ただただ懐かしい人になってしまったのが、この山口瞳です。
 ああ、あなたのホームページも拝見いたしましたよ。

11101502 私の好きな作家である山口瞳に、「酒飲みの自己弁護」なる愉しい小説があります。思えばこの小説の題名も、実にいいコピーですね。さすがは、「壽屋」のコピーライターですね(山口瞳は、壽屋サントリーの宣伝部のサラリーマンでした)。このページはそれを真似たわけでもないのですが、いわばどうでもいいような酒に関することを書いています。
 本当はもっと書きたいし、書くべきなのでしょうね。 たとえば、フランスの酔っぱらいの3人目としては、「フランソワ・ヴィヨン」をあげたいし、オマル・ハイヤーム「ルバイヤート」に出てくる酒も話したいし、アメリカ推理小説に出てくる酒も(たとえば、フイリップ・マーロウは酔っぱらいだよね)喋りたいのですが、どうもそうすると飲んじゃうし、あまりに飲みすぎると、私はホームページの更新よりも、酒のほうが好きだから、まずいことになりそうで、すこし躊躇します。(2001.01.09)

 前回に引き続き、入院中の妻へあてた私の3通目の手紙です。

ママへ
                         2003年10月4日
                              萩 原 周 二
                       私のホームページのURL
                          私のメールアドレス

 きのうは久仁子が行けなかったようですね。きょうは顔を見せると思いますよ。
11052714 それで手術の日にあなたの会社に電話しましたが、その後していません。事務所についたらゆっくり電話しようと思っているのですが、なんだかそのときには、なんやかやの仕事とあちこちへの電話で忘れてしまっていました。きょうこそ電話しようと思いましたら、きょうは土曜日でしたね。
 思えば、この頃もの忘れが激しいかな、なんて思います。なるべく、なんでもパソコンに入れておけばいいのでしょうが、そうはいきません。

 つい昨日、こんなことがありました。
 auの電話料金を支払おうと、請求書兼納付書を探しました。でもありません。最初の支払いなので、銀行自動引出ではなく、コンビニ支払いなのです。実は先日清里に行ったときに、どこかのコンビニで支払おうと持っていっていたのです。でもすっかり忘れはてていたので、きのう病院から事務所に出社するときに、「きょうこそ忘れないぞ」と決意していました。
 でも事務所に行きまして、納付書を探しますが、どこにもありません。どうしたらいいのかと思って、auのホームページを見て、どこかへ電話して聞こうと思いました。auのサイト内を見ると、請求金額と支払額を教えてくれるところがあります。そこで調べてみると、私への前月の請求金額の残額がありません。「あれ、へんだな。インターネットでも間違いもあるんだ」ということで、調べていくと、auショップで料金を支払えることが判りました。
 ちょうど事務所の前にauショップがあるのです。そこへ行きまして、支払いを申し出ます。相手は、私の電話番号等々を聞きまして、パソコンに入力します。「支払いがすんでいるようですが」。でも、私が支払っていないといいますと、さらに上司が出てきて、電話で本部に確認しています。そのとき、私は思い出しました。「あ、きのう俺が am/pmで支払ったんだ。一緒にお茶も買ったんだっけ」。相手は、「やっぱり昨日お支払いいただいていますよ」というので、「あれ、誰かが払ったのかな」なんてとぼけていましたが、支払ったのは私自身でした。私は「ご迷惑をおかけしました」と謝って店を出ました。
 たしかに、事務所でいつも持っているバックの底に領収書も出てきました。もうすっかり前日にやったことを忘れ果てていたのです。これはまずいんです。でもこれほど完璧に忘れていたことにただただ驚きます。

 きのう午後、「K」に行きました。何人もの会員が来ていました。それで、「少し飲んでいこうか」ということになりました。それでちょうど5人で「つかさ」という馴染みの店に行きました。
 そこでいろいろな話になったのですが、ママに持って行っている浅田次郎の話になりまして、いろいろと文学小説のお話になりました。時代小説や、そして山口瞳の話をおおいにしたのですが、組合の理事長が

  今まで読んだ中で、心に残る時代小説ベストスリーって、何か
 な?

というので、少し考えながら、答えました。

第1位 長谷川伸「一本刀土俵入」
第2位 吉川英治「鳴門秘帖」
第3位 中里介山「大菩薩峠」

「でも、それじゃ戦前の小説(註)ばかりじゃないか」というので、

第4位 藤沢周平「蝉しぐれ」
第5位 アレキサンドル・デュマ「ダルタニアン物語」

 (註)長谷川伸「一本刀土俵入」は小説ではなく戲曲です。

 もちろん、それぞれ理由をあげたのですが、全部は述べきれませんでしたね。あんまり時間がなかったからね。思えば、飲んで喋ったことも、ちゃんと思い出して記録していくのはいいかもしれないな。
 飲んでいると、誰もけっこう饒舌になるじゃないですか。でも饒舌だけではなくて、思いもよらないことを、自分が思い出したり思いついたりして口から出ることがあります。これは、実は脳が(たぶんとくに右脳がなのでしょうが)酒によって活性化されて、それでなんじゃないかな。

 例えば、私は英語が苦手です(もちろん他の言語も)。だから、外人と話すのは当然苦手です。でも、酒の席だと、不思儀に話せちゃうことがあるんです。中学生のときから習ってきた英語の単語等々が思わずいくつでも出てきてしまうのですね。それと、酒を飲むときには、私はとにかく「まず相手の話を聞くこと」というのを鉄則にしているので、それもいいのかもしれません。ちょうど、「頭で脳で聞くのではなく、内臓で聞く」というような思いで臨むことにしているのです。そして急に日米戦争等々の話を出して、いろいろとたくさん話すことになります。
 以前にある飲み屋で、私がノートパソコンを開いていたら、始めて会ったアメリカ人が、インターネットをやらせてくれというので、マウスを渡したら、あるホームページを見せてくれ、「これが自分の妻だ」というのですね。「アメリカ人も平気で家族の写真をインターネットで公開しちゃうもんなのか」なんて思いでいますと、「この妻はもともとドイツ人だ」というので、私は、

  我が日本は、あなたの奥さんの祖国ドイツと一緒になって、貴
 国と戦ったが敗北した。私はそれがいまでも面白くない。今度こ
 そ、あなたの奥さんの国とまた一緒になって、貴国に勝利するぞ。
 ただし、今度はイタ公抜きだ。

 もちろん、「これは冗談だけどね」とはつけくわえましたよ。相手のアメリカ人もニコニコしていました。
 思えば、アメリカ人とはこうした冗談が言い合えるのですね。これが、中国人相手だと、そうはいきません。「蘆溝橋なんて、そっちが仕掛けたんじゃないか」なんていおうものなら、大変な言い合いになってしまいます。 でもとにかく、酒飲んでいると苦手なはずの英語も喋られることもあるんですよね。

 さてさて、もう病院にいきますよ。そのあときょうはキャンプにいきますから、また明日は夕方にきます。

 これを長女のおはぎは、「あ、最後まで読んで損しちゃった」と言ったそうです。本当にしょうがない娘です。

11011609 随分昔のことになりますが、強烈な二日酔が夕方になってもさめないまま、何人もの友人や初対面の人たちと飲みはじめたことがあります。私はこうしたことは実はいつものことでもあるのですが。そこでどういうわけか戦争文学の話になってしまいました。
  最初は大岡昇平「俘虜記」「野火」の話です。私は当時吉本-埴谷論争のため大岡昇平には非常に不愉快に思っていたこともあり、「俘虜記」のあのシーン、銃の照準で白人兵をとらえたとき結局銃をぶっはなさなかったというのに猛烈に異議をとなえました。あの兵が大岡昇平ではなく私たちのような普通の庶民だったら躊躇なく引き金をひいていたのではないか。そしてそれのほうがあたりまえだ。したがってあんな小説は戦争の実体をとらえてはいないのだ。

  そして誰かが日本にはまともな戦争文学というのはないのではないか、あれだけの戦争をやってまっとうに文学で描いていないのではないかというのに対して、段々二日酔も醒めてきて、本格的なその日の酔いになり激しく反論しました。第1次大戦後のフランスのドレフィス事件やロシア文学でのショーロホフ「静かなドン」からソルジェニーツィンの話のあと、では日本はどうなのかという話です。
 私は五味川純平「戦争と人間」、大西巨人「神聖喜劇」、島尾敏雄の数々の作品をあげました。そして、山口瞳の「江分利満氏の優雅な生活」も立派に戦争をとらえていると主張しました。
 その山口瞳のこの小説のお話です。

書 名 江分利満氏の優雅な生活
著 者 山口瞳
発行所 新潮文庫

 三島由紀夫はこの小説を絶賛していました。同じ戦中派としての共感もあったようです。それに対して、山口瞳はどうもありがたくないという対応だったと思います。だが、山口瞳からいわせれば、ゲートルをうまくまけないでビンタはられていた自分と、東大出の秀才とが同じ戦中派であるなんて信じられなかったのだと思います。
 あるとき羽田空港で若いひとたちに囲まれている三島を山口瞳がみて、なんだか三島の回りはボーッと明るかったそうです。あんな華やかな人間が同じ戦中派であるわけないということのようです。山口瞳のひがみでもあるのでしょう。そして三島は、そんな山口瞳に対して、「いやいや、俺だってあなたたちの仲間なんだよ」と気弱にいっている気がします。

 さてこの小説は、大正十五年生まれで、現在東西電機(本当はサントリー寿屋なのでしょうけれど)に勤める江分利満(実は作者)のごく普通の日常が書いてあります。「ごく普通の日常」といったって、私たちはそれが毎日毎日たくさんの大変なできごとの積み重ねであることを知っています。江分利にとっても、戦後どうにかやってきた自分は大変なことをごくあたりまえにやってきたという自負があると思います。
 江分利は面白いんですね。大酒飲みで、人にからんで喧嘩ばっかりしている。妻のノイローゼも息子の喘息も、親父の借金も本当にたいへんなことばかり。

  東西電機の赤羽常務が江分利にきく。
 「江分利。お前、兄さんどうしてる?」
 「ええ。まあ、なんとかやっているようです」
 「へええ。奥さんの病気は?」
 「おかげさまで。まあまあですね」
 「ふうん。坊やの喘息は?」
 「咳は出ますが、まあいいようですね」
 「あ、そうや、お父さん退院したそうじゃないか。どんなふうや?」
 「ええ、まあ、ぶらぶら……」
  常務はついに癇癪を起こす。
 「なんや!お前の言っていることは、ちっとも訳わからんやないか!」
  そんなこといったって仕方ないじゃないですか。これが現状なん
 ですから。

  マンモス企業のマンモスビルの社員食堂にカレーライスを食べよ
 うと思って、つらなる長い長いバカバカしい列にいる三五歳の中堅
 社員、典型的なホワイトカラー、そんなものはどこにも存在しない。
 そんなものは、どっかの社会心理研究所の調査にまかせればよい。
 マス・ソサイアティのなかのひとり、とは江分利も思っていない。
 「あなたは通勤の満員電車の中でどんなこと考えていますか?」
 「はい、何も考えておりません」「あなたの就職の動機は?」「ま
 あ、なんとなく」
 「あなたは今の職場に満足していますか?」「ええ、満足していま
 す」
 「将来、何になりたいですか?」
 「大過なくつとめたいと思います。みんなのために」「あなたの尊
 敬する人物は?」「さあ、ちょっとおもいあたりませんね」

 江分利はカルピスが恥ずかしい。神宮の野球場も恥ずかしい。文学座も、築地小劇場の食堂のカレーライスも、N響も恥ずかしい。何故なのか。

  昭和のはじめにあって、昭和のはじめに威勢がよくって、それが
 ずっと十年代から戦後のいまでも威勢がいいような、そういうもの
 がはずかしいんじゃないかね。

 江分利はある日曜日妻と息子ととある公園にいく。江分利は当然二日酔いだが、角瓶をもっていく。それを飲みながら、だんだん思い出してくるのです。

  江分利の前に白髪の老人の像が浮かびあがってくる。温顔。どう
 してもこれは白髪でなくてはいけない。禿頭ではダメだ。禿頭はお
 人よし。神宮球場の若者たちは、まあいい。戦争も仕方ない。すん
 でしまったことだ。避けられなかった運命のように思う。しかし、
 白髪の老人は許さんぞ。美しい言葉で、若者たちを誘惑した彼奴は
 ゆるさないぞ。神宮球場も若者の半数は死んでしまった。テレビジョ
 ンもステレオも知らないで死んでしまった。「かっせ、かっせ、ゴォ
 ゴォゴォ」なんてやっているうちに戦争にかりだされてしまった。
 「右手に帽子を高くゥ」とやっているうちはまだよかったが「歩調ォ
 とれェ、軍歌はじめェ、戦陣訓の歌ァ、一、二、三……やまァとお
 のことうまれてはァ」となるといけない。
  野球ばかりやっていた奴、ダメな奴。応援ばかりしていた奴。な
 まけ者。これは仕方がない。
  しかし、ずるい奴、スマートな奴、スマート・ガイ、抜け目のな
 い奴、美しい言葉で若者を吊った奴、美しい言葉で若者を誘惑する
 ことで金を儲けた奴、それで生活していた奴。すばしこい奴。クレ
 バー・ボーイ。heartのない奴。heartということがわからない奴。
 これは許さないよ。みんなが許しても俺は許さないよ、俺の心のな
 かで許さないよ。

 江分利は思い出す。ウィスキーに手がのびる。夏子夫人が「パパも、もう止めなさいよ」という。もうここらへんになると私は涙があふれ、とまらなくなるのです。この「白髪の老人」とは一体誰のことになるのでしょうか。

 三島由紀夫の自刃のときにも、適確に書いていたのは、私は吉本(吉本隆明)さんと、この山口瞳であると思いました。実に執拗に執拗に書いています。
 山口瞳はもう亡くなりました。もう戦中派と言われる人も亡くなっていくんだなと悲しかったものです。彼の著作はほんんど読んでみました。そしてとくにこの小説はいつもいつも読み返しています。(1996.11.01)

b9a0d68e.jpg 昨日書いた「この言葉は高橋健二さんの言葉なのでした」ということで、でも私はエレベータの中で、同じドイツ文学者で高橋義孝さんを思い出していました。彼はものすごい酒飲みです。トーマス・マンの「ヴェニスに死す」の訳者でした。彼の行った目白の飲み屋で、「ああ、ここで高橋義孝は山口瞳と飲んでいたのかなあ、なんて思い出して私も腹いっぱい飲んでいたものです。
 昨日書いたこの時期の風は強いということでは、ヘルマン・ヘッセが「春の嵐」という小説を書いていますね。前にドイツ人の若い女性と話したときに、彼女は「今のドイツ人は、ゲーテとかヘッセとかマンなんて昔の小説は読まない」なんて言ってしました。
 写真は一昨日午後4時近くの王子駅北口の「藤や酒店」です。ここではいつもこうしてお花がかざられています。(02/18)

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 本当に私は阿呆です。馬鹿です。快男児佐藤勝利さんのことで を書いたことで、この文庫本を読み、そしてやっぱり涙を流してしまいました。たった今も涙が溢れます。
 この本の最後ですが、少しだけ引用します。

………………………………。乱闘はみっともない。しかし江分利にとっては、みっともなくない。それがこのMPにわからないのかな。頭を割られた兵隊は泣いているかもしれない。江分利はしかしMPに叱られても、この場の情景だけは大事にしたい、よく見とどけたいと思った。バカバカしいことさ。バカバカしいけれど大事なことなんだ。これは。
 それが毎年のライスボウルだった。駐留軍の数がだんだん減ってくると、ライスボウルもおとなしくなった。サラリーマンみたないな兵隊がふえてきた。彼等は「戦争」を知らない。軍楽隊も威勢がわるい。
「あれは、もう終っちまったんだな」と江分利は思う。酔いが廻ってくる。ずいぶんいろんなことがあったけれど、バカバカしいことはもう起こらないだろう。
 ああいう時代や、ああいうことはもう終わったんだ、と思う。あれはせいぜい「バイア・コン・ディオス・マイ・ダーリン」までだったんだな。
(山口瞳『江分利満氏の優雅な生活』「昭和の日本人」)

 なんで、私はこんなに泣いてしまうのでしょうか。どこページを読んでいても、涙が湧いてきます。
 私の父は大正2年生まれです。実際に戦争に行きました。江分利である、山口瞳は大正15年生まれ(14年だったかなあ。昭和元年生まれとすぐ近い。大正15年は、昭和元年と同じ年)、だからやはり戦中派です。戦後生まれの私とは違います。大正生まれの私の父たちとも違います。

 写真は、一つ前のUPは、実際の「優雅」の文庫本です。私はこれをどこで買ったのでしょうか。もともとは、この文庫本で読んだわけではありません。
 ここの写真は『江分利満氏の華麗な生活』です。これもどこで買ったのでしょうか。みな古書店ばかりで手に入れていました。

    快男児佐藤勝利さんのことで へ

 私は以下の書込みをしていました。

江分利満の同僚の佐藤勝利さんの校正の話で
思い出した。たしか「完璧」の字のことだった
思い出した。たしか「完璧」の字のことだった 2
思い出した。たしか「完璧」の字のことだった 3

 私は7月14日に我孫子の自宅へ帰りました。ピアノを出す用があったのです。そのときに、自分の寝室で、山口瞳『江分利満氏の優雅な生活』の新潮文庫本を見つけました。パソコンのHDケースの中の上にありましたが、その上にはいくつものものが重なっていました。

 この7月に書き込んで、すぐに本屋に行きまして、絶版を知り、図書館へ行きましても、読めないで、インターネットのオンラインでも、『江分利満氏の華麗な生活』はありまして、手にいれましたが、『優雅』はありません。さらに古書店を歩きましたが、「これは簡単には内容を確認するということはできないのだ」ということが判っただけです。
 それで、上のような書込みをしたのでした。

07080203 でも、14日にこの文庫本を手にして、私は実に喜びました。次の内容です。

 どこの会社にも快男児がいる。快男児的存在がある。東西電機における快男児は業務課の佐藤勝利だ。佐藤は江分利と同じ社宅群の、前列向かって左側に住んでいる。
 佐藤のどこが快男児的であるかといえば、たとえば佐藤は江分利たちのつくる宣伝物に誤植があれば必ず発見してしまう。宣伝物は業務課を通って出稿し責了となった校正刷も業務課を通るから、江分利たちは、ずい分助けられたわけだ。致命的な値段表・商品名のミスを発見してもらったことさえある。
「江分利さん、えらいすんまへんが、これ、今度3千5百円になったのとちがいまっか?」佐藤はむしろ恥ずかしそうにいう。「念のためにうかがいますが、この文案の、ここん所完璧の璧は壁やのうて、下が玉になってるのとちがいまっか? 当用漢字では壁でよろしいのでっか?」などというので、おそれいってしまう。
(山口瞳『江分利満氏の優雅な生活』「困ってしまう」)

 私は以上のとくに、佐藤勝利の「」内の発言を思い出したかっただけなのです。それなのに、それができなくて、最後は飲み屋のカウンターでしょんぼりしていたものでした。
 でもこうして、実際に確認できると、嬉しいものでした。
 ただし、もう現実の世界で、この佐藤勝利さん(現実の世界で、このモデルになった方)にお会いすることは、もうできないのでしょうね。なんだか、実に寂しい悲しい思いになります。でももう仕方のないことなのでしょうね。

 快男児佐藤勝利さんのことで の2 へ

b6888c59.jpg 私の孫に絵本を読んであげようということで、昨日も王子図書館で借りてきました。柳原良平さんの絵本です。私は山口瞳の小説の挿絵でばかりで、いつもウイスキーの絵ばかり描いている作家なのだろうと思い込んでいましたが、こんないい絵本作家でもあるんですね。驚くと同時に、知らなかった私が羞しい思いばかりです。義母が私の娘に絵本を読んでくれていたように、私も孫に絵本をたくさん読んであげます。(6/01)
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df85e121.jpg 今朝おはぎにもブルータスにも手紙を書きました。それが、きのう私がポコちゃんに王子図書館の二つの本をまた読んであげたことを書いて、絵本の「柳原良平『おうちのともだち』」のことを書いているうちに、この柳原さんと山口瞳のことから、サントリーとニッカのウィスキーのことまで熱く語ってしまいました。
 二人はウィスキーなんかに、何の関心もないのだろうから、これはしょうがない父親ですね。でももっと王子図書館で、柳原良平さんの絵本を借りてきます。
 ただ思えば、私の二人の娘では、山口瞳の小説を読むことはないでしょうね。なんだか少し寂しくなります。
 また柳原良平さんの絵本を、ポコちゃんに読んであげます。そしてそのときにいつも私は山口瞳を思い出しています。江分利満が、どこかの飲み屋でぐずぐず言い続けている様を想像しながら、私は柳原さんの絵本を読んでいきます。
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07052402 周の雑読備忘録「柳原良平『おうちのともだち』」に次のように書きました。

 江分利満のおかげで、私はたくさんの方を知りました。あの「江分利満氏」の「優雅な生活」「華麗な生活」に出てくる実際の寿やさんの社員だろうという方々、そしてあれのイラストのこの柳原良平さん、そして常磐新平さん。

 このときに、私は当然、あの中の登場人物の中で、佐藤勝利を思い浮かべていました(あ、もちろん佐藤勝利というのは、小説の中の名前です。本名は違う名前です)。いつもいつも私はこの佐藤勝利さんのことを思う浮かべては、ニヤニヤしながら、かつ何だか涙を浮かべています。私は 映画「江分利満氏の優雅な生活」に次のように書いています。

 昔、nifty のある会議室で、私はこの江分利満氏の話をしていたら、つまり私が「佐藤勝利さんが一番好きだ」とかなんとか言っていましたら、実際にあのサントリーの社宅群に住んでいた方がいましてね(その方もあの小説に出てくる登場人物です)、その方から何度か会議室の交換をいただいて、実に感激したものでした。彼も私のいうことを見て、「こんな若い奴にも山口瞳が好きなのがいる」と喜んでくれたようです。

 この佐藤勝利さんは、実際には、実に豪快な方だったようです。まさしくこの小説で書かれていたとおりだったのですね。
 それで実は、この佐藤勝利さんが小説の中で、えがかれている内容で私が思い出したことがありましたが、その内容が詳細に思い起こすことができません。それは次のようなことです。
 佐藤勝利さんは、自分の仕事ではないのですが、実にさまざまなことをやってくれる方なのです。広告コピーの校正で、佐藤さんが話されるセリフなのです。
 私も昔広告制作の仕事に携わっていましたから、校正は色校正含めて、たくさんやってきましたが、ここでは文字校正のことです。

 でもでも、私はこの内容が思い出せないのです。佐藤勝利さんの言われている内容を思い出せません。山口瞳の小説はほぼすべてに近いくらい読んできました。最後は我孫子図書館で、あるかぎり読んできました。そして「江分利満氏の優雅な生活」も「江分利満氏の華麗な生活」も文庫本で何度も何度も読んできました。
 でもその文庫本は我孫子の家にあるのです。だから、仕方ないからインターネット上でなんとしても確認しようとしました。

   http://books.bitway.ne.jp/  ビットウェイブックス

にて、「江分利満氏の華麗な生活」のほうは、全文購入しまして(315円でした)すべて読みましたが、どうやら佐藤勝利さんの校正に関する話は、「優雅」なほうのようです。でもでも、ここで困りました。「江分利満氏の優雅な生活」のほうは、ビットウェイブックスには提供されていないのです。「では、本屋で新潮文庫を立ち読みするか」と思いまして、私はサミットストアに急ぎました(食事用のものを買う用意もありました)。わが家のおかあさん2007.05.24 で載せました写真は、そのときに途中で撮りましたものです。
 でもサミットストアにはありません。その帰り王子図書館に行きます。でもここにも「江分利満氏の優雅な生活」はありません。
 私はその日秋葉原に行く用がありました。ヨドバシカメラの8偕の書店で検索しても、山口瞳の本はたくさんあり、「華麗な」はありますが「優雅な」のほうはありません。絶版なのです。
 かくして困りまして、ある古書店に行くことにしました。「あそこならたぶんあるだろう?」 でもでも、山口瞳はあっても、「優雅な」はないのです。私はでもとにかく古書店に入ると、とにかく必ずなにかの本は買います。そうしないと古書店に悪いような気持になっています。
 かくして、私には「江分利満氏の優雅な生活」の中で佐藤勝利のいう校正の話をここに再現することはできません。
 インターネットで調らべても、これほどインターネットが頼りにならないものだとは驚きました。いえ、一番頼りにならないのは、私の頭なのです。
 なんとかまた別の日に確認して、ここに書きます。いえいえ、たいしたことではないのですが、なんだか悔しい情けない気持です。

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おうちのともだち
 これを王子図書館で見つけて、「あれ、柳原良平さんだ」と驚きました。柳原良平さんの独特なイラストは、私にとって江分利満のときから、ずっと親しんできたものです。山口瞳さんの小説とともに、どれくらい親しんできたものでしょうか。
 ポコちゃんは、まだ子どもではなく生後4カ月を過ぎた赤ちゃんです。まだ0歳です。だから、この0歳用の絵本を探すのが最初は大変でした。
 でもすぐに見つけることができました。そして、この柳原良平さんの絵本があったのです。

書 名 おうちのともだち
作・絵 柳原良平
発行所 こぐま社
定 価 900円+税
発行日 2006年4月25日第1刷発行
読了日 2007年5月22日

 絵を見ていて私は嬉しくなります。でもポコちゃんは、私が読んであげてもちゃんと見てくれない感じでした。ただ次のママのおはぎが、膝に乗せて読みますと、ちゃんと絵を見ています。そして、手で絵をさわろうとします。もうその手には、ポコちゃんのよだれがついています。
 私は、「これは公共の本ですから」と言いまして、その手をのけ、よだれは私のハンカチでふきます。でも、やっぱりママが読んであげると、いっぱい興味を持つようです。
 いい絵本を知りました。いい絵本作家を知りました。
 江分利満のおかげで、私はたくさんの方を知りました。あの「江分利満氏」の「優雅な生活」「華麗な生活」に出てくる実際の寿やさんの社員だろうという方々、そしてあれのイラストのこの柳原良平さん、そして常磐新平さん。
 もう私は山口瞳さんの小説で知った多くの方の、そのまたファンになっています。

06121201酒場

書 名 日本の名随筆別巻4 酒場
編 者 常盤新平
発行所 作品社
定 価 780円+税
発行日 1991年6月25日第一刷発行
読了日 2006年12月8日

 さすが常盤新平さんの編集です。実に面白い。実に愉快です。そしてでもやっぱり読んで泣けてしまうところもあります。
 あちこちで読んできた文章も多いのですが、やはり始めて接する文章もあります。やっぱり私は井伏鱒二、山口瞳の文がいいなあ。それから吉田健一もいいです。私はこの吉田健一のことが嫌いな人間でしたが、この酒のことを書いた文章を読んでから実に好きになったものでした。ようするにサ、私なんかと替わらない酔っぱらいじゃないですか。

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 私は今年の1月から、東京北区の王子に妻の実家に住むようになりました。義父の身体の具合が悪く入院して、義母の介護をしなければならなくなったからです。
 だが、義父は3月9日に亡くなりまして、義母の介護も、もう臨時的なこととはいえなくなりました。もう来年の3月には、次女も結婚しますので、そうしましたら、長く住みました我孫子ですが、引き払おうかと決意しています。
 そうなるのなら、本格的にこの王子の住民になろうと、すぐ近くの図書館の利用カードを手にしました。今思えば、もっと早くやるべきでしたが、私は職場事務所は御茶ノ水であり、自宅は我孫子だという意識が強くあったのですね。
 もうそうではなく、ここ王子の住民になろうと決意しました。我孫子には、私の大事な母がいますが、その母のことは義姉にまかせます。もちろん、私もときどき母に会いに行きます。
 でも、この王子にも大切な義母がいます。だから私はここの住民になるのです。それで一昨日(10月21日)自転車を買いまして、その前日この図書館のカードを手に入れました。

 http://www.kitanet.ne.jp/~kitalib/  東京都北区図書館ホームページ

 今の図書館というのは、こうして自在にインターネットが使えていいですね。これなら、図書館の本をいわば自分の蔵書のように考えていけます。
 私は昔北浦和にありました浦和図書館で、かなりな本を読みました。思えば、中里介山「大菩薩峠」、アレキサンドル・ディマ「ダルタニアン物語」、それに島尾敏雄はすべての作品をここで読みました。
 我孫子図書館もよく利用しました。山口瞳の作品は、「男性自身」含めてほぼすべて読みました。だが、我孫子図書館は私の印象では、あまり本が増えないので、そのうちに、この図書館までいく途中の古書店で、早川文庫のSF等々をたくさん買いまして読むようになったものでした。

 私はこのごろ、読む本を探すのが大変なので、まずは明治書院の漢文大系をすべて手に入れて読もうかなんて思っていました。莫大な量があり、お金がかかりすぎますが、簡単に読めないから、自宅でゆっくりという気持でしたが、もうそばのこの図書館ですべて間に合います。
 それと今は、こうしてインターネットが使えるのが実に便利です。
 どうしても、自分の本にはしたくないが、どうしてもある部分を探して読みたい著者がいます。でもあちこち探してもありません(たくさんある文庫本には載っていないのだ)。神保町のある本屋ではあるのですが、その著者の全集のある部分だけを読みたいから、その1巻だけ欲しい、しかもそれがどこにあるか判らないので、探したいなんていえません。大きい本屋の上のほうの棚にあるし。
 でもこうしてインターネットで探せれば、東京中の図書館の本を探して、借りることができます。これができれば、実に私は助かることがあるのです。
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