10120808 山口瞳が肺ガンにて30日亡くなりました。私の大好きな作家でした。我孫子図書館にある山口瞳の本は全て読んでいたものです。私はまだ読んでいないといったら、「男性自身」の最近に近い単行本でしょうか。まだ若いのになあ、という思いです。典型的な戦中派作家という感じでしたね。
 一番印象に残る作品といったら、「江分利満氏の優雅な生活」「江分利満氏の華麗な生活」「血族」「姻族」「酒飲みの自己弁護」でしょうか。江分利満氏に関しては、今も時々読んでいますが、どうしても涙が出てくるところがあります。あの中に出てくる江分利満も佐藤勝利さんも、もういないということなのかな。夏子夫人はどうしたのだろう。
 そういえば、山口瞳の先生の高橋義孝も先日亡くなりましたね。なんだか淋しいことです。だんだん悲惨に腹いっぱい飲む人が少なくなりますね。
 合掌します。前に「江分利満氏の優雅な生活」の書評は書きましたから、何かほかの作品の書評も書いてみます。(1995.08.31)

 なんだか山口瞳と飲んでしまったよ
 やっぱり山口瞳が亡くなったのは悲しい。ずっと今「酒呑みの自己弁護」を読みながら、飲んでぶつぶつ言っていた。たくさんのこと、この本でも教わったなあ。梶山季之なんて、ただのエロ作家くらいにしか思っていなかったが、この山口瞳の書いているところを読んでから、私も読んでみたものです。
 梶山季之って、いいね。私は実は頼山陽のこと梶山季之の小説で知ったのです(もちろん山陽の詩は詩吟をやっていたわけですから、昔から詳しく知っていた)。山陽の莫大にある詩の、それこそその数十倍も作詩している山陽の存在を知りました。自在に奔放に生きる山陽の姿を、私は梶山季之によって知りました。そして、山陽の彼女たる江馬細香も知りました(もちろん、もともと知っているわけだが、これは大きいのです。そして私は細香に関しては、いくつもの書物を読みました。そして詩は全て読むことになりました)。何もかも、梶山季之と山口瞳のお蔭です。
 いったい私が山口瞳から入っていった人って、どれくらいいるでしょうか。例えば例えば(私はいつもとんでもない人をあげる)、綱淵謙錠なんて作家は、私は思うのだが、多分、山口瞳が銀座ルパンで飲んでいたとき(いや、思えばこんなことないかもしれない、ルパンは太宰と織田作と田中英光かな)、なんとなく山口瞳が煙たく面倒で話しかけられない存在だったのじゃないのかな。つまりは、俺たちと違って、もっと上のところで静かに飲んでいるって奴がいるでしょう。それが綱淵謙錠じゃないのかな。だから、もしもその場に私がいたら、そりゃ当然綱淵に絡みますよ。その為に、私は明治維新戦争のことは学んできたし、綱淵謙錠の小説はせっせと読んできました。いつか機会があるものと思ってきました。私は綱淵の「戊辰落日」を嫌いではありません。でもでも、ただただひたすら江分利満の為に、綱淵に絡むことを夢見ていました。(ただし、山口さんは綱淵のこと何等書いていないかもしれないよ。だだ、私にはそうした匂いがするのです。飲み屋での上の席と酔いどれの席の差が) もうすべて甲斐ないことになってしまいました。
 飲んでではなく、しらふでもとにかく一番希望していたのは、山口さんに、我が吉本(吉本隆明)さんと対談して欲しかったことだ。おそらく、こんな希望をいうのは日本で私しかいないだろうな。でも、私はあの70年11月25日の三島由紀夫の自刃に関して、すくなくともすぐさま読むべきことを言いえていたのは、この二人しかいない。
 おそらく、三島さんは吉本さんが言ったことには、真っ直ぐに聴いているだろう。山口さんの言ったことには、「いやいや」と首をふって、「私だって貴方と同じ戦中派なのだ」とすり寄っていく気がする。吉本さんはそういう三島が耐えられないし、山口さんは、それこそそうした三島を冷たく引き離すのではないかな。
 もう少し生きててほしかったな。(1995.09.01)