将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:山月記

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 昨日私は秋葉原へ行ったときに、私の常に携帯していますカシオのXD-SF6200で、中島敦『山月記』を聞いていきました。もちろん、目ではこの電子辞書の画面を見ています。画面は縦書きで見ることができます。

 私はこの小説を読んだのは、高校1年のときであるし、この朗読でも前にも江守徹さんのCDでも聞いたことがありました。今回のは違うかたです。
 こう始まります。

 隴(ろう)西の李徴は博學才穎(さいえい)、天寶の末年、若くして名を虎榜(こぼう)に連ね、ついで江南尉に補せられたが、性、狷介、自ら恃む所頗る厚く、賤吏に甘んずるを潔しとしなかつた。いくばくもなく官を退いた後は、故山、(くわく)略に歸臥し、人と交を絶つて、ひたすら詩作に耽つた。下吏となつて長く膝を俗惡な大官の前に屈するよりは、詩家としての名を死後百年に遺さうとしたのである。しかし、文名は容易に揚らず、生活は日を逐うて苦しくなる。李徴は漸く焦躁に驅られて來た。この頃から其の容貌も峭刻となり、肉落ち骨秀で、眼光のみ徒らに烱々として、曾て進士に登第した頃の豐頬の美少年の俤は、何處に求めやうもない。數年の後、貧窮に堪へず、妻子の衣食のために遂に節を屈して、再び東へ赴き、一地方官吏の職を奉ずることになつた。一方、之は、己(をのれ)の詩業に半ば絶望したためでもある。曾ての同輩は既に遙か高位に進み、彼が昔、鈍物として齒牙にもかけなかつた其の連中の下命を拜さねばならぬことが、往年の秀才李徴の自尊心を如何に傷つけたかは、想像に難くない。彼は怏々として樂しまず、狂悖(はい)の性は愈抑へ難くなつた。一年の後、公用で旅に出、汝水(ぢよすゐ)のほとりに宿つた時、遂に發狂した。或夜半、急に顏色を變へて寢床から起上ると、何か譯の分らぬことを叫びつつ其の儘下にとび下りて、闇の中へ駈出した。彼は二度と戻つて來なかつた。附近の山野を搜索しても、何の手掛りもない。その後李徴がどうなつたかを知る者は、誰もなかつた。

 私の印象では、もっと短い小説でした。こうして朗読になって、全部を聞いていますと。とても長く聞こえるのです。
 そして前から気になっていた箇所ですが、李徴が自分の詩を朗読するところです。

 袁參(この參は本当はにんべんがついています)は部下に命じ、筆を執って叢中の声に随(したが)って書きとらせた。李徴の声は叢の中から朗々と響いた。長短凡(およ)そ三十篇、格調高雅、意趣卓逸、一読して作者の才の非凡を思わせるものばかりである。しかし、袁は感嘆しながらも漠然(ばくぜん)と次のように感じていた。成程(なるほど)、作者の素質が第一流に属するものであることは疑いない。しかし、このままでは、第一流の作品となるのには、何処(どこ)か(非常に微妙な点に於(おい)て)欠けるところがあるのではないか、と。

 何故、袁參は、この李徴の詩をこう感じてしまうのでしょうか。しかし、この詩は小説でも記されてはいません。
 このあと、さらにここで、虎になった李徴が続けます。

 羞(はずか)しいことだが、今でも、こんなあさましい身と成り果てた今でも、己(おれ)は、己の詩集が長安(ちょうあん)風流人士の机の上に置かれている様を、夢に見ることがあるのだ。岩窟(がんくつ)の中に横たわって見る夢にだよ。嗤(わら)ってくれ。詩人に成りそこなって虎になった哀れな男を。(袁は昔の青年李徴の自嘲癖(じちょうへき)を思出しながら、哀しく聞いていた。)そうだ。お笑い草ついでに、今の懐(おもい)を即席の詩に述べて見ようか。この虎の中に、まだ、曾ての李徴が生きているしるしに。
 袁は又下吏に命じてこれを書きとらせた。その詩に言う。

  偶因狂疾成殊類 災患相仍不可逃
  今日爪牙誰敢敵 当時声跡共相高
  我為異物蓬茅下 君巳乗召気勢豪
  此夕渓山対明月 不成長嘯但成吼
  (召と吼のみは違う字です。表示できません)

 時に、残月、光冷(ひや)やかに、白露は地に滋(しげ)く、樹間を渡る冷風は既に暁の近きを告げていた。人々は最早、事の奇異を忘れ、粛然として、この詩人の薄倖(はっこう)を嘆じた。

 しかし、この七言律詩は、平仄も韻も対句もちゃんと出来ています。虎の身になった李徴がどうしてこうして作詩ができるのか、私にはもう羨ましいばかりです。

 でもこうして朗読で、文学作品をこうして再び自分の耳で聞くことも、実にいいことですね。

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 きょうは、朝9時ちょうどに図書館へ行きまして、そのあとヨドバシカメラへ行きました。それですぐ帰ってきました。
 秋葉原の帰りのエレカレーターで、明治大学のY先輩と偶然会いました。でも互いに逆方向で話してはいられませんでした。

2009/03/07 10:38今また京浜東北線です。秋葉原に向かってます。今日はいい天気ですね。昨日はあんなに寒い日でしたが、今は実に綺麗な空です。上野を経過しています。ペースメーカーを実際につけているかたがいるんですね。
2009/03/07 12:29今家でテレビを見ながら、耳は梶井基次郎の「檸檬」を聞いています。
 きょう朝もたしか3時ころから、中島敦「山月記」を聞きました。ほぼ内容はすべて覚えているものと思いこんでいましたが、少し違ったものでした。
 また、今聞いています「檸檬」もこんなきめ細かい点まで聞いていて驚いているところです。
2009/03/07 12:52今もう日本テレビをみています。

 この音声でいくつもの作品を聞いているのもいいことだなあ、と思いました。自分が読んでいたはずでも、こうして再び丁寧に聞いていきますと、また別な思いも湧いてくるものでした。

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