将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:島田荘司

11020209書  名 消える上海レディ
発行所 光文社文庫
発行年月1986/4

 最初の「プロローグ」で昭和13年末の上海が出てきます。最後の「エピローグ」はそれから47年後の昭和60年のことですが、13年の上海と同じ女がこう叫びます。

  ねぇお巡りさん、私は悪くないんだよ。私はすべて、お国のた
  めにやったんだ。それ以外に何もないよ。私は自分のすべてを、
  お国のために捧げたんだ。美しく生まれたんだから、あなたはそ
  の美しさでもって、生んでくれた国に恩返しをすべきなんだって、
  兵隊さんにそう言われてね。
  私はそう思って、今まで一生懸命やってきたんだ。私ほど一生
  懸命にやった女はいないよ。そのことでは自信があるんだ、何ひ
  とつ悔いはない。私はできるだけのことをやった。そして何ひと
  つ残るものはなかったんだよ。

 私は上海に於ける北一輝と宋教仁を思い出してしまいました。彼ら二人を殺したあとの上海がそのまま今も残っているような気がしました。

 この作品にはおなじみの吉敷も御手洗も出てきません。やはり団塊の世代の出る幕ではないのかなとも思いました。しかし、かなり息をつがせぬ形で読ませていきます。私なんか電車の中でよみはじめて、目的地に着いたのにそのまま駅のベンチでしばし読み耽けってしまいました。またその日の夜友人と待合せしたのに、本に夢中になっていた私を友人はすぐにみつけられなかったようです。(1998.11.01)

11020203書  名 サテンのマーメイド
発行所 集英社文庫
発行年月1985/9

  これはアメリカ西海岸を舞台にした作品です。主人公は元レーサーの30歳過ぎの私立探偵。著者にしてはめずらしいハードボイルド小説です。
「北の夕鶴2/3殺人事件」の吉敷もハールドボイルド小説の主役のように活躍しますが、この作品も「夕鶴」と同じ雰囲気を感じとることができます。

 雨の金曜日の夜、主人公の事務所にサテンのドレスをまとったサラと名乗る美女が現れます。依頼は250マイル離れたサウスポイントへ2時間で彼女と車を届けてほしいという。報酬は1万ドル。雨なのに平均時速130マイルで走らなければならない。理由をきいても教えない。それならば断ると、ちょうどそこに友人で酔いどれのカイル・ライリーが来てしまう。彼は止めてもその仕事を引き受けてしまう。
 そして奇妙な事件が起きる。250マイル離れた街で同じ男が轢き殺される。犯人はカイルということになっている。
 この奇怪な事件の謎ときと、主人公とサラという美女との愛がこの話の核心です。ただこの愛はたいへんに悲しい。
 考えてみればこの話を日本という舞台では無理なのかな、だから西海岸にしたのかなとも思いました。(1998.11.01)

11012809書 名 殺人ダイヤルを捜せ
発行所 講談社文庫
発行年月1985/9

 これは電話にまつわる犯罪事件です。ただ現在の電話ということを考えると、もう題材が私には古く感じられます。今は留守番電話や携帯電話を使った犯罪事件が考えられるのではないでしょうか。またパソコン通信などもミステリーの世界でもさまざま使えるように思っています。(1998.11.01)

11012311書  名 確立2/2の死
発行所 光文社文庫
発行年月1985/9

 第一行目から吉敷竹史が走っています。小脇に一千万円の入ったカバンを抱えて、都心を走っています。プロ野球のスター・プレーヤーの子どもが誘拐され、吉敷が身代金を届ける役目なのです。犯人の指示通りに、赤電話から赤電話へ走ります。しかし、最後犯人は子どもを解放し、身代金も「そんなものはいらん」という。いったい犯人の目的は何なのでしょうか。
 これは「寝台特急『はやぶさ』1/60秒の壁」や「北の夕鶴2/3の殺人」のようなトラベルミステリーではありません。と、このくらいしか私には書くことがありません。(1998.11.01)

11012307書  名 夏、19歳の肖像
発行所 文春文庫
発行年月1985/7

 これは著者の異色の青春小説です。おそらく著者の自伝的な要素が強いのではと思われます。
 主人公はオートバイ事故で入院中のときに病院の窓から見た若い美しい女性に恋してしまいます。それからなんとか彼女に近付いて知り合いになります。その中の主人公の思い、行動に、「そうなんだよな、青春のときの恋って、こんなことがあるんだよな」なんて思ってしまいます。もちろんこの主人公のような特異な体験になるということではなく、その中のひとつひとつのできごとが誰でも同じような思いでいらいらしたり、あせったりする気持は同じなのではないでしょうか。
 なんだか私も自分の青春を思い出しました。(1998.11.01)

11012110書  名 消える「水晶特急」
発行所 光文社文庫
発行年月1985/5

 列車が実際に消えてしまう話です。これと同じような話は、西村京太郎「消えるミステリー列車」があります。またイギリスの推理小説でも列車が消えてしまう小説があったと思いますが、題名を思い出せません。

「消える上海レディ」で被害者になる旅行雑誌の記者島丘弓芙子の同僚の蓬田夜片子がこの列車にのっていて、親友の弓芙子もまた大変な経験をすることになります。
 たぶんかなり西村京太郎のミステリーを意識していると思われます。あの話では、犯人があまりに手際よく、十津川警部が犯人を逮捕できるわけではありません。この島田荘司の作品のほうはそれに比べると、もっと犯人の犯罪自体は単純に思えます。ところがその単純な犯罪が何故か列車が消え、しかもその理由を見つけ出すことがなかなかできません。犯罪がもうひとつ絡んでいるからなのです。
 吉敷警部が担当で、この事件を解決しますが、吉敷と二人の女性記者のからみも吉敷らしくあっさりしているのですが、たいへんに愉しいのです。(1988.11.01)

11012002書  名 北の夕鶴2/3の殺人
発行所 光文社文庫
発行年月1985/1

 これは吉敷竹史という刑事が活躍する事件です。しかし、同時にある男女(この吉敷刑事夫婦)の愛の形の崩壊の話でもあります。なんだか読んでいて、この夫婦の形に悲しく寂しくなってしまいます。

 吉敷刑事の離婚した妻通子から五年ぶりに「声が聞きたかっただけ」という電話がかかってきます。でも彼女は具体的には会おうとしません。吉敷はひょっとしたらと、上野駅に急ぎます。出発してしまった夜行列車ゆうづる九号の窓に彼女の姿を発見します。彼女の目には涙があったかもしれません。その夜この列車で女が殺されます。その姿は通子のものと同じです。吉敷は休暇をとり、その死体を確認にいきます。しかし、それは通子ではありませんでした。

 吉敷は通子を求めて彼女の住む釧路まで行きます。しかし彼女のマンションの部屋でまた二人の女が殺されています。この二人はこの部屋に入れないはずなのです。空でも飛ばない限り。そしてこの殺人のあった夜、管理人の部屋にいた学生が、鎧武者が歩くのをみています。近くに義経伝説のある岩があるのです。そしてその学生の写した写真に、確かに鎧武者が写っています。
 妻が犯人なのか。この不可解な事件に吉敷は自分の昔の妻を信じて立ち向かって行きます。
 しかし、結末はやはり悲しい。何故か愛し合いながら、この夫婦は別れれたままです。もう元にはもどれないのです。

 「あなたは私には遠い人」
 通子はつぶやく。
 「もう、手の届かない人になった」
 そうじゃない、吉敷は胸のうちで言う。そうじゃないんだが…… 。……
  君を自分のものにしたくて、それで頑張ったわけじゃない。そんなこと
 のために、はたして命が賭けられたかどうか。
  もっと大きなもののために、言ってみれば、人間はこうあるべきという、
 男はこうあるべきという、そういう信念に殉じようとして、自分は闘った
 のだ。それを解ってくれないだろうか。

 私はこの小説の中に入って言いたいのです。愛し合って結婚してしまったからいけないのだ。愛するから結婚するのではなく、夫婦になったらそれで愛を形作っていくのだ。世界がどうなろうと、人間はどうあるべきだろうと、まず夫婦は愛の形を作っていくべきなのだ、と。
 なお、これは吉敷竹史が活躍する三番目の作品です。吉敷は警視庁の捜査第1課に所属する刑事です。(1988.11.01)

11011108書  名 火刑都市
発行所 講談社文庫
発行年月1984/12

「死者が飲む水」で牛越に協力する警視庁捜査一課の中村刑事が主役で活躍する話です。中村刑事が牛越に初めて出会うシーンが印象的でした。

  だが中村は、牛越などの考える刑事像とはだいぶ違っていた。第一
  印象ではとても刑事には思えなかった。頭には黒いベレー帽をかぶり、
  茶のコーティングのかかった、牛越などの感覚では少々気障な眼鏡を
  かけている。これでパイプでもくわえれば画家のようだ。
  着ている物を小ざっぱりしている。仕立ての良いハーフコートを持っ
  ていたが、それを窓際の席でたたんでいるところだった。その裏地に、
  カルダンという文字がちらりと見えた。

  なぜこんなに中村刑事がおしやれなのかというのは、この「火刑都市」で明らかになってきます。そしてこの事件を解決するのは、横浜生まれの御手洗や、岡山生まれの吉敷ではなく、江戸っ子である中村でなければならないのです。「火刑都市」とは東京のことなのですから。

  東京で皇居を中心として円を描くように放火事件が起こります。犯人の狙いが何なのか判りません。中村警部が捜査を進めていくうちに、東京あるいは江戸が「水の都」であったことが浮んできます。このことがかなりなこの事件の核心なのではないのか、ときずいていくのです。

 私は仕事でよく東京を歩き、またよく自転車で回ることがありますが、東京がかって水の都であり、だがいまはその水の路がいくつにも寸断されているのを感じます。漱石「三四郎」で三四郎が峯子と歩く梓川というのは、あの谷中千駄木のいま一体どこに見られるのでしょうか。そんな水の路を失ってしまった東京に対する犯人に怒りが判るような気もします。
 この作品は島田荘司の中でも、かなりな傑作の一つであると私は感じたものです。(1988.11.01)

11011103書名  漱石と倫敦ミイラ殺人事件
発行所 集英社文庫
定価  430円
発行年月1984/9

 この作品は著者のほかのシリーズとは人的なつながりはありません。明治三三年(一九三三)にロンドンに留学した夏目漱石が、シャーロック・ホームズに協力して、奇怪な事件を解決します。著者はホームズにかなり傾倒しているわけですが、そのホームズをめぐってかなり愉しいシーンがたくさん用意されています。
「占星術殺人事件」において御手洗潔はホームズの不合理さについて以下のように喋っています。

  もうないかな……、いやいや、まだあるよ、えーと、あ、そうそう、
 あの人は変装の名人だっけ! 白髪のかつらと眉をつけて日傘をさし
 てさ、お婆さんに変装してよく街中を歩いたんだろう?  ホームズ
 の身長がいくつか知っているかい? 六フィートと少しだぜ。一メー
 トル九十近い婆さんがいて、こいつが男の変装かもしれないと思わな
 い人間がこの世にいるのかしら。こんな婆さんがいたら化け物だぜ。
 おそらくロンドン中の人間が、あ、ホームズさんが行くと思ったろう。
 でも何故かワトソンさんは気づかないんだな。

 これがこの作品ではそのまま出てきます。ある朝漱石は散歩していると、向こうから六尺を越えるレデーが日傘をさしてきます。擦れ違う人は皆目を伏せ、擦れ違ってから皆振り返っています。

  だいぶん距離がつまったので見ると何とホームズさんである。自分
 は気安い気持ちになって、先日の礼を言おうと寄っていった。
 「ホームズさんこんにちは」
 と喉まで出かかってふと思い留まった。見るとホームズさんは澄まし
 て、そっぽを向いている。先日の悪い記憶がよみがえった。ここでホー
 ムズさんと声をかけたら、また発作を起こされるかも  しれない。
  それで皆通行人は知らん顔をしていたのかとようやく合点がいった。
 ホームズさんは、いわば倫敦の名物のような人物であるから、今や知
 らぬ者などないのである。皆遠慮して変装にだまされたふりをしてい
 るのだ。
  自分もそっぽを向いたまま、口笛を吹きながら擦れ違ったら、わは
 はと笑う声が後ろでした。振り返るとホームズさんが角兵衛獅子の帽
 子を脱いでこっちを向いている。ハンカチを女物の袋から取り出し、
 すばやく白粉(おしろい)をぬぐうと、コロモをつけて油の中に入れ
 るばかりになった天ぷらみたいな顔をして立っていた。
  自分はややぎごちないなとは思いつつ、
 「これはホームズさん、ちっとも解りませんでしたよ」
 と言った。するとホームズ先生ますます上機嫌になった。そして、
 「実は何を隠そう僕なのです。困りますな、僕の顔をお忘れになっちゃ」
 と言う。

 実にホームズの病的な時期がありありと浮んできます。漱石もこの当時強度の神経症で悩んでいる時期ですから、この二人の出会いはさまざま笑ってしまいます。

 そしてしかも、この作品は漱石の未発表原稿「倫敦覚書」とワトソン博士の未発表原稿が交互に挿入構成されています。これがまた傑作なのですね。
 著者のホームズと漱石への愛を深く感じます。そして生き生きとして活躍する、ホームズと漱石探偵に乾杯です。(1988.11.01)

11010304書 名 出雲伝説7/8の殺人
発行所 光文社文庫
発行年月1984/6

  吉敷竹史が主役として活躍するシリーズ2番目、「寝台特急『はやぶさ』1/60秒の壁」と「北の夕鶴2/3の殺人」の間に位置する作品です。これも同じくトラベルミステリーです。
 著者は「占星術殺人事件」と「斜め屋敷の犯罪」ではかなり注目を浴びたとはいっても、それほどの読者層を得たとはいえませんでした。「占星術殺人事件」をお読みになればそのわけは分かると思います。ちょっととっつきにくいのですね。ところがこのようなトラベルミステリーではまたたくうちにたくさんのファンを獲得したようです。やはり日本人には列車のトリックや、時刻表を駆使した時間工作などというのがうけるのでしょうか。私なんか西村京太郎のトラベルものをそれこそもう嫌というほど読んでいますから、「もういいよ」という感覚だったのですが、この著者にはまたたくうちにひきつけられた感じです。それは、単に事件の奇怪猟奇さだけではなく、その裏にある人間の悲しみと、 <愛> をどの作品にも感じるからでしょうか。謎解きの愉しさだけでなく、すべてにまでいきわたる著者のやさしさ、必ずみている <天> というようなものを感じるからだと思います。

 山陰地方の六つのローカル線の駅と大阪駅で、同一女性のバラバラ死体が発見されます。ちょうど駅に流れついたようです。だが首だけが見つかりません……。
 吉敷は捜査していく中で、この事件が出雲の「八俣の大蛇」伝説に関係するのではと思っていきます。地方の普通の高校の教師とその娘の生涯をかけた出雲伝説研究の執念が浮びあがってきます。

 この作品も最後が感動的です。地道に誰も見向きもしないような研究をやっている学者がいます。私はこんな学者が何人もいると思います。報われるか、報われないか分からないが、黙って研究している人がいると思います。学問の世界の学界ではいつまでも認められなくても、そのままやりとげる人がいると思います。私自身も何人か知っています。地味だけど大事なんですね。そうした人の苦労をふまえてまた論を展開できる人もたくさんいるだろうし、また新たな視点をもてたりすることもあると思うのです。そうした地道な苦労を吉本(吉本隆明)さんのように充分認めながら、自分の研究に取り込んでいく人もいれば、まったく分かっていない華やかな世界にいる学者もいることでしょう。そうしたことが、この事件の背景にあります。

  吉敷はやや驚き、しばらく、その言葉を無言で噛みしめた。天の配
 剤、という言葉が浮かんだ。

やはり、「天」 が見ているのでしょう。(1988.11.01)

11010102 隅能美堂巧(くまみどのたくみ)という舌をかみそうな名前のテレビ局の下請けプロダクションの社員が主人公です。
  作者が「後がきとおことわり」というところで、この作品のことを「はたして面白いのかどうか。面白かったですか?」ときいています。私なら「あんまり面白くはないよ」と答えますね。

 まずあまりにテレビ界のいいかげんさを、それこそいいかげんに描きすぎているように思えます。テレビの「やらせ」はたしかにさまざまあるのでしょうが、ここに描かれているよりは、もっと真剣に「やらせ」に取り組んでいるはずです(勿論真剣だからいいということではない)。そこらへんがなぜかこの作品に深みがまったく感じられないところです。それにともなう殺人事件も少しも面白くない。島田荘司は割と緻密な人だ思っていたのですが、これは少々残念でした。
 ただこうしたテレビ界を描いていく小説はこれからもっと出てきてもいいように思います。多分テレビ界も特殊な世界なのではなく、他の業界と同じように、大変に興味深い奇妙きてれつなところが多々あるのでしょうから。(1988.11.01)

10123001 私のブログで「フィリップ・カー『ベルリン三部作』」を書きました。私より8歳も若いイギリスの作家です。彼の作品ははヨーロッパ中のテレビで見られているそうです。もちろんロシアでも人気があるようです。三部作とは『偽りの街』『砕かれた夜』『ベルリン・レクイエム』の三作品です。
 それと今島田荘司の作品を制作順に紹介しているところです。思えば、こうしてパソコンとインターネットというのは、実に楽ですね。必死に手書きしていたゲーテや漱石を思います。タイプライターを使っていたマーク・トウェインを思います。手書きも大変だけど、あの頃のタイプもとても大変でしたでしょうね。
 この写真も、EyesPicの画像です。綿花です。思えば今はレンタルフォトショップも存在の仕方が変わっているのでしょうね。(12/30)

10122909書名  寝台特急「はやぶさ」1/60秒の壁
発行所 光文社文庫
定価  520円
発行年月1984/2

 売れない作家が、朝近くのマンションの若い女の部屋を双眼鏡で覗きます。女は風呂に入ってます。しかし、いつまでも同じ形のまま入っています。おかしいな、そして女の身体がずれて顔が双眼鏡に現れます。女には顔がないのです。
 この若い女の死体は、顔の皮をはがされています。だが、この死亡したとみなされる時間にこの女は夜行列車「はやぶさ」に乗っています。知りあったお客と食事をして、写真までとっているのです。翌朝熊本で降りています。その時間には死んでいるはずなのです。

 これは吉敷竹史刑事が活躍します。ひとりひとり犯人らしき人間をあたっていきます。しかしこれが犯人かなと思う男が突如殺されてしまいます。いったい犯人は誰なのだろうか。
 殺された若い女の寂しい過去が明らかになっていきます。

 だが私は少々この犯人探しには不満です。だってこれだと私たちには犯人の予想がつかないのは当りまえなのです。
 なお、吉敷竹史が活躍するシリーズとしてはこれが最初の作品です。

10122905「斜め屋敷の犯罪」では御手洗潔の脇役、「寝台特急『はやぶさ』1/60秒の壁」「北の夕鶴2/3の殺人」事件では吉敷竹史の脇役でしかない、札幌署の牛越佐武郎刑事が、この事件では主役として登場します。
 こうして書いてくると、おわかりになってくるかと思いますが、この著者の作品は登場人物がある作品では脇役だが、ある作品では主役というような形で活躍していきます。これがこの著者の作品の大きな特徴なのです。バルザックの人間喜劇のような膨大なる連作の世界が広がっていくのです。だからこそ私は全作品を読まずにはいられないのです。

 御手洗潔と吉敷竹史、著者は私と同じ昭和二三年生まれです(ただし、吉敷は同じ二三年でも早生まれ)。石岡和己は二五年。みな団塊の世代です。このことはほかのところでもまた論ずることがあるかと思いますが、この作品の主役である牛越刑事は昭和七年生まれ、昭和ひとけた、疎開世代です。牛越が捜査で東京の銀座へ赴くときの感慨があります。

  昭和七年生まれの牛越たちの年代にとって、銀座は特別の感傷を抱
 かせる場所であった。
 (中略)
  自分たちは思春期という、人格形成にとってもっとも大事な時期、
 文学や音楽のかわりに徹底した軍事教育を施された。一命を大義のた
 めに散らせることを悲壮な美挙であると繰り返し叩きこまれてきた。
 自分らの世代の精神の内底には、こういう自滅を潜在的に願う願望が
 火薬のように眠っている。みずからの死以上の感動を知らぬ、いわば
 人間爆弾にも似たカタワである。牛越は最近それに気づいた。程度の
 差こそあれ、自分らは皆三十年前に死にそこなっているのだ。自分ら
 ほど因果を含めやすい世代は他にないであろう。

 私などはこの世代が一番苦手なのですが、この牛越刑事のような人を見ていると、やはりもっと一緒に飲んでいくべきだなと思います。やはり不幸な世代なのですね。
 逆にこの牛越よりも年上で、多分大正ひとけた生まれでしょうけれども、こんな人物も出てきます。事件の参考人として牛越は銀座で会います。

  しかも、彼の格好が何ともすさまじく、頭には純白の鳥打ち帽をか
 ぶり、ブルーのワイシャツにえんじのアスコットタイをのぞかせ、真
 紅のチョッキの胸に、手のひらを広げたほどの、直径二十センチもあ
 ろうかという白いバラの造花(であろうと牛越は思ったのだが)を差
 していた。ズボンも白、そうして、今にもタップダンスを始めそうな
 皮靴も白、ついでに鼻の下のヒトラーひげまで白であつた。

 この人物は洋画も、ダンス・ミュージックも銀座も詳しいのです。しかし多分この人の年代が戦争にいったわけでしょう。その子どもたちが吉敷たちであるわけです。
 事件は札幌の家族のもとにその父親のバラバラ死体の一部が届くというところから始まります。その死体はどうも利根川の水で溺死したらしい。牛越の真面目で地道な捜査がやがて犯人を見つけます。しかし、いかにも牛越はやさしい。この作品も最後が感動的です。私の妻も涙を流していました。牛越の優しさに涙が出るのだと思います。

 私がとくにこの作品で思い出したことがあります。昭和二九年九月の洞爺丸台風のことです(この惨事自体はこの殺人事件とは直接は関係ありません)。私の一家はそのころ札幌に住んでいました。この一五号台風がきたときに、私の父の秋田時代の会社の人が遊びに来ていました。渡辺さんという私たち兄弟をよく可愛がってくれていた秋田の女性でした。当日帰る予定が、私たちが何としても、もう一晩泊まっていけと無理を言って、帰らせませんでした。ところが、それがよかったのです。もし予定どうり帰っていたら、彼女は洞爺丸に乗らざるを得なかったのです。本当に不思議に感じたものでした。
 この作品読んで、そんなことや、そのほかのさまざまな水に関する事故のこと思い出しました。(1988.11.01)

10122807書名  斜め屋敷の犯罪
発行所 光文社文庫
定価  560円
発行年月1982/11

  著者が2番目に書いた作品です。これも御手洗潔が事件を解決します。と同時に「北の夕鶴2/3の殺人」「寝台特急『はやぶさ』1/60秒の壁」で吉敷竹史の脇役として活躍する札幌署の牛越佐武郎刑事が、この事件の担当の刑事として登場します。また彼は刑事でもない御手洗潔をこの事件解決に引き出してくる役回りでもあるといえるかと思います。

 日本の最北端、北海道宗谷岬のはずれのオホーツク海を見下ろす高台に、土地の人が「斜め屋敷」と呼んでいる斜めに傾けて建てられた西洋館があります。この館の主人がクリスマスに客を招待してパーティを開くますが、その夜に密室殺人が起きます。牛越刑事たちがかけつけますが、彼らの前でまた第2の密室殺人が起きます。そしてまだ起きそうなのです。そこで東京の中村刑事(あとでまた紹介する「死者が飲む水」の捜査で牛越が知り合う警視庁の刑事)の紹介で、名探偵御手洗潔が石岡と一緒にやってくることになります。
 しかしやってきた御手洗は風変りな頼りにならないような男です……。この事件の背景には戦前からの戦争に関わる怨念があります。とにかく御手洗潔の活躍には感心します。日本の他の名探偵とはまた一味も二味も違った探偵です。

 デビュー作の「占星術殺人事件」が、あまりに多くのものをつめこみすぎで、ときにはこんなもの余計じゃないかななんて思わせるのに対して、この作品は冗長なところを避け、ひたすら密室殺人の推理のみというところがあり、第一作よりは読みやすいかと思いました。(1988.11.01)

10122806書名  占星術殺人事件
発行所 光文社文庫
発行年月1981/12

  御手洗潔という風変りな星占いが事件を解決します。彼のそばには石岡和己という人物もいます。ちょうどシャーロック・ホームズとワトソン博士との間柄の二人です。
 しかしこれはもう現代推理の古典といえるような小説です。この作品がこの作家のデビュー作です。
  昭和一一年二月二六日東京で殺人事件がおきます。そうです二・二六事件のあった日です。当時五〇歳の梅沢平吉という男が殺されました。それから約一カ月後、彼の長女が殺され、さらのその後、彼の残る四人の娘と弟の二人の娘が殺されます。そして、この六人の娘の死体はバラバラにされ、北は青森小坂鉱山から、南は兵庫生野鉱山まで1人ずつ埋められています。この平吉に小説の形をとった遺言書が残されています。星座に従い六人の女の肉体から必要な部分を切取り、完全な女を合成するという内容です。では犯人は平吉で生きているのでしょうか。

 実にこの猟奇殺人事件の起きたときから約四〇年余、日本中のあらゆる人が、この事件の謎をとき、犯人を見つけようとしますが、誰も解けません。それを昭和五四年に当時三〇歳の若い御手洗潔が解決します。実にこの御手洗は私と同じ昭和二三年生まれです(作者も)。
 この小説では読者にも謎解きを迫ってきます。

  <第一の挑戦状>
 (略)
  <私は読者に挑戦する>
  今さら言うまでもないが、読者はすでに完璧以上の材料を得ている。
 また謎を解く鍵が、非常にあからさまな形で鼻先に突きつけられてい
 ることをお忘れなく。                     島田荘司

 私は解けませんでした。少々難解すぎるのです。それとはっきりいって、なかなか読みにくい小説です。かなり丁寧に読んでいかないと、事件を解明できません。
 そのほか主役御手洗潔がシャーロックホームズの熱心なファンであることが分かります(これは作者がということでしょう)。

 「ああ! あのホラ吹きで、無教養で、コカイン中毒の妄想で、現実
 と幻想の区別がつかなくなっている愛敬のかたまりみたいなイギリス
 人か」

などと御手洗潔に言わせています。この風変りな星占いである御手洗はシャーロックホームズと同じような何か病的な探偵なのです。すぐそばには常識人ワトソンである、石岡君もいるわけです。
 ともあれ、かなり読みごたえのある推理小説ですが、これが発表されたときは、かなり面くらった人が多かったことだろうと思いました。(1988.11.01)

 この「週刊アスキー」での「ハニカム」は、このWikipediaで見ますと、鐘成律子さんの他の人物は、以下の通りです。

9c34068f.jpg御手洗 勉(みたらい つとむ)
湧水 萌(ゆうすい めぐみ)
音節 舞(おとふし まい)
米斗 王里(よねと おうり)
守時 規子(もりとき のりこ)
妙子(たえこ)
糸丑 治五郎(いとうし じごろう)

 これを読む限り、実に変わった姓名の方ばかりですね。御手洗は、当然に島田荘司の小説に出てくる探偵の「御手洗潔」を思い出します。
 でも、こうして物語の中身を知ることができて嬉しいです。

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 私が「この作家は全作品を読むぞ」と決意した作家は何人もいます。この島田荘司もそのうちの一人です。
 それで、私はこの著者の作品は文庫本になったものはすべて読んでいます。だから、このページももっと書評を書き進まなければいけないはずなのです。それが進んでいないのです。そこわけを少しここに書きます。
 いくつもの本は少しは書評を書いてあるのですが、どうもUPするまで気持が至りません。

 私はこの著者の描く二人の探偵のうち、吉敷竹史は好きなのですが、御手洗潔がどうしても好きになれません。それでも初期の作品は面白く読んできました。だが、「暗闇坂の人喰いの木」で、疑問が少しわいてきました。それが「水晶のピラミッド」のどうみても、変な実験(ピラミッドの模型で、水を吸い上げるやつ)で、「こんなの俺なら、『それおかしいよ』ってその場で指摘するよ」という思いになりました。さらに「眩暈」に至って呆れ果て、さらに「アトポス」でほとほと嫌になりました。
「アトポス」ってアトピー性皮膚炎のことですよね。私の周りには、たくさんの子どもたちが、アトピーには苦しんでいます。実は大人になっても治らない人がたくさんいます。あの小説は、それらの人にそのまま偏見を抱かせるだけじゃないですか。それから、これらの御手洗の小説群は(上の4つ)はどうしてあんなに長いの。無駄な記述が多すぎるんじゃないの。
 それからさらに、島田さんは、その後「冤罪」解明の道にひたすら行き着きまして、これまた私は不満なのです。
 そうですね、あと少し文句を言うと、「龍臥亭事件」を経て、どうしてか、御手洗と吉敷がいつか出会うのかななんて思いました。「龍臥亭事件」では石岡和巳が加納通子と出会ったわけです。御手洗と吉敷が出会うと思うと、それは嬉しくて興奮します。でも、少し文句なんですが、加納通子さんというのは、最初の「北の夕鶴2/3の殺人」でも「羽衣伝説の記憶」でも、和服の似合う小柄な(たしか身長156センチ)色白の女性ではないですか。でも「龍臥亭事件」では、小麦色したインド風美人の顔をした女性になっているんですね。なんだか私は納得できないんですよ。
 ただ、とにかく私はまだまだ読んでいきますから、この書評もまた書いていきます。とにかく全作品を書いてまいります。(2003.07.28)

   http://shomon.net/books/simada.htm  周の書評(島田荘司篇)

 この作家も全作品を読もうと思っている方なのですが、近ごろちゃんと読んでいません。なんだか文庫本はすべて読んできたのですが、あまりに多いので家に置いておくのも大変なので、誰かにあげたりしているうちに、訳が判らなくなりました。だから、こうして自分のホームページに、この部屋を置いて、なんらかのことを書いておこうと思ってきたわけですが、もうこのごろは、それもできていませんね。
 これからはもう図書館に利用で、とにかくこの作家も総て読んでいきます。図書館でも全部揃っているとは判らないことですが、なあに、東京中の図書館を簡単に利用できるのですから、あとは私が読むだけですよ。

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