将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:巌谷小波

11020308 この作家は1870(明治3)年6月6日〜1933(昭和8)年9月5日の生涯でした。私は中学1年のときに、この作家の作品集を読んでいます。
  ただし、私が読んだのは口語で書かれたものでしたから、最初は文語で書かれていたものを、1921(大正10)年に口語体に書き直して刊行されたものだったのですね。
 こがね丸という日本犬が、義兄弟の約束を交わした鷲郎という犬と二匹で、父母を殺した虎を討つというお話でした。あの日本犬が何の種類だったかと思うのですが、秋田犬のようには大きくなかったように思い出します。こがね丸か鷲郎のどちらかが白犬だったようでした(あ、こがね丸というのだから、黄金色の毛並みで、鷲郎は白犬だ)。
。でも私もまだ小さかったから、あれは二匹とも秋田犬だったのかな。
  敵(かたき)の虎は実に大きいのですから、敵をとると言っても実に大変なことでした。
 いいお話でした。そして私には今も、この二匹の犬が敵討ちのために必死になって、組んずほぐれす、戦いの訓練をしている姿が見えるような思いになります。
 こがね丸は見事鷲郎ととにも、父母の敵を討ちます。相手は大きな虎だったのに、よくやりましたものです。(2011.02.04)

10101616「ニュースさとう」で、シャープがパソコンを止めて、ガラパゴス(電子書籍)にシフトしていくということを書きました。
「読書さとう」で「巌谷小波『こがね丸』」を書きました。いい童話作家ですね。でももともとは文語で書かれていたといいます。彼はクリスチャンでした。なんだかそれが判るような思いになります。
「吉本隆明ワールド」のバナーを作りました。今後実に大きくなる部屋になります。いえ、もともと私のホームページがなくなり、ブログだけになったので、いくつものファイルがインターネット上には公開されていないのです。
 写真は、10月16日の午前11時20分にご近所で撮りました。朝顔なんて、こうして興味を持って写真を撮るなんて思わなかったものでした。(10/22)

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 周の『独楽吟のススメ』の403 に次のコメントがありました。

1. Posted by HA茶   2010年01月18日 12:16
人間やってると いろんなことがあるものですね。些細な人間関係 ちっぽけなことに 頭に来てしまった私。それでも「それがどうした!これも私よ。」精神で きょうも仕事 がんばっています。周りの暖かい人間関係に助けられながら…。ところで 貫一 お宮 未完だったのですか?また 読み直ししなきゃ。

 紅葉の『金色夜叉』は「前編、中編、後編」になっていまして、さらにそのあと「続金色夜叉」「続続金色夜叉」「新続金色夜叉」と続きます。そしてとうとう未完のまま、紅葉が亡くなります。それで有名な熱海の海岸のシーンは前編の終わりのあたりなのですね。だからあの物語はあのあと延々と続くのです。
 でも私には紅葉は物語の結末をどうしようかと考え込んでいたと思いますね。たぶんなんとか二人を元の恋人同士に戻したかったように思えています。
 この小説は、二葉亭四迷などとは違って、言文一致を完全にできていません。仕方なかったのかなあ、と思いますね。私は中学2年のときと、3年のときに全文読んだものでした。
 そういえば、間貫一という主人公は巌谷小波がモデルなのですね。巌谷小波と言えば、彼の作品では『黄金丸』を思い出します。あの犬は何犬なのかなあ? 秋田犬に思えるけれど、身体が小さいしなあ。
 いえ、私の家では秋田犬を莫大に飼ったものですからね。莫大というのは、百頭とか、それ以上とか、そういう数なのです。
 以下は、熱海の海岸での貫一のいうセリフです。

吁(ああ)、宮(みい)さんかうして二人が一処に居るのも今夜ぎりだ。お前が僕の介抱をしてくれるのも今夜ぎり、僕がお前に物を言ふのも今夜ぎりだよ。一月の十七日、宮さん、善く覚えてお置き。来年の今月今夜は、貫一は何処(どこ)でこの月を見るのだか! 再来年(さらいねん)の今月今夜……十年後(のち)の今月今夜……一生を通して僕は今月今夜を忘れん、忘れるものか、死んでも僕は忘れんよ! 可いか、宮さん、一月の十七日だ。来年の今月今夜になつたならば、僕の涙で必ず月は曇らして見せるから、月が……月が……月が……曇つたらば、宮さん、貫一は何処かでお前を恨んで、今夜のやうに泣いてゐると思つてくれ

 思えば、懐かしい小説の内容です。もう読み返すこともないことでしょうね。

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 ナミちゃんのブログで私の 周の雑読備忘録「『金子みすヾ童謡集 明るいほうへ』」の3 を、以下のように取り上げてくれました

 周さんがブログ内で金子みすずの詩を書いてくれています。
 「海とかもめ」「夜ふけの空」「すずめのかあさん」「こぶとり」です。
 「こぶとり」のところでは太宰治の「お伽草子」のなかの「瘤取り」の話を
 載せてくれてありましたので読んでみたところ改めて太宰の文章と視点の
 素晴らしさにビックリしています。高校のころに読んだつもりでいましたが
 後期の作品がおおかったのかな・・楽しいです。

   みすずの「こぶとり」・・いいですね。
   ・・やれやれ ほんとにお気のどく、
   も一度、 一しょにまいりましょ。・・・の部分があたたかいですね。

 それで私が書きました、太宰治の「お伽草紙」なのですが、どのお話も面白いですね。ぜひみな読んでみてください。

 http://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/307_14909.html 太宰治「お伽草紙」

 それで私は、この中で「カチカチ山」を思い出したのです。
 私は太宰が次のようにいうことを、ずっと感じてきていました。

兎の仕打は、執拗すぎる。一撃のもとに倒すといふやうな颯爽たる仇討ちではない。生殺しにして、なぶつて、なぶつて、さうして最後は泥舟でぶくぶくである。その手段は、一から十まで詭計である。

 私はこれと同じ思いの中で、巌谷小波が「かちかち山後日譚」を書いていて、この殺されてしまった狸の二人の息子が懸命に剣術の稽古をして、やがて兎に敵討ちに出かけるという話が好きでした。たしか小学校4、5年の頃読んでいたかと思います。
 それにしても、この太宰の文はいいです。私は昔から大好きです。

私の家の五歳の娘は、器量も父に似て頗るまづいが、頭脳もまた不幸にも父に似て、へんなところがあるやうだ。私が防空壕の中で、このカチカチ山の絵本を読んでやつたら、「狸さん、可哀想ね。」と意外な事を口走つた。

 これは誰でもそう思うのではないだろうか。そして巌谷小波の場合は、狸の、それを殺した兎も男(雄)なのだが、この太宰の兎は、女であり、しかも綺麗な処女なのですね。

それをこのカチカチ山ばかりは、どうも、その仇討の仕方が芳しくない。どだい、男らしくないぢやないか、と子供でも、また大人でも、いやしくも正義にあこがれてゐる人間ならば、誰でもこれに就いてはいささか不快の情を覚えるのではあるまいか。
 安心し給へ。私もそれに就いて、考へた。さうして、兎のやり方が男らしくないのは、それは当然だといふ事がわかつた。この兎は男ぢやないんだ。それは、たしかだ。この兎は十六歳の処女だ。いまだ何も、色気は無いが、しかし、美人だ。さうして、人間のうちで最も残酷なのは、えてして、このたちの女性である。

 なるほど。そして太宰によれば、この兎は、ギリシア神話のアルテミス(私はギリシア神話でも、この女神は大嫌いです)のような、単に嫌で惨酷な処女なのです。この兎は狸にこんなひどいことを言います。

「傍へ寄つて来ちや駄目だつて言つたら。くさいぢやないの。もつとあつちへ離れてよ。あなたは、とかげを食べたんだつてね。私は聞いたわよ。それから、ああ可笑しい、ウンコも食べたんだつてね。」
「まさか。」と狸は力弱く苦笑した。

 もうなんで、狸は駄目なんでしょうか。やっぱり惚れていると駄目なんだよなあ。
 このあとも読んでみてください。私はもう読んでいられません。兎の惨酷なこと、狸の火傷に「唐辛子をねつたものをこつてりと塗る」んですよ。
 最後になって、自分の死の直前になって狸は、兎の悪巧みをすべて理解し、

「あいたたた、あいたたた、ひどいぢやないか。おれは、お前にどんな悪い事をしたのだ。惚れたが悪いか。」

といって、湖に沈んでいきます。兎は、自分の顔をふいて「おお、ひどい汗。」というのみです。

 最後に太宰がいいます。

女性にはすべて、この無慈悲な兎が一匹住んでゐるし、男性には、あの善良な狸がいつも溺れかかつてあがいてゐる。

 私もかって、何度も言ってきたものです。「惚れたのが悪いのか?」

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