将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:平井食堂

2017081402 今回は東京にある飲み屋ではありません。周の自宅は千葉県我孫子市です。その我孫子市の隣の柏市にある飲み屋さんです。
私が柏で飲むときに必ず行く飲み屋さんです。

店 名 平井食堂11111209
住 所 277-0025 千葉県柏市千代田1丁目4番12号
電 話 04−7163−2080
定休日 日曜日

柏駅東口からけっこう歩かないと着きません。普通は、こんな場所にある飲み屋にまで歩いてくる人は少ないでしょう。でも、私と私の友人たちは、柏で飲むときには、必ずここで飲みます。
店に入ると、驚きます。店の壁に貼ってあるメニューの値段に驚くのです。「これは20年前の値段じゃないかな」と思えるほど安いのです。
ここを私が知りましたのは、私の友人の紹介です。以下にその友人のことを書いています。

下鳥さんのこと 
下鳥さんのことその2

今でも、この下鳥さんは、この「平井食堂」の主のような顔して、きょうも間違いなく飲んでいます。
ここは、いわば柏の飲んべいたちの隠れ家的な飲み屋だったのですが、私がこれを niftyのサッカーのフォーラムで紹介してから、レイソル柏のサポーターたちが大勢やってくるようになりました。ときには、その対戦相手のチームのサポーターも「話に聞く平井食堂に来てみたい」というのでやってくるようになりました。一時は、そのサッカーのサポーターのほうが飲んべいを圧倒していたものでした。
ここは、ご主人が、自分の作るものにこだわりがあり、店の名前に「食堂」と名づけたように、実に美味しいおつまみばかりです。ただ、私から言わせていただきますと、問題点が二つあります。
まず、この店では歌を唄ってはいけないのです。これは、私には大変に困ることです。ですから、私は店のご主人のために、店の前で詩吟を詠ったことがあります。ご主人は大変に感動してくれました。
それからもう一つは、店の営業時間が午後5時から11時までのことです。5時前に行っても入れてくれません。それから午後11時になると「蛍の光」が流れます。私としては、「せめて午前1時までやってくれれば、そのあとまたもう1軒行かなくて済むのになあ」という思いなのですね。
でもたぶん、午前1時までやってもらうと、「せめて3時までやってもらえば、もう1軒行かなくて済むのになあ」と言っているでしょうね。
だから結局ここで飲むと、午後11時をすぎると、私たちは必ずそのあとまた別な店で延々飲んでいるのです。

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201708142111092808 平井食堂で飲まれる方は、下鳥光昭さんによく会うのではと思います。彼は日刊のある業界新聞社に勤めています。ところで、彼の会社の後輩の記者がきょう夕方私の事務所へ取材にきました。「周の経営相談1」で述べました3月末に迫っている最低資本金の件でです。日本の中小企業にとって切実な問題だからでしょう。
まだ若い記者でしたが、下鳥さんは労働組合の先輩でもあるということで、かなり信頼しているようです。取材が終って、私は彼に聞きました。

私「あの…、下鳥さんは会社で一体何をしているんですか?
記者「えッ?
私「だから、会社で酒を飲んでいるのか、それとも仕事やってい
    るんですか?

記者「(笑いながら)それは一応仕事をやっていますけど、酒も
    飲んでいますね。いや飲んでいるほうが多いかな。飲むのも仕
    事のうちですから

実に私は下鳥さんが会社へいってデスクワークしている姿なんか想像できないのです。誰もそう思いませんか。彼は今はどうしてかひげを生やし、帽子をかぶっています。あの格好で会社行くんでしょうか。
私が下鳥さんの奥様に聞いた数々の言葉をあげてみます。

「あのおっさんは、今会社に下駄履いていくんですよ。何考えて
  いるんだろう。下駄履いて行っていい会社なんて、ありますか」
「私はもうあの会社の社長には頭があげられませんよ。よくまあ、
  あんな男やとって給料払ってくれるものです」
「どうして会社はあんなのをクビにしないのかしら。なんだか怖
  いんでしょうね。そんなことしたら、本当にどうなることか怖い
  んでしょうね」
「あの人と私はもうほとんど接触することもないの。だいたいあ
  の人は酒飲んで酔っている時間の方が多いのだから」
「何を喋っているんだか、わからないですよ。ほとんど酔ってい
  るんだから」
「あれはただの酔っぱらいよ。そして平井食堂くらいしか飲むと
  ころがないの。銀座とかで飲むと、街に染まらないというか、街
  のほうから拒絶されるみたいですよ」
「もう私はあの人とは関係ないの。そりゃ家族だけど、もう私は
  関係ないの。何喋っていても、聞き流すだけ。だって何言ってい
  るんだかわからないんだから」

私は思わず笑ってしまいます。でも私はそんなふうに奥さんに言われてしまっている下鳥さんが大好きです。そして奥さまもなかなか素敵です。
それに本日取材に来てくれた記者もかなり下鳥さんを敬愛しているようです。下鳥さんは今でも労働組合で賃上げというような際は、かなりな頼りになる存在のようです。
でもいろいろ面白い酔いどれがいるものでしょう。

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2017081420 4月18日松戸自主夜間中学のあと、和尚さんと「平井食堂」で飲みました。ちょうど9時半頃店に入っていくと、カウンターに私の友人である下鳥光昭さんがいました。実は彼がこの「平井食堂」を紹介してくれたのです。
彼は私より2歳年上で、昔早稲田大の社青同解放派の活動家でした。私は最初ゴールデン街の「吐夢」で知合いになりました。その最初の出会いが面白かったのです。
たしか私が29歳のときだと思います。「吐夢」で飲んでいましたら、少し離れた席で白米はやっぱり旨いなんていうどうでもいい話をしているオッサンがいました。そこにいた女性とママがダイエットの話をしだしました。するとそのオッサンがいいました。

  ダイエットに一番いいのは、無期限ストライキだよ。この間無
  期限ストライキやったら3キロやせちゃった。それが終ったら、
  メシ食いすぎて、また太っちゃった。またダイエットの為に無期
  限ストライキやろうかな。

私はなんとでたらめな人だろ11092403うと思い、なんだか感激し、いっぺんに好きになりました。それで話かけました。すると彼は私のことを知っていました。名刺をもらうと「下鳥光昭」ということで、ある業界紙の記者で、そこの組合をやっているとのことです。彼が私のことを知っていたのは、彼の弟が埼大生で、私の3年下の活動家だったからです。私も彼の弟を思いだして、なるほどそれで弟も同じ党派だったのかと思い当りました。
そのときからの付き合いになります。そのころは彼は高島平に住んでいたと思います。今は沼南のマンションに住んでいます。彼の奥さん(裕子さん)も昔の活動家で、今は自分で東京中央区でアパレルの企画デザインの会社の社長をやっています。このまた裕子さんが元気で愉しい女性です。私は何度か経営の相談にのっています。
昨年のたしか8月に奥さんの会社に行ったときに、奥さんからこの平井食堂を教えてもらいました。

私  「下鳥さんは元気ですか?
裕子さん「あ、あのおっさんは元気もなにも、ただの酔っぱらい
      でしょうがないですよ。いつも平井食堂というところでそこ
      の主みたいな顔で飲んでいますよ

ということで、平井食堂の名を私は始めて知ったのです。そのあと9月3日の「全共闘白書」出版記念会では下鳥さん本人に会い、さらにこの平井食堂への地図を描いてもらいました。
この奥さんの裕子さんが自分の亭主の下鳥さんのこと話す内容が非常に面白いのです。こんな面白い夫婦の話があるかななんて思います。下鳥さんはあまり奥さんのことを話しませんが、昨年のオフ会忘年会で、高島平の団地で奥さんに包丁でベランダの隅に追い詰められたときには、もうこれで終りかなと思ったなんて話をしていましたね。その他実に面白い話がたくさんあるのです。
またそんな話は、飲んだときにでもしましょうか。またきっと平井食堂で下鳥さんと会うことがあるだろうと思います。

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11091110 実に先週は会社に2度の徹夜でした。全く仮眠もとらずそれこそ必死でした。ただ私はそれでも夜中仕事の途中にホームページの何処かのページへのUPもやってきました。なんだか仕事の合間にやると、なんだかリズムがとれるのです。
 28日から29日まで徹夜でやっていまして、この日は松戸自主夜間中学校のパソコンの授業の日でした。ところが、私のあるクライアントの社長のお母さんが亡くなったという連絡があり、午後6時からがお通夜でした。社長のお母さんと言っても、私はいつも御自宅へ行って、お酒をご馳走になっていますから、いつもお会いしていました(いやもう実は、社長の息子さん、娘さん、それぞれの結婚相手、その子どもたちと皆もう知り合ってしまっていますが)。それで、松戸自主夜間中学校の授業は和尚さん(柏市民ネットと神田会の仲間で、一緒に夜中でもう7年一緒にパソコンの授業をやっています)に電話しましてお願いしました。午後5時30分頃社長のご自宅に着きました。ここがお通夜も本葬も会場になっているのです。
 それでたくさんの数の方が会葬に来ています。私にとってけっこう気合いを入れてコンサルティングしてきた会社ですから、これだけの数の方が来てくれる(会社の仕事関係が多かった)ことは嬉しいなと思いました。亡くなったお母さんは89歳でしたから大往生といえるでしょう。息子さんが長年務めた会社がうまくいかなくなったときの10数年前に社長になって、それ以降、ずっとうまく行っているのを見てきたと思います。そして昨年秋には、自宅も新築しました。そしてお母さん(私はおばあさんと言っていました、家にはひ孫さんも昨年の秋から一緒に住んでいたのです)は、いつも1か月に1度何故か午後2時半頃から延々酒を飲んでいる私のことを見ていたはずです。
 お焼香を終えて、お清めの席で、私の知っている顔の下職の方とビールを酌み交わしました。だが昨晩から眠っていない私は、ビールを口に含んだときに、フラっと倒れそうな感じがしました。まだ風邪が完治していないのと、思えばこの日、口にものを入れるのは始めてだったのです。私は仕事に夢中になると、食事することを忘れてしまうのです。「お、これはまずいな、気合い入れないと、倒れそうだな」なんて思いながらビールを飲んでいました。ただ、この間に今やっている仕事の最終確認を別のクライアントの社長と携帯でしあげました。
 でも松戸自主夜間中学校に行かなければという思いで、松戸に向かいました。風邪のおかげで松戸自主夜間中学校の新年会にも参加できなかったので、なんとしてもみんなの顔が見たかったのです。夜中はたくさんの人が来ていました。とにかくだんだん参加する人が増えています。
 やっと8時すぎに到着しまして、いろいろとインターネットのこと等々を聞いてくる方に答えたりしていました。和尚さんも検索エンジンのことをやっていたのですが、やはりたくさんの質問を受けていました。柏市民ネットの仲間のKAMOさんも来てくれていて、漫画家である彼は、黒板に丁寧な絵を描いて説明していました。
 それでそれが終わると、柏東口の「平井食堂」に9時半頃入ります。遅れて柏市民ネットの弧峰さんという大学院生も来ました。そこでいろいろな話をしながら、どんどん飲みます。ただどうしてか平井食堂はすいていましたね。
 平井食堂は11時に閉店で、いつもだともう1軒行きますが、いわばはじめて平井食堂だけで終わりにしました。電車で帰ったのは始めてじゃないかな。私は26日にも会社で徹夜したのですが、27日早く帰宅しようかなというときに、突如身体がおかしくなりまして、一時は救急車を呼ぼうかなとか妻に来てもらおうかなとまで考えたくらいでした。どうやら夜12時ころ必死に帰宅できたのですが、もう妻が心配していまして、これでもう1軒飲むというわけにも行かなかったのです。
 次の30日朝、もう会社に留守録が入ったりしまして、それで会社へ出ました。ずっと作業をしまして(途中でホームページの更新もしましたけど)、夕方6時から公認会計士の先生と打ち合せです。会計士の先生も、私のところから事務所に帰ってからもまた仕事の処理が残っているということでした。
 どうやら土曜日夜、あとわずかなことを除いて終わりました。あとわずかなことは、自宅でやることにしました。そして2月1日クライアントで打ち合せて、いくつかの役所に提出すれば、1月の仕事は終わりです。

 でも、思うのですが、このパソコンとか(オフコンも使っています)、FAXとか携帯電話がないともう仕事はできないですね。私のところにはFAXでは大量の文書が入ってきます。もう郵便なんか使わないのですね。私のほうからはFAXソフトが使えますが、クライアントからはFAXのみです。そしていろいろな質問はみなこのFAXを使います。電話だと互いにつかまらないからです。そのかわり、どこかとんでもないところで携帯で話しています。ついでに、私なんか酒がないと動かないなあ。「車はガソリンで動くが、人はビール(あるいは酒)で動く」ですね。

 さてさて、きょうはまたひさしぶりに自宅でいろいろなことをしました。マンションにタイタスを入れるのですが、その説明会のことを打ったり、それから私の保険関係の仕事のこととかですね。
 どうせ2月も忙しくなるのだろうな。そしていろいろなことをやらなくちゃ。(99/01/31 20:14:32)

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