将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:平貞盛

11062703 この人物は生誕はわかりませんが、亡くなったのは、永祚元年10月15日(989年11月16日)とされています。
  彼が平将門を藤原秀郷と協力して討ったのは、天慶3年2月14日(940年)の北山の決戦ですから、思えば、将門の死後50年近く生きていたのですね。
 もちろん、私はホームページを「将門Web」としているように、平将門のファンであるわけですから、この人物のことが好きではないのですが、歴史の中で見ていくと、けっこう面白く魅力的な人物だったように思います。この彼の子孫が平清盛などの伊勢平氏になり、『平家物語』の平家になっていくわけです。伊勢平氏にとっては、大切な先祖だったのでしょう。
 将門を討伐したあとは、「平将軍」とも言われたようですから、武門の棟梁は自分だという気持だったのでしょう。ただし、その後の関東の武士たちにはけっして受け入れられてはいないように思います。
 いつも京都で、将門を先輩として指導と称して文句ばかり言い続け、将門が立ち上がったときには、徹底して滅ぼすまで戦い続けます。
 私は彼の子孫の平家が壇ノ浦で滅んだのも、将門様の遺恨が続いていたように思えてなりません。(2011.06.28)

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 ナミちゃんのブログに、このUPがありました。

 今日も梅雨空。
 朝から肌寒いです。
 絵本の会に行く前に。。気になっていた<沙羅の花>を見に行く。
 沙羅双樹の花の色。。盛者必衰の理をあらわす。。。合っているかしら。。

 沙羅双樹というペンネームの作家がいました。でもたしか昭和32年くらいのことですね。もう今では判らない作家になってしまったでしょうね。
「平家物語」でえがかれる平氏というのは、私には平将門様を打った平貞盛の子孫ですから、嫌いなはずなんですが、読んでいると、とっても好きになってしまうところがあります。とくに私には平清盛は魅力のある人ですね。
 ナミちゃんの家の庭にはたくさんのお花があるのですね。いいですね。
 私の家族が日本中を引越して歩きましたから、父も母も自分の家を持って、そこで庭にたくさんの植物を植えるのが理想だったのでしょう。そしてそれを実現しました。
 でも私なんか、もうそんな生活は理想でもなんでもないです。私はもうマンション生活でいいです。そして花や植物は、路を歩いていて、ときどき見かけるだけでいいです。もうそういう生活が身についてしまいました。

 こうしてナミちゃんのブログで、たくさんの花の画像が見られることが嬉しいです。

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伝説の将軍 藤原秀郷

書 名 伝説の将軍 藤原秀郷
著 者 野口   実
発行所 吉川弘文館
定 価 2,300円+税
発行日 2001年12月20日第1刷発行
読了日 2007年4月17日

 私はこの藤原秀郷がどうしても好きになれません。それは当然、私の好きな平将門を打った人物だからです。将門を滅ぼしたといいますと、平貞盛も同じなのですが、貞盛には何故か魅力があります。貞盛は、最初将門が自分の父親を討ったあとも、「あれは将門のほうに理由(わけ)がある。親父たちが悪すぎるよ」ということが判っていて、将門との和解に務めます。でもどうしても将門と、自分の叔父たちとは争いを続けます。「もう仕方ない」という思いだったでようね。でも将門には勝利したわけですが、彼の子孫の一族は関東にはいられなくなります。彼の一族が伊勢平氏になります。やはり、この関東は、将門公の関東なのです。
 それにくらべて、秀郷は、どうしても狡猾な奴だとしか思えません。当初は将門公と誼を通じていたのに、後に敵に回ります。どうしても私は好きになれません。彼の顔をまた私は好きになれないのですね。
 いえ、私は歴史上で、私がその顔を想像できてしまう人物は何人かいるのです。
 それにしても、もう少しこの人物を知るために、いくつかの書物を読んでみたいという思いになりました。

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