将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:広告制作会社

4ca2d4f8.jpg  いつも私は、自分が役にたっているのか自信がありません。今回の孫のじゅにのことでもつぶさに感じるものです。

  今は16時1分です。そうねえ、私はこのゴルフ場をしっているのですね。私が31、2歳の頃いた広告制作会社でのことかなあ。日経産業新聞に載っていた広告面でかなあ。
  いつもあちこちでいろいろなことが甦るものです。そして「何だっけかなあ?」と思い出そうとしてもいつも思い出せないものです。

11021411 5月18日に「第5回千葉YMCAチャリティーラン」がありました。前日夜から雨が降り続けて、とても心配でした。この雨を見ながら私が思い出したことがあります。

 私が赤坂で広告制作会社のチーフプロデューサーやっていたときの話です。あるクライアントの全国紙の全15段の広告制作をやることになりました。確か掲載は1月の15日。
 それで、ちょっとめんどうなクライアントなもので、11月末からまず最初8点くらいプレゼンテーションしたんですね。普通なら3点くらいで、しかもそれのほうがクライアントのためにはいいのですが、ここの社長はくせがあって、ろくに打ち合せもしないのに、カンプのプレゼンだけ求めるのです。カンプ見てからいろいろ注文つけだすのです。それが分かっていたから、8点くらいだして、これが全部けられても、そのときの相手のけなしかたから、考えていってそのあと2点くらのプレゼンで決るだろうという作戦だったのです。会社のデザイナー4名の総出演と外注のコピーライターの努力でいろいろ自信作ができました。
 ところが敵もさるもの、ひどい人で、いっこうにOKしないのです。それになにかこういうコンセプトでやってくれというようなことをひとつもいわないのです。住宅に関連した会社だったのですが、「とにかく人にとって、家は一生で一回しか買えない大事なもの」くらいしかいわないのです。
 それでいったい何点カンプつくりましたかね。全部で80点くらいだったか、とにかくもうアイデアだって、枯渇してしまいますよ。しかもタイムリミットがあります。
 なんと1月になって、もう期限的にぎりぎりだというときのプレゼンテーションで、

 社長「もうわかってねえな。家ってのは、一生の大事な買物だか
   ら……」
 私「だからそれを充分考えてあると思うのですが、たとえば社長
  はどんな、家の大事さをどう表現されると、ああいいなと考え
  るのですか」
 社長「それを考えるのが君らだろう。たとえばだな、家を買った
  人が、部屋に座っていて、雪見障子ごしに庭を見ていて、日の
  光が空けた障子の間から射していて、それで、ああ俺はこの家
  を買えたんだなと思えるような……………」
 私「分かりました、それでいきましょう」
 社長「でも間に合うのか」
 私「やります。すぐまずカンプ作ります。それでOKなら、これ
  は写真でいきますから、ぎりぎりだけどやりますよ」

 もちろん私とアートディレクターで、ちょっと目配せしたりして話しているわけですが、さあこれからが大変です。
 カンプOK、コピーほぼOK、あとは撮影です。私はプレゼンの際の社長の話のときから「これは私の詩吟の関係のどこかの家でやればいいだろう」とひらめいていたのです。
 しかしその家をさがさなくてはなりません。しかしこれはというところないんですね。雪見障子、日本間、日の光がうまい具合にさす、当然日本庭園、こんな条件のところ短期間ではむずかしいですよ。それで、私の頭には最終的にどこも無理だったら、うちの親父の自宅を使おうと思っていたのです。ただ雪見障子と日の光が問題です。親父にきいたら、床の間の部屋は雪見障子は使ってないが、ほかの部屋にあるとのことで、それをもってくればよい。最後の日の光ですが、その部屋は、庭の方向だと日がうまく射すのが午前9時なんですね。でもカメラマンが、とにかく強力なストロボでも使って、やってしまおうと決定しました。
 さて、スケジュール的にはリミットの日、私とディレクターとカメラマンと助手、午前8時に我孫子駅に集まりました。しかし天気予報のとおり、小雨の天気。一同がっくり。でもやるしかない。バルカーという、ストロボを圧倒的に強力にしたものを、カメラマンは4台もってきてくれた。それだけじゃない、カメラマンは、日本間にあうような座布団とか、いろいろな小物まで用意している。なんせもうスタイリストやとっている時間も予算もなかったのです。ただ、カメラマンがいうには、バルカーがいかに強力でも日の光にはとうていかなわないそうな。そのカメラマンは照明に関してもプロでしたから、本当は日光が欲しかったのです。
 それでいよいよ現場、うちの親父、おふくろ、兄嫁見守る中、バルカーを庭にすえていろいろポラロイドどり、親父たちも絵になるような小物いろいろ出して協力。ポラみて、「やはりバルカーだと弱いね、なんとか太陽出ないかな」などと言って、一同空を見上げたとき、奇跡が起きたんです。急に雲が晴れて、太陽が姿現したんです。すぐさま撮影開始。約8分で太陽は雲の中にはいってしまいました。それからバルカーつかっても撮影。 いや一同感動しました。あんなことあるんですね。でも鈴木さんというカメラマンがそのときいってました。

  こういうことってあるんですよね。みんなの気持ちがひとつに
 なると、こういうこと起きるんですよ。

 それから必死にやって、見事全15段完成。社長よろこんで、その広告をパネルにしてくれということで、社長室に早速かざりました。全国の支社支店にも。それに私の親父のうちにも。
 でも本当にこんなことあるのですよ。みんなの思いが一つになるときに、こうして一見不思儀なことが起きるものなのです。

 雨の天気見て、こんなこと思い出しました。(2002.05.20)

11020803 娘二人が東京都文京区の教員になりましたもので、東京に住むということになりまして、それでいくつかの不動産屋さんにいきました。その一つ池袋のある店に6日土曜日に行きました。駅近くのビルの8階にありまして、若い社員が何人も働いています。私が学生の頃に部屋探しをしたときの不動産屋の雰囲気とはまったく違います。
 一番、「これは違うな」と感じましたのは、会社全体に音楽が流れていることです。私の妻も不動産屋で賃貸部門もありますが、こういう雰囲気には驚いていました。
 そこで、私はさまざまに思い出しました。会社で、こうした音楽をかけているところとかけていないところのことです。音楽ではなく、ラジオの音楽番組のみかけているところもあります。「あのデザイン会社は、いつも音楽がかかっているな。あの法律事務所は一切音楽なんかかかっていない……」と考え出していきますと、最初は職種によって違うように思い込んでいましたものが、いやそうではなく、ほぼそこの社長なり代表の年齢によることに気がつきました。代表の年齢が45歳を境にして、それ未満の場合は、ほとんど職場に音楽をかけているし、それ以上のところは音楽は一切なしです。ただし、これは私の知っている職場ばかりです。それから、接客として音楽を流しているところは、この例には入りません。デスクワークをしている職場で、音楽を流しているかどうかです。
 おそらく神聖な職場に音楽を流すなんて、まったく考えられない年代と、若い年代から音楽を流すことを当然に要求されて、すんなり了解する年代の違いなのかなと思いました。
 私はといいますと、私は30代前半に広告制作会社にいましたもので、そこではずっと音楽がかかっていました。クリエーターにとって、そうした環境が大事なようでした。そこの経験から、私はずっと職場では音楽を流します。ただし、流している音楽はかなり違います。CDでいいますと、私は高倉健や渡哲也の歌や、詩吟を流しています。ラジオのFMもよく流しています。
 私は音楽というのは、人間の右脳で聴きますから、べつにとくに仕事に差し支えるわけはなく、むしろ右脳への刺激で、いいことじゃないかと思っています。45歳以上の年代だと、音楽を聴くという行為がまだ「娯楽」だという観念があるのだと思います。娯楽は、満足に仕事を終えてからのものだという思いがあるのではないでしょうか。
 ただ、そうした音楽が流れていない職場には、私はいつもなんだか不満足です。今回それは音楽のせいなんだなと気がつきました。(2002.04.08)

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 さきほど6時30分(もう食事していろいろやっているので、時間が経ちました)に目が醒めました。
 私は長い夢を見ていました。私はある会社でグラフィックデザイナーを6人ばかり使っているプロデューザーでした。その使っているデザイナーに関することを考え悩んでいることばかりの夢でした。
 私は実際に、広告制作会社にいて、プロジューサーであったことがあります。「ゼネラルプロジューサー」の名刺で動いていました。でもその現実の私の思い出では、私は実に大量の広告制作物を作ることに日々呻吟していました。そして私は、とくに印刷物の金銭管理が主な仕事であり、実際に粗利を稼ぐことが一番にやるべきことでした。
 たださきほどの夢の中では、実際に広告物を作るグラフィックデザイナーの人事的なことが一番私の悩みでした。
 そこではデザイナーの社員の中で、3番目に古い存在である若い女性がどうしても私とは気が合わない感じでした。でも私は夢の中でも、もう彼女の力を認めています。なんとかそのことを伝えたいと思っています。でもそれは私の心の中だけで、どうにもうまくいきません。
 このことを、彼女の次に入社してきた男性のデザイナーが私をフォローしてくれています。彼女と私の仲をなんとかとりついでくれるのです。私はとても彼に感謝したい気持になっています。
 でも、この彼の顔を思い出しても、「現実には会ったことがないなあ」と思っていましたが、あ、今思い出しました。彼はあの当時大阪支社に入ってきたデザイナーでした。でも私は彼とは会話したことなんか、ほとんどないのです。それでも夢の中ではなぜか彼の心が判る感じでした。
 それにしても長い夢でした。
 そして夢は、現実に起き出してしまうと、その内容を急速に忘れてしまいます。
 ただ、私は少しは思い出そうと、こうして少しメモをしただけです。

 なんで、こんな夢を見たのかなあ。昨日は、あるクライアントで打ち合せして、それからある税務署で重要なお話をして、また別なクライアントへ行きました。そしてそのあと、秋葉原のヨドバシカメラに行こうとしましたが、秋葉原駅で、「ああ、きょうはビックカメラに行こうと思っていたんだ」と方向を変えて有楽町へ行きました」。ここでまたインクを購入して、スカイプのマイクをいくつも比較検討していました。このごろ、スカイプで話すことが多いので、コードレスマイクが欲しいなと思っていたのです。
 そして地下鉄の中では、長谷川慶太郎の本を読み終わり、ひきつづき佐藤雅美「お白州無情」を読んで、「これを読むのは辛いなあ」なんて思いの中で、何度も本をとじていました。
 家に帰ってから、夜9時すぐに、長女の部屋に行くと(ああ、私のクライアントの社長ご夫婦から、孫誕生へのプレゼントをもらい届けたのでした)、「パパしばらくポコちゃんを見ていて」というので、懸命に可愛がっていました。
 きのうは、そんなことばかりで、そんなことに関心があったのに、夢の中では、それらとはまったく関係ないことの夢をずっと見ていたわけです。

 でも不思儀だなあ。あの会社(私の夢の中での会社)には、パソコンがなかったなあ。そうすると、もう随分昔の制作会社だったのかなあ。そうだ、夢の中の私も若かったものなあ。

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 さきほど4時20分に私は目が覚めました。
 私は長い夢を見ていました。私は何人ものスタッフと、ある住宅展示場の運営について話しています。ちょうど10人のスタッフで話しています。もうこの展示場を大改装するのだが、それについて、今後どう広報営業していくかという話です。
 新規改装オープンの広告広報するのだが、この改装前の展示場のモデルルームを売ってしまおう、「破格の値段で売却する」からという、おおきなキャンペーンをやろうという企画です。
 そんなときに、ある女性社員が、「できたら、この展示場の家そのものを買いたい」という熱心な人がいたことを話します。
 そんなことを含めて熱心に話します。この日は休みの日です。休みと言っても、日曜日や祝日ということではなく、この展示場の休みの曜日です。住宅展示場は、土日も国民の祝日の、多くの方が訪れている営業日です。この私の夢の中の展示場がいつの曜日が休みなのかは、私は覚えていません。
 そこで長い会議を終えて、「明日からまたしっかりやろう」という確認のもと、もうみなで帰宅します。
 なんだか世田谷区にある展示場から、地下鉄で帰ります。
 みなけっこう近くの駅で降りていきます。自宅が近くだったり、乗り換えがあったりいろいろです。
 私が何故か一番遠いようです。
 最後のスタッフと別れて、一人になって、まだ地下鉄に乗っているところで、私は目が覚めました。

 うーん、私は考えました。私は住宅展示場の運営に携わったことはありません。ただ、30代の前半の広告制作会社でチーフプロジューサーをやっていたときは、その多くの広告制作の仕事は、住宅展示場の広報活動でした。実に莫大な数の広告物を作りました。
 世田谷区の展示場というと、当時は駒沢住宅展示場でしたが、私は夢の中でそのどこか一つのメーカーの展示場のスタッフの一人だったようです。
 私が実際にやっていたのは、展示場全体の広告で、とくには、その参加メーカーからの依頼で、チラシや看板、新聞記事下広告もやることがありました。でも私がその住宅メーカーの構成員ということは一度も経験がありませんから、なんであんな夢を見たのかなあ。
 実は、その営業展開の夢で、一人一人の真剣な発言内容は、実にリアルで熱心な発言でした。たった今は、その営業マンたちの熱心な発言内容と、その真剣な顔を一人一人思い出せます。

 なんで、こんな夢を見たのかなあ?

 本来なら夢自体が完全なものではないし、なにかちぐはぐなものなはずなのですが、実に真面目に仕事にとりくんでいる多くの仲間の発言を今も実にリアルに思い出しています。

 でも夢だけれど、また夢の中でもうみんなに会うことはできないのだろうなあ。

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