将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:府中刑務所の中

12020814 私がひさしぶりに、「ニュース将門」を書いたのですが、そのときに、ガラパゴスを見て読んでいまして、この今日の一面の「春秋」あったところを読みまして、私はまた実際の紙の新聞も読んでしまいました。

作家自らタイトルを「日向(ひなた)の匂い」と決め、広告も打った。が、編集者には迫力がないと思われてならない。考えに考えたのだろう。ぎりぎりになって作家に書名を変えたいと申し入れる。その結果、遠藤周作の代表作は「沈黙」として世に出ることになった。

 私は遠藤周作は少しも評価できない作家でしたが、府中刑務所の中で、ラジオ放送で聞きました「札の辻」(ただし私は藤棚という作品名だと思いこんでいました)はものすごく迫力を感じていたものでした。
 そして、この「沈黙」は保釈になって読みまして(また3カ月後逮捕起訴されることになりましたが)、この作家をものすごく評価するようになったものです。

 ただし、インターネットで検索しますと、またしても出てきたのは私のサイトでした。その中でも「沈黙」はいいのですが、「札の辻」というのはあれじゃ分からないな。私には今も、この作品の貧弱なキリスト教徒(実は彼はユダヤ人でナチスに殺されます)の、札の辻での声が今の今も聞こえるのです。

 たしか、ナポレオンと戦ったロシアのクツゾフ将軍の言ったことだと記憶している言葉があります。

  明日戦う部隊を温存している将軍には勝利は訪れない

 これは、「なるほどその通りだ」と思うわけなのですが、さらに私はこのようにいいたいのです。

  後続の部隊の到着を待っていては、戦闘に勝利することはできない

11030414 これは数々の過去の戦争で言えると考えているのですが、私はとくに共産同赤軍派の1969年の4・28沖縄闘争敗北の総括の中で知りました。当日御茶ノ水の東京医科歯科大学で、機動隊に包囲されていた共産同関西派(のちに赤軍派になっていった)は、はじめて軍事部隊を組織していまして、その組織の指揮のもと、見事に機動隊の包囲を突破し、当日の「霞ヶ関占拠」闘争へ向けて、新橋駅に到達することができました。しかし、ここで致命的なミスをおかしたというのです。
 それは、すぐさま霞ヶ関へ向け進軍するべきだったのだが、彼らの指揮官は、さらに遅れてくる友軍の部隊を待って、部隊を集結させてから向かおうとしました。だが、勢いがついているときは、すぐさま進軍すれば、焦点は移動しますから、その勢いのある焦点にまた決戦の場は移動し、後続の部隊もまたそこに自然に参加してくるはずなのです。ところが、無為に後続の部隊を待っていて、いざ進軍したときには、もはや焦点が逆になっていました。イニシアチブは機動隊のほうが握ってしまっていたのです。だから部隊が進もうとしても、もはやたくさんの逃げてくる遊軍ばかりのおかげで、結局は銀座まで後退することになりました。そしてそこには敗北しか残されていません。
 私は当日は、ちょうど府中刑務所の中にいましたが、中で聞かせるラジオ放送(刑務所の中では、午後7時から9時まで野球放送等を聞かせる)の中での、この沖縄闘争の経過(当日は芥川隆行が放送の担当だったな)にいらいらしていたものです。「なんで新橋駅にとどまっているんだ、なぜ早く霞ヶ関に向かわないのだ。敵にイニシアチブが移ってしまうぞ」。
 さてそれで、次に私がこのことを大事なことだとして実践したことを次週書いていきましょう。(2002.09.23)

11021210 私はこの本は東大闘争で逮捕起訴拘留されていた府中刑務所の中で読んでいました。
  1969年の8月でした。でも私には難しくて、付録の図を見て「ああ、こういう関係か」なんて確認しながら読んでいたものでした。当時の私には、中学のときに読んだ与謝野晶子の訳よりは、数段上のはずだという思い込みがありましたから、その考えだけで読んでいたものでした。
 だが後年、吉本(吉本隆明)さんの『源氏物語論』を読んで、私の錯覚に気づかされたものです。与謝野晶子のほうが、源氏物語がただただ好きなばかりで、その解釈には、間違いもあるが、まったくいいものなのです。
 昨日(2010.01.01)入っていました「北区ニュース」で「特集新春対談」というので、北区長との対談で、ドナルドキーンが次のように言っています。

 読みだしたら素晴らしいものだと思いました。
 それは『源氏物語』には全く戦争が描かれていないことです。現実の世界では、その当時も戦争が起こっていましたから。

 これを読んで私は「ハッ」としました。私はそんなことを少しも考えていなかったのです。そしてまた読んでみようと思いましたが、でもそのときに、また私は谷崎の源氏を読みたいという思いになりました。どうしても、与謝野晶子へは向かわないのですね。いえ、今はもっとたくさんの方が『源氏物語』を訳されています。だから誰か他の人のを読むべきかもしれません。
 でもでも、私にはこの谷崎さんの源氏物語がどうしても思い出されてくるのです。(2012.02.13)

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