将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:後水尾天皇

12030309 2012年3月3日のポメラの2への目森一喜さんからのコメントに次のように書いたことで、

 後水尾上皇の活躍が、でもでも分かりにくくさせたように思いますね。昔修学院離宮を歩いたときにも、絶えずこの天皇上皇のことが思い出されていたものでした。

 この天皇上皇は、私にはどうしても苦手な人ですね。あの広大な修学院離宮もどうしても好きになれません。
 そもそも私は、後水尾天皇(ごみずのおてんのう)というふうに、読みを入れないと、まともに読めないのですね。いや私はこの読みを入れたいがために、この文を書いたように思えます。
 隆慶一郎『花と火の帝』の作品も読みましたが、どうしても理解しにくいのです。この作品は隆慶一郎が亡くなったことにより未完ですが、あのまま書いていくのも大変だったでしょうね。隆慶一郎は小林秀雄を尊敬し、彼が生きている間は、作品を決して書かなかったのですが、なんとなくもっと書いてほしかった思いがします。
 私は彼の作品は、ほとんど読みましたが、もし、もっと早くから書いていたら、あれだけでは終わらなかったろうと悔やまれてならないのです。
 もう終わってしまったことです。仕方がないのですね。

11040405 私が隆慶一郎の作品で最初に読んだのは、『吉原御免状』でした。そしてそのあとは『かくれさと苦界行』を読んでいきました。ただどうしてもこの作家の作品には馴染める思いにはなりませんでした。
 思えば、どうしても私は小林秀雄を好きなことは間違いないことだったのです。やはりどうしてもアルチュール・ランボー『地獄の季節』(岩波文庫)の訳者の小林秀雄は忘れることができません。
 でもそんな小林秀雄に囚われているとしか思えない著者の作品には嫌になったものでした。この二つの作品で、主人公松永誠一郎に執拗に襲いかかるのは闇の柳生軍団ですが、これこそが小林秀雄なのです。だが、小林秀雄は実際にはそれほどの人物ではなかったように、その柳生のあとと言っていいだろうときに書いたのが、この作品なのです。
 その最初の二つの作品の主役の松永誠一郎とされたのは、実は誠一郎は後水尾(ごみずのお)天皇の落胤と言われているのです。
 この天皇は、大坂夏の陣が終わったあと、徳川幕府の最大の敵になりました。この帝のことを書いたのがこの作品です。ただし、この作品も作者の死で未完で終わりました。

 私が27歳のときに、京都の修学院離宮へ行きました。この後水尾上皇が作られた大きな庭園です。私はいつもこの離宮の中を後から、「もっと早く歩くように」と園の係に執拗に言われ続けました。その係の方の声とこの作品をいつも思い出しています。
 思えば、この天皇に関しても、少し書いていこうかなあ。

11031005書 名 歴代天皇総覧
    皇位はどう継承されたか
著 者 笠原英彦
発行日 2001年11月25日初版
発行所 中公新書
読了日 2002年2月23日

目 次
神話時代の天皇(神武天皇綏靖天皇 ほか)
古代の天皇(応神天皇仁徳天皇 ほか)
中世の天皇(後鳥羽天皇土御門天皇 ほか)
近世の天皇(後水尾天皇明正天皇 ほか)
近現代の天皇(明治天皇大正天皇 ほか)

 部厚い本なのですが、一人一人の天皇の記述については、なんだか少なくて物足りない。でも思えば、これで仕方ないよなとも言えるのです。でも知らない天皇もたくさんいます。資料として使えそうです。  (2002.02.23)

11020612 隆慶一郎の小説をけっこう読み続けてきました。だがいくら何でも、「もういいかげんにしてもらえないかな」と感じてしまうことがあります。
 私は隆慶一郎の作品はすべて読んでみようという思いがあります。だから、このごろも「一夢庵風流記」「見知らぬ海へ」「駆込寺蔭始末」と読んできました。しかし、いつも感じるのは、彼の数多くの作品にいつも柳生暗殺者集団が敵として出てくることなのです。
「吉原御免状」「かくれさと苦界行」「影武者徳川家康」「死ぬことと見つけたり」「柳生非情剣」「捨子童士松平忠輝」と読んできた作品には、主役たちを常につけねらい非情な手段で襲いかかる柳生暗殺者集団が登場します。もう、「またかよ」「また柳生かよ」「どうしてまた柳生なんだ」という思いに駆られます。
 私には、これはどうしても「やりすぎだよ」としか思えないのです。ここまで柳生というのは非情な殺人者たちだったのでしょうか。そして、どうしてもその柳生暗殺者集団は作品の中の主役たちに勝てません。勝てなくても勝てなくても、主役たちを殺せなくても、柳生は主役たちに襲いかかります。もう、私はいいかげんに嫌になってきます。たしかに歴史上では柳生は分からないところがあります。だが、本当に武芸というよりは、江戸幕府とくに二代将軍秀忠の調査隠密集団だったのが事実としても、どうして、これほどまでに、隆慶一郎の作品の主役たちに、殺されても殺されても、絶対にひるまず襲いかかるのでしょうか。
 そこで、私は気がついたわけです。友人と電話で話したときに分かりました。彼が教えてくれたのです。
 柳生というのは、これは小林秀雄なのです。隆慶一郎は小林秀雄の弟子でした。小林の存命中は決して文章を書きませんでした。小林秀雄を圧倒的に尊敬していたものと思われます。隆慶一郎にとって、小林秀雄は否定したくても否定したくても大きな存在だったのです。もう小林秀雄から離れたくても離れたくても、いつも大きく立ちはだかってくるのが小林秀雄だったのでしょう。
 だから、柳生をいくら破っても殺しても、さらに柳生は襲いかかってくるのです。そして結局は、柳生を使った江戸幕府が形を作っていきます。2代将軍秀忠がいかにひどい非情な政治家であっても、豊臣家は滅び、後水尾天皇(註)は敗れていきます。隆慶一郎はどうにも勝てないのです。
 うーん、と私は考え込んでしまいます。ちょうど、ソクラテスをいつも作品の中に描いて、自らの哲学を展開していたプラトンが、最終的には、そのソクラテスの影響から逃れることが出来なかったように、隆慶一郎は小林秀雄の手の中から逃れられなかったように思います。

(註)第108代の天皇で、修学院離宮を造営された方です。歴史
  の上ではあまり露わにされていませんが、この天皇は実に豪気
  であり、徳川幕府と徹底して闘われた方でした。そのことは、
  隆慶一郎「花と火の帝」に描かれています。思えば秀忠という
  のは、父親の家康よりも息子の家光よりも、陰湿かつ陰険な策
  謀家でしたね。彼のときに、「禁中並公家諸法度」が制定され
  ています。

 ソクラテスという哲人は、一つの著作も残していません。プラトンの作品群の中で登場するだけなのです。弟子であるプラトンは、このソクラテスを尊敬していました。プラトンの作品群を読んでいくと、偉大なる師が、どこでも自らの思想を語ります。プラトンはそれを描いているだけなのです。だが、その作品を年代順に読んでいくと、だんだんとその作品の中で、次第にソクラテスの存在が小さくなっていきます。そして少しづつプラトンその人の思想が表れくるです。だがだが、哀しいことに、プラトンは最後はまたソクラテスに戻っていってしまうのです。ソクラテスが回帰してくるのです。これは寂しいことです。
 もう一つ例を出します。マーク・トゥインといえば、「トム・ソーヤの冒険」や「ハックルベリー・フィンの冒険」で知られたアメリカの作家です。もちろん、もっとたくさんの作品があるのですが(註)、この二人の少年の物語を読んでいくと、これまたマーク・トゥインの悲劇とでも言っていいかなということが見えてきます。「トム・ソーヤの冒険」ではハックルベリー・フィンはわき役です。そして、もはや「親父なんか死んでしまえばいいのに」なんて言ってしまうくらいの不良というか自然児です。このハックこそが、自然児としての自分を発揮しに「ハックルベリー・フィンの冒険」が始まります。おそらくマーク・トゥインはこのハックこそが大好きだったのでしょう。彼の描くハックは生き生きとして元気に動き回ります。そして、この冒険の話のほうがトム・ソーヤの冒険物語よりも、ずっと長いのです。

 (註)例えば以下があります。
   マーク・トウェイン「不思議な少年」

 ところが、話がだんだんと長くなってきて、しかもマーク・トゥインが当時の黒人差別を指摘されるあたりから、ハックの動きが止ってしまいます。もうどうしたらいいのかマーク・トゥインは悩んでしまったのでしょう。そこでこの「ハックルベリー・フィンの冒険」の最後になると、突如トム・ソーヤが現れるのです。あれだけ元気だったハックも、トム・ソーヤの前では、弟分のようになります。そしてトム・ソーヤは元気で、ハックより悪賢くて、とうとう物語を解決終了してしまいます。読んでいて、「なんで、ここでトム・ソーヤが出てくるんだよ」と誰しも声をあげるところでしょう。
 でも仕方ないのです。そのときのマーク・トゥインを救えるのは、大昔のヒーローであるトム・ソーヤなのです。本来なら、ハックルベリー・フィンが自力で解決すべきなのに、そうできないわけなのですね。

 隆慶一郎は、なんとしても小林秀雄の魔力から逃れたかったのでしょうが、結局は最後まで、その手から脱出することはできませんでした。「花と火の帝」と「死ぬことと見つけたり」が未完で終わってしまったことがそれを象徴しているように思います。

 だが、私も決意しました。私が替わって小林秀雄と格闘していきます。絶対に負けてはならない戦いのような気がしています。その内容とは何なのか。それが中世における網野善彦のいう「異形者集団」の考察から、柳田国男の「山人」、折口信夫のいう日本古代の把握等々を通じて、さらには吉本(吉本隆明)さんの南島論等々の論考から、必ずできるように思っています。
 そう思うときに、まだまだ隆慶一郎は読み続けていきます。(2002.02.04)

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