11041709  新田義貞は1301年(正安3)〜1338年(建武5)8月17日の生涯でした。その義貞が建武の新政権で後醍醐天皇から恩賞として与えられたのが、この勾当内侍(こうとうのないし)でした。
 義貞の建武の新政権での栄光は実に短いものでした。だからこの女性との生活も短いものでした。やがて、すぐに足利尊氏が都を征服すると、義貞は北陸を転戦し、やがて破れ戦死することになります。
 勾当内侍は、その義貞の戦死を知り、義貞の菩提を弔って余生を過ごしたとされます。また、琵琶湖に入水したという伝説もあります。
 私は2010年の6月4日に鎌倉の成就院の門から、稲村ヶ崎を見ました。このときも繰り返して寄せる波は義貞が北条氏の鎌倉を攻略したときと同じだったのでしょうね。そのときを思ったものです。(2011.04.18)