将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:徳川慶勝

1301230113012302  さて、こうして尾張の徳川慶勝が正面から六兵衛を見ることになります。

 何を申すのかと思いきや、この者を慶喜と疑うているのか。笑止きわまるところではあるが、それくらい苦労をしたのだろうと思い直して、御殿様は笑わずお答えになった。
「ちがう。似ても似つかわぬわ」

 このあと慶勝が15代将軍慶喜と血が濃いことが書かれています。これでもう間違いないでしょう。加倉井隼人もこれで納得します。でもでも的矢六兵衛のことは何も変わっていないのです。

「馬を急かせて参ったゆえ、腹がへった。湯漬けなり食おうではないか。加倉井、的矢、相伴せい」
 言うが早いか、御殿様は篭手を嵌めたお手を叩いて人を呼んだ。

 うーん、これで的矢六兵衛も一緒に湯漬けを食うのかなあ。大変に興味深い13012214です。今は湯漬けなんて食べません。インスタントのお茶漬けなら誰でも食べています。織田信長が桶狭間の戦いの前に湯漬けをかっこむ姿が甦ります。ここらへんの火急のときの食べるものはずっと変化していないのですね。
 さて六兵衛が湯漬けを食うのかが待たれます。私は食うと思いますが、そうすると少しは六兵衛、気持は和んだのかなあ?

1301210113012102  徳川慶勝はここにただ座っているだけの六兵衛がわけがわかりません。

「おぬしは誰じゃ。名乗れ」
 さては不覚にも罠に嵌ったか、旗本御家人が尾張に恨み骨髄であることぐらい承知している。大廊下の詰席に刺客が待ち受けていたのだ。

 これは大きな勘違いです。第一そこの六兵衛は脇差すら差し出しているのです。だだ慶勝はいいます。

「おのれ狼藉者。刀の錆にしてくりょう」
 御殿様は丹波守吉道の鞘を払うて立ち上がった。13011812

 この勘違いをどう慶勝は終えるのでしょうか。でも黒書院の六兵衛自身が語ってくれなくては、わけが分かりません。
 もちろん、歴史の事実としては、こんなことはないわけですが、でもでも読んでいて、はらはらしてしまいます。さて、どうなるのでしょうか。

1301200213012001  この江戸城に新しい人物が登場します。

 ・・・・・・、大廊下上之御殿御部屋にひとりの武将が座っている。誰あろう、前(さきの)権大納言徳川慶勝公にあらせられる。

 この人物を知ったのはいわば今日が始めてのことです。
 私は小学校6年の春に何度か名古屋の「徳川園」に行きましたが、思えば、こんな時からの縁があるのですね(もちろん、尾張藩は御三家なんですが)。私はこの「徳川園」の隣の少し広い駐車場と公園で小学4年の弟が凧を揚げていた光景をよく思い出します。あれは昭和35年のことですね。

 御殿様は市ヶ谷の尾張屋敷には入ろうともなさらず、まっしぐらに御城をめざし、畏れ入る官兵どもを鞭で薙ぎ払うて西の丸御殿に上がった。

 ただ、そこで、この「黒書院の六兵衛」がいるのです。13011810ただただ黙って座っているだけですが。その慶勝が思います。

 ハテ、それにしてもーー目の前にあるこの侍、いったい誰じゃ。

 どうなるのでしょうか。この慶勝の前でもただ黙っているだけなのかなあ。

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