将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:心的現象論

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 周の雑読備忘録「吉本隆明の『心的現象論』了解論」に次のように書いていました。

私は『試行』を早稲田の古書店街で手にしてきたのが、1970年のことでしたが、

 思えば、あの頃は文献堂の親父さんもお元気でしたね。私はその頃1969年(実は東大闘争で保釈になってからあとの69年11月12月のわずかな時期と、70年にまた保釈になったあとと71年の時期に、この文献堂はすぐそばでしたから、よく行きました。思い出せば、あの店のすぐそばの歩道によく寝ころんでいた秋田犬のクロにもよく会いましたね。
 そして私はまた結婚をしたのが、1978年でしたが、その当時も、この早稲田の古書店街のすぐそばに住みました。その当時も、よくこの古書店街を歩きまして、『試行』を買っていましたね。
 そのうち定期購読するようになりました。

 昨年の4月あの古書店街を歩きましたが、どうしても思い出がたくさん甦り、どうしても哀しい思いでいっぱいになります。もう大昔のことなんですがね。

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08011903書 名 iichiko No.94
特 集 吉本隆明の『心的現象論』了解論
発行所 新曜社
定 価 1,800円+税
発行日 2007年4月30日発行
読了日 2008年1月19日

 今この本の発行日が、昨年の4月30日だったことに驚いています。そうすると私の行く本屋ではどこでも出会っていなかったのですね。

 最初に、山本哲士さんが次のように書いています。

 吉本隆明『心的現象論』は、1965年から1997年まで、32年間に渡って氏の個人誌『試行』において休むことなく書き続けられた壮大な書である。吉本思想の根源の根源に位置する書であり、現代の思想書として最高峰のものといえよう。
『心的現象論』は、個人幻想と共同幻想とに関係を、前古代の場といまとを相互変容させながら、心的なものが空間的にいかに関係し、時間的にいかに了解されていくか、そこで人間同士、到底理解しえないようなことがいかに起き、また、イデアや理念がいかに現実に裏切られてしまうのか、身近な不可解さを了解の水準へひきだしている。観念論と物質論との対立や、自然過程からの離脱が進歩であるかのような史観を超える思想作業がなされている。心と身体との非分離界の対象化であり、西欧的な世界思想の地平をこえていく格闘である。「心的」とはmental,psycho-さらにheartやideaまでを含んでいるが、直接に対応する英語はない。心的疾患を対象にしつつ精神的なもの、観念的なものを考察しているため、とりあえずpsycho-としておいた。

 思えば、私は吉本(吉本隆明)さんの書かれたものはすべてを読んでくるようにしていたのですが、この『心的現象論』だけは、読めてきていませんでした。私は『試行』を早稲田の古書店街で手にしてきたのが、1970年のことでしたが、そのときには、もうこの連載はずっと続いていたわけです。そして私が『試行』を定期購読してからもずっと書き続けてられていました。
 そういえば、1971年の秋に、埼玉大学の中で、この『心的現象論』の海賊版が売られていたものでした。
 もうそのときからも、もう40年近くの年月時間が経っているのですね。
 なんとしても、今このときにこそ、私もこの『心的現象論』を読んでいきます。
 少し思い浮かべると、『眼の知覚論』『身体論』『関係論』までは少しは読めていたような思いがあります。だが、そのあとの『了解論』が延々と続くとき、もう私には、「もう私には無理だ、もう届かないよ」という思いばかりでした。でもこれは羞しいことです。
 今から、必ず読んでいく私になっていこうと考えています。

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 これまで僕は言葉というのは自己表出と指示表出という、二つの要素から成っているという言い方をしてきましたけれど、言葉と芸術的表現との関係の場合、言葉っていうのは自己表出と指示表出の「織物」なんだ、ということなんですね。つまり概論としては、分離して説明する以外にないんだけれど、ほんとは言語というのは織物でこれは分離できるようにはできてないよ、ということなんです。(「吉本隆明 自著を語る」第九章『心的現象論』)

 ことばが、この二つの表出の織物である以上、その織物を解いたら、もう織物ではなくなるわけです。だから、自己表出だけであるいは指示表出だけの言葉は、芸術にはならないわけです。これは実に理解しやすい説明です。

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 言語を根幹に据えて、言語の表現───つまりは小説とか詩とか文芸批評の問題を、捉えてみようと思ったんですね。だから中途半端っていえば中途半端
だけれど、一番活発な精神的な働きがあるときだといえば、そうですね。
(「吉本隆明 自著を語る」第九章『心的現象論』)

 ところが、これが「中途半端」などころではなかったという思いがします。しかし私なんかには一番判りにくい書物であるかと思っています。私が読み解けるには、どのくらいの時間がかかることでしょうか。

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