将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:意識的に

10122301 先週の木曜日に、あるクライアントから事務所に帰ってくるときに、電車の中からお茶の水駅のお堀の対岸の緑や花を見つめました。とても爽やかな日でその緑がとても綺麗でした。でも、私はこうして実にひさしぶりにここの緑をこうしてぼんやり眺めたことに気がつきました。そして、「そういえば、このところ、こんなふうにボーッと景色を眺めたことなんかないな」と思いました。すぐちょうど1週間前からの自分の生活行動を思い浮かべたのですが、まさしくちょうど1週間、ただただ忙しく走り回っていました。とにかく仕事で急いで、夜は酒飲んで大声で詠って、電車に乗れば、必死に本を読んで、ホームページの更新も必死でして、飲み屋でもパソコン開いて、書いていたりしていました。
 ちょうど、このときのすぐ前に行ったクライアントで、行く前に必死に走っていきまして(坂の上にある会社でして、息が切れました。だって、その前に時間があったから銀行へ入って、ある振込をしようとしたのですが、なんと30分待たされた)、それで相手の会社へ入るなり、私は喋りながらノートパソコンを開いて、すぐにまた喋りだしました。 そうしましたら、そこの女性の社長が、

   もう、いつもせからしい男だなあ。まずは、ここに座ってお茶でも飲
  まんかい! それとも、このあとまたどこか行くの?

と言われました(彼女と私はとても親しいのとそして彼女が年上なので、いつも彼女はこういう口調で私に話しかけます)。私はいつも気がせいていまして、なんだか焦っているのですね。時間のなさを焦るよりも、なんだかもっとたくさんのことを相手に伝えたい思いなのです。
 でも、ちょうどその会社は年上の女性が二人でして、パソコンの話や財務会計ソフトの話や、デジカメ、カラープリンタの話をしていくうちに、だんだんと落ち着きます。そしてパソコンを操作したり、商業登記のお話もしまして、どうやら、私も役だっているようです。そんなことが確認できます。
 ここで、年上の女性二人とゆっくり落ちついて喋らないといけないなあ、ということを嫌というほど実感されまして、それでまた一旦自分の事務所に戻るときに、なんでか私の気持が「少しはぼんやり外を見ようか」と電車に乗ってお茶の水駅近くへ来たら、外の景色を眺めました。
 ここで思ったのですが、こうして、ときどきぼんやりと外の景色を眺めるのは大事なことだなということです。景色を眺めながら、私は自分の過去1週間をいつもとは違って思い出すことができました。いつもなら、仕事や飲み屋で誰と会って、どんなことを話していたかとか、ホームページの更新はどう進んでいるのかとかしか思い出さないのですが、綺麗な緑を見ていると、なんだか自分の心の状態までが見えてきました。「このところ、なんだかイライラ鬱々としてしまっているよな。原因は判っているんだ。このことを解決しなくちゃなあ」なんて気がついたものでした。見ている対象としての景色の中に、自分の今の気持を見つけている感じがしたものです。
「ぼんやり景色を眺めること」というのは、ちょっと矛盾した言い方になりますが、意識的にそんなことを作っていかなければいけないよなあ、なんて思ったものです。 (2001.04.30)

742fb148.jpg 妻が日本がんセンターから昨日退院すると、途端にポメラを書いていませんでした。電車の中で書くのが普通でしたからね。あ、テレビを見ながらも書いていたのでしたが、テレビも見ていないものな。
 もう意識的にやらないといけないですね。
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