将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:慶喜

1301090113010902  どうやらしづゑとお勢は、的矢六兵衛の家を探り当てていたのでした。

 表札に「的矢」とある。

 よく探り当てたという思いがします。果たして、ここに慶喜の代わりに六兵衛が潜んでいるのでしょうか。私はそんなことはないと思いますが、前にもみた中間奴が出てきます。2012年8月26日のポメラ2012年8月29日のポメラで出しました挿絵にこの奴が描かれています。この奴(やっこ)はたいそう弁もたつし、頭の回転も速いようです。

 たいした中間奴だと、しづゑはなかば腹立ちながら感心した。

 そうだよな。このしづゑも私と同じことを感じています。

「お女中ではございませぬ。奥様にお取次ぎを」13010803

 さて、これで明らかになるかな。私の予想は当然、ここには六兵衛はいないから(江戸城内にいる)、加倉井隼人の思いもしづゑの思いもはずれるわけですが、どうなのでしょうか。
 また明日が楽しみです。

1301050113010502  今日はもう隼人の妻ではなく、加倉井隼人と田島小源太が語るのです。二人ともこの日は非番なのです。そして子守です。

 まことに久々の非番である。
 朝寝を決めこんで目覚めたのは、春日もうららかな午前(ひるまえ)であった。

 子どもを見ています。しかし以下の

 長太郎はすやすや寝入っている。そろそろ起こして粥を食わせ、むつきも替えてやらねば。

 二人とも妻にも的矢六兵衛のことを喋っているのです。だから妻二人は六兵衛の家の稲荷町に行っているのです。六兵衛が慶喜と入れ替わっているのなら、本物の新六兵衛は自宅に隠れているはずなのです。
13010413 しかし、この小説は実に面白いです。
 でもそれと、ここに出てくる漢字熟語をUPするのが大変です。もう私は「大修館『漢字林』」を引いて大変です。インターネット、パソコンの時代になっても漢和辞典は欠かせません。

1301041113010412 今日も加倉井隼人の妻の話が続きます。

 ・・・将軍家ならば、いったいどなたがそのお顔をご存知なのでしょう。その上様が、得心ゆかぬ御旗本のひとりにすり変わって、御城内にお座りになっているとしたら、よもやその御酔狂に気付く者はございますまい。

 うーん、この隼人の妻の推理ですが、それは違うんじゃないかな。その後の歴史で慶喜を知っているからです。でもその後の慶喜を知らずとも、「それは違うんじゃないかな」と言えるのじゃないかと思いまして、でも自分に「そんなこと言えるのか」と問うて見ますと、そもそも私には分からないとしか言えないのです。ただ、歴史の事実もこの小説でも慶喜はこの時には水戸へ行っているのですが、さてどうなのでしょうか。
 あ、私は「慶喜」を「よしのぶ」ではなく、「けいき」と呼んでいます。読んでもいます。でもでも、今私の辞書の操作がうまくいかないで、もういらいらして、焦っています。だから今は「けいき」なのに、「よしのぶ」で、でしか出てこないのです。困るなあ。腹立つなあ。

 ハテ、その筋書でまずまちがいはないと思いますが、だとするとすり変わったのちにすり変わった的矢六兵衛、どこで何をしてらしていらっしゃる。13010308

 エッ、ひょっとしたら、その的矢六兵衛が水戸へ行って、のちの天狗党と諸生党との血戦でも沈黙を続けてしまうのかなあ。
 ありえない話ですが、そのようなことも思ってしまいました。

1212260112122602 しかし私は「これは源一郎はすぐに違うことを指摘できるのではないか」とは書きましたが、そうではないのかもしれないなあ。源一郎は言います。

「僕がまっさきに考えたのは、西郷吉之助のことだ」

 エッと驚きます。西郷は六兵衛を見て慶喜と見てとったといいます。でもそうなのかなあ。ともに一ツ橋派でしたから、主君島津久光よりは親しみは感じていたでしょうね。
 西郷は、こうだったのです。

 あまりにも前(さき)の将軍家に似ているゆえ、御家門の誰かしらと思うたのやもしれぬ。しかしじきに、西郷は確信したのであろう。

X12122601 そうなのかなあ。これはすごいことですね。西南戦争での西郷を思います。ただそれはこの時から10年後のことですね。
 慶喜は西南戦争での西郷をどう思ったものなのでしょうか。西郷のようなヘマは俺はやらなかったと思っていたのかなあ。

1212070112120702  なんだか読んでいましてつらいばかりです。

 とっさに気遣うたは、そやつらの身の上ではなかった。拙者の家来どもが気付いているかどうか。幸いその様子はない。

 私の思いですが、間違いなく気がついているはずです。いやそれは作者も思わない、書くべきことではないのかもしれません。でもさみしいことです。

 ……畏れながら二百六十年の天下も、いよいよ終いじゃなと思うた。いかに英明の誉れ高き上様でも、今や困民の群れと成り果てた旗本御家人の三万と五千家を救う手立てなどござろうか。

 私は、ここがこの作者の一番言いたいことなのかと思いました(いやもっと他にあるのかもしれませんが)。「英明の誉れ高き上様」なんていう言い方を、少し違う表現ですが、今も聞きますよ。相手が私が親しく話せる相手だと、もう私は12120607徳川慶喜(けいき)をめちゃくちゃに貶します。相手は、私が少し異常だと思うかもしれません。
 翻って今の時代を思います。江戸時代よりは少しはいいのだと思います。江戸時代は見事終わらせられましたが、今はどうなっていくのでしょう。
 私も、時代を読み、対応することなんかできません。私は、ただ孫のそばでおしゃべりするばかりです。

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