将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:懐かしいなあ

2017071902
   私が初めて関西の京都へ行ったとき(私は当時の私の彼女と行きました)、私の友人(私と安田講堂で闘い、拘留され、また別な件でも長く浦和拘置所に入っていた)が京都先斗町で飲もうということになり、「関西では焼き鳥ではなく、串カツだ」ということで飲んだものでした。私は初めてであり、彼の言う通りに飲んで食べたものでした。
   それがこの串カツでした。
   もう初めてでしたが、じつにいいものだと気がつきました。懐かしいなあ。20170719222017071923続きを読む

20170506012017050602   私の友人からメールがありました。ただ私もそれを見るのが遅くなり、先ほど返信しました。『下北沢の古書店「ほん吉」』を教えたのです。
   もう今は年間300冊の読書数から、1年間で50冊も読んでいないようになってしまった私です。でも懐かしいです。あの時は店主の綺麗な加瀬理枝さんが我孫子まで来てくれたのです。懐かしいなあ。もちろんそのときは私は大量の本を彼女に売却したのでした。
  このお店も店主の彼女も下北沢も懐かしくなります。
2017050603続きを読む

20170411601   染井吉野の桜は今日あたりまででしょう。
  私が入学した埼玉大学(北浦和駅前)は、この写真の八重桜が実に奇麗でした。この今私の今住む東京北区豊島でもこの八重桜が見られます。この桜はこれから見られるのですね。実にいいものでした。懐かしいなあ。いやこれからですから、いいものです。
20170411602続きを読む

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 左は私の一族の家紋(下がり藤)で右は私の「周」というハンドル名の印鑑です。どうちらもすぐに、こうしてすぐに記せます。
 ああ、もちろん「萩原」という印鑑も持っていますよ。みないつも身につけています。萩原という印鑑は常時必要なのですね。
 昔私の両親に家の隣の娘さんが、米国人(トルコ系のギリシア人でした)と結婚したのでしたのでしたが、その米国人が印鑑を持っていたのを思い出します。もう日本では印鑑でないと(要するにサインだと)不便でたまらないようです。「バーナード・○○」という印鑑でした。
 私はそこで最初に、「あ、おはぎちゃん、ブルータスちゃん(もちろん本名で言います)のパパだ」と三人の息子が喜んでくれました。三人の息子はモデルをやっていました。 懐かしいなあ。
 もう日本では印鑑が必要なのです。

 私のハンドル名の「周」という印鑑は22日に手に入れました。家紋はもっと前です。

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