将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:挽歌

10122205 原田康子は、1928年1月12日~2009年10月20日の生涯でした。
 私は昨年彼女が亡くなったことを知って、「あっ」と声をあげたものでした。この作家というと、どうしても「釧路」が思い出されます。寒い凍てつくような霧の街の釧路を思い出すのです。いいや、私は釧路を訪れたことはないのです。それなのに、何故か釧路の街を知っているような思いになります。
 そう思い込む私には、この作品があるのです。私が中学2年の6月に読んだ小説でした。
 最初釧路新聞でガリ版で書かれた小説だといいます。
 1955(昭30)年6月から翌56(昭31)年7月まで釧路で発行の、ガリ版刷りでワラ半紙を綴じた同人誌「北海文学」に10回にわたり連載されたということです。思えば私はその後37年に読んでいたのですね。

 戦後に敗戦体験をひきずる建築家桂木と、彼に惹かれていく兵藤怜子がヒロインで不倫の愛です。それがこの釧路を舞台として描かれているのです。桂木は太平洋戦争の敗戦のあと、怜子と不倫の愛に燃えていきます。実は桂木にはもともと家庭があったのです。
 怜子はきっと、ポケットに手を突っ込みながらこの街を歩きます。それが私には今でも続いているように思えるのです。
 その思いだけでいつも思い出す作家です。
 釧路と言えば、どうしても霧の街であり、でも決して快適な都市とは思えません。私の父が出張で札幌から行ったことがあるかと思いました。昭和30年の頃でしょうか。ちょうど、この小説が連載されていたときなのですね。私はその7年後に単行本で読んでいたものでした。あの本を売ってしまったことに、かすかな反省の心が沸き上がります。でももう仕方ないよな。
 もう一度読むには、どうしたらいいのでしょうか。(2010.12.22)

09102208 新聞の訃報欄で、この作家が亡くなったことを知りました。
 この作家は(1928年1月12日〜2009年10月20日)、私は最初に中学2年のときに、『挽歌』を読みました。そして、私はたしか10年くらい前にこの作家の『満月』を読みました。そのあと私はいつもこの小説を私の事務所にも置いていたものでした。
 この本への思いは以下に書いてあります。

   http://shomon.net/bun/sf3.htm#haraman 原田康子『満月』

 ここで私は以下のように書いています。

 主人公の高校教師まりは、まるで私にはその顔や姿が想像できてしまいます。昭和27、8年の釧路の町で凍えるような道を、ズボンに手を突っ込んで少しうつむきながら歩いている「挽歌」の主人公の姿であり、おかっぱ頭の原田康子そのものがこのまりなのですね。そしてその少女はこの小説の中でも、その姿を少しも変えていないのです。作者の原田康子が少しも年をとっていないどころか、むしろ若くなってしまったような印象すらあります。

 そんな原田康子をいつも感じていました。私よりもちょうど20歳年上だったのですね。
 なんだか、どんどん私が知った方が遠くに行きます。大変に寂しい思いになります。

 合掌します。

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