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 いろんなことを思いまして、ここに書ききれない思いなのですが(いっぱいのことを思い、そして思い出しています)、もうその関連の画像は一部取り込んでいます。そして書かなければいけないのでしょうが、それはまたなんとか書いていきます。
 ずっと前から和風住宅の檜の家を書こうと思っていまして、そしてここにも菊池建設のバナーがときどき置かれるようになりまして、これは静岡県の会社だと思っていまして、今インターネットで調べましたら、その通りでした。
 檜の家とは、切妻、寄棟、入母屋があり、それともう一つ数寄屋造があります。ただし、最後の数寄屋造は、床の間・茶室があるということがあり、先に書いた3つとは違います。
 私は前に住宅関連の会社にいたときに(その会社は広告会社で私はその子会社の広告制作会社でした)、宇都宮の展示場の撮影をしたときにその中のある会社から(もちろん私は会社名等は覚えていますが。和風建築の会社でした)、その会社の住宅案内のパンフレット集を作ってほしいという要望があり、すかざす檜の家を柏の布施街道へ行きまして寄棟・数寄屋は最初に自転車で見つけて家の主人の方とはお話しました。
 布施の数寄屋の家では、明治年間に勝海舟と西郷従道が鴨猟に来たことがあるという記録があり、その時の書が残っていました。私がこの二人のこともよく知っているので、喜ばれたものでした。赤坂の広告制作会社(しかもカタカナの会社)の営業マンが実によく知っているので(しかも、西郷従道のことをよく知っている)、おどろかれたものでした。実にいい会話でした。
 その近くに寄棟の家があり、そこでも撮影の数日後の許可を得ました。寄棟の家では、「よくある入母屋の家は嫌で寄棟にした」ということでした。
 またその日に切妻の家と入母屋の家は我孫子で見つけました。これも数日後の許可(上の二つと同じ日)でした。
 これまた切妻の家の家では若い娘さんが(私にとっては若いのであり、もう30代でした)わざわざここは切妻にしたということを語ってくれました。入母屋の家は東我孫子でこれもまたご主人に思いがあり、他の入母屋の家とは違った数々のこと(ほかの入母屋の家とは大きく違う)を時間をかけて語ってくれました。
 この家々の建築様式が、ここにあげたものです。上の3つが「切妻・寄棟・入母屋」であり、最後の写真が数寄屋の家です。数寄屋では屋根の形ではなく、床の間・茶室があることが大きな特徴です。15110401
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 こうして述べてきましたが、はるかな昔を思いだすものです。