将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:文教大学教育学部

12021810 私の長女おはぎがいよいよ大学の卒業の時期になってきました。彼女は美術専修生なので、卒業の課題は、美術作品を制作することです。もう何カ月も、たいへんに大きな造作物を作っていました。
 以下の要項で行います。

 1月30日(火)〜2月4日(日)
   時間:10:00〜17:30
      10:00〜20:00(金曜日)
   会場 埼玉県立近代美術館 一般展示室
                 入場無料
   (JR京浜東北線北浦和徒歩5分)

 詳しくは、この私のホームページ内の「文教大学父母と教職員の会」のページの

   文教大学教育学部美術専修卒業制作展

をごらんください。私にとっては懐かしい北浦和です。(01月28日 02時28分)

11020206 私の長女おはぎがこの4月より、東京都文京区の小学校の美術の教員になりました。それで、おはぎは、文教大学の教育学部の美術専修生でした。最初はとくに「教員になる」と意思でこの大学と学部を選んだわけではありません。そのことは以下に書いてあります。

   おはぎの進学

 私はこの大学の父母会である「父母と教職員の会」に所属しておりまして、けっこう大学と関係がありまして、いろいろと接触してまいりました。それでおはぎたちの美術専修に関しまして、今までの先輩たちの就職についてはどうだったのかをいつも聞いてきました。教員試験の結果はどうだったのか、教員にならなかった学生はどのような職種に就いたのか聞いてきました。それで判断できるのですが、おはぎたちの学年の教員試験の結果は、とても良かったようです。なにしろ東京都だけで現役で11名受験して、実に8名が教員に採用されました。これは実にいい成績です。
 このことで思うことがあるわけです。私は二人の娘の同級生たちとは、けっこう親しくしてきました。電話でも話しますし、インターネット上でも話すし、それから自宅にもけっこう遊びに来てくれましたから、親しいのです。実にいい関係の友だち同士だなと思っていました。このいい友人関係だったからこそ、こうしていい結果が得られたのではと私は確信しています。よく、みんなで刺激しあって美術の制作をやったり、勉強したり遊んできたりしていました。たがいに影響しあって競った友人たちだったのでしょう。教員試験についても、けっこう一緒に勉強していました。そして、教員になった今でも、よく休みの日に会って、教材研究をして、そしてよく飲んでいるようです。これはいいことだと思うんですね。話を聞きますと、教員になってから、それぞれ、みないろいろなことで悩んでいるわけです。それをそれぞれが自分の例をだして励まし合っているようです。
 私は長女が学生だったときも、就職した今も、「これはいい友だち関係を作っているな」と思っています。
 私は会社の経営でも同じだと思うのですね。経営者も、そしてどこの現場の各責任者も、みなさまざまな問題が日々起きてきます。それをなんとか乗り超えていかなければ、ならないわけですが、それの一番いいことは、こうして、一緒に悩んで考えて励ましてくれる友人たちの存在だと思っています。
 今週、ある会社で、こうして娘の例で話したものでした。(2001.05.14)

11012303  私の長女おはぎがいよいよ大学の卒業の時期になってきました。彼女は美術専修生なので、卒業の課題は、美術作品を制作することです。もう何カ月も、たいへんに大きな造作物を作っていました。
  以下の要項で行います。

     1月30日(火)~2月4日(日)
   時間:10:00~17:30
      10:00~20:00(金曜日)
   会場 埼玉県立近代美術館 一般展示室   入場無料
   (JR京浜東北線北浦和徒歩5分)

11012401 詳しくは、このホームページ内の「文教大学父母と教職員の会」のページの

   文教大学教育学部美術専修卒業制作展

をごらんください。私にとっては懐かしい北浦和です。

 12日の夕方、上野の 国立西洋美術館 でムンク展に見に行きました。1e6a7d1d.jpg写真は、上野駅公園口から降りて、美術館の前に置いてある看板です。
 せっかく今は東京に住んでいるのですから、今後はできるだけ、いろんなイベントは見聞しに行こうと思いました。とくに、こうした美術のイベントは、私自身まったく理解することが無理だと思えるものですから、今後はできるだけ見て聞いて読んで、少しでも判るようになっていきたいなと思っています。
 そしてその私の見聞を、こうしてブログに書いていきたいと考えています。

 思えば、私の父も義父も、こうした美術を見ることが大変に好きだったわけですが、私には何も伝わっていませんね。
 思えば、私の長女おはぎが何故か小さいときから、絵を描くことも、何かを工作することも好きでした。美術展に行くことも好きでした。思えば、それは二人のおじいちゃんから受け継いだ血なのかなあ。そして大学は文教大学の教育学部の美術課に進み、卒業したら、東京都の文京区の小学校の図画工作の教員になりました。
 次女は、何が好きなのかということは私たちには判りませんでしたが、お姉ちゃんの行った大学が気に入りまして、そこに入学して、結局は千葉県柏市の小学校の教員になり、もう担任を何年も務めています。今は木更津の小学校で、3年生の担任です。この子はお姉ちゃんが美術を好きだったのにくらべると、音楽が好きで、小さいときからピアノをひいていました。
 そして小学校3年生から、オーボエを始めて、大学を出て、お姉ちゃんのおはぎと駒込に住みだしたときから、奄美の三線をやり出しました(これはおはぎもやっています)。これは、まず「THE BOOM」の宮沢和史さんの多大なる影響です。だから生徒たちの授業の中でも、例えば沖縄の話のときに、この三線をひいています。あ、オーボエは今でも けやきウインドアンサンブル でやっていますね。

 私はムンク展を見ていながら、二人の娘のことを考えていました。そして二人の娘の子ども、私の孫のポコちゃん、そしてその弟や妹、その従弟や従妹も、いろんなことをやるのだろうな、そんな子たちと、こういう美術展を見にこような、と思っていました。
 でもそのうちに、私の孫たちも、「おじいちゃんは、全然こういう美術が判らないのに、ただ来ているんだねえ」と思われちゃうだろうな。でも仕方ないのよ。

続きを読む

↑このページのトップヘ