将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:文教大学父母と教職員の会

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 今朝は1時から起きているのですね。いえ、また眠ろうとしても眠られないのです。

2015/07/20 05:31今朝は1時から起きています。今フジテレビを聴いています。
2015/07/20 07:26今NHKテレビで秩父の御神輿を見ています。いいものだなあ。
2015/07/20 07:36今は新江ノ島水族館を見ています。私はここも行きましたね。
 とっても綺麗な映像を見せてくれます。
 その苦労話を聴いて見せてくれています。
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 思い出せば、娘二人の「文教大学父母と教職員の会(父母教といいます)」でここの江ノ島水族館は行っているのですね。その他にも父母教でいっぱいのところへ行っています。

11112303 きょうは千葉へ行って、文教大学の父母と教職員の会の千葉支部の役員会です。私は朝10時30分の集合なのに、間違えて10時前についてしまいました。そういえば、私は28日(金)に秋葉原で、「Let’note」の「CF-S51VJ8」を購入していました。LANコネクターがついているというので、「欲しいな」と思っていたのですが、インターネットの価格情報予想よりも安くなっていて、さらにその安い中でも、また一段と安い値段であるお店に1台だけ置いてありましたので手に入れました。実は初期の頃のLet'noteを使っていましたから、親しみがありました。それにそのときの周辺機器で使えるものがいくつもあります。
 このノートパソコンを持っていましたから、朝千葉まで行く電車の中でメールを書きまして、船橋駅でPHS使って送りました。
 もう電車の中でパソコン打っていないと、眠ってしまいそうです。おととい徹夜だから、きのうは早く寝るつもりで、身体もそれを求めていたの(実は昼行きましたクライアントでしこたま日本酒を飲んでいました)に、結局、このLet'noteにソフトをインストールしていました。自宅のLANに組み込みましたから、他のパソコンのCD−ROMを使ってやれます。
 役員会が終わったあと、支部長と、千葉駅前の「ヨドバシカメラ」でパソコンを見ました。それで、私はパソコンじゃないけれど、また別なものを購入しました。
 それから午後2時頃から事務所へ向かいましたが、このときは、もう電車の中で、隣の方に迷惑かけるくらい眠ってしまいました。
 事務所ではすぐ帰る予定が、なぜか仕事に没頭してしまいまして、「あ、この時間だと秋葉原のショップが終わってしまう」とあわてて秋葉原へ向かいました。いろいろと手にいれないとならないものがいくつもあったのです。でも見つからないものもあったな。
 秋葉原でさんざん探し回り、歩き回りしまして、それで帰宅しました。
 珍しくきょうは、4人家族で食事ができました。(1999/10/31 23:55:27)

11110906 本日と明日箱根でに「文教大学父母と教職員の会」の首都圏4支部役員研修会に行ってまいります。またたくさんの方々といろいろなお話をしてきます。
 それにしても、今週もいろいろなことがありました。たくさん喋りました。緊急に出かけることもいくつかありました。それで、どうしても、このホームページの更新がおろそかになってしまいます。書かなくちゃいけないことはいくつもあるのに、それがやっていられません。残念です。
 iモード用のホームページを作りました。またiモード用の掲示板も作りました。これだと直接携帯電話(iモード用)で見られます。
 だけど、このiモードというのは便利ですね。感心しました。これが売れているのがよく判ります。とにかくメールを携帯電話に直接出せるのがすごいな。ショートメールでもやれるのですが、インターネットメールだと少し長文(全角250字まで)が出せます。このメールが入ってくると、普通に携帯がなります(私は普段はバイブレータにしています)から、そこでメールを即座に読むことができます。喋るわけじゃないので、これはいいのです。それに、このiモードだと、歩きながらインターネットにアクセスできるじゃないですか。どうしてもどうみても退屈な道で、しかも安全な道ならば、これを見ながら歩けます。もう今週はもう随分私はそうして歩いてきました。電車の中なら、本を読めますが、歩いているときは、なんだか無駄な過し方だなと思っていました。でもこれで、少しはいいなあ。(1999/08/28 9:56:00)

11071110 9月28日の文教大学父母と教職員の会の1都6県の研修会にて、特別講演「自然と語る」(森本二太郎氏)を聞きました。聞いたといいましても、森本さんは自然を撮る写真家でしたから、彼の写真をスライドで見せてくれました。森本さんは昭和16年生まれくらいの方でしょうか。海外と日本を行き来するのにお忙しいそうです。人間科学科の秋山先生のご紹介では、今年がレイチャル・カーソン「沈黙の春」出版40周年ということで、その関係でもお忙しいそうです。
 私は自然を撮っている写真家というと、真っ先に思ったものでした。非常に下世話な話ですが、

  自然を撮っている写真家って、どうやって食ってい
  けるのかな。

 だって思うじゃないですか。たとえば、広告写真でブツ撮りを専門にしている写真家なら、スタジオで撮影するから、いわば24時間仕事できるわけですが、自然相手だと夜はまったくできないし、太陽が出ていないと(つまり雨の日なんか撮影できない)またできないわけで、非効率なことはなはだしいわけです。
 それに「自然の○○の写真を撮ってくれ」という要請なんて、まずないと思うのですね(この○○に、滝の名前とか川の名前とかいろいろ入れて考えてみてください)。勝手に好きな自然の写真を撮って、それをフォトライブラリイに置いておけば、それを広告会社等々が使ってくれるなんていう写真家は、前田真三(註)さんくらいじゃないでしょうか。

 (註)1922年生。日本の自然風景写真の第一人者だと私は思
  います。おそらく誰でも、彼の風景写真は気がつかなくとも、ど
  こかで目にしているはずです。チラシやポスターでも、あるいは
  どこかの看板等々でも見かけることが多々あります。私は、ある
  地下鉄の駅の電飾看板で、北海道富良野の風景写真を目にしたと
  きに、「あ、真三さんだ、ここにもあるんだな」なんて思いなが
  ら、その写真に見入っていたことがあります。彼の写真を扱って
  いるのがフォトエージェンシーの蠱緯笋任后

 それから、やはり私がその写真を見るときに、一番知りたいのは、その撮影した対象を、その写真家自身がどのような視点で見ているのか、ということです。いつも、さまざまな写真を見るときに私は、

  あ、この写真家は、これをこういうふうに見ているのか。俺と
  は違うな。

 例えば、まったく同じ風景を撮っていても、その写真はそれぞれの写真家によって、違うものになっています。だから、私はそのときに、写真の対象ではなくその対象をレンズを通してみている写真家そのものの気持に興味があるわけなのです。
 以下私の「吉本隆明鈔集」からです。

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写真

 写真は、被写された対象をみるのではなく、そのように対象をきりとったこちらがわを、みるものだというかんがえは、わたしの気に入ったものであった。佐藤宗太郎の『石仏の美』は、その意味でもわたしを充たしてくれた。まぎれもなく被写体のこちらがわに、独りの人物がいることを、そしてその人間がどんなことをかんがえて写しているかを知ることができたからである。
「『石仏の解体』について」佐藤宗太郎『石仏の解体』序1974.9学藝書林 「初源へのことば」1979.12青土社に収録 「信の構造・吉本隆明全仏教論集成」1983.12春秋社に「石の宗教性と道具性」として収録

 これは多くの写真集などをみるといつも感じてしまうことである。だからそのほとんどがつまらない。どうしてこの写真家はこの被写体をこのように見ているのかという点こそが面白いはずなのだ。だから私はそのような写真集に出会ったとき、写真のもつ素晴らしさを理解することができるのだ。
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 この点において、森本さんの写真を見て、その場で私はたくさんのことを考えました。私なら、見てもただ何の感慨もなく通りすぎているような自然を森本さんは、そのまま撮っていきます。
 見せていただいたのは、この研修会の開催された文教大学八ヶ岳寮のある山梨県清里から北の長野県山岳地帯の自然の写真でした。点数は80点です。八ヶ岳あたりの山々が冬の雪が融けた初春の植物が目を出してくるところから、次第に新緑になり、そしてやがて夏になり、そして秋に紅葉の山々になり、そしてまた雪が降っていきます。私は当初、春の自然の姿の写真を見ていたとき、レイチャル・カーソン「沈黙の春」の「春」という言葉を思い出しました。雪解けの中で芽を出してくる自然はいかにも力強く目に映ります。たしかに、写真で見るブナの木なんか実に「人間より自然とはなんて強いんだ」と思わせてくれます。
 さて、だけど、やはり周なんです。そこはそういうふうには思わなんだよな思いなのですね。
 私はレイチャル・カーソン「沈黙の春」を読んだときにも、感心して読みながらも、なんだか納得できませんでした。

  レイチャル・カーソン「沈黙の春」

 実は上の書評はまだ完成していません。この「沈黙の春」への私の異議を書かなくてはいけないなと思いながらも、まだどう書いたらいいかと迷っているところです。
 今回の森本さんの写真でいいますと、その数々の美しい自然の写真には、森本さんの声が聞こえてきます。自然はやはり力強い、やはり毎年春がくれば、木々や草木は芽を出します。だが、人間が自然に勝手に入り込むことによって、だめになってしまう光景も映し出されます。
 だが、私はこの地球においては、この人間こそが自然を護っていかないと、もはや自然は、そのままの形では存在しえないと思っているのです。この日本列島は、ある時期、はげ山ばかりだったといいます。それを、こうして緑深い列島にしていったのは、人間の努力です。
 今同じ朝鮮半島でも、北朝鮮は木を切りすぎたために洪水が起き、人間はただただ押し流されているだけですが、韓国では必死に植林をやってきたために緑深い大地になっています。その国が、出すCO2とその国の森林が吸収するCO2で、かろうじて吸収する率が多い先進国は、日本と韓国だけだといいます。

 (参照)
 環境に優しい言葉の続き

 私には以下の吉本(吉本隆明)さんの次の言葉が、いちばん身にしみて判るつもりです。

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自然とは

 天然自然というのは最高のものだっていうふうに考えるのはうそじゃないかと思います。例えば、人間だって自然の一部分だっていうことは、宮沢賢治だって云いますし、マルクスも云うわけです。それから、人間だって生物だし動物だ。それはもうそのとおりです。しかし、人間とは何なんだという問を発したとき、自然的な人間に対して抵抗することで、人間であるっていうような部分がたくさんあるわけです。云いかえれば、自然というのは、何が本質的かわかりませんが、本質的な自然を目指して人間は行くべきなんです。すぐにびっくりして、自然を守れなんていうのじゃなくて、僕はもっと人間の可塑性ってことを信じています。マルクスの言葉で云えば、人間はよく解決できる問題しか提起しないってことを、僕は信じています。本質的に云えば、人間は、多分いろんな問題を解決していくだろうなっていうふうに思います。
「究極の左翼性とはなにか−吉本批判への反批判」1987.9.13東京品川寺田倉庫における「いま、吉本隆明25時」における最後の挨拶 「いま、吉本隆明25時」1988.2.25弓立社に収録された

 自然とはどうとらえるべきなのだろうか。自然というと、もう天然自然そのものがいい、自然を守れという連中が多いわけだが、そうではないのだ。人間が自然に働きかけ、それを悪くも、良くも変えていけるのだ。天然自然よりいい自然を作る可能性を人間はいくらでも持っているのだ。
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 私は森本さんの綺麗な写真を見ながら、「でも、なんか違うんだよな」とつぶやいていたものでした。
 そうですね、簡単にいいますと、

  子どもは自然の野山で遊んでいれば、みないい子になるんだ

なんて考え方や言い方を、私は絶対に認めないし、信じていないということなのです。(2002.10.07)

 先日2日、3日と文教大学の八ヶ岳寮に行ってまいりました。「文教大学父母と教職員の会」の関東地区役員研修会があったのです。以下は、そこで私が発表しましたものです。
 これをどこにUPするのか迷いました。「文教大学父母教(周版)」、「周の家族・教育の話」、「周の今週のコンサル」等々を考えましたが、ここにしました。

文教大学に要望したいこと    千葉支部 萩原周二

 私が現在の文教大学に要望したいのは、どこの学部でも同様に必要とされる論文教育の充実です。
 就職するに際して、教員であろうと、また一般企業であろうと、論文を明確に書ける人材というのが求められていると思います。そして、この「論文」をちゃんと書けるという姿勢が身につくということは、たんに論文対策ばかりではなく、教員採用試験で言えば、「模擬授業」「集団面接」「集団討論」等でも明確なる自分の意見を表明できる大事な能力を身につけられるということだと思います。
 それにあたって私は文教大学で以下のサイトのようなことができないものかと思っているのです。
 以下のサイトは、長野県の高校の英語の26歳の先生がボランティアで作られているホームページです。ぜひインターネットを見られる環境で、ここを見ていただきたものです。

   Fight!! 教員採用試験

 とくにここの「論文対策室」を見てほしいのです。(資料1)(資料2)

 このサイトがやっていることと同じことを文教大学でできないでしょうか。新しく何か教室を設けるとか施設や設備が必要になることはありません。ぜひ、書き込んでくる投稿者に対して、講評できる方が必要なだけです。即ち、大学の場でも自宅でも、インターネット上の講評を書き込むという作業が必要なことなのです。
 そしてこの「論文対策」というのは、「国語」関係の学部学課が特にやることではありません。理数系や情報・国際の学部学課でもぜひ指導してほしいことなのです。
 現在、一般の企業でも、どの社員も、ITを使って報告書も企画書も自分で作成することが必要です。いや簡単なメールで、自分の営業報告をすることも求められています。このようなときに、明確にすぐに書くことのできる論文作成の能力がどこでも求められているのです。
 私はせっかく大学を出ても、この能力に欠けている学生の多いことを感じています。そして私はその原因が、小学校以来の作文教育にあるのではないかと思っています。
 私が小学生のときから、受けてきた作文教育を典型的に表しているといるのではないかと私は思うものを(資料3)としました。

11061806 この「兎の眼」は私の大好きな小説です。そしてこの中でも、私はこの足立先生が一番好きです。
 だが、ここで足立先生が述べている作文教育が私も教わってきたものだと思います。絶えず「何をやったかを書くのではなく、そのときにどう思ったのかかを書きなさい」なんて言われ続けたものでした。これが戦後無着成恭「綴り方教室」を始めとする作文教育だったかと私は思っています。この指導だけですと、どうしても論文を書くという能力はつきません。
 問題は国語科の「作文」をどう書けるかというの問題ではなく、今は論文を書ける能力が強く求められているのです。
 このことで私が過去書いた文の一部を参考にしてください。(資料4)

 私はこうした論文、評論の読解が大事だし、そしてこの「論文作成」の指導が一番大切だと思っているのです。
 ぜひとも、文教大学で、こうした「論文対策」のホームページが開設できて実践できたとすれば、実際に各学生の論文作成の能力を確実なものにできることと、そしてこのことは全国の大学の中で画期的なことであると思います。
 私はこのことを強く要望したいのです。

(資料1)このホームページの「論文対策室」の1ページ目です。

論文対策のための掲示板です。
自分で書いてみた論文(構想のみでもOKです)を投稿して、他の人に評価してもらいましょう。
投稿する前には、下の注意点をよく読んでください。

      対策室へは、こちらからどうぞ

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注意点

 テーマはどんなものでもOKです。過去問や参考書の出題例などから選んでいただいてもいいですし、自分で考えたテーマでも結構です。必ず「テーマ:」とあるところにテーマを書いてから書き始めるようにしてください。(良いテーマがありましたら、皆さんで考えてみる機会も設けたいと思います)
 既に模試などで添削済みのものでもOKです。いろいろな人に見てもらうことによって、また違った評価、視点が得られるかもしれません。ネットという媒体の性質上、字数にはあまりとらわれなくて結構ですが、段落分けなどは明確になるようにしてください。清書したものでなく、段落ごとの構成の構想のみでもOKです。
 各投稿の中のフォームで返信することにより、講評を書くことができます。辛口な批評もありとしますが、投稿者の気分を害するような悪質な批判は無条件に削除します。
 辛口批評も時にはあり得ます。ほめ言葉だけを期待する人は、投稿しないでください。
(資料2)私が、2日当日八ヶ岳寮で、資料1の「論文対策室」を見まして、直近の論文のテーマが以下です。これをみなさんに口頭でお知らせしました。

テーマ:あなたにとって信頼できる教師とはどのようなものですか。また信頼できる教師になるためどうしますか。具体的に述べなさい。(埼玉県/小学校/1200字/70分)

(資料3)灰谷健次郎「兎の眼」

「健治、最初の文を読んでごらん」
「………『あさ七時におきました。まい日、うんどう会のけいこをしています。きょうはおかあさんについてかいものにいきました。おとうさんが八時三十分にかえってきました。テレビをみてねましした』」
 健治が読みおわると、みんな笑い出した。さすがにひどい文だと子どもごころに思っているのだろう。
「つぎの文、明、読みなさい」
「………『ぼくは、学校のかえり、工事をしているところで、ブルドーザーがうごいているので、それを立ちどまって見ました。ブルドーザにひかれたら、せんべいみたいにペッチャンコになると思いました。ブルドーザがとまったので、足をどうろにつけたらあつかった。ぼくはなんであついんやろと思いました。ひもでんきもついてないのにふじぎやな』」
「それではいまから、いよいよ先生がええやつとわるいやつを教えてやるから、よう耳の穴をほじってきいておれよ」
 と、足立先生はいって黒板につぎのようなことをかいた。

  ○したこと
  ○見たこと
  ○感じたこと
  ○思ったこと
  ○いったこと
  ○きいたこと
  ○そのほか

 そして、「したこと」の上に×をつけ、あとは○をつけた。
「先生、したことはわるもんか」
 子どものひとりはまちかねたようにたずねた。
「そうや」───足立先生はすましている。
「それじゃ、さっきみんなが笑った方の文を調べみることにしよう、『あさ七時におきました』これは、したことか、思ったことかどっちや」
「したことや」
こどもたちはいっせいにこたえた。
「そやから、これはわるいやつや。×をつけておけ」子どもたちはよろこんで×印をつけた。
「つぎ、『まい日、うんどう会のけいこをしています』これはどうや」
「したことやからわるいやつや」
「じゃ、これも×に」
「『かいものにいきました』」
「わるいやつ、わるいやつ」
 足立先生がなにもいわないうちに、子どもたちはさわいでいる。
 けっきょくみんな×印がついた。ヒャーといって子どもたちは感心している。
「さっき、わるいやつをおい出したら、ええ文になるというたけど、わるいやつをおい出したら、この文、なんいもなくなってしまうんや先生」
「そうや。こんな文はいくらかいても消えてしまうから、こんなものをかくくらいなら 、家で昼ねをしとる方がずっとましやということや」
 子どもたちはげらげら笑った
 つぎの文はみんな○印がついた。一雄という子どもの文だったので、一雄はうれしそうな顔をした。わるい文にならないかとひやひやしていたのだ。
「ここでちょっと大切なことをいっておくけれど、世の中には、ええやつもわるいやつもおる。わるいやつがおるから、ええやつもひき立つ。文も同じで、ええやつばっかりだと味がない。わるいやつもちょっといれておくと味のある文ができる」
 足立先生はうまいことをいう。したことをみんなはぶいてしまうと文が成り立たない場合があるので、先まわりして子どもに注意をうながしているのだ。

(資料4)
   三浦つとむ「認識と言語の理論」

 子どもたちから、作文の作法をきかれたときさまざまなことが問題となります。原稿用紙はこう書くというのはまず教えられますね。では、読点はどうでしょうか。これは大変に説明しづらいことです。いやこれは、私は広告関係の業界にいた時に、名刺に「課長」という肩書の人にも、原稿用紙の書き方含め教えたことあります。彼は、こんなこと学校でまともに教えてくれなかったといってました。とくに広告コピーは文法の法則になんかに順法しませんから、たいへんなんですね。
 子どもたち、「課長」の肩書の人、コピーライターと当然ひとりひとりの表現はさまざまです。しかし義務教育の期間において、統一した日本語の文法を教えてほしいと思います。そうすれば、私はこの商品を売るために「あえて、この日本語の文法の規則からはずれて、このコピーを書いた」などとコピーライターが言えるはずです。
 ではその表現行為を教育の現場ではどう教えるべきなのでしょうか。

  ……子どもが使う日常語は、学問的に正しい概念を表現してい
  ないから、経験的に日常語の概念を身につけることからさらに学
  術用語としての意味を理解するところへ、目的的に教育をすすめ
  なければならない。これはいわば概念づくりであって、その観点
  から理科や社会科の存在の授業方法と教科書の公正・内容につい
  て、もっと深く吟味することが求められている。まだ子どもの時
  期には、概念が未熟で歪められていることも多いから、それをつ
  ねに具体的な経験と交流させ、内容を豊富にするとともに歪みを
  正していくことが重要で、 <生活綴方> 運動が自分の具体的な経
  験をありのままに書けといい、概念くだきを主張したのにも、そ
  れなりの根拠があり有効性もあった。しかしながら根本的には、
  概念くだきもほかならぬ正しい概念づくりの教育と連関において
  なさなければならない。別のいいかたをするならば、子どもにも
  それなりに <評論> や <論文> を読ませたり書かせたりしなけれ
  ばならないし、与えられた文章について受動的な感想を述べるだ
  けでなく、自分の意見を出して積極的に議論したり批判を加えた
 りさせなければならないのだが、これは経験主義ではなく、理論
  的な検討を経て教育の中に位置づけられるべきである。

 これは正しく大きなことと思います。作文で「自分の思っていることをそのまま書く」という指導はわかるのですが、もう敗戦後これだけ時間が経過している以上、論文、評論を読解し、自分もまたそれを表現してみる訓練というのは大切なことだと思います。そうすることによって、国語ではない他の科目の習熟度にも進歩が必ず見られるはずです。実に国語教育と他の科目の教育は大事な連関を持っています。

 残念ながら、現在こうした国語教育ができているのは、結果として進学教室等であると思います。中学進学の塾の国語の教材をみてください。かなりな現代の評論、小説等を扱かっています。あれを読解し、自分もまた表現する訓練は、彼等に必ずいい結果(入試に成功するということではなく、もちろんそれもだが)をもたらすはずです。

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11041305 昨日29日、文教大学父母と教職員の会千葉支部の総会がありました。その総会のあと、講演が二つあったのですが、その一つで話されたことの一部をを以下書いてみましょう。なお、私が講演を聞いてまとめたものですから、その点は留意してください(私の聞き違いもあるかもしれません)。文教大学のたくさんの学生さん、父母の方が来てくれたために、私も懸命にメモしました。

千葉県の求める教員像
 いつの時代にも求められる教員の資質能力、今後とくに教員に求められる具体的な資質能力の両方を兼ね備えた人物を求めています。

1.人間性豊かで、教育愛と使命感に満ちた教員
 〜人とのかかわりの大切さを理解し、自ら実践し、指導できる人
 人間性を重視して、人と人の関わりの大切さを分かっていて児童を指導できる教員。児童生徒に常に愛情をもち心からほめてあげられる教員、具体的には体育祭や文化祭等で、積極的に参加して、児童生徒と共に汗をかき、涙を流せる教員。

2.児童生徒の成長と発達を理解し、悩みや思いを受け止め、支援できる教員
 〜子どもの心理を理解し、子どもたちの行動や変化をとらえることができる人
 児童生徒の実態に即した生活指導ができて、信頼され、児童生徒が寄ってこられるような教員。児童生徒の相談に親身になってのってあげられる教員。普段の児童生徒の様子を把握して、児童生徒の成長、心や身体の変化に気を配って、理解する努力を惜しまない教員。

3.幅広い教養と学習指導の専門性を身につけた教員
 〜児童生徒の実態に即した指導、わかりやすい授業をこころがける人

4.高い倫理観を持ち、心身共に健康で、明朗活発な教員
 〜社会規範をしっかり身につけ、保護者や地域社会から信頼される人
 これは基本的には一番ベースになる。挨拶が明るくできる、テキパキと行動できる、これが原点になる。保護者・地域社会から信頼の置かれる教員であってほしい。児童生徒が健康で明るく活力に満ちた学校生活のおくれる指導・助言ができる教員。

 それから、講演者が最後に読まれた新聞記事です。6月19日の朝日新聞千葉版です。

子どもに諭され 「教わる」姿勢持つ教師に(学級だより)
 私はこの春、大学生になった。小学校の教師になることを目指し、教育学部に入学した。
 先日、「小学校生活科」の授業で、付属小学校へ行った。現場の先生から「飼育活動」についての話を聞き、その後、2年生の子どもたちと一緒に学校で飼育しているアヒルやニワトリ、ウサギの飼育舎へ行った。
 アヒルの名前はガーコ。ガーコはおびえていたためか、震えていて、ちょっと攻撃的に見えた。そんなガーコを見て、子どもたちは「ガーコにとっては、私たちはライオンなんだから、あまり近づいちゃだめだよ」と、私を諭した。「小動物から人間がどう見えるか」を教えている学校がある、とは聞いていたが、子どもたちからそのように教えられるとは思っていなかった。子どもたちとの交流は、ほんの20分ほどだったが、子どもはこちらが教えるだけの対象ではなく、大切なことをたくさん教えてくれるんだな、と痛感した。
 小学校の教師になることができたら、教科やルール、世の中の仕組みの基礎などを子どもたちに教えることが私の仕事になる。でも、一方的な教え方では、子どもから何も学べないだろう。子どもたちに「教える」と同時に、子どもたちから「教わる」という姿勢を持つ教師にならなくてはいけないな、と強く思った。(大学生・18歳・女)

 教員というのは、子どもたちを教える存在でもあるのですが、同時に子どもたちから「教わる」という姿勢をもった存在でもあるのだということだと思うのです。(2003.06.30)

11041003 7日の午後、「文教大学父母と教職員の会千葉支部」の役員会がありました。6月29日に開催される千葉支部総会の送付用資料を600部封入するためです。返信用葉書は私が印字して持っていきました。
 14名の役員が集まりまして、午後1時から作業を開始しました。封筒に、別納のスタンプと支部長宅のゴム印を押し、かつ相手先にシールを貼ります。また返信用葉書にも宛先のゴム印を押します。かつ封入物を折りまして、すべて封入します。
 私はスタンプ・ゴム印を押す役目をやりました。実は私はこうした作業は実に人よりも数倍、数十倍速いのです。「私はもともと学生活動家よ」なんていいながらやります。そしてかつ私はこういう作業が好きなのです。実に単純な作業ですから、こういう作業こそ速く綺麗にやることが大事なんです。
 それから、19枚の用紙を丁合する必要があったのですが、これまた私が得意な作業です。私はいつでも丁合いができるように、いつも「指サック」を鞄の中に入れております。
 私は人と語り合って飲むことなんかは、永遠に続いていいほど長時間かけてもいいと思っていますが、こうした単純な作業は、時間をかけないで、すばやくやりきってしまうことこそが気持いいことなんです。
「学生活動家は、ゲバ棒振って火炎瓶投げていただけじゃないのよ」なんていいながら、いつもそうした作業を熱心にやっている私なんです。

11032011 11日に「文教大学父母と教職員の会」の役員会がありました。そこで私は会議の議事録をパソコンで打っていきました。昨年の11月のこの会の研修会のときに、ある会議の書記を委されまして、私はパソコンで打っていました。今回はそんな役目ではなかったのですが、自分の訓練のためにやっていました。
 だが実は私はこうしてメモをパソコンで取るというのはとても苦手なのです。私は昔新聞記者だったことがあり、このときには取材することは自分は得意だと思っていたことがあります。私は取材に行ってもすぐに原稿を書き上げて提出したものでした。
 このときの編集長(いまもつき合いが続いています)にはさまざまなことを教わりましたが、この取材ということでもたくさん学んだものです。
 まず取材に行ったときには、なるべく相手から配布される資料等があれば、それを必ずもらい(実はこれは簡単なことではないのです。なんらのの会合があっても、たかがどうでもいい業界紙なんかに資料をくれようとしない連中がほとんどなのです)、その資料そのものに取材メモを書くようにします。すぐさま取材原稿をまとめるのに、それのほうがすぐに資料が参照できて無駄がないからです。
 それから大事なのは、上のように意地悪をするような相手は、絶対に闘わないとなりません。「うるさい新聞記者だから、これからはちゃんと相手しないといけないな」というふうに思わせなければなりません。かつ初対面の相手とは名刺交換をして、さらにはこちらの新聞のことを強くアッピールしていかないとなりません。こうして取材して記事を新聞に載せるにしても、それができるのは、ちゃんと広告費を払ってくれるところがあるからなのです。そして、たかが業界紙に広告を載せようなんてところはほとんどないわけなのですから、とにかくこうした取材の場でも必死なのです。
 それから1対1の取材だったりすると、私は私の書いているメモを相手にも見られるように書いていきます。私は非常に字が汚いし、かつ字を知りませんからどんどん間違えて書いていきます。相手は半分呆れるのでしょうが、そうした内容を指摘し出します。こうなると、相手はかなり心を緩めてしまいますから、「これは喋るべきじゃないな」ということまで、喋ってしまうことがあるのです。「こんな簡単な漢字も知らない新聞記者なんて、たいしたことないな」と思ったときに、彼はもうガードすることを忘れてしまうのです。私はかなりな情報を、こうした方法で手に入れたものでした。
 そして、ペンと紙というのは、いかようにでも自在にできるのです。どういうふうに書いてもいいわけなのです。そして私はその取材を終わると、すぐに原稿用紙に書いて行ったものでした。
 そのように私は取材したりメモをとるのは得意だと思っていたわけですが、そのペンと紙によることをパソコンに置き換えることはなかなかできませんでした。たとえ、パソコンでメモを取ったとしても、すぐそばに紙をおいて、ペンでもメモも取っていたものです。
 でも、もうそれをすべてパソコンでやれるようにしないといけないよな、と言う思いを抱きました。それのほうが早いし、簡単なはずなのです。ですから、このところ何か会合があったりすると、私は自分のためにパソコンで必ずメモを取るようにしています。
 昔、アシストのビルトッテンさんの講演を聞いたことがあります。彼はそこに来ている記者たちがみなパソコンやOA機器関連の新聞記者・雑誌記者ばかりなのに、誰一人としてノートパソコンでメモを取ることをせず、相変わらずペンと紙を使っていることを、するどく非難指摘していました。私はそのときは記者ではなかったし、ノートパソコンも持っていませんでしたが、なにかものすごく羞しい気持を抱いたものでした。
 でも、どうやらこの年になって、必死にやっていこうと決意しました。できるはずです。やれそうです。私は11日の会合で、少しは自信がつきました。パソコンを使っていると、取材中に別な文書も参照できるし、少し時間があいたときにはすぐインターネットも参照できます。発言した方の氏名等々も、すぐ前の会合等の私のメモで参照できます。
 どうやら、ペンと紙からノートパソコンに移行できるかなと、思ってきたところです。もっともっと私自身が訓練していきたいと考えています。(2003.01.13)

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