将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:文春新書

11022701書 名 明治・大正・昭和30の「真実」
著 者 三代史研究会
発行所 文春新書
読了日 2003年12月1日
発行日 平成15年8月20日第1刷発行

目 次
福沢諭吉は「人の上に人を造れ」と主張した
統帥権独立は「諸悪の根源」ではなかった
司法の独立を守ったのは児島惟謙ではない
乃木希典は戦下手の将軍ではなかった
明石元二郎の破壊活動は失敗した
日本軍は捕虜になることを禁じていなかった
柳原白蓮は身分制度の犠牲者ではなかった
大正天皇はこのような天皇だった
第一次世界大戦は日本に重要な意味があった
宮中某重大事件は山県有朋の陰謀ではなかった

 実に面白いです。多くの人に読んでほしい内容ばかりです。飲み屋でもどこでも、私の前で「乃木というのは、実は無能だったんだよ」とさも歴史の真実を吐露するような顔でいう人がたくさんいますが、私はいつも「それは、司馬遼が言っているだけのことだよ」と言って、それこそ詳しく話していったものでしたが、そうしたたぐいのことが他にもたくさんあるわけです。そして、この本でまたいくつものことを知りました。(2003.12.01)

ネットの炎上力 (文春新書)
ネットの炎上力 (文春新書)
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 これはJ‐CASTニュースの代表者の書いたものです。私はここのサイトは毎日覗いています。ここから、各新聞やテレビが何を言っているのかを読んでいます。実際の新聞は、購読している日経新聞を読んでいますから、それを手にして読んでいることはよくあります。

書 名 ネットの炎上力
著 者 蜷川真夫
発行所 文春新書
定 価 760円+税
発行日 2010年2月20日第1刷発行
読了日 2010年3月7日

 表紙の裏に書かれてある説明
魔物か、救世主か。「毎日新聞変態ニュース」事件で、世を震撼させたJ‐CASTニュースの正体は?新聞記者から転じた筆者が、初めて明かすネットニュースの驚くべき内幕とまったく新しいビジネスモデル。

著者紹介
蜷川真夫(にながわ まさお)
 朝日新聞社で社会部記者、海外特派員、AERA編集長、インターネット・キャスターなど。テレビのキャスター、コメンテーターを経験して、株式会社ジェイ・キャストを設立、代表取締役社長。Webサイト「J‐CASTニュース」の発行人。著書に『田中角栄は死なず』(徳間文庫)『インド人宇宙船』『電子テクノエリート』『欺かれた法廷』(以上、朝日新聞社)等がある。

目 次
まえがき
1 J‐CASTニュースの誕生
  インターネットメディアの影響
  新聞とインターネット
  テレビとインターネット
  ホリエモンと三木谷氏
  ブルードバンド化の流れ
  J-CASTニュースのスタート
  インターネット広告のしくみ
  連動型広告
   J-CASTニュースのコンテンツ
   技術特許の機能
   プッシュ型とプル型
2 毎日新聞「変態記事事件」の衝撃
  武豊騎手のコメント誤報事件
  「小さな世論」の形成過程
  記事の賞味期限
  投稿先によるコメントの違い
  情報リーダー
  佳子様のプライベート写真
  毎日新聞「変態記事」事件
  草の根の広がり方
  ネットを基盤とした「世論」
3 ヤフーvs.グーグル日本決戦
  「ヤフーニュース」のビジネスモデル
  「グーグルニュース」の編集方針
  それぞれの差異
  男の子牧場と変態記事
  ネット世論
4 1000万クリックでビジネス成立
  J-CASTニュースの経営
  SEO対策
  増殖の経緯
  「くまぇり」と「きっこ」
  何かのニュース
5 「炎上メディア」の汚名と名誉
  1.・5次情報のコンセプト
  炎上メディア
  読者急増の仕組み
  リア・ディゾンの局部?
  サイトからサイト、ブログからブログへ
  デジタルコンテンツ
  オナニーマラソン
  匿名性
  ミドルメディアの役わり
  ミニコミとブログ
6 市民記者「オーマイニュース」の失敗
  オリジナルコンテンツ
  ネット右翼
  市民記者
7 政権交代とネットニュース
  記者会見のオープン化
  自民党の会見
  記者クラブの存在
  新聞記者時代
  雑誌編集者時代
  ネットの世界へ
8 ネットvs.新聞最終戦争
  新聞とテレビの現在
  百貨店と専門店街
  読者との距離
  新聞の未来
  米国の現状
  新しいメディアのモデル
  ネットメディアの未来
本書に出てくる主なWebサイト

「J-CASTニュース」は、私が毎日必ず読んでいますインターネットサイトです。私が毎日書いています「ニュースさとう」では、ここからの記事を扱うことも多いです。
 私個人では、自らで取材をして記事を書いていくということはできません。だから、どうしてもインターネット上のこうしたサイトを見てそれをリンクしていることになります。
 でもその「J-CASTニュース」の代表者も、もともとは朝日新聞の記者だったのだということに、この本を読んで始めて知ったわけです。思えば、私は「温泉新聞」という業界紙の新聞記者だったものですね。いくつものことを思い出しました。
 しかし、今ではインターネットに常時つながっているパソコンで何でも検索することばかりですね。私はほぼグーグルで検索するばかりです。そして自分でもできるだけいくつもの書籍を読んで行こうと思っているばかりです。

ブログ論壇の誕生 (文春新書)
ブログ論壇の誕生 (文春新書)
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書 名 ブログ論壇の誕生
著 者 佐々木俊尚
発 行 文春新書
定 価 760円+税
発行日 2008年9月20日第1刷発行
読了日 2008年11月20日

 朝3時15分に目覚めて、インターネットに向かいましたら、livedoorがメンテナンス中で、私のブログが見られません。それで、この本を読み終わっていましました。
 でも、私にはそれほど面白くは読めませんでしたね。

目次
はじめに───ブログ論壇とは何か
 巨大論壇の出現
  コーホーハウス、カフェ、サロンでの討論
  参加自由、タブー存在しない
機.屮蹈囲醒鼎魯泪好灰澆鰺匹気屬
第1章 毎日新聞低俗記事事件
  「非対称戦争」
  日本人女性を貶めた『毎日デイリューニューズ』
  世代間対立とマスメディア−インターネット対立
  『毎日jp』から広告が消滅
  誰に謝っていいのかわからない
第2章 あらたにす
  朝日・読売・日経の三紙合同ポータルサイト
  ネット社会のさんざんな評価
  マスメディアのプレゼンス低下
  ルパート・マードックの嗅覚
  ブログは新聞を凌駕するか
第2章 ウィキペディア
  「ウィキスャナー」が暴露した"修正"
  利用者のIPアドレスが自動記録
  北海道庁から書き足し
  紙一重の「情報操作」と「公平な書き込み」
供.屮蹈囲醒鼎論治を動かす
第4章 チベット問題で激突するウヨとサヨ
  「人権団体」への攻撃
  左右両派のドグマに呑み込まれる危惧
  左派の反応
  倫理は首尾一貫しているべきではないか
  インターネット空間に馴染まない"党派性"
第5章 「小沢の走狗」となったニコニコ動画
  参院選公示直前に小沢代表が登場
  動画は情念をベースとした新たな圏域
  荒れまくったニコニコ動画
  善意が悪意か
  加藤紘一の牧歌的な思い込み
  すべてが見えてしまう空間
第6章 志位和夫の国会質問
  ユーチューブで三万回、ニコニコ動画で一万回の閲覧
  雇用格差問題一点に絞った質問
  GGJ(志位グッジョブ)
  ブログ論壇的追及スタイル
  落ち着いた議論の場になりうるか
  日本型「世間」的公共圏の可能性
第7章 安部の窮地に暗躍した広告ロボット
  自民党の広報戦略か
  アフィリエイト広告モデルで配信
  売れた分だけ広告費を支払う
  中身の薄いブログが増えるのはなぜか
  集合知を脅かす「機械戦術」
  「言論」vs.「機械言論」
掘.屮蹈囲醒鼎漏丙梗匆颪剖貲困垢
第8章 辛抱を説く団塊への猛反発
  官僚出身教授に対する猛反発
  「われわれ若者を育ててほしい」
  激烈な世代対立
  「希望は戦争」
第9章 トリアージ
  「かわしそうだ」
  「全体や組織から見た最適」
  「普通にかわいそうなんですが」
  「あっけらかんとトリアージを語ることは不可能」
第10章 承認という問題
第11章 ケータイが生み出す新たなネット論壇世界
検.屮蹈囲醒鼎呂匹海惴かうのか
第12章 『JJ』モデルブログ
第13章 光市「1・5人」発言―ブログの言論責任は誰にあるのか
第14章 青少年ネット規制法
第15章 「ブログ限界論」を超えて
おわりに
あとがき
特別付録 佐々木俊尚が選んだ著名ブロガーリスト

 私は最初、東京駅まで行くときに、「第8章 辛抱を説く団塊への猛反発」を読みました。読んでいまして、どこも頷くところがありません。

 団塊の世代の人たちは、インターネットのことをほとんど知らないし、掲示板やブログでどのような言論が展開されているのかも把握していない。(127ページ)

 などと書いてあることは、少しも私には当てはまらない思いで、もうこの本を読む気持が完全になくなりました。
 とはいえ、今朝上に書いた事情により、最初のページから全部を読むことになりました。

 私はもともと、いわゆるマスコミというものには、自分の思うこととは違うものだという認識しかありませんでしたから、いつでも自分の思うところをどこででも述べてきました。
 それがパソコン通信の世界でもそうしてきたし、インターネットになってからは、自分ホームページを立ち上げ、かつメルマガを毎週月曜日必ず配信することで、自分の思いを述べてきました。
 そして2005年1月からは、ブログをたちあげ、そこで毎日5つ以上の発信をするようにしています。だから、私たちを団塊の世代と一くくりにするのは、別に構わないのですが、ぜもその書かれている内容には少しも頷きません。
 私にとっては、昔学生時代のアジビラを書き、クラス討論をしていたことが、就職して労働運動をやったことにもつながり、その後パソコン通信で毎日UPしていくことにもつながり、それがインターネットで自分のホームページを公開することにもつながりました。そしてそれがまた今自分のブログで日々いくつものことをUPしていることにもつながっています。
 ただ、私と同じ世代以上の人たちが、何故か苦手としている雰囲気をみて、実にがっかりしているところです。

 ただ私としては、もう自分の思うところを、ただただ日々このブログで表明していくしかないと思っています。
 ただそれだけのことなのです。

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新聞名 図書新聞第2893号
発行所 図書新聞
定 価 240円
発行日 平成20年11月8日
読了日 2008年11月1日

 いつもこの新聞を読んでも、ここに紹介してある本を読むことはありませんでした。でも今はこの本は多分明日手に出来るでしょう。

「佐々木俊尚『ブログ論壇の誕生』文春新書

 いや、すぐに図書館で検索し、私のすぐそばに届けてもらうように依頼したからです。

ネットで何が起こっているのか――若年者とロストジェネレーションとネットと政治をなんとか結び付けようとしているアジテーションの側面も

 著者の佐々木俊尚は、インターネットを、その主要ユーザーである層がロストジェネレーションであることから結びつけて論じており、格差社会に喘ぐ彼らが生み出した新たな言論世界であるインターネットを、「新たな世代の、新たな公共圏の生成である」と宣言し、「団塊世代」と対比させて擁護している。

 へえ、団塊世代って、インターネットをやらないと決めているような言い方を感じますね。私しゃ、違うんですけれども。いや、違うと考え、パソコン通信の時代から、インターネットの世界でも、おおいに発信してきたつもりです。
 でも、またこの新書を読んでみてから、私の思いも書いてみましょう。あ、でも本を手にとっても、私が読むのは、電車の中だけだから、まだ先になるかもしれません。

中国雑話中国的思想 (文春新書 596)
書 名 中国雑話 中国的思想
著 者 酒見賢一
発行所 文春新書
定価  730円+税
発行日 2007年10月20日第1刷発行
読了日 2008年3月9日

 酒見賢一は、最初「墨攻」を読んだときから、夢中になって読んできていたものでした。その次に読みましたのが、「後宮小説」でした。これを読みまして、さらのテレビでアニメを見まして、さらに感心していたものでした。
 この本は、ほぼ6日に世田谷のクライアントから帰ってくる電車の中と、昨日のパソコンをやりながら読んできたものでした。

目次
一、劉備
二、仙人
三、関羽
四、易的世界
五、孫子
六、李衛公問対
七、中国拳法
八、王向斎
あとがき
参考文献

 私は三国志の世界では、何といいましても曹操が好きであり、諸葛孔明も好きなのですが、どうしても軍事の面では評価できない人物であり、ただ曹操という人物の前での孔明という人物のたくさんの面が開き出されるものだと思っていました。そして劉備という人物は、私には少しも評価できない人間でした。だが以下のようにも書かれていると、少しは魅力と言えるところもあったのかなあ、と思ったものです。

 始めから終わりまで劉備という人は無意識的な無責任さと行き当たりばったりがその性格の基調をなしており、そこが劉備の魅力なのかと言われると、ちょっと困ってしまうというところである。複雑怪奇でもなければ単純明解でもない。権力を得ても前漢の高祖劉邦のような悪辣なことはしなかった。何も考えていなかったと率直に言われたりすれば、虚なる魅力もあろう。(一、劉備)

 また、この本で、関羽という人物をおおいにまた別な面で知ったものです。私たちが三国志演義で知る関羽ではない、神としての関羽を中国の人は今も信仰しているのですね。いくつもの中華街における関帝廟の意味が少しは判ったような気がします。

「孫子」に関しては、また新しく知った思いがしています。私は「孫子」は以前に全文暗記もしましたように、常に読んできていたものでした。でも私は人物としての凄みみたいなものは、「呉子」の呉起に感じていたものでしたが、やはり「孫子」は兵法書としては、古今東西かなり最高のものがあるのですね。そのわけも判った気がしています。

「李衛公問対」はまだ読んでいないのですが、これで、「ああ、ちゃんと読んでみよう」と真剣に考えました。

 それにしても、私はまだまだ中国人が考える世界のことは少しも知らないのだとな、と痛切に思い知らされました。

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 もう読んでいて、大変に面白く感激しています。以下が私の娘たちにも読ませたいところです。でも考えてみれば、もう娘二人は結婚しているんだな。

 ところで、私のもとへも、女子大生や若い娘さんがちょいちょいやってくる。私は彼女らに、<合わせものは離れもの>と教え、「ウマが合う」ことをすすめるが、まだ人生経験の少ない娘たちは、どんなのがウマが合うか、よくわからない。
 よって私は、ヒントとして、次のような点をあげる。
 一、蝶よ花よ、と大事に育てられた男は避ける。チヤホヤされて大きくなった男はつきあいにくいしろものである。有責配偶者となる公算大。
 二、我の強くない男がいい。女が常に屈服するというのは精神衛生にわるい。
 三、男の野心のないのがいい。家族はその犠牲になってしまう。
 四、サムライでないのがいい。といっても、これは程度問題で、あまりに廉恥を重んじ、信念に生き、志操高潔という男は、友達に持つのはいいが、夫にすると荷厄介だ。人生はゲリラにならねば生きのびられないときも多く、ウソもつき、信条も曲げねばならないこともある。だから、このへんの呼吸のわかっているオトナのサムライならよいのだるが………。
 五、女をなぐさめる能力のある男。男はつねに女になぐさめられたがっている動物である。とはいえ、男をなぐさめるばかりでは、女の息がつづかない。「妻だけが時世のせいにしてくれる」(柴田午朗)という川柳があるが、いつもいつもそれではなく、たまには女をなぐさめることのできる度量の男。
 ───と、まあ、こう結婚相手を選ぶときの基準を考えてきて、これは、男と女を入れかえれば、男が妻を選ぶ目安にもなるなあ、と思った。(後略)
『天窓に雀のあしあと』

 これは私は全く納得していました。そして、私の二人の娘は、もう結婚していますから、もう二人の選んだ夫も私の息子でもあるわけです。それで、私はとってもいい息子たちだと思っています。でも、まだまだ二人の娘には、これからが長い人生であるわけです。だから、これからもたくさんのことを話していきます。私もこれからもっとたくさんのことを学んでいきます。そして私が知り得たたくさんのことは、二人の娘、その二人の彼、そして孫たちに教えて行きたいと思っています。
 実はその次にも私が実に感心していたことが書いてありました。

 もし、私が、若者にいうとすれば、青年たちには、よい妻を得るよう努力せよ、というアドバイスだ。
 つらつらおもんみるに、男の一生の幸・不幸は妻による。仕事、なんていうのは昔ニンゲンの考えで、妻がよければ仕事もできる。「妻こそわが命」であろう。
 よい女を妻に迎えようとすれば、よい男でないと来てくれない。バカな男、気立ての悪い男に、賢い女、気立てのいい女がつきはずがない。よい女を妻に迎えるよう奔命せよ。
 また、娘たちには、自活せよ、自活するに足るだけの気力と職業をもて、とすすめたい。よい仕事のできる女には、男なんてほっておいえてもついてくる。高下駄の雪みたいなもんだ。結婚なんてお天道サンと米の飯同様、女にはついて回るのだ。
『続 言うたらなんやけど』

 これもまた私は感激して読んだところです。「なんだ、当たり前のことを言っている」と思う人もいるかもしれません。でもこうした一見当たり前のことが、現実の世界では実現できていない人ばかりなのです。
 そして私が思うのですが、私たちの世代よりは、男女が知合い互いに惹かれ合うというチャンスはとても狭くなっているように感じています。
 いつも私があらゆるところで知り合う人には、とっても魅力的な男性も、素敵な女性も多いのですが、何故か彼女がいないとか、彼がいないという人がたくさんいることを感じています。それが20代後半から30代にもなって、そういう存在を見ていますと、なんだかとっても残念になります。でもたしかに私たちの時代のようには、なかなか行きにくい、やりぬくいのでしょうね。
 でもそれは昔も同じことでもあったのですが、昔はもっとおせっかい焼きがいました。いえ、それは実は「おせっかい」ではなく、大事な役割を果たしてくれる方があちこちにいたのです。ただ、今はそうした人が出てくる要素がほとんどなくされているとしか思えないのです。
 そんなことを、いつも感じています。そして、できたら、あの彼女、あの彼氏に互いになんとか紹介できたらなあ、と考えているところです。

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おせい&カモカの昭和愛惜
書 名 おせい&カモカの昭和哀惜
著 者 田辺聖子
発行所 文春新書
定 価 750円+税
発行日 2006年10月20日第1版発行
読了日 2007年5月3日

 田辺聖子は私の大好きな作家です。そしてやはり、この作家が女性であり、奥さまであった(もう彼の相手である「カモカのおっちゃん」は亡くなっています)ということが、読んでいてとても大事なことだなあ、と思えてきます。いや、それにしても読んでいて頷いてばかりいます。
 この本は、巻末に「出典一覧」とありますが、著者の莫大な著作から引用されているいくつもの文章言葉の集積で作られています。
 いいなあ。これからも田辺聖子の本をいくつも読んでいくつもりです。

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