将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:日光江戸村

ed2f55e5.jpg  今は上野です。
  じゅには、千葉県こども病院にいるのが明日までです。それでブルータスとナオキ君の自宅へ帰ります。実に10ヶ月の間でした。思えばものすごく長かったですね。

  今は潮見駅です。こうして、この時間にこの電車に乗るのも最後なのですね。 じゅにはこの時のことを思い出してほしいな。
  今ディズニーランドを見て、いくつものことを思い出しました。娘二人と、ディズニーランドへ行ったことも思いだし、日光江戸村へ行ったことも、その前にあった巨大迷路に入ったことも思い出されます。
  娘たちと競争して、私は「余裕の周ちゃん」なんていいながら、娘たちには負けていたものでした。
  それが今では、孫たちにもことごとく負け続けるのですね。 懐かしい思い出です。

11100702 私は子どもたちがまだ小学校に入学していないころ、ディズニーランドへ1度行ったきりで、その後はまったく行っていません。なんというか好きになれないところなのです。昔このことについて、私の書いた文があります。

ディズニーランドが嫌いです

 私はディズニーランドが嫌いです。クライアントの会社の招待で、1回家族と一緒に行きました。それでもう行きたいなんて思わないですね。妻や子どもたち、とくに子どもたちは、もう何度もいっているみたいです。でも私は、あそこって遊園地という感じがしないんです。
 これからけなすんだから、まず少しほめておくと、最初かなりなわけの分からない投資だったでしょうし、あんだけの期間で赤字を解消し、しかも千葉県にかなりな経済効果をおよぼしたオリエンタルランド、偉いなと思います。オリエンタルランドって、なんとなくみすぼらしい感じだったのだけど、それも克服したようですね。立派です。
 でも私は好きになれないのです。浦安は山本周五郎の世界、「フーテンの寅望郷編」の世界、いまも残るアジア的生産様式の世界でいてほしかった。
 いや住んでいる人には街が発展(?)したほうがいいのだとしても、私はこんなおじいちゃんと孫を想像しました。

 孫「おじいちゃん、○○ちゃんと『カリブの海賊』へ行ってくる
  よ

 爺「いいよ、おじいちゃんここで座って待っているよ」
   おじいちゃんは、駆けて行く孫娘を見ながら、おもむろに風
  呂敷から、弁当箱とワンカップを出すと、静かに口をつけた。
   ───思えば、こうして米国にあるという有名な遊園地と同
  じ公園に長女と孫2人連れてくることができた。戦後必死に働
  いてきた甲斐があった。だってあんなに孫が嬉しそうな顔して
  いるんだから。……………昭和19年あのインパール作戦の敗
  走のとき、泥をのみ、飢えをしのいで帰れてよかった。イラワ
  ジ河で濁流のなか、何人もの戦友が流木に押し流されていって
  しまった。あいつらだって、本当はここで、孫たちが駆ける笑
  顔を見る権利はあるんだ。だけどほとんど帰れなかった。……
  ………やっと船橋の大神宮下に上陸して、歩いて、故郷まで帰っ
  たんだ。それからずっと働きずめ───。
   また1つワンカップを取り出す。おばあさんの入れてくれた、
  煮物口にいれて。
   ───思えば、ばあさんにも苦労をかけてきたんだよな。きょ
  うだって一緒にくればいいのに。まあ俺と歩くのいやだろうし
  な───。
 
  孫2人が駆けてくる。
 孫「おじいちゃん、いまピーターパンに会ったよ、写真とっちゃっ
  た

 爺「ピーターパンか、よかったね
 孫「こんどはおじいちゃんも一緒にいこう
 爺「おじいちゃんはここで待っているよ
 孫「おじいちゃん、お酒好きなんだね。じゃ待っててね

というようなおじいちゃんの存在を、このディズニーランドは拒絶しているのです。私公園のベンチでおとしよりがワンカップ飲んでるの見るの、大好きなんですね。
 最初私が行ったとき、まさかレストランにはビールくらいあるのだと思っていた。一緒にいった社長さんも「レストラン行けば、ビールくらいありますよ」と言っていたが、まったく冗談じゃない。あれは公園の存在ってものを勘違いしているんですよ。もう2度といくものか。
 では、私が好きなテーマパークっていうと、それは「日光江戸村」です。あそこなら普通にお酒が飲めます。     (1992.05.31)

フランスのディズニーではワインが飲める

 私のクライアントの2社でディズニーランドの話をしました。私は、

デズニーランドが嫌いです(1992.05.31)

で書いたように、ディズニーランドが嫌いです。世界にはこのディズニーランドが4カ所あるそうです。カルフォルニアと、フロリダと東京とフランス(パリかな?)だそうです。
 それでこのディズニーランドはどこでもお酒は禁止でしたが、このたびフランスではワインは解禁になったそうです。すなわち、フランス人がいうのには、「食事のときワイン飲めないなんておかしい」という主張だったようです。それが認められたわけです。
 でもそうするとおかしくないですか。日本だって、「食事のときに酒のめないなんておかしい」という主張があって当然です。どうしてフランスはよくて、日本はだめなのでしょうか。フランスはアメリカ独立戦争を助け、アメリカに自由の女神を贈ったから、特別待遇なのかな。それとも私たちが主張しないからいけないのかな。
 できたら、私はディズニーランド内で、酔っ払ったおじさんたち50人位の隊列でデモンストレーションやりたいな。必ずマスコミ等々は、「非常識な中年酔っぱらい」と非難するだろうが、そのデモンストレーションを真剣に激しくやれば(すなわち、はげしくジグザグデモをやると、もう年とった私たちはあちこちにゲロ吐いちゃうんだ)、「……でもよくよく考えてみれば、このおじさんたちの主張も間違いとはいえないのじゃないか……」となるはずです。いったい公園とか遊園地って何の為にあるのでしょうか。私は「ディズニーランドが嫌いです」で書いた、インパール作戦から帰ってきて、戦後必死に生きてきたおじいさんの姿を忘れないのだ。
 私は私のクライアントで、「日光江戸村」を薦めてきました。一つの会社の社長はそれで、こんどの日月曜日に鬼怒川へ行くことになりました。きっと江戸村で走り回る子どもを見ながら、お酒を口にするに違いありません。(1993.09.10)

 もっとも東京ディスニーランドで、お酒を飲ませないというのは、米国のディスニーランドの方針ではなく、あくまでオリエンタルランドのポリシーなのでしょうね。それはそれで仕方ないけれど、だから私はそれが嫌いだから、これからも絶対に行きません。
 それから、私が書きました、ワンカップを飲んでいるおじいさんというのは、私の父と私の昔の彼女の父親をモデルとしています。私の父はビルマ戦線へ行きまして、泰緬鉄道を建設しました。そのあと、千葉県茨城県の部隊が3つに別けられ、一つはインパール作戦へ、一つはフィリピンへ、一つはスマトラ島へ転進になりました。フィリピンへの部隊は輸送船が襲われ全滅でした。父は偶然スマトラ島だったので、生きて還れたのです。
 私の昔の彼女のお父さんは、インパール作戦で運良く生きて還れたようです。
 こんなおじいさんが、孫の喜ぶ姿を見ながら、遊園地で酒飲むのは私はいいことだと思っているのです。

11090508 舞浜です。ここへ孫4人を連れて来るぞ。私はディスニーランドの各ブースには入らなくていいのです。  
 私は荷物持ちです。じゅにもポポも喜ぶぞ。
 私は昔は日光江戸村が好きでした。ディズニーランドは酒が飲めないから嫌いでした。
 でも今は酒を飲むことなんかどうでもいいです。孫たちがみんな喜んでくれればいいのです。 それだけです。それしかありません。 私はそんな人間になったのです。そんなことが一番大事なことなのです。    
 もう、じゅにの入院したところは大好きです。
 今は神田です。早いなあ。

11080104 笑美さんの「ディズニーシー」に、その笑美さんからの以下のコメントをいただきました。

2. Posted by 笑美   2011年08月01日 15:09
周さん、その昔日光江戸村の大切な家族旅行の時に、私はそんなお電話をしていたのですね。
 今更ながらすみませんでした。あの時代、まだまだ経理のことはよくわからず、すぐに周先生を頼ってしまってました。あの会社を辞めた後は、民間の会社の経理をしながら、土日は会計事務所でアルバイトなどという忙しい日々を送っていたこともありました。
 今のお仕事は経理ではありませんが、あの頃の経験はとっても私の人生で役に立っています。
 今、お孫さんやご家族に囲まれて幸せな周先生の様子をブログで拝見出来て、私もうれしいです。

 今になっても私には大事な思い出なのです。実は、私は「経理」というのは
実際には、どこでも習ったことはないのです。この仕事を始めて、簿記の本は読みましたし、公認会計士の書かれた本は読みました。でもね、実際の税務調査のあった会社で、その地区の偉い税理士の先生が、社長の「これで認めると、いくら税金を納めるのですか?」という問いに、「1600万くらいでしょう!」と言う返事で、社長から私に電話がかかってきました。私の答えは、「社長のところは脱税はしていないのだから、ただ拒絶すべきだ」でした。それで、その社長が「拒絶すると、どうなるのですか?」という問いに、私はもう実に怒りまして「そもそも社長がいけないのは、私たちと同じ時代に学生運動をやっていないからだ。今こそそれと同じ体験ができる絶好のチャンスだ!」といいまして、そしてそれが結果として、その社長は、実際に拒絶して、税務署がへなへなとなってしまい、がっくりして帰りました。
 つまり税務署側は、まったくの言いがかりだったのです。偉い税理士先生は、その税務署の意図が分かるのかどうかは分かりませんが、もうただただ羞でした。その後も今に至るも何もありません。
 実はね、また別な会社で、あるT大出の弁護士が内容証明を送ってきて、また私がその相手の弁護士事務所に行ったことがあります。私より15歳くらい若い弁護士は、パソコンを前にして、私が「内容は分かりましたが、先生、少し誤植、打ち間違いがあります」なんていうと、目の前のパソコンですぐに直しました。私は「先生はすごいですね。パソコンですぐにできるのですね」と感心しながら、でも心の中は、「こいつは馬鹿じゃないか。ちゃんと自分のクライアントのためにやるべきことがあるだろう!」という思いでした。これも相手は何にもなりませんでした。馬鹿な弁護士先生です。これまた今に至るも何もありません。
 そんなことがいっぱいありましたね。いやいくらでも話せることがあります。
 それにね、私はどうみてもパソコンもインターネットも向いていない人間でしょう。下着は赤ふんだし、酒好きで、いつも詩吟をやっています。でもある団塊の世代のとくに学生運動をやった当事者のために、「自作パソコンの勧め」をゴールデン街の「ひしょう」という飲み屋で土曜日の午後やったことがあるのですが、その対象を団塊の世代は一人もこなかったな。私の関係者ばかりです。重いパソコンをディスプレイとケースと一緒に持っていったのに何になったのでしょか。もうこの世代は、パソコンができないのではなく、やろうともしないのです。
 いやいや、思い出せば、もういっぱいありますね。私には、もう飲み屋で知り合った、私より年上でも懸命にパソコンを学んで動かしてみようという人のほうがずっとましです。

 でもね、「お孫さんやご家族に囲まれて幸せな周先生」とは言えないのよ。長女おはぎは、昨日「ここで寝るなら、ここへ来るな!」と強く言うし、次女ブルータスは昨日も「パパは漢字も書けないし、パソコンもまともにできないんだから」と散々の言い方なのです。私は、笑顔でも心の中は泣いているのです。あとはもう四人の孫ばかりですね。
 私は、笑美さんとは話したいことだらけなのです。
 私はあなたが結婚したときに、ものすごく嬉しかったし、そのお相手の彼も大好きになりました。そして、リーさんが生まれたのも知り、年賀状でそのリーさんがものすごく可愛いことに感激しています。

 でも日光江戸村は、また行きたいです。巨大迷路(今もあるそうです)に、今度は孫たちと入りたい。孫たちなら、私を連れて歩いてくれるでしょう。

11072905リー&笑美の只見日記」の2011.07/28 「ディズニーシー」がありました。
 私はディズニーランドは行ったことがありますが、このディズニーシーには、行ったことがないのです。
 ちょうど2年前の「2009年5月30日のポメラ」に、ポコ汰とポニョとおはぎ夫婦と私たち夫婦でこのディズニーランドへ行きましたことが書いてあります。そこに、『「怖がって泣かないかな」というところは、ホーンテッドマンションというところです。そこでポコ汰は、アンパンマンのパンチをする気概を見せたようです。とっても愉しい日でした。孫がいると、ディズニーランドのことも好きになれるのですね』と書いていますが、このときはまだ2歳のポコ汰ですが、じいじやみんなのために、元気なポコ汰でした。
 今では、保育園から帰ってくるときに、近所の優しいおばちゃんに敬語で話しかけるような優しい男の子になってくれました。
 思えば、昔は私はディズニーランドって少しも好きではなかったのですが、今では孫と一緒に出かけるのは実に嬉しいです。いやもう私は外で荷物持ちで待っているだけでいいのです。今度は、さらに、ポポも連れて、じゅにとブルータスとナオキ君と一緒に総勢10人で行ってみます。
 最初はやっぱりディズニーランドかなあ。
  私はね、昔夏休みに鬼怒川へ行きまして、日光江戸村に入る直前に、私のポケベルが鳴り、そこの青色電話ボックスに入って自分の事務所にかけたら、あなたからの電話で、あなたの当時の会社へ電話したことがありましたよ。もちろん、日光にいるなんて、少しもいいませんでしたが。あれは長女が小六で次女が小五のときかなあ。
 自分の子どもも可愛いものなのですが、孫はもうただただ可愛いばかりです。それにね。もうポコ汰なんか、ときどき後を見て、私が歩くのが遅いことを、気にしてくれているのですよ。
 もうすぐ長女家族5人がここへ来てくれます。妻と私は明日はじゅにの医院へ行くので、そんな話をしてあげます。

 なんだか、とっても真面目で優しい女性事務員だった笑美さんが、こんなに可愛いリーちゃんとディズニーシーを歩かれているなんて、とっても素敵ないいことです。嬉しいことです。

564edcaa.jpg 昨日は義母は1日ここに居ました。私は出かけまして、帰ってきたときに義母がいるのもなんだか安心するものでした。
 写真は5月30日のディズニーランドで撮りました。こんな綺麗なお姫様が何人もいました。Oさんは昨日行かれたのですね。昔は私は日光江戸村のほうが好きでしたが、今ではディズニーランドが好きになりました。あ、やっぱり日本のいい企業だなあ、とつくづく思いました。(06/04)

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新聞名 図書新聞第2892号
発行所 図書新聞
定 価 240円
発行日 平成20年11月01日
読了日 2008年10月26日

 どの面を読んでも、「面白いな」とは思えないものばかりです。ほとほと困ってしまいました。でも「あ、これは読んでみよかな」と思ったのが次でした。図書館で手にできれば読んでみたいなと思ったものです。
 3面の「黒川類『綿密な資料とデータで日本のテーマパークの変遷を辿る――日本の風土や地域の地理学的研』」で扱われている「奥野一生『新・日本のテーマパーク研究』竹林館」です。

本書では、二十九ヶ所のテーマパーク(開設年順に主なものを列記すれば、「明治村(65年)」、「TDL(83年)」、「旧・長崎オランダ村(83年)」、「日光江戸村(86年)」、「スペースワールド(90年)」、「ハウステンボス(92年)」、「USJ(01年)」、「TDS(01年)」)に焦点を当てて、立地の観点から各所を詳細に分析し、その後の展開を述べている。

 私はここでは「明治村」と「日光江戸村」しか行ったことはありません。私には、この二つのテーマパークは、実に興味深いところでした。
 私はディズニーランドへは一度行きまして、もう2度といくものかと考えていましたが、孫ができたこともありますが、随分とこうしたテーマパークへの考えが変遷してきました。孫と一緒にディズニーランドも愉しんでこようと思っています。いや、今は「東京ディズニーランド」と「東京ディズニーシー」というのですね。
 あ、でもやっぱり酒飲めないところは嫌だから、また「日光江戸村」でお酒飲んで、孫から笑われているじいじになるかなあ。
 とにかく、こうして読みたい本が見つけられました。

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 私の ドコモPR用「SNS」 10日で「炎上」というニュース旅人moo00の冒険人生 さんからコメントをいただきました。

1. Posted by moo00    2006年07月24日 21:57
>そしてやっぱり直接会うことが一番大切なことでした。

 ああ、これは僕もずっと前から思っていたし、今でもそれをしたいなと思っています。

 例えば周さんだと、以前は色々な酒場でお酒を飲んでいらしたようですし、もしかしてどこかですれ違ってる可能性も全くないとは言い切れないんですよね。
 なのにずっと会わずにネットで会話というのもなんか変というか、寂しいなと思っていました。
 だからといって中々お会いする機会を作るというのも難しいんですよね。
 私も今はお酒を全く飲んでいないし。

 でもいつか周さんとお会いしたいなあと思っています。
 それが実現するかどうかというより、そういう気持ちでいつもブログを拝見しています。

 いつかお酒を飲みましょうね。

 どうもありがとうございます。うん、もう外ではあまり飲まないね。いえ、家ではもう缶ビール一つだけです。

   ただし昨夜は千駄木の 浅野 で飲みました。きのうは、イギリス人の家族が全部で6人で来ていましたね。今あのお店は、けっこう外人さんがおいでになるのですよ。
 私がマスターの自宅のパソコンのインターネット設定をしたので、その後どうなのかな、と気になっていたのです。あの店も、今はけっこうインターネットでの情報で来られるかたが増えましたね。私のホームページの紹介記事を見てこられる方もいるようです。
 まったくの始めての方のときに、「どうしてうちにこられたのですか?」と聞きますと、インターネットでの情報だということで、そうなると私のホームページ内ということになります。

 でも私はもう飲むのは1軒で終わりになります。つい1カ月前に、昔のように3軒飲みましたが、もうまったく私は駄目でしたね。
 まあ、飲むことよりも、いろいろな方と愉しくお喋りしたいものです。そのことをいつも考えています。

 きのう浅野に来ていたイギリス人の方が家族で来ていましたが、私も来月夏休みに家族5人で湯西川温泉に行く話を店のお二人にしていました。
 湯西川温泉は、私は大昔に温泉新聞の集金で行った記憶しかないのですね。前日夜遅く鬼怒川温泉に泊りまして(泊まったと言っても、宿泊費は新聞の広告費と相殺で泊まります)、翌朝から鬼怒川温泉を集金して周り、それから、この湯西川温泉と川俣温泉を周り、夕方日光湯元温泉に必死に着いたものでした。もちろん、翌日も集金旅行が続きます。
 でもあのときとは違うから、今度は愉しくゆっくり行きたいです。今回は娘たち二人だけでなく、長女の彼も一緒ですから愉しみです。家族4人ですと、わいわいと愉しいのですが、温泉に入るときに寂しくなります。温泉の前までは4人で行きますが、温泉には、私以外の家族3人は一緒に入りますが、私は男独りで寂しくなります。
 でも今年からは、彼と二人で温泉に入れます。これがとても嬉しいです。とても愉しみです。
 あと、それから私は「日光江戸村」にも行こうと言っています。私はあのばかばかしいようなところが大好きなんです。私はディズニーランドは嫌いですが、日光江戸村は好きなのですね。

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