将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:日本キリスト教団王子教会

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 私はこれを書いて、「あれ、なんでこれを書いたのかな?」と分からなくなっていました。でも今気がつきました。
 これは、ここのサイドバーにある「日本キリスト教団王子教会」からいただいた「こころの友」という新聞の四面の下にあった広告にあって私は思い出していたのでした。14102312
 オスカー・ワイルドは1854年10月16日〜1900年11月30日の、アイルランド出身の詩人、作家、劇作家です。14102309
 私は高校生のときに、『ドリアン・グレイの肖像』と『サロメ』を読んでいます。
 彼の言った言葉で私が気にいるものが以下です。

「男は愛する女の最初の男になる事を願い、女は愛する男の最後の女になる事を願う」
「外見で人を判断しないのは愚か者である」
「知る価値があることで人に教わることができるものはひとつもない」

 どうです。いいでしょう。これで「幸福の王子」が私にものすごく甦るのです。あ、あのつばめも。

12020807  私の義母松本玲子、私の妻加寿子の母は、本日2012年2月10日午前3時3分に亡くなりました。
  今、日本キリスト教団王子教会の大久保正禎牧師がきてくれました(もう来てくれたのですが、私はまだお会いしていません)。いえ、今はお話しています。

11092409  昨日の午後、日本キリスト教団王子教会の「『道』第42号」を宅急便で受け取りました。
 その中で、私が書きましたのは、以下の内容です。これは今年の5月24日にメールで送りましたものでした。

 今回東日本大震災があり、随分驚き、かつすぐに郵便局からカンパは送りましたが、あとはどうすることもできず、いらいらしたり、悲しんだりしているだけでした。友人の中にはすぐにボランティア隊を組んで現地に行った人もいて、私もそういう身軽な動きのできる人間にはなれないことを悔しがったりするだけでした。
 今回、この震災のことで、何か述べるにあたり、いくつかのものを見てみました。論語にもいくつかの仏典にも地震のことはありません(これは私が見た限りです)でした。これは孔子や釈迦が考えなかったのではなく、彼らのいた地域や時代のせいかなとも思えます。
 その点新約聖書には、たぶん当時の大地震があったからでしょうが、地震のことが書いてあります。「マタイ傳福音書」の二四節です。

なんぢら戰爭と戰爭の噂とを聞かん、愼みて懼るな。かかる事はあるべきなり、されど未だ終にはあらず。即ち「民は民に、國は國に逆ひて起たん」また處々に饑饉と地震とあらん、此等はみな産の苦難の始なり。そのとき人々なんぢらを患難に付し、また殺さん、汝等わが名の爲に、もろもろの國人に憎まれん。その時おほくの人つまづき、且たがひに付し、互に憎まん。多くの僞預言者おこりて、多くの人を惑さん。また不法の増すによりて、多くの人の愛ひややかにならん。されど終まで耐へしのぶ者は救はるべし。

 だがここにあるように、今の日本は「互いに裏切り、憎み合う」ことはありません。それに海外のいくつもの国の人々も見事に援助してくれています。これは実にいいことです。ありがたいことです。イエスの信仰に従う人もそうでない人も愛し合い、援助し合っているのです。それが今回の大地震の際にも私たちがたくさん見聞したところです。
 私には、現在四人の孫がいます。その孫たちにも実にいい光景をたくさん見せてくれています。
 テレビも新聞そのほかもインターネットもツイッターもフェイスブックもいくつものいい光景を見せてくれています。自分の父母や近所の人たちや、インターネットで知った人たちの行動も実にいいことを彼らにわからせてくれました。
 これは孫たちにもいいことをたくさん世界が教えてくれた気がしています。私もまた孫たちが見ていた光景を忘れないでいるつもりです。

10091511  これは私が、日本キリスト教団王子教会の

  『道』第41号(2009年度)

に書いた文章を次に載せます。実は今年4月にこれを送っていましたが、本になって届いたのは昨日のことです。
 でももう「聖書」もキンドルのような機器で普通に読めるようになってほしいな。そうすれば、どんなにこうしたものも親しくなれることでしょうか。
 ああ、私は「聖書」は文語訳で読んでいますよ。文語訳の聖書はいいけれど、聖書のことばを、茨城弁や名古屋弁にすると、あれほどいいことをいうイエスも、実に品がなくなります。茨城弁や名古屋弁ではイエスは説教しなかったんだ。
 信仰って、そんなものなのだな。

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 今朝、日本キリスト教団王子教会の「道」という文集に原稿を求められていたことを思い出しました。もう1カ月くらい前かな。それですぐに原稿をメールしました。
 それで、ちょうど1年前にも、私は原稿を送りまして、掲載されたことがありました。でも私はそれを、このブログにUPしたと思っていましたが、ここで探してもありません。
 それで以下をUPしておきます。
 きょう送りました原稿も、その文集が発行されましたら、そのときに、このブログにも掲載します。

 以下は、私が「道」書きました原稿です。昨年1月29日にメールしていました。

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また聖書を開きました
 喪中の葉書を出しましたら、「転居先不明」と「あて所に尋ねあたりません」ということで、きょう現在十三通が帰ってきました。これは困りました。どうしたらいいのでしょうか。
 それと、きょうこの喪中の手紙に対する丁寧なお悔やみの葉書とお手紙をいただきました。そのお二人に、今お礼の手紙を出しました。
 母が亡くなり、義母の介護を続けている今の私には、この葉書と手紙の文面は、どんなに嬉しく思えたことでしょうか。
 お手紙は、クリスマスカードにもなっていまして、彼女の手紙は沖縄県(に住んでいるので)の魚の絵の切手が貼ってあります。彼女は昔からいつも手紙には、綺麗な切手を貼ってくれるのです。
 彼女は、私が沖縄で働いていたときに、飯場で飯炊きをやってくれていた女性です。胸の大きい色の白い綺麗な子でした。その後、しばらく山口県で幼稚園の先生をやっていて、園長になったと思っていたら、もう退職ということです。三人の子どもと三人の孫がいます。
 彼女からもらったこのクリスマスカードには、彼女の家族(もちろん亭主のことも、この彼が私と親しいわけなのです)の近況と、新約聖書の言葉が書いてあります。
 彼女はクリスチャンで、沖縄で働いていたときにも、いつも教会へ通っていました。
 その聖書の言葉が、「ことばは人となって私たちに間に住まわれた(ヨハネ一・一四)」とありまして、手紙を出したあと私は「聖書」を眺めてみました。
 この言葉は、以下のことでした。

 言(ことば)は肉體となりて我らの中(うち)に宿(やど)りたまへり、我らその榮光を見たり、實(げ)に父の獨子(ひとりご)の榮光にして、恩恵(めぐみ)と眞理(まこと)とにて滿てり。(ヨハネ福音書第一章十四節)

 私もこういうときに、ときどき聖書を読み直しているのです。あんまり好きになれなかった新約聖書ですが、ときどき読んでみますと、いくつものことを考えてしまいます。
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 いえ、今朝ひとしきり「マタイ伝」と「マルコ伝」を読んでいまして、また書いてみようと思い、でも過去に書いたことも、UPしていたのだろうと思い、探しましたが、なかったもので、こうしてUPしております。
 でもひさびさに聖書「マタイ伝」と「マルコ伝」を読んでいましたが、実にいいものですね。それとやっぱり、マルコという人物は本当にいたのですね。マタイ伝ばかり読んできていた私ですが、マルコ伝も今ようやく少し判るようになりました。

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 やはり、足袋にしてからいいですね。義弟と妻が日本キリスト教団王子教会の「召天者記念礼拝」に行くのに、忘れ物をして午後12時ちょっと前に私が届けました。
 またたった今は、王子郵便局とサミットストアにも行きました。足袋をしていると、実に軽快に自転車で走れます。
 こうして、王子の街をあちこち走っていますと、実にいい街だなと感じます。

 今この王子教会のブログを読みまして、11月12日の週報コラム「ひだり手」で次を読みました。

★王子教会の礼拝の説教で丸2年をかけてマルコによる福音書を読んできました。今日でマルコによる福音書を全部読み終えることになります。改めて読み通してくる中で、新たに気づかされたこともありました。
★マルコによる福音書は他の福音書に比べて、イエス様の「言葉」よりも、その立ち居振る舞いに焦点が当てられていることが多いような気がします。

 思えば、私が聖書では「マタイ伝」の次によく読みましたのは、この「マルコ伝」でしょうか。

 以下マルコ伝の第15章です。

三時にイエス大聲に『エロイ、エロイ、ラマ、サバタクニ』と呼ばわり給ふ。これを釋(と)けば、わが神、わが神、なんぞ我を見棄て給ひし、の意(こころ)なり。傍らに立つ者の或人々これを聞きて言ふ。『見よ、エリヤを呼ぶなり』。一人はしり徃きて、海綿に酸(す)き葡萄酒を含ませて葦につけ、イエスに飮ましめて言ふ。『待て、エリヤ來りて彼を下すや否や、我ら之を見ん』。イエス大聲を出(いだ)して息絶え給ふ。聖所の幕、上より下まで裂けて二つとなりたり。イエスに向ひて立てる百卒(ひゃくそつ)長、かかる樣にて息絶え給ひしを見て言ふ『實(げ)にこの人は神の子なりき』

 でも、もう少し引用したいのですが、やっぱり文語で舊字で書くのは大変なんです。
 思えば、学生運動をやっている学生の頃、少しのキリスト者に会って話をしたことがあるけれど、もう少し話しておけば良かったな。

 あ、足袋をした下駄で自転車で走るのはいいなあ、という話から違うことになってしまいました。

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