さまざま話していこうかなと思いました。

93-08-10 中央アルプスを歩いてきました。 TADA
7日からの分をまとめてダウンロードして、周さんの環境問題のをめぐるアップなどをいっきに読んでいます。感想をひとことでいうと周さんのアップは逆説的で興味深く拝見致しました。私もスロースターターさんと同じように、周さんの意見には、色目がねをかけてながめているようで、素直な見方ではないように思うのですが。

 まず、この私の「色眼鏡とどしゃぶり」という題名にかかわることですから、はっきりさせたいと思います。

いずれ、考えをまとめて私もアップしたいと思いますが、一つだけ指摘しておきます。ちょっと前になりますがTBSの秋山さんが日本人としてはじめて宇宙にいき宇宙船の中から地球のレポートをしていたときの日本列島の灰色に濁った様子を覚えている方は思います。その当時と今とで日本の環境への取り組み方は変わったのでしょうか。日本の環境は、様変わりして良くなったのでしょうか。中国が排ガスを撒き散らかしたから改善しないのでしょうか。

11070407 こんな形で私にきかれているのでしょうか。秋山さんがいままた宇宙から見たら、もはや日本列島の上を汚しているのは「共産中国」なのはあきらかなはずです(もっともそれは判らないかな)。TADAさんは私が数々あげた新聞のデータを、それもこれも「周の色眼鏡」といいたいのでしょうか。まずどこが「色眼鏡」なのかはっきりしていただきたい。なにかひとつの意見を「色眼鏡」というレッテルで葬りたいのでしょ
うか。
 中国がひどいことをしているから、我が日本列島は汚れているのです。私は懸命にかつあたりまえにゴミと資源、雑芥ゴミの分別をやっています。私のマンションの奥様方(残念だがおとうさん方はいない)もそうしています。私の我孫子台田2丁目の、私の母、父、兄嫁、みんな懸命にやっています。TADAさんはなんだかわからないのですが、それを宇宙からの秋山さんの視点とかいうことで否定したいのでしょうか。それで私の発言を「色眼鏡」ということばでかたずけたいのでしょうか。
 私が社会主義中国を「色眼鏡」でみてしまうのは当りまえです。私が

93-08-07 13:05:19 環境保全ということ 周
ちょっと思い出すと、私が大学に入ったころ(1972年、昭和42年4月)、登校する学生にアジテーションしていた三派系の諸君が、「中国核実験反対」と呼びかけていました。それで激しくデモンストレーションしていたと思います。日共は「社会主義国の核実験は帝国主義国とのは違う」などといって、ほとんどの学生から反発をかっていたと思います。私も(やがて三派系過激派になりました)、この中国の核武装なんか、とんでもない話だと思っていました。一体あの国はいつまでこの人類に悪いことばかりしていくのでしょうか。

というようなことは、どこが事実と違っている粉飾をしているのでしょうか。核実験なんて一番地球を汚しているのではありませんか。「色眼鏡」というのは、「あの人はある事実を色をつけて見ているから、それをはずしてみていかないといけない」ということでしょうから、それをはっきりさせてください。

93-08-08 04:08:36 続々環境保全ということ 周
ただ私はまたここであらためていいますが、私が偏見を持ち、かつ非難しているのは、社会主義国家中国です。かの天安門において、インターナショナルを合唱していたたくさんの若者たちに対して、戦車を突っ込んだ共産中国が駄目だといっているのです。私はいま日本にいるたくさんの中国人の友人たちがいますし、中国の文化、人物には敬愛の気持を強く持っています。それは中国のみならず、韓国北朝鮮に対しても同じです。私は世界中に公害をまき散らしている、共産中国を憎んでいるのです。

 私はあのとき、あの中国の若者たちに中国共産党が戦車を突っ込んだときは、悔しくて悔しくて悔しくて堪らなかった。なにもできない私が悔しかった。またこうして私の発言を「色眼鏡」という一片の言葉で葬ろうというのでしょうか。
 私は1968年にソ連軍がチェコスロバキヤに侵入したときに、悔しくて真っ先に狸穴のソ連大使館に抗議にいきました。なにをしたらいいのか分からないので、とにかく座り込みしました。最後は機動隊に排除されたように覚えています。
 もうあの天安門のときには、もうそんな元気はありませんでした。でもあんな共産中国を絶対に認めることはありません。私は前にも言っているように、私のことを「過激派」だ、「国粋主義者」と言われるのは、まさしくそのとおりですから、当然かまわないのですが、私がなるべくさまざま客観的に見られるように、新聞等のデータを出して発言していることを「色眼鏡」という一片の言葉で葬ろうとすることを絶対に認めたくありません。

93-08-08 01:07:23 周さんに再反論
周さんの「どしゃぶり的」反論があるだろうと思っていましたが、その通りでした。
さて、「社会主義になると色眼鏡」といったのを誉められていると言われては返す言葉なしです。

 私はSUさんが「色眼鏡」と言ったから、その奥に党派的なものを感じてしまったのです。ですから、こうして面白く切り返しただけです。私の言っていることで、どう粉飾なりしているところがあるのでしょうか。明確に指摘してくださったほうがいいのですが。

[地球環境をまもる]第一部 ガイアの叫び(11)大気汚染 赤い太陽(連載)

 私がこれをわざわざのせたのは、SUさんが満州の生まれだときいていたからです。SUさんが生まれたところで、生まれたずっと以前の日本の機器がいまも使われているのです。この記事のとりあげ方も周の色眼鏡と言われるのではないでしょうから、わかるはずですが、これほどまでに中国の東北部は汚れているのです。これが日本のせいですか。どこが中国は「つつましい」といえるのでしょうか。
 よく考えてみてほしいのです。中国は毛沢東が言ったように農業国だったはずです。人口比で「つつましい」などと言えるのですか。日本と中国の第2次産業の割合を考えてみてほしいのです。

93-08-07 00:57:27 排ガス問題で周さんに疑問
人口あたりで見ると中国は日本の4分の1ぐらいでしょう。実際、中国の状況をみるとエネルギーの消費についていうとものすごくけちです。というより経済力に見合って節約しています。夜の町は暗いです。

 中国の夜の町が暗いとしたら、それはなにも「つつましく」もなんともありません。日本の町が明るい方がずっと誉められるべきだと思います。

92-12-24 05:56:17 あげあしとり54「TR通信45おばあちゃんと子供」
母は日本橋に勤めていました。茨城の佐貫から通勤していました。昭和5、6年のころのことでしょうか。帰りが残業で遅くなり、真っ暗な道を帰るとき、暴漢に襲われたのです。母は組み付かれて、とっさに「人殺し」ではなく「ドロボー」と叫びました。そうしたら一軒の家が明りを付けたらしいのです。男は逃げ出しました。普通ならそれで終りなはずなのですが、母はどうしてか違います。腹がたったので、丁度近くにあった大きな石をもって、その男を追っ掛けたそうです。そして石をその男にぶつけて、今度こそ逃げてきたそうです。

 もしこの昭和5、6年の佐貫も明るい電灯でもあったら、こんなことなかったと思います。私の母は元気でしたが、どこにもこの「暗い」ことで大変な目に会う人はたくさんいるのです。それが、私の妻、私の子ども、私の友人をどんな目に会わせることでしょうか。どこが「つつましい」のでしょうか。日本の夜がどんなに「つつましくない」といわれようが、明るいことを、もっと明るくなることを願います。
 そもそもSUさんは、日本がぜいたくだ、節約していないといいたいのでしょうか。私は毎日腹いっぱい飲んでいますが、そのこと以外はかなりつつましいと思います。私の妻、子ども、母、父、みんなふつうにひそやかに生きています。中国がその私たちよりも「暗い」のなら、そんなのは私たちが責められることではありません。共産中国が反省すればいいのです。
 どうにも私は嫌なのです。私たちがぜいたくだからいけない、もっと反省しなくてはいけないというような言い方が嫌なのです。

93-05-07 02:36:35 周書評117 中野孝次「清貧の思想」
本阿弥光悦が前田利家や宮本武蔵とお茶をたてていたときに、私たちの祖先はきっと田畑の中で泥だらけなって働いていたに違いありません。いやだから私は、光悦よりも私たちの先祖の人民大衆の方に正義があるとか、光悦の茶道など駄目だとかいっているのではないのです。そうではなく、人民大衆の側が泥と汗をふいて、少しは子どもにファミコンを買ってあげられたり、家族みんなでどこかへ旅行できるくらいの時代になったことを、「清貧」だの「倹約」だのといってもとへ押し戻そうなどということを、光悦だろうが中野孝次だろうが言うこと(もっとも、光悦なら絶対に言わないだろうが)を私は許すことができないのです。

 私は環境保護派の中にこうした傾向を感じます。現代の日本人はぜいたくだからいけない、ファミコンもいけない、学習塾もいけないというような傾向を感じてしまいます。冗談ではないですよ。
 私は私の自宅にたくさん集まってきてファミコンやパソコンやっていた女の子たちが大好きでした(このごろはあまり集まらなくなりました)。平気で私の家でごろごろしていました。昔荘園の泥の中で働いていた少女たちは、あのように明るく遊べたのでしょうか。今は確実に昔よりはいい時代になっているのです。中国だってはやく封建制、全体主義、社会主義の時代から、女の子がファミコンやったり馬鹿話したりできる空間になってほしいものです。
 TADAさんが、

自分の利益を考えていれば、環境保全がされるのではなく、環境の保全と自分の利益と調和を考え行動することが我々に課せられた大きな課題だとおもうのです。

といわれるのは、

93-08-01 08:35:40 RE.「環境にやさしい」言葉《KAZ》 周
環境を保全するほうが、環境を保全しないで放置したままの場合よりも利益があること。技術は、そのような道に沿って発展できること。それというのも、環境保全確実にする唯一の方法は、保全したほうが利益があがるという状況をつくることにしかないからである。環境を破壊すると損をすることを知れば、だれも環境を破壊しなくなる。
日本のような国の企業が自分の会社の利益を考えるからこそ、いま日本は環境保全に関しては先進国になりつつあるのです。
人間が生き、生活をよりよくしていこうとすることは、古代から環境をよくしていくこととは矛盾しないのです。人間が企業がよく儲けたい、よい暮らしがしたいということはいいことなのです。

ということに関していわれているのだと思います。私は本当に環境の保全ということを考えるのには、この「利益」ということしかないのだと前々から主張しています。TADAさんはこの「利益」ということに「どうなのか」と言われているのだと思いますが、違うでしょうか。
 TADAさんが野山を歩かれ、そこに自然の美しさを感じるのは綽さんの自由です。だがそこの自然を守ろうとかいうのを、「自分の利益を考えていれば、環境保全がされるのではなく」というように言われてしまうことに、私は異議を述べたいのです。綽さんは、やはり人間の存在自体が地球環境を壊しているのだと考えておられるようです。環境の保全と自分たちの利益はぶつかるものだと考えておられるようです。
 何度もいいますが、そうした考えがこの環境を破壊してきたのです。日本人はよりよい生活がしたいから、この日本の自然を守ってきたのです。これからもそうしていくのです。私はゴミ置場で奥さん方と話すのが愉しいのです。嫌なことだけどやっている、自分にとって利益にならないことで嫌々やっているのではなく、愉しいことだからやっているのです。これからももっと愉しいことになっていくでしょう。
 思い出すのですが、1973年のオイルショックの時です。私は大学を出て、水道橋にある印刷屋に勤めました。「フーテンの寅」の朝日印刷のような印刷会社です。私は職工でした。あの年に、洗剤がない、トイレットペーパーがないというようなことがおこりました。
 私は本当にこまりました。私は北浦和に下宿していましたから、さまざま困ったものです。この印刷屋で昼食のときなどさまざまこの問題を話しました。私がトイレットペーパーがなくて困っているというと、

  そんなのは、「ないない」と馬鹿な女が騒ぐからなくなるんだ。
  我慢していれば、すぐ出てくる。だいたいに、トイレットパーパー
  がなくたってこまらない。新聞紙使えばいいんだ。

と男性のタイピストがいました。この人は日本共産党の党員でした。私は、実際に困っていること、私の下宿は水洗トイレになったばかりで、新聞紙というわけにはいかないことなどをいいました。生活なんかまったく関係のないこの共産党員は、まったく「騒ぐからいけない」「女は馬鹿だ」を繰り返していました。
 そのとき社長が(この社長は昭和20年代に山村工作隊で火炎瓶をなげ、裁判を受けたもと日本共産党員で、当時はもう六全協後の日共を憎んでいました。今もでしょうけど。こんな経験のある先輩方を私はたくさん知っています)、

  我慢していれば出てくるなんて言ったって、実際に紙がないん
  だよな。ウチは  印刷屋だから困っちゃうんだ。

といって、私と熊さん(何度かこのネットで彼のこと書きました)に、紙をある問屋の倉庫に取りにいくように命じました。私と熊さんは必死に紙を集めました。女が悪いのか、誰が悪いのか、とにかく紙がなければ印刷できないのです。ただ私は、女である、私の母とか、私の当時の恋人とか、その恋人の母とか、その祖母とか、私の弟の恋人とか、みんな女の人は「トイレットペーパーがない」とか「洗剤がない」とか「砂糖もなくなる」とか、懸命に騒いでいましたが、それが原因だとは思いませんでした。むしろ「馬鹿な女が騒ぐから、なくなるんだ」という男共よりも、「ないない」と騒いでいて必死になっているたくさんの女性たちと同じ側に私はいたと思います。
 私はその当時赤羽線に乗っているときに、男の若者たちのこんな話をききました。私は腹がたちました。

  女ってのは馬鹿なんだよな、なんであんなに騒いでいるんだ。
   もう、うちの母親なんか、トイレットペーパーがないとか、洗
  剤がなくなるとか大変なんだ。
  やっぱり女ってのは馬鹿なんじゃないか。自分らがさわぐから、
  なくなるのがわからないんだ。
  砂糖もなくなるんだって、馬鹿じゃないか。砂糖なんかなくたっ
  ていいよ。
  砂糖どころじゃないよ、塩もなくなるって騒いでるよ、塩なん
  か海にいけばいくらでもあるじゃないか。
  だから女はやっぱり馬鹿なんだ。

 この男の子たちは、自分のお弁当のたまごやきに、おかあさんが砂糖を使っているのがわかりません。今の塩が海から取られているものなのかどうか分かっていません。おかあさんが、トイレでつつましく紙を使っているのが分かっていません。
 いったいあの騒動は誰が悪かったのですか。騒いだ女が悪かったのですか。そんなの嘘でしょう。あのときの必死で洗剤を並んで買っていた女たちは正しいのです。それをうすら笑い、馬鹿にしていた男共の方がよくない、間違っているのです。必死に買占めしようとした主婦たちは間違っていない。冷静に売りおしみして、値段をつり上げようとしたずるい企業、それを認めていた国家が悪いのです。
 私は今の不況に関しても同じように思います。なにか私たちがいけないかのようにいっている諸君がいます。環境に関することでもそうです。私はいつも懸命に、新聞とその他の紙、雑誌、紙パック、ダンボールなどを分別して紐でくくっています。瓶と缶、その他をわけています。熱心に熱心にやっています。それがあたりまえだからです。それにゴミとか資源を出しにいくときに、私のマンションのおかあさん方と話したりするのが嬉しいのです。
 本当に利益を考える各企業、各私達こそが環境を保全していけます。「利益」を馬鹿にする、「利益」を考えない社会主義勢力、環境保護派、左翼狂信保守エコロジスト、社会党、日本共産党こそが、私たちの環境を破壊していきます。
 私はホチキスの針もそのまま捨てません。だからときどき背広のポケットにそれが入っています。家で雑芥ゴミとして出します。私はよく煙草のみが、ジュースの缶等を灰皿にするのが嫌でたまりません。缶を資源として再利用しようにも、あれでは使えないではないですか。なぜそれが分からないのでしょうか。
 私が、「ゴミと資源、環境問題その2」の表紙に以下のように書きました。

ただ私は、なにかぼんやりとした明るさというようなものが感じられるのは、いわゆる「自然を大切に」とか「地球を守ろう」とか言ってきた側よりも、むしろ過去に公害を流し続けてきた工場とか、会社とかいうところの現場からの、このままでは自らが存続できないという認識からの取組のほうが、この環境の問題への解決を出しているように思える。それは公害を出すような会社が倫理的に社会に存在できないということよりも、もはやそんな非効率な企業はやっていけないのだということにあると思う。
私は富士の宮で長く製紙工場の工場長役員をやった人と詳しく話したことがあるが、その工場群ではもう大昔のようにヘドロは流すどころか、水を完全処理して1滴も流さなくても済むのだという。ただ、市や県の要請で水を出しているとのことだった。このような現場の人が、自分たちが川を汚しているなどと言われたら怒らない方がおかしいのだ。
私は「自然に優しく」などというステッカーを貼って、ディーゼルエンジンの車に乗っている冒険野郎などが信じられないのだ。

 この工場長役員というのは、私の妻の父です。もはや企業は、大企業は真剣に環境保全に取り組んでいます。そうしなかったら、もはや他の企業に負けてしまうのです。
 TADAさんが、

自分の利益を考えていれば、環境保全がされるのではなく、環境の保全と自分の利益と調和を考え行動することが我々に課せられた大きな課題だとおもうのです。

と言われるのなら、何がどこが、どうして課題なのか述べていただきたいと思います。また、SUさんが、

93-08-08 01:07:23 周さんに再反論
日本が本当に環境保全に熱心な国であったのか、また、日本の企業が環境保全に熱心であったのかについては、私はそれほど評価していませんが、

といわれるのなら、できたらその熱心でない企業を教えてほしいと思います。そうすれば私たちは、その駄目な企業を知ることができ、その企業に注目することによって変えていけるのかもしれません。
 どしゃぶりというのは、もっとどっと多量に無駄に多く降るのかもしれませんが、こんなものしか降らせられませんでした。