将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:日経新聞の夕刊

2016112932

f12120805  深澤さんは米国でくらしたこともあるのですね。私なんか、海外は一切行ったことがないので、よくは分からないのです。ただ八ケ岳あたりはよく分かります。好きなところですね。

日本には帰らないつもりだったが、娘が生まれたころから漠然と帰国を考えるようになる。東京都心に拠点を置くのが不安で、故郷に近い八ケ岳の土地を米国滞在中に買った。渓流の脇に広がる1000坪ほどの雑木林だ。

 こういう点は、私が分からないことでもあり、また八ケ岳のことでは彼の気持が好きになったりします。いいなあ、と思いますね。

 当時ほど頻繁ではないが今もこの小屋に通う。行けばまず草を刈って掃除をし、その合間に外で食事の準備をする。豊かな生活の原型ともいえるだろうか。朝、鳥の声がわっと聞こえたり、風が吹いたりするだけで、これ以上何が必要だろうと思うのだ。

 もう私には、この今いるところで、そのまま過ごすだX12120904けなのかもしれないです。そしてときどき孫と会ってお喋りします。
 その孫と会ってお喋りしたりすることが私には一番いいことなのです。
 でもこうして深澤直人さんのエッセイが読めてよかったです。

f12120804  この深澤さんのを読んで、また自分の過去も思い出していました。

3年になった時のこと。必修科目の「電気工事」を2年時に終えていた僕は空き時間ができて図書館に向かう。たまたま手にした雑誌「蛍雪時代」は職業についての特集号。工業デザイナーの項目を見つけ、「工業製品を通じて人を幸せにする」と書かれた内容に、これだと思った。家に帰って親に「デザイナーになる」と宣言をする。

 私は大学時代に自分は「これになる、なりたい」なんて少しも考えていなかったことを思い出します。

そうか、人間は頭ではなく体でモノと対話しているのだ。

 いや私こそが今「そうか」と声をあげるところなのです。私はそもそもCDもよく分からないしなあ、というところなのです。私の好きな詩吟(私のもともとの宗家、今の詩吟の宗家)がCDになっていないのですね。だかX12120902らではないのですが、私はどこでも詩吟をやっています。迷惑かなあ。

 1個のモノでなく、ライフスタイル全体を整える。ようやく見いだした僕のデザインの目的である。

 そうか。ちゃんと私も自分のやりたいこと、やるべきこと、自分のやるべき目的をはっきりさせよう。

f12120803 民芸運動で知られる思想家の柳宗悦は1947年の「日本民芸館案内」で民芸の美をこんなふうに記している。

ということで、次の内容なのです。

無名の職人が民衆の生活のために作った民芸には『健康の美』『正常の美』がある。美の理念としてこれを超えるものはない

 私には今問いかけても、この理念を理解できていません。だから、自分に言い聞かせます。
 ただ私にはよく分からないのです。ただ「個性を売りにするようなものは本物の美ではない」というところには私もハッとさせられました。

X12120901 今深澤さんは、日本民芸館の館長をされているのですね。駒場にあるんだ。必ず行こうと決意しました。

誰もが本物の美に浸ったり、真の豊かさを考えたりする場でありたい。

という言葉で、私こそがその場に浸りたい思いです。

f12120802 この深澤さんはセイコーエプソンに勤められていたのですね。一つの職場に長く居たことのない私には、驚きでもありまた憧れでもあります。
 私は前に読みました彼の本も思い出しました。

   http://shomon.livedoor.biz/archives/51907592.html
    2011年02月21日『NAOTO FUKASAWA』

 私はここにこう書いています。

 私が常に持参していますauケータイのIS01(シャープ)は、この方のデザインされたものです。これは私は電話としては使ってはいません。実は私はこれが深澤直人作品だから、手に入れたものなのです。

 そうなんだよなあ、と思ったものです。私はこのケータイに機能は申し分なく満足しています(これから進化してくれればいい)。ただ電話としては、少しも満足していません(電話機能は少しも使いません)。身につけて歩けるパソコンとしていいと思っています。むしろ他のノートパソコンよりはいいです。そして肝心のデザインですが、これもおおいに満足しています。もうバージョンアップするだろうと思っていますが、それを期待しています。X12120812

 シリコンバレーではヒューマン・ファクター、インタラクションといった言葉が飛び交い、・・・・・・今年9月に亡くなった彼のデザインは、いつも人間のためのものだった。

 デザインもみな人間のためのものです。それを私も大きく感じています。

f12120801 日経新聞の夕刊に12月3日から7日まで書かれていたものです。それを読みまして、ここで書くわけですが、今一つ一つに書いていこうという気持になりました。

 最初の3日の文を読んでいて、これは日々の文を全部書こう(いや全文写して載せたくなったのですが、それはまずいですね)と思い、最初2012年12月8日のポメラの2に載せたビニールテープの写真もここに移動しました。
 この深澤直人については、以下のような紹介があります。

 ふかさわ・なおと 1956年山梨県生まれ。多摩美術大学美術学部プロダクトデザイン専攻卒。89年に渡米、帰国後に米IDEO東京支社長を経て、2003年に独立、NAOTO FUKASAWA DESIGNを設立。著書に「デザインの輪郭」など。12年、日本民芸館館長に就任。

 私より8歳年下の方なのですね。私なんかでは知りようにない方でした。改めて、長女のおはぎと、その友人(もちろん私はその方のことも知っていますよ)に感謝いたします。

 このビニールテープなんて、私は一度も注目したことなんかありません。こうして書かれていることで、ただただ驚くものです。私は最後にあります次の文でとにかく感動したものなのです。

 デザイナーは格好よく家具や車をつくる人だと思われがちだが、そうではないというのが僕の考え。1人の人間がひねり出す表現など、たかが知れたものである。むしろ僕は、多くの人が暗黙のうちにいいなと感じているけれど、まだ認知されていない「価値」を探り当て、形にするのがデザイナーの重要な仕事だと考えている。

 この

多くの人が暗黙のうちにいいなと感じているけれど、まだ認知されていない「価値」を探り当て、形にするのがデザイナーの重要な仕事

というところに、私はものすごく魅せられたものです。私は決してデザイナーではないし、これからも決してなることはないでしょうが、これはものすごく分かりX12120810ます。私も同様に考えています。自分の好きな分野、得意だと思う分野を形にして多くの方に認知してもらおうと考えているのです。
 最初に書いてあるオレンジ色のことなんか、読んでいて思わずうなずいてしまいます。ビニールテープにも、少しの思いを抱くことがなくて、私は羞かしい思いです。
 私は過去グラフックデザイナーとはよく接したことがあります。ただ彼を知ってから、歩くときも、あちこちを見つめるようになれたものです。これは私には大きなことでした。

X12120102  日経新聞の夕刊を見て、金子みすゞのことを思いました。

2012/12/01 12:07今リビングへ来ました。
2012/12/01 18:02今日の日経夕刊の10面(最終面)に『金子みすゞ「わたしと小鳥とすずと」』が載っています。私は金子みすゞの詩はいくつも読んでいるのです。みすゞは24歳のとき憧れの西条八十と5分間だだが対面できたといいます。みすゞは服毒自殺しているのですね。私はけっこう金子みすゞの作品は読んできました。彼女の詩は好きなのですが、やっぱり悲しいな。
 私のブログに読んだ本を書いていますから、今改めて見てみましょう。
 私の以下で私が読んだ金子みすゞの詩を紹介しています。

2012年03月04日
金子みすゞの詩で

 その私が書いた中にあるいくつもの詩を読みました(実はみんな読みました)。いいですね。

 私は今は最初はポメラで書いていたのですが、ポメラでは「みすゞ」の「ゞ」が出ないなどいらいらして、自分の部屋でパソコンで書きました。
 それとパソコンでなんとかプリントしようと、必死だったのですが、もうできないので、X12120104

  すずと、小鳥と、それからわたし、
  みんなちがって、みんないい。

 これは「私と小鳥とすずと」の詩の最後のところです。やっぱり金子みすゞはいいですね。

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