将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:日経産業新聞

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 今日の日経産業新聞の15面記事下広告を見ていて、「あ、これは将門Webでも書こう」と思いましたが、日経産業新聞のホームページは見られるわけですが、記事下の広告は見られないわけです。でも幸い広告「日経通販歳時記」にはURLがついていました。「ここへいけば見られるだろう」。
 思って通り、そのサイトへはいけました。以下です。

   http://www.tsuhan-saijiki.jp/
    日経通販歳時記

 私が見たここの広告は、ここの上であげたものです。
 そこには、さらに以下の広告(サインの)がありました。そこのこの「木村太郎」さんの名称のものばかりです。15081802
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 私はいつも玄関でサインか印鑑を求められると、玄関に用意してあるハンコをおします。このハンコが一番楽でいいのです。私のサインなんか、考えられないですね。

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 12時から愛接骨院なので、それの10分前に家を出ます。

2015/06/03 05:39こうしてもうリビングです。「日経産業新聞」と「日経MJ」と「日経新聞」は読みました。いつもこの順で読みます。ああ、最初は「日経新聞」の折込広告を読みます。ほかの2紙はまず折込チラシはありませんが、つい1ケ月前くらいに「日経産業新聞」にチラシが入っていたことがあります。あるお墓に関する広告チラシでした。豊島区巣鴨のお墓のチラシでした。私はそれで自分のお墓はここにしようかななんて思ったものです。自分のお墓はどこかに決めないとならないのです。巣鴨なら大昔私が住んだことのある(私はまったく記憶はありませんが)ところだから、いいかなという思いです。
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2015/06/03 06:56こうしてまたこれを開きました。
2015/06/03 10:36今日は12時に愛接骨院なのです。それまではこうしてこれで書いて行きます。
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 折込チラシで感じることは今はみな印刷判形がA版(多くはA3両面、ごく少数でA4、A全もあります)なのです。B判はまずありません。たまにあると、つくづくそれを見つめてしまいます。

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 こうしてパソコンに向かいます。

2014/04/13 16:51今はまたテレビを聴いています。
2014/04/13 17:09そしてまたテレビをつけました。テレビ朝日を見ています。
 娘のおはぎは来たのですが、彼女一人だけで、ミツ君も孫たち三人も来ませんでした。それが少々不満でした。でも仕方ないのかなあ。

2014/04/14 06:08昨日おはぎが来たときに、孫3人は車の中で眠っていたようです。遠出したので、疲れたようです。でも11日に私が持って行くのを忘れたお菓子は渡せました。
2014/04/14 06:23XDR-63TVはNHKテレビを聴いています。
 今日は新聞は来ない日なのですね。やっぱり少し不満です。今日から正式に日経産業新聞を購読しているのですが、それも読めないのが不満です。
 私の二人の娘夫婦は新聞は購読していないのですが、それほど読みたいという思いはないようです。ただ長女おはぎはここへ来たときに、よく折り込みチラシを見ているのですが、チラシも大切ですね。14040801
 前に折込チラシのみを無料で配布するサービスを見たことがありますが、ああいうことも当然にあるのですね。
2014/04/14 06:56浅田真央がNHKテレビに出るというので、それを見ようと思っています。
2014/04/14 07:01今浅田真央さんと姉舞さんを見ました。8分から取材されるようです。
2014/04/14 07:31今浅田姉妹を見ています。やはり姉妹だからなのでしょうね。二人は声がそっくりです。14040802
2014/04/14 07:56今NHKテレビで常総市の千姫祭りを見ました。彼女が最後生きました北鎌倉の東慶寺には、私は今まで何度も訪れています。さて「花子とアン」です。


 東慶寺(縁切寺と言われています)はもう何年も行っていないですね。

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 昨日は時間を間違えて、おはぎの家に早く行ってしまいました。

2014/04/10 16:29今はおはぎの家の前に座っています。もうここにはばあばの自転車が私の目の前にあります。私は大規模に時間を間違えていたのです。
 私はしょうがないものですね。今日は風が強いですね。この風の強さをものすごく感じています。
 もうポニョもポポも思います。ポコ汰のことも思います。会えないけれど、じゅにのことも思い出します。ああ、じゅににも会いたいなあ。
 声だけで聴くということは大きなことだなあ。目で見るよりも耳で聴くということは私には感動が半端なものではないのです。14040614
2014/04/10 16:52「勇気のお酒」か。このバーテン役は蟹江敬三さんだなあ。今の私は声だけで判断するのです。
 もう17時を過ぎたのだ。早く来ないかなあ。ばあばとポニョとポポが来てくれるはずです。14040615

2014/04/11 03:59今はリビングにいます。どうしても目が覚めてしまったので(眠ろうと努力したのですが)、こうしてここへきました。いえ、ある時間は日経産業新聞を再度読んでいたのですが、ある雑誌の広告を読んで、そこのサイトを訪れていました。いえ、広告にはサイト名は書いてはいなかったのですが、とにかくすぐ探せたのです。
 ああ、みーねえにケータイメールしなくちゃな。二人の息子のことです。おにいちゃんの大学のことでは、私の孫のことでもおおいに参考になります。私の四人の孫の高校入学、大学進学を考えました。
2014/04/11 04:20こうして今私のリュックサックを私のそばに持ってきました。この中にいくつものものがあるからです。どうしてもベストのポケットだけでは足りないのですね。今もソニーXDR-63TVがないと私は困ってしまいます。今も私はテレビを聴いています(テレビ朝日)。14040701
 でも今はテレビ朝日の「渡辺篤史の建もの探訪」で、声だけではなく、画像も見たいので、テレビをつけました。
2014/04/11 04:54今はテレビは消しました。もう聴いているだけです。
 昨日のおはぎの家を思い出します。3人の孫のこともいっぱい思い出しています。
2014/04/11 05:31今日は金曜日です。いや昨日おはぎの家から帰ってきてドアをあけて15秒くらいしたところで、ピンポンが鳴りまして、すぐに出たところ、日経新聞の豊島販売所(二人の人物)が来ていました。もう日経産業新聞を購読するかどうかを決めないとならないのです。「もうそんな時なのか」と思いましたが、とにかく今日決めないとならないのです。購読しましょう。そんなことで私は今日が土曜日だなんて錯覚してしまっていました。
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 いくつものことを思います。やはりテレビを聴くというのはいいですね。見るより、聴くとものすごく大きなものを感じることができます。

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 こうして今これでやっていきます。

2014/03/29 12:04もう昼飯の時間なのですね。

2014/03/30 03:55こうしてリビングへ来て、このポメラを打ちます。
 今ずっとパソコンでブログの将門Webを見ていたのですが、私が読むには面白いものですね。それで前のほうが今より書いているのですね。これは反省しなくちゃいけないなあ。もっとちゃんとやっていかないといけないです。
 日経産業新聞を読みたくなったなあ。
2014/03/30 04:20もっとやっていかないと駄目ですね。どうしても自分を甘えさせてしまうからいけないよなあ。
 日経産業新聞ってどうやって購読すればいいのだろうか。いや私は別に紙の新聞はいいのです。ただインターネットで読みたくても、どうしたらいいのだろうか。
 もちろんインターネットでも読みましたが、はっきりと分からないのですね。3カ月くらい時限で読んでみるかなあ。私が御茶ノ水の事務所にいた頃は読んでいたのでしたね。日経産業新聞は5年から10年くらい読んでいたのじゃないかなあ。あとでパソコンでインターネットで見てみましょう。14032302
 思い出せば、紙の相場欄なんか、実によく見ていたものでしたね。
2014/03/30 06:40こうしてテレビを見て、このポメラを書いています。「はやく起きた朝は……」を見始めました。
2014/03/30 06:47貴理子さんの話は面白いな。いやこの三人みんなの話が興味深いんだ。
2014/03/30 06:58そのあとの「ぼくらの時代」は安めぐみが出ています。


 私は安めぐみのファンなのですね。

4ca2d4f8.jpg  いつも私は、自分が役にたっているのか自信がありません。今回の孫のじゅにのことでもつぶさに感じるものです。

  今は16時1分です。そうねえ、私はこのゴルフ場をしっているのですね。私が31、2歳の頃いた広告制作会社でのことかなあ。日経産業新聞に載っていた広告面でかなあ。
  いつもあちこちでいろいろなことが甦るものです。そして「何だっけかなあ?」と思い出そうとしてもいつも思い出せないものです。

11081611 昨日秋葉原へ行きました。よく歩きました。「周3号機」を自作するために、パーツを買いに行ったのです。もう秋葉原はたいへんな人の数です。半ば予想はしていましたが、もうビルによっては入れないところもあります。(あ、あの店は混み過ぎで入れないかな」なんて思っていくと、本当にそうとおりだということがあります。とにかく、そのたくさんの人がパソコン関係目当てです。そしてその多くが「自作パソコン」の人たちです。もうそれは若い人たちのグループ、アベック姿の男女、私たちの世代、私よりも上の60代くらいの人たち…とさまざまです。そういえば昔よく見かけた「中学高校生とその親」というのは少なくなりましたね。昔はよく、パソコンを判っている子どもが入学祝いとか誕生日とかいろいろで、親に金を出してもらうのに、子どもが店員と交渉していて、親はそのそばでただ待っているという構造がありました。お母さんがだんだんイライラしてきて、「なんでもいいから早くしてよ」という光景なんかけっこう見ました。
 今は、それがもう、年代にかかわらず、みんな熱心に商品を見て、よく店員に聞いて(客の質問には答えませんという方針の店もあるが)納得して買っています。あちこちでみんあいろいろな会話をしています。それぞれがみな自作パソコンのプロになりつつあるようです。
 私が購入したパーツはみな、「これは安いだろう」といえるものばかり(なにしろ歩きましたからね)ですが、一つあげるとすれば、8倍速のCR−ROMがバルク品で3,000円(税別)でした。この店ではもう一つべつなものも買いましたが、これまた驚くような値段です。
 このお店は秋葉原の随分離れた場所にあるのですが、けっこう「知る人ぞ知る」というようなお店です。このお店についてこんなことがありました。

 11月3日に「PC学園設立事務局の「パソコン自作講座」の2回目の講座だったのですが、その日は秋葉原の自作パソコンのショップを歩いて回りました。このお店を出たときに、ある人がいいました。

  秋葉原の店って、これで儲かっているのかしら?今の店なんか
 来週来たらつぶれているんじゃないかな?

彼はあまりに安いので、あれでどうして利益をあげられるのだろうと思ったようです。私はすかさず、「そんなことはありませんよ、あの店はね…」と説明しました。だがこの疑問ははじめてこの講座に参加した人が皆抱いていたことのようでした。
 私からいいますと、彼らは偶然にもみな大会社の社員の方々でした。彼らの思いからは、あんな安くてたぶん利幅が薄いから、到底利益はあがらないだろう、でも賃料は高そうだし、どうするの? というところでしょうか。
 しかしこのことは、私は世の中に多くの経済評論家やマスコミにも見られてします見解なように思いました。マスコミでは「秋葉原はパソコン販売不振で凋落」というような記事を見たこともあります。事実「ティーゾーン」の営業不振も伝えられましたね。私は先月で日経産業新聞の購読をやめたのですが、その理由の一つに、なんだかさまざまな経済の実態を、もはや正確に伝えられなくなっているのではとこの新聞グループにも感じたからです。あれだけの秋葉原の裏の裏まで、自作パソコンへの人たちが群がっている事態を見ているのかといいたいのです。でも彼らはいうでしょう。

  自作パソコンだなんだって言ったって、あんな安い商品がいく
 ら売れたってたいしたことはない、ことはNECとか富士通のパ
 ソコンが売れて業績があがりつつあるというのなら判るけれど。

 私がいいたいのは、日本の経済を支えているのは、多くの中小企業なのです。この中小企業が活性している限り、この日本はまだまだすてたものじゃないのです。中小企業は小回り機動性がありますから、いくらでも形を替えて、力強く立ち回れるのです。その姿をあの秋葉原に如実に見ることができます。そしてエンドユーザーもそれに見合った形で賢くなっています。秋葉原のあの混雑した姿、猥雑ともいえる(なにしろ街のあちこちでいろいろなジャンク品が路上に並べて売られている)ような姿が、日本の経済を支えるたくましさだと思うんです。
 そして秋葉原を歩きながら思ったのは、昔行われた吉本(吉本隆明)さんとフランスの思想家ボードリアールの対談です。1995年2月19日東京新宿紀伊国屋で開催されたお二人の対談です。ここで吉本さんは、爛熟した消費資本主義社会のことを述べます。そして「消費は生産である」という概念を丁寧に説明していきました。だがボードリアールはこれが気に入らなかったようです。彼は世紀末ということから「資本主義の死」ということを述べます。そして現在の消費万能の大衆に警告したいらしいのです。吉本さんはたぶんうんざりしながら、それこそ丁寧に説明していました(だがフランス語と日本語ですから、そのたびに通訳者が訳して伝えるわけで、当人も聴いている私たちもたいへんでした)。
 もう私は腹がたってきました。

  このボードリアールだかなんだか、このバカヤロウ!。「消費
 は生産である」と述べ出したのは、もともとお前の本の中じゃな
 いか。それからそもそも「消費は生産である」と言い出したのは、
 お前の大好きなマルクスじゃないか。そんなに社会主義の崩壊が
 悔しいのか。もう、フランスへ帰れ!

とばかり心の中で毒ついていました。
 まったく今私は秋葉原を歩いていて、あのときのボドリアールの話にならない思想的凋落さ、といつも原則的な見解を見事述べることのできる吉本さんを思いました。そしてその吉本さんの言われることが今目の前で、秋葉原で展開されていることに深く深くうなづいていたのです。(11/22/98 09:16:10)

  昨日自作パソコン用のパーツを買ってきまして、きょう12時頃からつくりはじめました。すぐにでもはじめたいのでしたが、いろいろなことありまして、なかなかとりかかれません。でも今回は約2時間で組立て終わりました。最初9月11日に1台目(これを周1号機と言っている)はやく3時間半かかましたが、3台目になると、なんだか身体が覚えている感じになります。おそらくこれだけに撤すれば(というのは、いろいろ他のことにとらわれます。来客があったり、出かけたり、自分のホームページをのぞいたりいろいろです)、1時間くらいででき上がるのではないかなと思います。そして最初より2度目、2度目より3度目の今度のほうが、より易しい機械を組み立てているということがいえます。実際に組立てのときに、いろいろ手を細かいところに入れたりするので困るケースが、なんだかますます作りやすいものになっています。これはますます簡単に作りやすいですね。
 やっぱり誰もが、自分でパソコンを自作してほしいなと思います。とくに私と同じ年代(私は昭和23年生まれ)には、やってほしいな。三派全共闘世代は、破壊するのが好きだったけれど、今はせめて自分で使うパソコンくらいは自作してほしいな。やっぱり誰よりも早くやって、いろいろなことを感じとってほしい。

 唐突に思い出しましたが、私は1969年の1月に、東大闘争の安田講堂にずっといました。1月11日の夜、全共闘の部隊が駒場へ闘いに行っている間、本郷の安田講堂には中大全中闘(中央大学全学中央闘争委員会)の部隊が100名たらずしかいませんでした(なぜか私もいた)。そこに日本共産党の軍事部隊が夜半襲ってきました。それこそ1つの部署を一人担当というような形で守っていましたが、ある時間が経過したときに、「おい、あっちで火炎瓶を作っているらしいぞ!」という声で、私は、「え、どんな風に作るんだ、内容は何だ」などと興味がわき、その現場にかけつけました。そこでは、「火炎瓶というと、昔の山村工作隊のときに作られていたらしいですね」などとのんびりしたことをいいながら作っている人たちがいました。私は、「なんだ、こんな簡単に出来るんだ」と思って、私も真似して作ってそれを手にして、「これどうするんですか?」ときいたら、「その先に火をつけて、投げるんだよ」といいます。私はすかさず、そこにあった焚き火にかざして火をつけました。そこにいたみんなは、「バカ!お前何するんだ、速く投げないと爆発するぞ!」などと言います。私は本当に爆発なんかするのかあと思いつつも(爆発なんかしないよ、でも危険だから今は真似するのはやめましょう)、「みんなそこをあけて、爆発するらしいよ」といいながら、安田講堂2階正面のバルコニーに出ました。バルコニーにいた部隊も、「バカ、お前危ないよ、早く投げろ!」と言います(このときに私にバカといった活動家はその後4年後くらいに謝ってくれました。彼もあのときに「馬鹿!」とは失礼だったと、どこの活動家だか判らないが、気になっていたようです)。私は、「民青はどっちの方なんだ!」といいながら、ちょうど燃え上がってきた瓶を、言われるほうにそのまま投げました。私は背が低いから、バルコニーの柵の先はよく見えなかったのです。でもちょうど、椅子や机、立て看等々のバリケードを押し立てて安田講堂のすぐそばまで迫っていた敵日共民青諸君には、ちょうどいいところに落ちたわけです。燃え上がるバリケードに彼らはすぐに退却しはじめました。安田講堂で最初に投げられた火炎瓶は私周が投げたものです。
  あのころも私はいつも、「内容は何だろう? いいやとにかく使っちゃえ!」とばかりやってしまいましたが、今も同じだと思います。自作パソコンもいろいろと話を聴いたり、本を読んだりするのもいいのですが、もうとにかくやってしまうことです。私が最初「周1号機」を作ったときもまったく同じでした。

  もうとにかく頭にくるなあ! もう面倒だからこれから作っちゃ
 おう。よし、あ、そうだあの「若松通商」って、有名なところじゃ
 ないか。もうあそこで買うぞ。それでもう作るぞ!

ということで、その30分後には事務所で組立てを始めていました。事務所へパーツ類を持って帰ってから。「あ、プラスのドライバーがあったっけ?」なんて思い浮かんだものです。
 とにかくみなさん、パソコンを自作しましょう。(11/22/98 21:25:57)

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 livedoor ニュースこの記事がありました。全文読みました。なんだか、ため息をついてしまいました。いえ、私には判るような、判らないような、なんというか、全面的に賛同できないのですね。

 私は大学4年のときから、自宅で新聞は購読しています。ずっと毎日新聞でした。引越したところで、「毎日新聞が欲しい」というと、朝日新聞や読売新聞の勧誘員は、「何で?」という顔をしたものでした。私は毎日新聞の勧誘は一度も受けたことがありません。
 浦和でも早稲田でも、我孫子でも、みな自分で毎日新聞の販売店に電話したものでした。でも、ここの王子では、亡くなりました義父の関係で、そのまま日経新聞にしました。自分の御茶ノ水の事務所で6カ月ばかり日経新聞は購読しましたが、止めました。面白くなかったからです。
 でもそのときは、日経産業新聞と日経流通新聞はずっと購読していました。何年続けたかな。ただ、そのときも、やっぱりどうしてもインターネットのほうが便利で、「これからは、こうした新聞の定期購読なんてなくなるだろうな」とばかり思っていたものでした。
 でもこの王子に住みだして、もう3年半(住民登録を移転したのは、1年前の4月からです)になりますが、何故か日経新聞を読むのが面白いです。なんとなく、日経は、今は、日経産業新聞や日経流通新聞よりも、この日経新聞にこそかけている気がします。
 それになんといいましても、やはりチラシが入ってくるのがいいです。これは日経産業や日経流通ではありえないでしょう。

 でもでも、この記事です。これを書いている方は、最後に以下のように書いています。

日経関係者によると、日経新聞はネットでの記事の閲覧度合いを3段階に分けて、有料化を進めていく方針だ。ネット記事有料化賛成論者の私はこれを見守っていきたい。結果的に「正直者がバカを見る」新聞の定期購読という状況が無くなれば、また日経新聞を取りたいと思っている。

 うーん、私は日経新聞は、実にいいです。私は記事を手で持っても読みますが、またインターネットでもその記事を探し当てて読んでいたりします。ネットの有料化というのは嫌だなあ。いえ、最悪そうなっても、定期購読している人にはネットでもそのまま無料で見られるようにしてくれないかな。
 それにチラシは、ネットでは絶対に見られません。
 この記事を書いている方は、この折込チラシのことなんかは、少しも気にならないのかなあ。

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 このブログのサイドバーに、さらに以下のバナーを置きました。

nikkeihttp://www.nikkei.co.jp/ NIKKEI NET(日経ネット)

 私のところでは日経新聞を購読しています。思い出せば、御茶ノ水に事務所があった頃は、日経産業新聞と日経流通新聞も取っていたものでしたが、最初に日経新聞の購読を止め、次に日経流通新聞の購読も止めたものでした。もう読んでいる時間がなかったものでした。でも日経産業新聞は、ずっと購読していました。
 でも今は、もう日経新聞がいいですね。なんとなく昔より面白い内容になった思いがあります。日経産業新聞は私には面白くなくなりましたね。
 でもこのサイトのバナーをここのサイトバーに置いて、これから毎日のように見るようにしていくつもりです。

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 この王子に住みだしてから、ずっと日経新聞を読んでいます。義父が長年購読していたからです。私は我孫子では、ずっと毎日新聞を購読していました。いや、もう私は毎日新聞のみを長年購読してきていたものでした。
 御茶ノ水の事務所では、日経産業新聞をとっていました。一時は日経流通新聞と日経新聞もとっていましたが、やはり日経産業新聞のみが面白くて、それだけにしていました。
 ところが、今朝は朝日新聞が入っています。なんでだろうと思いまして、とにかく販売店に電話しました。そうすると、販売店は、日経と朝日を取り扱っていたのです。すぐに来てくれました。私は朝日新聞は読む気が全くしないので、そのまま返しました。雨の気候のため、みな雨よけのつつみに覆われているのです。

 しかし、今の若い世代は新聞をまったく購読しないので、私なんかには不思儀な感じです。でももう、そういう時代なのですね。

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 私がこのサイトを知りましたのは、私の3つのパソコン(PCはあといくつもありますが、私が専門に使っているのは3つ)に入れていますnikkeibp.jpのケンプラッツ の画面からでした。私は、日経新聞と日経マグロフィルは、紙の媒体ではなく、こうしてインターネットにシフトを移すのかな(いえ、これは紙の媒体をないがしろに考えているわけではないでしょうが)なんて思っていました。
 私も前には、雑誌は日経パソコン、日経ベンチャー、日経ビジネスを購読していたものでした。でも今はもう日経パソコンしか購読は続けていません。新聞は、日経新聞、日経産業新聞、日経流通新聞を購読していましたが、今は日経新聞だけを読んでいます。
 これは購読料の問題よりも、実際に事務所で家庭で、こうした雑誌や新聞を手にいて読んでいられないということが一番大きいです。

 こうした新聞や雑誌の活字を間違いなく読んでいない私の娘たちの世代には、私は「なんでだ、それじゃどうやって情報を仕入れるんだ」という目で見ていたものです。
 でも、この「イエイリ建設ITラボ」のサイトを毎日見ていますと、「いや、活字で見るよりも、こうしてインターネットで見ていたほうが、若い人たちにはいいのかもしれないな」と思いました。このサイトは、いつも新しいことを教えてくれています。
 おそらく、これから家を作りたい、建築を必要としている若い世代の方は、こうしてインターネットで何もかも情報を蒐集確認し、それからどうしようかと決めるのでしょうね。

 ただし、最後はやはり建築を必要としている人と建築家との、人間としてのつき合い触れ合いが何もかも決めていくだろうことは、私も信じています。ただ、それに至る過程は今は紙の媒体ではなく、こうしてインターネットによる情報なのだと思うのです。
 そんな思いに至らせてくれたのが、この「イエイリ建設ITラボ」です。

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