将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:星の王子さま

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 私はここで「Le Petit Prince」(日本では「星の王子さま」と邦訳されて出ています)。私は最初に岩波の内藤濯(ないとうあろう)の本で読んでいます。アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリの原作は府中刑務所の中で日仏辞典と一緒に差し入れてもらっています。私は必死に読んだものでした。1969年の3月でしたね。
 もう数ヶ月前に、池澤夏樹さんの新訳の「星の王子さま」も読みました(将門Webにそのことは書いてあると思っています)。
 これをやるのに、最初はポメラで書いて(そのあとパソコンにコピーしてインターネットにUPする)いくつもり」でしたが、けっこう大変なのです。
 これならパソコンで書いて行こうかな。ただし、現在やっている蕪村の俳諧を書くのが終わってからです。

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私が昔書いたことを見つけました。このサイトです。「空と海の青〜まゆの落書きブログ〜」で、書いてありました。
 以下全部引用してもいいのかなとも思うのですが、もういいや、してしまえとばかり以下引用します。

  ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
2004年10月21日 (木)
星の王子さま
639「星の王子さま」サン=テグジュペリ   岩波書店   ★★★
「かんじんなことは、目に見えないんだよ」

 6年前。飛行機がパンクしてしまったサハラ砂漠で、ぼくは小さな星からやってきた王子さまと出会った。長い旅をしてきた王子さまが最後にたどりついた星・地球。彼が捜し求めていたものは・・・。

 実は。初めて読みました(笑)
 ストーリーも知ってるし、いろんな作品に引用されてると「ああ、あれね」と思う。でも、読んだことなかったんです。
 もっともっとメルヘンチックな話かと思っていて。読んでみると、印象違いましたね。
 小さくて美しくてはかない・・・まるで王子さまが大事にしているバラのようなお話でした。
 この本は、テグジュペリの生前に出た唯一の版となった1943年米国オリジナル版そのまま、なんだそうです。(その後出版されたものは挿絵が違うらしい)
 読み終えて感じたことは、「子供の頃に一回読んでおきたかった」ということです。子供の視点で一度読んで、大人になってからまた読み返す、ということをしたかったです。今の私はもうすっかり「大人の視点」で読んでしまっているので。やはり、小学生の頃、図書館で手にとればよかった、と後悔してます。

北原杏子 > まゆさんと同じく、実は私もこれ、ちゃんと読んでないです。やっぱり同じで、アニメになったのを見てたり、引用されたのを読んだりで何となく読んだような気になってました。こういう名作というものは、やっぱり子どもの頃に一度読んでおくべきものなんですねぇ…しみじみ。 (2004/10/22 00:57)

ぱせり > わたし、子どもの時、一度読んでるんです。でも、この本の良さがわかるような子じゃなくて、「なんだか退屈な本」ぐらいにしか思えなかったです。
大人になってから再び出会って、大好きな本になりました。「小さくて美しくてはかない・・・まるで王子さまが大事にしているバラのようなお話でした。」本当にそうですね。いろいろ深い意味がある話なのでしょうけど(よくわからい…)、ただ、切なくて切なくてたまらなく美しいお話、と思って、大切にしています。 (2004/10/22 06:50)

ざしきぼっこ > 私もぱせりさん同様、子供の頃に読んではいるものの、この本の良さが判ったのは大人になってからですね。
まゆさんの説明で気になったのは、はたして私が読んだのはオリジナルの挿絵のものだったのか?と言うことです。なにしろ年賀状の常連(ヘビ年に「帽子」、ひつじ年に「箱」とかを引用)だったので。。 (2004/10/22 09:33)

カリン > まゆさん、はじめまして。小学生の時にたぶん初めて自分で買った本が「星の王子さま」だったと思います。でもその本行方不明(悲)で、今年になってオリジナル版を購入して飾っていました。製本が頑丈…挿絵は?ちがうのね。比較できなくて残念。なんだか・・えらく哀しかったような記憶があります。読むときによって印象になる部分がかわるもんですよね。もう一度(飾ってないで・・・)読んでみますね。 (2004/10/22 13:35)

やまを > 私も小学生の時に読みました。意味がよくわからないのにとても印象に残る話がいっぱいで、気に入って本の場面を絵に描いたりしました。大人になってからは読んでないのですが、読み返すとまた違った感想をもつのでしょうね。 (2004/10/22 20:22)

まゆ > 北原杏子さん、そう、読んだ気になっちゃうんですが、やっぱりちゃんと読んでみると、想像してたのとちょっと雰囲気ちがったり。もっとほわほわした話かと思っていたら、けっこうシビアでした。実はほかにも「読むタイミングを逸した本」、いっぱいあります。
ぱせりさん、おっしゃる通り、大人になってから初めてその良さに気づく本だと思います。でも、子供の頃なんだかよくわからなくても、読んでおきたかったなあとつくづく思いました。「あ、そうだったのか」っていう感動を味わいたかったです。
ざしきぼっこさん、この本は2000年に出版されています。挿絵が違うと言っても微妙なところで、「星が一個足りない」とか「色合いが違う」というくらいらしいです。ひつじ年に箱って素敵ですね。
カリンさん、挿絵の違いといってもごくわずかなので、あんまり気にすることはないようですが、ここまで復刻しようという執念に驚きました。これは図書館から借りてきましたが、買っててもとにおきたいなあと思います。
やまをさん、ぜひぜひ再読をおすすめしますよ。たぶん、大人にならないとわからないだろうな、と読んでて思いました。今読むと、また感じるものがあるはずですよ。 (2004/10/22 21:17)

青子 > まゆさん、私は小学6年生の時に初めて読みました。でも、正直なところ、あんまり感動しなかったんですよね。大人になってからは、すごく好きな本なのでときどき引っ張り出して読んでいます。私にとっては、読むたびに新しい発見のある本です。あと何回くらい読むことになるのかなー。 (2004/10/22 23:37)

まゆ > おそらく、作者がこの物語にこめた想いは、大人にならなきゃわからないものなのではないでしょうか?じゃあ、私が本当にわかったかというと、それはとっても怪しいんですが・・・。私もこれからまた何度か読み返すことになりそうです。 (2004/10/23 00:02)

ありんこ > 私も最近借りてみたんです。まゆさんと同じく、実は内容をよく知らなかったので。でも途中で挫折しちゃいました。なんだか私には難しかったです〜。ちょっと哲学っぽい感じなんですね。かわいい王子様のお話を想像していた私でした。またいつか挑戦してみます〜! (2004/10/23 07:48)

まゆ > ありんこさん、私も途中で「んん?」って思うところがあって、それゆえの星3つなんですが・・・また気が向いたら、ぜひラストまで読んでみてくださいな。終盤はなんともせつなくて・・・。 (2004/10/23 10:09)

カリン > 挿絵のこと氣にしなくていいんですね。微妙な違いと書いてありますね。今まで開けてない私っていったい??昨夜読みました。始めのほうもほとんど忘れていましたこんな難しい本だったとは。記憶なんていい加減なものね。これは大人に向けて書かれていて、たぶん子どもにはわからないと思いました。大人になってもどれだけ氣づけるかどうか?これからも何度も読み返したい本ですね。 (2004/10/23 13:08)

周 >  まゆさん、今ごろになってレスします。
 私にとって、「星の王子さま」はとても難しい物語です。サン=テグジュペリは一体本当はどう考えていたのかな、そもそもこの「星の王子さま」では何を言いたいのかなというのは、私にはまだ判らないところばかりです。私には、彼の他の著作「夜間飛行」「人間の土地」「戦う操縦士」などとは、「星の王子さま」は、なんだかかけ離れた小説のようにしか思えません。ただ共通なところというと、「砂漠、星空、死」という言葉だけでしょうか。
 サン=テグジュペリはナチスに撃ち落とされたと言われていますが、思えば「星の王子さま」は彼が死を覚悟したときの遺書なのかもしれません。
 そういえば、サンテックスは今もコートダジュール沖の海の中に沈んでいるのですね(遺族の要請により、機体や遺体の捜索は行わないという)。
 私が書いた彼の「青春の手紙」という本の書評があります。

 http://shomon.net/books/books9.htm#san サン=テグジュペリ「青春の手紙」

 ここで私の思いはみな書いてありますが、読み直してみて、また書き足りないところを、今度書いてみます。

 私は彼のいくつもの作品を読みますと、何故かどうしても違和感を感じてしまうのですが、それでもこの「星の王子さま」は好きです。なんだかものすごく生々しく感じるところもありまして、サンテックスの資質をいつも考えてしまうのですね。
 たとえば、王子さまが、花と別れてから、星めぐりをしますね。真っ先に訪れた星では、やたらと威張りちらすというか、見栄を張りたがる王様に出会います。あの王様は何でしょうか。なんだか存在が寂しい描き方なように私には思えます。
 この王様は、実はサン=テグジュペリがド・ゴールのことを描いているですよ。サン=テグジュペリはド・ゴールをからかっているんですよ。
 第一次世界大戦では、不敗だったマジノ線でフランスはナチスを防げると考えていたのですが、ドイツ軍はベルギーからいとも簡単フランスに侵入して、フランスは降伏し、ビシー政権が出来ます。だがド・ゴールはそれを認めず、ロンドンに渡り、自由フランス軍を作り、フランス全土にナチスとの戦いの継続を訴えます。サン=テグジュペリは、ビシー政権からもド・ゴール派からも誘われますが、どちらにも与しません。だから彼は両派から非難されます。彼はアメリカに亡命します。そこで書いたのがこの「星の王子さま」なのです。
 そして、また再びナチスと戦うことを決意して志願して、北アフリカに赴きます。思えば、彼には自由フランスを率いるド・ゴールはこのたった独りでいばりちらす王様に見えたのではないでしょうか。なんだか、この王様を思うと、サンテックスの生々しいドゴールへの思いを感じてしまうのです。
 結局彼が属してナチスと戦ったのは、ドゴールの自由フランス軍ではなく、アメリカ軍の偵察隊です。思えば、このことが彼が行方不明で終わった(今も彼の死は明確には確認されていない)ことにもつながったのかなと思います。

 私が唯一フランス語の原典で読んだ本です。そしてやっぱり難しい本です。「サンテックスの遺書だったんだろうな」なんて思を私はいつも思ってしまいます。
(2004/10/24 09:16)

青子 > 横レス失礼します。周さんの「青春の手紙」を拝見しました。メインの遺書云々と少し外れるのですが、何度目かに「星の王子さま」を読んだ時、これはバラの花に寄せるラブレターだと思いました。だから、取り上げられた書簡を見てびっくりしました。やはりちゃんとモデルがいたのですね。なんだかすごく嬉しくなって一言お礼を、ありがとうございました。
原典で読まれるなんてすごいですね。
それと、確か今年、墜落した飛行機が見つかったというような記事を新聞で見かけたような気がします。間違っていたらごめんなさい。 (2004/10/24 10:53)

たばぞう > 私も10歳くらいでこの本を初めて読んで「?」でした。やはり良さがわかるようになったのは大人になってから。青子さんのバラに寄せるラブレターですが、確かちとわがままな奥様だったか恋人だったかがモデルだったような。サン・テグジュペリの伝記はかなり前に読んだので詳細は忘れてしまいましたが・・・。飛行機が見つかった記事は、私も読みましたよ。ただ、去年だったか今年だったかそのあたりがあやしいヘボい私の記憶〜。 (2004/10/24 16:49)

まゆ > カリンさん、そうですねえ。わかるようなわからないような・・・というのが正直なところです。でも、バラと、きつねと、最後のところは好きですね。またいずれ読み返してみたいです。
周さん、詳しいレスをありがとうございます。今の私は、正直言って、周さんのおっしゃりたいことが半分もわかりません。というのは、テグジュペリの著作はこれしか読んだことがないし、その人生についても通り一遍の知識しかないからです。こんなに丁寧に書いてくださったのに、すいません。でも、この作品とだけ向き合ったから感じたものもあるのかな〜という気がします。風刺やら批判やらも織り込まれていますが、テグジュペリのものすご純粋な祈りみたいなものを感じましたよ。
青子さん、飛行機発見のニュース、たしかにありましたね。でも、いつのことだったかは・・・。
たばぞうさん、子供にはわからないでしょうね。でも、やっぱりわからないなりに読んでおきたかったなあと思います。なんとなく、子供じゃないと気づけないようなことがあったんじゃないかな、と。 (2004/10/24 17:40)

周 >  青子さん、レスをありがとう。
 あの書簡の相手のリネットという女性は、はっきり言いまして、嫌な女ですね。ただ、彼女のほうも言い分があるんでしょうね。「大事なのは、ちゃんと生活していくことよ。あなたなんか、そんな危ない飛行機なんか乗らないで、小説家として安定した生活をすればいいのよ」と言いたいのでしょう。それに対して、テグジュペリは、「いや、飛行機に乗って戦うことこそが、私の人間としても義務なんだ」と言っていたのだと思います。ただ、それにしても、この「星の王子さま」の存在が、彼の生涯の一つの光のような思いに私はなります。
 それから、私はこれをフランス語の原典で読みましたといいましても、なにしろ、そのときは、刑務所の中の拘置所だったもので、時間だけはふんだんにあったのです。ただ、読んでいてもけっして愉しい思いは少しもしなかった小説でした。私は独房の中でしたが、テグジュペリも砂漠の中で独りだなという思いばかりでした。(2004/10/26 05:55)

周 >  まゆさん、レス欄が長くなりすぎたかもしれません。
 サンテックスは、できたら他の作品も読んでくださいよ。あまり愉しい作品だとはいえないものが多いのですが。でも彼は飛行機乗りという仕事をしていまして、同僚や友人たちが事故でいろんなところに不時着して(山岳や砂漠の中に)しまうのを目の前にしています。そうした仕事上のことと、大きなこととしては、ナチスによって敗北してしまった祖国フランスがありました。ただ、敗北したと言っても、ビシー政権は、第1次大戦時の祖国をドイツから守り抜いた英雄ペタンが率いる政権でした。戦後になってビシー政権を「ナチスの協力者だ」と断罪できるような時では、その時期にはありませんでした。そして自由フランスを率いるド・ゴールは実に勝手でいばりやです。
 そんなときに、彼はあの「星の王子さま」を書いたのです。
 私は、この「星の王子さま」が好きで、よく人に、この「星の王子さま」のグッズをあげています。70数人にクリスマスプレゼントで、タオルハンカチをあげたこともあります。別な女性たちに、マウスパッドをあげたこともあり
ます。姪の子どもには、王子さまが全面に描かれたリュックをあげたこともあります。そしてそのあげるときに、少し「星の王子さま」とサンテックスのことを喋ります。そして今も地中海に沈んでいる彼のことを言います。機体が発見されても、彼の遺体は見つからないでしょうね。遺体の捜索は行わないというのが、遺族の希望のようですから。やっぱり、今も彼は王子さまと一緒に星めぐりをしているのでしょうかね。 (2004/10/26 06:15)

まゆ > 周さん、ほんとにありがとうございます。そういう背景があったのですね。私は翻訳ものの文体が苦手なので、あまり読まないのですが、そうですね、いずれ機会があったら読んでみたいですね。そうすれば、また作者がこの物語にこめた思いが見えてくるのかもしれません。 (2004/10/26 19:09)
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こうして私が昔書いたことが再び読めて嬉しいです。まゆさん、ありがとう。私は直接お会いしたことはないわけですが、こうして自分が書いたことが、またこうして読むことができて実に嬉しいです。
 そうですね。これを読みまして、「自由フランスを率いるド・ゴールは実に勝手でいばりやです」というところや「70数人にクリスマスプレゼントで、タオルハンカチをあげたこともあります。別な女性たちに、マウスパッドをあげたこともあります。姪の子どもには、王子さまが全面に描かれたリュックをあげたこともあります」を思い出しました。サン=テグジュペリはあまりに純情なのですね。
今週の土曜日25日に兄莞爾の一周忌で我孫子湖北の正泉寺でまたみんな(姪ともその子どもたちとも)と会えるのですが、またこうして嬉しい瞬間を味わうことができます。私の兄莞爾(この名前は2・26革命で死刑で処刑された中島莞爾からつけたものです)の墓の前でこのサンテックスのことも伝えます。
 ああ、まゆさん。貴サイトは私のサイドバーの「将門のブックマーク」でリンクさせてください。

1112082111120822 私は毎年、私のクライアントや神田会や私が通う飲み屋等々の女性に、クリスマスプレゼントをあげています。ちょうど5、6百円のものを探して、一応娘や妻に見てもらってから、「ああ、これならいいんじゃない」ということで、配っています。もう15年くらい続けています。今年は80個配りました。
 このプレゼントを何にするのかというのに、大変に苦労します。もうけっこう長年配っていると、それこそ今年は何にしようかというのに頭を悩ましてしまうのです。娘や妻もよく「今年はこれにしたら」とアドバイスをくれます。
 ところで、今年は「星の王子さま」のタオルハンカチにしました。全部で6種類のハンカチでした。だから、もらった人により絵柄が違います。実に可愛い絵柄で、誰も喜んでもらえました。私は最初これを娘たちに見てもらった夜に、サン=デクジュペリの「星の王子さま」を読み返してみました。
 サン=デクジュペリは、「夜間飛行」とか「戦う操縦士」などという小説を読むよりも、やはりこの「星の王子さま」が一番いいですね。ナチスとの戦闘で、今もコートダジュールの海に沈んでいるサンテックスのことを思います。王子さまのいる星へ行ったのではなく、海に沈んでしまったんだよなんて思ってしまうのですね。
 23日に私の知り合いの女性の結婚式がありました。そこに私の関係の会社の何人かの女性が来るので、このクリスマスプレゼントも用意していきました。結婚した彼女はお色直しが2回で、実にとても綺麗でした。でもでも、この女性はとても頑張り屋なのです。なんだか、披露宴の途中で、彼女の頑張りのけなげさに涙がなんども出てきてしまいました。彼女は結婚しても、必ず何者かに向かって雄々しく闘っていくような姿勢をおおいに感じます。私にはそれがサンテックスの姿にも思えて、なんだかやるせなかったものです。
 サンテックスが恋した女性は、サンテックスが小説で成功したのに、なんでその小説家の道を進まないで、あえてなんでまた操縦士になるのだという不満をサンテックスに述べています。「でも僕は眠れないんだ」と言い放つサンテックスの姿を想像してしまいます。彼はやはりナチスが許せなかったのだろうなと思います。
 彼は結局、星の王子さまとも別れて、ナチスとの戦闘に入ります。そして永遠に海に沈んでしまいました。このごろやっと、彼の乗っていた飛行機がコートダジュール沖に発見されました。それまでは、彼の死そのものは確認されていなかったのです。だが彼の遺族の希望で、この機体の引き上げも、遺体の捜索もしないそうです。
 サンテックスはどうして、もっと気楽に生きれなかったのかなと思います。砂漠で星の王子さまと会えたときが、彼にとってわずかに愉しい思いでだったのでしょうか。
 今年のクリスマスプレゼントを配りながら、こんなことばかり考えていました。

11012910「星の王子さま」といったら、誰でも一度は読んだことのある童話かと思います。作者はアメリカ軍の飛行中隊長として1944年7月31日、フランス本土の偵察飛行に出撃中、コルシカ島沖合いで消息を絶ちました。
 1992年10月16日の毎日新聞の「余録」では、フランスでこのサンテグクジュペリの搭乗機の捜索が始まったといいます。海中音波探知機を備えた船で墜落地点といわれるコートダジュールの海底を探査、発見されれば潜水艦で確認するという。ただし、機体がみつかっても、遺族の希望で引き揚げは行わないということです。
 私はサンテグジュペリが好きで、「夜間飛行」「人間の土地」「戦う操縦士」と読みましたね。でもやはり一番好きなのは、「星の王子さま」でしょうか。私はこの童話を原文で読みたくて、必死にフランス語の辞書と首っぴきで字句をなぞっていたのをよく覚えています。昭和44年4月2日から何日かでしょうかね。よく日付なんか覚えているでしょう。それは、私が東大闘争で勾留されていた府中刑務所の拘置所の中のことだったからです。このときのフランス語の本は府中刑務所の「私本閲読許可証」を貼ったまま、私のすぐそばに今も置いてあります。

 それでここで紹介したいのは、アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリの青春期の書簡集です。1923年秋(23歳)から1931年春(30歳)までの25信です。サンテグジュペリの学友の妹ルネ・ド・ソシーヌに宛てた手紙です。この歳になって読んでいても、自然に涙がわいてくるサンテグジュペリです。私が中学2年のときに始めて読み、その後何度か読み返してきた本です。

書 名 青春の手紙
著 者 サンデクジュペリ
訳 者 小島直記
発行所 大日本雄弁会講談社

  リネット、君は飛行がすばらしいものであることを知っている
  かい? ……ここでは、これはもう遊戯ではなく、その理由で僕
  は飛行を愛するのだ。プールジェでのようにスポーツではなく、
  もっとちがった、説明できない、一種の戦争といえるものなのだ。
  雨の中を夜明けに出発するのはいいものだ。それから夢うつつの
  夜の舞台、スペインからの警報で操縦士を目覚めさせる嵐、ピレ
  ネ山脈の上の濃霧。離陸後、問題を解いている間に誰かは泥の中
  につつ込んでいる。リネット、僕は余りにも死ぬ覚悟をしすぎて
  いるといわれても結構なのだ。(書簡11)

  僕は何故手紙を書くのかわからない。僕は自分に起るつまらぬ
  出来事を打ち明けることのできる親友が欲しい。一体誰に打ち明
  けたらいいのだろう。どうして君を選んだのか僕にはもうわから
  ない。紙は僕の言葉を書きつけさせるのだ。もはや、僕は君の本
  を読むために傾けた顔、僕の太陽であり、大切なお菓子であり、
  夢でもあるやさしい顔を想像できないでいる。僕はやさしい手紙
  を書く、というのも、そのことを信じすぎないようにして、想像
  し直すために。僕は多分自分自身に宛てて書いているのかもわか
 らない。(書簡12)

  僕はね、リネット、すぐに自分をもて余す。だから一生の間に
  何ごともやりとげないだろう。僕はどうしても自由になる必要が
  ある。(書簡14)

  僕は飛行機からとび出したとき、若々しい活力にあふれている
  ことに気がついた。草の上に長々と寝そべって、気持よく自分の
  精力を支え支える、のびのびと手足を伸ばしてみたいものだと考
  えた。漠々とした色々の夢、太陽はこの夢に恵をあたえ、花咲か
  せた。僕には自分が幸せであるいくつもの理由があった。
                                                (書簡17)

  リネット、僕は熟睡する、死人のように眠る、眠りに落ちこむ。
  僕のいった言葉はみな夢となり、夢の中で君は一つの顔しかもた
  なくなる。そして、僕はたしかに君にいったと信じていることを、
  朝までなに一つ覚えていないのに絶望するのだ。僕はもはやカサ
  ブランカにいることすら確かではない。君の存在そのものが確か
  ではない。寝床で眠らせてもらおう、僕は君の目の前で眠るが、
  君はやさしくないようだ。
  リネット、僕にはもう何をする力もない。勇気をふりしぼって
  書いたのだ。    アントワーヌ              (書簡20)

  夜はまったく静かにつづいている。僕もしずかに眠ろう。僕は
  自分の打明話を信じてはいないのだ。僕は自分の大きな遺恨を忘
  れたのではないかとそれが気になる。もしそうだとすれば、これ
  は重大なことなのだ。多分僕は自分の弱さということに良い気持
  になっているのかもわからない。               (書簡25)

 書簡のどこを抜き出してきても同じです。あの「星の王子さま」の語り手の操縦士の姿がどこにでも彷彿してきます。そしてサンテグジュペリはあまりに純情であると思います。しかし誰もこれを笑うことはできません。私たちだって、昔はこんな気持を持っていたはずなのです。彼は飛行機から地上を眺め、そしてこうして手紙を書きます。行間からおわかりになるように、これはリネット(ルネ・ド・ソシーヌ)に対するラブレターなのです。
 彼は飛行しておりたった、さまざまなところから、砂漠の中、南米の港から、孤独の中から手紙を書き、リネットの手紙を熱烈に求めます。しかし、彼女はほとんどそれに応じません。女性の側からいわせれば、「星の王子さま」の王子そのものが大きくなったような、ただ誠実なだけのどんくさい青年のいうことなど、あまり魅力を感じなかったのでしょう。事実彼女は、サンテグジュペリの処女作が世間で評判になりながら、輝かしい作家生活に入らない彼に不満だったようです。彼女はただ世俗的な栄光こそが魅力だったのでしょう。
 彼は失恋し、航空士としての雄々しい義務の世界へ向って行きます。飛行機に乗っていることだけが彼には一番落ち着ける世界だったのでしょう。
 彼は、ナチスドイツに撃墜されたのだろうといわれています。しかし確実な真相はまだ分からないのです。誰しもが想像するように、きっと星の王子さまと一緒に、何処かの星めぐりをしているのだろうと私も思いたいのです。

 だが、サンテグジュペリには、上のような恋のためにというよりは、死を覚悟してもやりぬくことがあると言ってしまうようなところがあります。人間の大義のためには自分の生命も犠牲にすることに意義があるのだというのでしょう。純粋だったとも言えるのかもしれません。

  たとえ、どんなにそれが小さかろうと、ぼくらが、自分たちの
  役割を認識したとき、はじめてぼくらは、幸福になりうる、その
  ときはじめて、ぼくらは平和に生き、平和に死ぬことができる、
  なぜかというのに、生命に意味を与えるものは、また死にも意味
  を与えるはずだから。          (「人間の土地」)

 これは、映画「風の谷のナウシカ」の最後のナウシカが暴走するオームの前に身を投げ出すといいう自己犠牲の精神、神風特攻隊の精神等々と同じです。ひとはどうしても涙してしまいます。とくに若いときには、誰もそういう傾向があるのではないでしょうか。私が靖国神社で見つけたある特攻隊員の辞世、

 きよう咲きて明日散る花の命かな
  いかでその香を清くとどめん

と同じです。サンテグジュペリには、ナチスに蹂躙されるヨーロッパの子どもたちの存在が許せなかったのでしょう。でもこの考え方は残念ながら、ナチズムがもっているものと全く同じと言えるのだと私は思うのです。
 随分前にもアニメの「宇宙戦艦ヤマト」の中の「宇宙の平和のために」「死して宇宙空間に永遠に生きるる」という理念に涙する子どもが実際の映画館の中にいるのをみると、なんらそれが変わっていないことを感じます。
 本来なら、サンテグジュペリがフランスのため、人類のため、美しく戦い、美しく死んだのではなく、死ぬことを恐がり、死ぬことを嫌がり、生きたいと叫んで死んだんだという方が正しいのだと思います。だから私がいうべきなのは

きっと星の王子さまと一緒に、何処かの星めぐりをしているのだろうと私も思いたいのです。

ではなく、

  生きていれば、また星の王子さまに会うこともできたかもしれ
  ないのに、誠に残念なことです。

とでも言うべきなのでしょう。………しかし、私の中にもまだそういいきれない部分が残っているのですね。結局ナウシカの自己犠牲の姿を見て、靖国神社の辞世を読んで、未だ涙する部分が残っている、まだそれを克服できないということでしょう。だから、またこの「青春の手紙」を読んで、どうしても涙する自分もまたいるわけです。(1992.10.18)

11012909 私は日々読みます本の記録を、「将門Webマガジン」に記録するとともに、その後以下にUPしています。

   周の雑読備忘録(現在はありません)

 このページは以下の中に借りているものです。

   本のプロ(現在はありません)

 ここには私なんか足もとにもおよばないほど読書好きの方がたくさんおいでになりまして、魅力的な読書の記録をつけておいでになります。その中でも、私がいつも読んでいますのが、以下のまゆさんのページです。

   読み人の言の葉(現在はありません)

 このまゆさんが、「星の王子さま」のついての読書録を書きましたときに、それについての私の思うところを書込みました。
 それが以下の内容です。

 まゆさん、今ごろになってレスします。
 私にとって、「星の王子さま」はとても難しい物語です。サン=テグジュペリは一体本当はどう考えていたのかな、そもそもこの「星の王子さま」では何を言いたいのかなというのは、私にはまだ判らないところばかりです。私には、彼の他の著作「夜間飛行」「人間の土地」「戦う操縦士」などとは、「星の王子さま」は、なんだかかけ離れた小説のようにしか思えません。ただ共通なところというと、「砂漠、星空、死」という言葉だけでしょうか。
 サン=テグジュペリはナチスに撃ち落とされたと言われていますが、思えば「星の王子さま」は彼が死を覚悟したときの遺書なのかもしれません。
 そういえば、サンテックスは今もコートダジュール沖の海の中に沈んでいるのですね(遺族の要請により、機体や遺体の捜索は行わないという)。
 私が書いた彼の「青春の手紙」という本の書評があります。

  サン=テグジュペリ「青春の手紙」

 ここで私の思いはみな書いてありますが、読み直してみて、また書き足りないところを、今度書いてみます。

 私は彼のいくつもの作品を読みますと、何故かどうしても違和感を感じてしまうのですが、それでもこの「星の王子さま」は好きです。なんだかものすごく生々しく感じるところもありまして、サンテックスの資質をいつも考えてしまうのですね。
 たとえば、王子さまが、花と別れてから、星めぐりをしますね。真っ先に訪れた星では、やたらと威張りちらすというか、見栄を張りたがる王様に出会います。あの王様は何でしょうか。なんだか存在が寂しい描き方なように私には思えます。
 この王様は、実はサン=テグジュペリがド・ゴールのことを描いているですよ。サン=テグジュペリはド・ゴールをからかっているんですよ。
 第一次世界大戦では、不敗だったマジノ線でフランスはナチスを防げると考えていたのですが、ドイツ軍はベルギーからいとも簡単にフランスに侵入して、フランスは降伏し、ビシー政権が出来ます。だがド・ゴールはそれを認めず、ロンドンに渡り、自由フランス軍を作り、フランス全土にナチスとの戦いの継続を訴えます。サン=テグジュペリは、ビシー政権からもド・ゴール派からも誘われますが、どちらにも与しません。だから彼は両派から非難されます。彼はアメリカに亡命します。そこで書いたのがこの「星の王子さま」なのです。
 そして、また再びナチスと戦うことを決意して志願して、北アフリカに赴きます。思えば、彼には自由フランスを率いるド・ゴールはこのたった独りでいばりちらす王様に見えたのではないでしょうか。なんだか、この王様を思うと、サンテックスの生々しいドゴールへの思いを感じてしまうのです。
 結局彼が属してナチスと戦ったのは、ドゴールの自由フランス軍ではなく、アメリカ軍の偵察隊です。思えば、このことが彼が行方不明で終わった(今も彼の死は明確には確認されていない)ことにもつながったのかなと思います。

 私が唯一フランス語の原典で読んだ本です。そしてやっぱり難しい本です。「サンテックスの遺書だったんだろうな」なんて思を私はいつも思ってしまいます。(2004/10/24 09:16)

青子 > 横レス失礼します。周さんの「青春の手紙」を拝見しました。メインの遺書云々と少し外れるのですが、何度目かに「星の王子さま」を読んだ時、これはバラの花に寄せるラブレターだと思いました。だから、取り上げられた書簡を見てびっくりしました。やはりちゃんとモデルがいたのですね。なんだかすごく嬉しくなって一言お礼を、ありがとうございました。原典で読まれるなんてすごいですね。それと、確か今年、墜落した飛行機が見つかったというような記事を新聞で見かけたような気がします。間違っていたらごめんなさい。 (2004/10/24 10:53)

まゆ > 周さん、詳しいレスをありがとうございます。今の私は、正直言って、周さんのおっしゃりたいことが半分もわかりません。というのは、テグジュペリの著作はこれしか読んだことがないし、その人生についても通り一遍の知識しかないからです。こんなに丁寧に書いてくださったのに、すいません。でも、この作品とだけ向き合ったから感じたものもあるのかな~という気がします。風刺やら批判やらも織り込まれていますが、テグジュペリのものすご純粋な祈りみたいなものを感じましたよ。 (2004/10/24 17:40)

 青子さん、レスをありがとう。
 あの書簡の相手のリネットという女性は、はっきり言いまして、嫌な女ですね。ただ、彼女のほうも言い分があるんでしょうね。「大事なのは、ちゃんと生活していくことよ。あなたなんか、そんな危ない飛行機なんか乗らないで、小説家として安定した生活をすればいいのよ」と言いたいのでしょう。それに対して、テグジュペリは、「いや、飛行機に乗って戦うことこそが、私の人間としての義務なんだ」と言っていたのだと思います。ただ、それにしても、この「星の王子さま」の存在が、彼の生涯の一つの光のような思いに私はなります。
 それから、私はこれをフランス語の原典で読みましたといいましても、なにしろ、そのときは、刑務所の中の拘置所だったもので、時間だけはふんだんにあったのです。ただ、読んでいてもけっして愉しい思いは少しもしなかった小説でした。私は独房の中でしたが、テグジュペリも砂漠の中で独りだなという思いばかりでした。(2004/10/26 05:55)

 まゆさん、レス欄が長くなりすぎたかもしれません。
 サンテックスは、できたら他の作品も読んでくださいよ。あまり愉しい作品だとはいえないものが多いのですが。でも彼は飛行機乗りという仕事をしていまして、同僚や友人たちが事故でいろんなところに不時着して(山岳や砂漠の中に)しまうのを目の前にしています。そうした仕事上のことと、大きなこととしては、ナチスによって敗北してしまった祖国フランスがありました。ただ、敗北したと言っても、ビシー政権は、第1次大戦時の祖国をドイツから守り抜いた英雄ペタンが率いる政権でした。戦後になってビシー政権を「ナチスの協力者だ」と断罪できるような時では、その時期にはありませんでした。そして自由フランスを率いるド・ゴールは実に勝手でいばりやです。
 そんなときに、彼はあの「星の王子さま」を書いたのです。
 私は、この「星の王子さま」が好きで、よく人に、この「星の王子さま」のグッズをあげています。70数人にクリスマスプレゼントで、タオルハンカチをあげたこともあります。別な女性たちに、マウスパッドをあげたこともあります。姪の子どもには、王子さまが全面に描かれたリュックをあげたこともあります。そしてそのあげるときに、少し「星の王子さま」とサンテックスのことを喋ります。そして今も地中海に沈んでいる彼のことを言います。機体が発見されても、彼の遺体は見つからないでしょうね。遺体の捜索は行わないというのが、遺族の希望のようですから。やっぱり、今も彼は王子さまと一緒に星めぐりをしているのでしょうかね。 (2004/10/26 06:15)

まゆ > 周さん、ほんとにありがとうございます。そういう背景があったのですね。私は翻訳ものの文体が苦手なので、あまり読まないのですが、そうですね、いずれ機会があったら読んでみたいですね。そうすれば、また作者がこの物語にこめた思いが見えてくるのかもしれません。 (2004/10/26 19:09)

 ときどき、サンテックスのことを思い出すことがあります。いつも、「星の王子さま」とどうしているのかな、なんて思い描いています。現実の世界はものすごく嫌なものが多くて、それでも彼はその中で必死に戦い、そして亡くなりました。もうただただ、私は王子さまの姿と言葉のみを思い出すようにしています。(2004.12.13)

10062803 私が他にもいくつも、この小説について書いていたことを思い出します。そういえば、この「星の王子さま」のいくつものグッツをクリスマスプレゼントで配ったこともありましたね。
 以下に書いています。

  叔父への手紙で

  私から叔父さんへの手紙

 思えば、何度も思い出しているこの「星の王子さま」です。それでこれからも話していくだろうな。このバラの花のこと。怒りっぽい星の王様のこと(これはドゴールのことなのです)。サンテックスはフランス軍の飛行機ではなく、アメリカ軍の偵察機でそのまま行方不明になってしまったのです。

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 東京新聞6月7日朝刊に吉本さんがドストエフスキーに関する意見 の3 に私はドストエフスキーのことを書きました。でも実はこの私の叔父への手紙では、このドストエフスキーのことはほんの僅かなのです。まったく違うことを書いているのです。ほぼ、ロシア人とウクライナ人のことを書いていまして、そして次のようにも書いています。

このごろ私はチェーホフを読み直しています。前に全集を読んでいたのですが、このごろもう昔読んだ翻訳者でない、まったく新しい人たちの訳本がいくつも出版され、それが実にいいのです。
 私はロシアの作家ですと、ソルジェニーツィンが一番好きでしたが、やっぱり今はチェーホフが最高に好きです。

 この叔父は、私の義父の弟で、もう80歳を過ぎています。でもよくパソコンも使っています。そして、よく文章も書いています。
 それで彼が書きました「『星の王子さま』を読む」という文を読みまして、5月24日の手紙に次のように書きました。

「『星の王子さま』を読む」を拝見致しました。私にもこの本は愛読書でありますから、ついいくつものことを考えたものでした。
 この『星の王子さま』の原作の日本での著作権保護期間が2005年1月22日に満了したためか、今本屋にはいくつもの翻訳が並んでいます。私も嬉しくて、いくつかの翻訳本を読んでみたものでした。もちろん最初のときはもちろん内藤濯訳なわけでしたが。
 でも私が最初にこの本を読んだのは、大学2年の終わりのときです。私はそのとき、東大闘争で逮捕起訴されて府中刑務所に勾留されていました。それで3月に、この原書とフランス語の辞書を入れてもらって必死に読んだものでした。そののちに、あとでこの内藤濯訳の『星の王子さま』を読んだものです。

 もちろん、この手紙でもA4の和紙に3枚、このサンテク=ジュペリへのことを書きました。

    叔父は、ある雑誌の中で、またあの戦争の頃の思い出を一番書いているのです。それへの私の思い、感想も、そのうち手紙で書こうと思っています。

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 昨日、私は私の妻の叔父さんへ手紙を書きました。その叔父がある雑誌に書いてある内容について書いたものです。それは『星の王子さま』についての文章でした。
 手紙はA4の和紙に3枚書きました。
 その一部に次のように書きました。

 私は私のホームページで、この『星の王子さま』およびサンテク=ジュペリへの思いを以下のように書いています。

 http://shomon.net/books/books9.htm#san サン=テグジュペリ「青春の手紙」
 
http://shomon.net/bun/reki16.htm#041213 「星の王子さま」について
 
http://shomon.net/bun/reki5.htm#060207 サンテックス『星の王子さま』のことで
 
http://shomon.livedoor.biz/archives/51323549.html 周の雑読備忘録「吉田浩『星の王子さまの謎が解けた』」
 
http://shomon.livedoor.biz/archives/51377228.html 周の雑読備忘録「サン=テグジュペリ『夢をみる言葉』」
 
http://shomon.livedoor.biz/archives/51377977.html 周の雑読備忘録「サン=テグジュペリ『夢をみる言葉』」へのコメント
 
http://shomon.livedoor.biz/archives/51378806.html 周の雑読備忘録「サン=テグジュペリ『夢をみる言葉』」へのコメント へのコメント

 前には、ドストエフスキーのことを私は書きました。これも叔父が書いていたからです。そして、叔父はまた別にあの戦争の思い出を書いているのです。もう80歳を過ぎている叔父ですが、こうして熱心に文章を書き続けることに敬意を感じています。
 私もサン=テクジュペリへの思いを知ってほしくて、こうして手紙で書いたものでした。

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