12071801 Noraさんが『鉄道員(ぽっぽや)』を読んでくれました

鉄道員(浅田次郎) 投稿者:Nora  投稿日:2012年 7月18日(水)21時07分30秒
   周さん、さっそく読んでみました。
『鉄道員』は『ラブ・レター・悪魔・角筈にて・伽羅・うらぼんえ・ろくでなしのサンタ・オリオン座からの招待状』の短編集なのですね。わたしは浅田次郎さんの著作は初めてですが、どれも人間の切ない情をみせていて、最後は希望や救いが描かれていてほっとします。作品の底には人間の温かい思いが流れていてファンタジー仕立てで構成されているところも魅力です。読めば読むほど味わいが出てくるのだと思います。

映画の『ぽっぽや』ぜひ観てみたくなりました。小説の方が素朴で想像力をかきたてられるとは思いますが。映画は映画として楽しめるのだと思います。

 嬉しいです。浅田次郎っていいでしょう。漱石とは大きく違うことが分かると思います。もちろん、漱石も偉大で今読んでもものすごいですけれど(そうねえ、私は太宰治にも感じます)、それに比べて昔の作家はひどかったものですね。いえ、今ある作家とその作品名が思い浮かびましたが、その作家名も作品名も書きません。
 それに比べて浅田次郎は実にいいです。
 そしてね、映画「降旗康男『鉄道員(ぽっぽや)』」もいいですよ。例えば、漱石は修善寺で独りで書いているところがあるでしょう(これはある意味で浅田次郎も同じかもしれない)。でも映画は、大勢の人が集団で作り上げている芸術なのです。
12071802 この『鉄道員(ぽっぽや)』でも、映像の背景に、「テネシーワルツ」が流れるところなんか、浅田次郎さんでは、小説の中では表現のしようがないのですよ。
 私は以下のように書きました。

この映画の中で何度も「テネシーワルツ」が流れます。これは故江利チエミ(高倉健の元の夫人です)の代表曲です。この曲が流れるたびに、私たちは江利チエミを思い出しています。これは浅田次郎の原作にはない物語です。でも見ている私たちにはそれが充分に分かっています。「ああ、健さんも江利チエミを思い出すのだろうな」。乙松も亡き妻静枝を思い出しているのでしょう。

 私はそこで始めて「テネシーワルツ」が分かりました。あの恋人を他の女に取られたという歌が何がいいのか、私には分かりませんでした。まして、江利チエミの「テネシーワルツ」はわけが分かりませんでした。でもこの映画の中で流れている、そして健さんが口ずさむ「テネシーワルツ」(ええとこんなシーンは実はないかもしれません)は実にいいのです。
 このところは、小説を読むだけでは至らない映画の素晴らしさだと思うのです。
 そして、私も本を読んだ感想だけではなく、映画のことも書いていける原動力を得られているのです。