将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:春之部

15051205
221 まだ長ふなる日に春の限りかな(安永五・三・一四)

222 ゆく春や横河(よかは)へのぼるいもの神

223 返哥なき青女房よくれの春(安永五、六)

224 春惜しむ宿やあふみの置火燵
15051206
 ちょうど今が224の「春惜しむ」という季節です。ものすごくそれを感じます。今は春を感じられない季節感なのですが、この句で実に「春ももう終わりだ」と感じられます。暑い夏になるのですね。15051207

15050106
216 洗足(せんそく)の盥も漏りてゆく春や(明和六・三・一〇)

217 けふのみの春をあるひて仕舞けり(明和六・三・一〇)

    召波(そうは)の別業に遊びて
218 行春や白き花見ゆ垣のひま(安永七)

219 春をしむ座主の聯句(れんぐ)に召れけり(安永九・三)

220 行春やむらさきさむる筑波山(やま)(安永三・三)
15050107
 ちょうど今の5月(旧暦では5月は夏ですが)が「春をしむ」という季節でしょう。今は大変に暑いのですが、やはり春を感じています。今日孫たちが来たら、このことを言いましょう。いや伝えてもじいじの言うことは通じないかなあ。15051505

15050101
211 菜の花や鯨もよらず海暮ぬ(安永七〜天明三)

    春夜蘆会
212 炉塞(ろふさい)で南阮の風呂に入(いる)身哉(天明元・二・一四)

213 炉ふさぎや床は維摩(ゆいま)に掛替(かけかは)る(明和年間)

    暮春
214 ゆく春や逡巡(しゅんじゅん)として遅ざくら(天明三)

215 行(ゆく)春や撰者をうらむ哥の主(明和六・三・一〇)
15050102
 菜の花を見て、綺麗な花だと思ったことはないのですが、こう思うこともあるのかなあ。いえ、蕪村は綺麗だと言っているわけではないのですが。214の「遅ざくら」って何なのかなあ。思えば八重桜なんて、遅く咲くよね。
 菜の花も遅ざくらも私には分からないことだらけです。15050103

15042914
206 人なき日藤に培う法師かな

207 山もとに米踏ム音や藤のはな

208 うつむけに春うちあけて藤の花(明和年間)

春景
209 菜の花や月は東に日は西に(安永三・三・二三)

210 なのはなや笋(たけのこ)見ゆる小風呂敷(安永七〜天明三)
15042915
 209の「菜の花や月は東に日は西に」を詠んで私は落ち着きます。見事な句であり、その詩の総てが見えてくる思いです。そうなのだなあ。210の「笋(たけのこ)見ゆる」でもいいなあ、という思いです。藤の花が出てきまして、その花を思い浮かべました。15042916

15042908
201 春の夕(くれ)たえなむとする香(かう)をつぐ(天明三)

202 花ちりて木間(このま)の寺と成(なり)にけり(明和六・三・一〇)

203 苗代や鞍馬の桜ちりにけり(明和年間)

204 甲斐がねに雲こそかゝれ梨の花(安永五・三・一〇)

205 梨の花月に書(ふ)ミよむ女あり(明和年間)
15042909
 もう桜が散ったのですね。204と205の「梨の花」って私には分からないのですが、これだけ花がたくさん出てくると、ちゃんと知るべきだなあ。花には私は苦手意識があって、だからこそよく人に花を贈るのでしたが、ちゃんと花をもっと知っていこうかなあ。
15042910

15042905
   やごとなき御かたの、かざりおろさせ給ひて、かゝるさびしき地にすみ給ひけるにや
196 小冠者出て花見る人を咎けり(安永五)

197 にほひある衣(きぬ)も畳まず春の暮(安永九・三・二〇)

198 誰(たが)ためのひくき枕ぞはるのくれ(安永九・三・二〇)

199 閉帳(へいちょう)の錦たれたり春の暮(安永七〜天明三)

200 うたゝ寝のさむれば春の日くれたり(安永七〜天明三)
15042906
 196の「小冠者出て」というところで、昨日の私の孫三人を思い出しました。この子のようには生意気ではないですが、もうこの三人は大変です。でも可愛くてたまらないじいじなのです。でももう一人のじゅにが今入院したのですが(一昨日)、またこの子のことを思っていきます。大変なことが続くのですね。会いに行きたいです。
15042907

15042219
191 居(すゑ)風呂に後夜(ごや)きく花のもどりかな(安永九・二・一五)

192 鶯のたまたま啼(なく)や花の山(安永九・二・一五)

193 ねぶたさの春は御室(おむろ)の花よりぞ(安永八)

一片花飛減却春
194 さくら狩美人の春や減却す(安永六)

195 花の幕兼好を覗く女あり(明和六・三・一〇)

15042901
 195を読みまして、こんなところにも「吉田兼好『徒然草』」が出てくるのですね。私は高校生の時から『徒然草』は大嫌いでした(「清少納言『枕草子』」は好きでしたが)。でももうちゃんと読まないといけないのだなあ。「嫌い」というだけでは、だめなのです。15042902

15042803
 雨日嵐山に遊ぶ
186 筏士の蓑やあらしの花衣(天明三)

187 傾城は後の世かけて花見かな(安永九・二・一五)

188 花に舞ハで帰(かえる)さにくし白拍子(安永九・二・一五)

189 花に来て花にい(ゐ)ねぶるいとま哉(安永九・二・一五)

     なには人の木や町にやどりゐしを訪ひて
190 花を踏し草履も見えて朝寝哉
15042804
「傾城」とか「白拍子」という言葉が出てきて私は驚きました。蕪村もそういう世界も知っていたのだ。もう当たり前の教養人だもなのな。教養人はこうした世界にも堪能なのです。これで高杉晋作の「三千世界の鴉(からす)を殺し、主(ぬし)と朝寝がしてみたい」という都々逸を思い出しました。15042805

15042215
 高野(かうや)を下る日
181 かくれ住(すみ)て花に真田が謡かな(安永九・二・一五)

182 玉川に高野(こうや)ヽ(の)花や流れ去(安永九・二・一五)

183 なら道や当帰ばたけの花一木(ひとき)(天明三)

   日暮るゝほど嵐山を出る
184 嵯峨へ帰る人はいづこの花に暮し(安永九)

185 花の香や嵯峨のともし火消(きゆ)る時(安永六)
15042216
 181の真田とは九度山に隠栖した真田昌之・幸村親子のことだとのことです。そうなのか、けっこう知られていたことだったのだな。宮本武蔵もここを尋ねたときに誘われたと聴いています。もう有名なことだったのだなあ。
これで私にはごく親しい世界になってきたものです。そんなことを知っていて、ここに書いている蕪村の存在っていいものだなあ。15042217

15042212
176 花に遠く桜に近しよしの川(天明二)

177 花に暮(くれ)て我(わが)家遠き野道かな(安永二・三・七)

178 花ちるやおもたき笈(おひ)のうしろより(安永九・二・一五)

179 花の御能(おのう)過(すぎ)て夜を泣ク難波人(安永九・二・一五)

180 阿古久(あこく)曾のさしぬきふるふ落花哉(天明二)
15042213
 もう5月になってしまい、私の好きな桜の花を見られません。でも明日5月2日には私の次女ブルータスの家で家族10人で会うことができます。みんな好きだろうケーキ(ちょっとケーキとはいえないのかな)も用意できました(明日到着するはずです)。
 そうした瞬間を用意できて私は嬉しいです。また蕪村の詩を思い浮かべていくでしょう。15042214

15042502
171 まだきとも散リしとも見ゆれ山桜(安永七〜天明三)

172 嵯峨ひと日閑院様のさくら哉(安永七〜天明三)

173 みよし野ゝちか道寒し山桜>(天明二)

174 旅人の鼻まだ寒し初ざくら(天明二)

175 海手より日は照りつけて山ざくら(安永四・二・一〇)
15042801
 こうして山桜が出てくると、本居宣長の「しき嶋のやまとごゝろを人とはゞ朝日にゝほふ山ざくら花」を思い出します。この歌にある山桜を思いながら宣長の心を思います。私たちが見ている桜とは違うものなのでしょうね。もっと今の桜のほうが綺麗なようです。美しいと言っていいでしょうね。
 今「愛整骨院」にあわてて行って帰ってきました。私が開始時間を間違えて記憶していたのです。しょうがない駄目な私です。15042802

15042206
 暁台(けいたい)が伏水(ふしみ)・嵯峨に遊べるに伴ひて
166 夜桃林を出てあかつき嵯峨の桜人(安永五・二)

167 暮んとす春をゝしほの山ざくら(安永五・二・二〇)

168 銭買(かう)て入るやよしのゝ山ざくら(安永五・二・二〇)

   糸桜賛
169 ゆき暮て雨もる宿やいとざくら(安永二・三・七)

170 哥屑の松に吹れて山ざくら(安永九・三・二〇)
15042207
 どうしても170の「哥屑の松」の『「哥」をどうやって画面に出そうか』なんてことばかり考えてしまいます。蕪村はパソコンでインターネットに書くなんてことを少しも想定していないのですから、仕方のないことです。でも同様に、これからもたくさんの新しい事態が生まれてくるのですね。そして私にはその私の未来に来るのだろう多くの事態が想像もできません。悔しいと同時に納得もしています。15042208

15041323
161 几巾(いかのぼり)きのふの空のありどころ(明和六)

162 やぶいりのまたいで過ぎぬ几巾(いか)の糸(安永七〜天明三)

163 木(こ)の下が蹄(ひづめ)のかぜや散(ちる)さくら(明和七)

164 手まくらの夢はかざしの桜哉(安永三・一・二七)

165 剛力(がうりき)は徒(タダ)に見過ぬ山ざくら(安永五・二・一〇)
15041324
 162の「やぶいり」って何だっけ?ということで、インターネットで見てみました。ウィキペディアには、以下のようにあります。「藪入り(やぶいり)とは、かつて商家などに住み込み奉公していた丁稚や女中など奉公人が実家へと帰ることのできた休日。1月16日と7月16日がその日に当たっていた。」
「そうか、そうだったな」ということで、こうして正確に知ることはいいです。パソコンとインターネットとウィキペディアにものすごく感謝します。15041325

15041320
156 雛祭る都はづれや桃の月

157 喰ふて寝て牛にならばや桃花(もものはな)(明和年間)

158 商人(あきんど)を吼(ほゆ)る犬ありもゝ花(安永二・三・七)

159 さくらより桃にしたしき小家(こいえ)哉

160 家中衆(かちゅうしゅ)にさむしろ振ふもゝの宿(安永七〜天明三)

15041321
 私は果物は嫌いでした。でもこうして蕪村が桃を書いているのを知り、桃は好きになろうと思いました。
 雛人形は娘二人の家に贈りまして、それぞれポニョとじゅにを思いこれも好きになりました。みーねえが雛人形が誰も見ていないところでお菓子を食べるのじゃないかとこっそり見張っていたことを思い出します。私があげた素敵なお菓子でした。
15041322

15041318
   上巳(じょうし)
151 古雛(ふるびな)やむかしの人の袖几帳(そできちょう)(安永七〜天明三)

152 箱を出る貌(かほ)わすれめや雛ニ対(安永七〜天明三)

153 たらちねのつまゝずありや雛の鼻(安永七〜天明三)

154 出代(でがわり)や春さめざめと古葛籠(つづら)(明和年間)

155 雛見世(ひなみせ)の灯(ひ)を引(ひく)ころや春の雨(明和六)
15041319
 こうして蕪村の俳句を詠んでいきますと、俳諧をどうしても思うのです。今は五七五で文字を並べただけでは俳句とはいえないのでしょうが、石川力夫が府中刑務所の独房の壁に「大笑い三十年の馬鹿騒ぎ」と書いて自殺したことを思います。私のいた府中刑務所にもあんなことがあったのですね。私の孫じゅにが最初府中の東京子ども病院へ救急車で運ばれたのですが、そのときにタクシーの中から府中刑務所の壁を見て、ちらとこのことも思ったものでした。K15041567

15041801
146 つゝじ野やあらぬところに麦畑

147 つゝじ咲て石移したる嬉しさよ

148 近道へ出てうれし野ゝ躑躅(つつじ)哉

149 つゝじ咲て片山道の飯(めし)白し

150 岩に腰我頼光のつゝじ哉
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 こうしてつゝじの季節になったのですね。150で大江山の酒呑童子(しゅてんどうじ)を退治した源頼光(みなもとのよりみち・らいこう、948〜1021年8月29日)が出てきます。典型的な摂津源氏ですね。酒呑童子は越後の生まれとも言われています。鬼ではなく、大盗賊だったのでしょう。この鬼退治をした中に坂田金時、金太郎がいました。
 ここには、その源頼光と酒呑童子の画を載せます。蕪村の時代にはこうした伝説がもう今と同じ物語になっていたのですね。
15041804
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15041329
   加久(かく)夜長帯刀(やたちはきのをさ)もの也けり。古曾部(こそべ)の入道はじめてのげざんに、引出物見みすべきとて、錦の小袋をさがしもとめける風流などをおもひ出(いで)つゝ、すゞろ春色にたへず侍れば
141 山吹や井(ゐ)手を流るゝ鉋屑(天明二・一二)

142 居(すわ)りたる舟を上ればすみれ哉(明和年間)

143 骨(こつ)拾う人にしたしき菫かな(安永七〜天明三)

144 わらび野やいざ物焚(たか)ん枯(かれ)つゝじ(明和年間)

145 野とゝもに焼(やく)る地蔵のしきみ哉(明和年間)
15041330
 これはどの句もその絵が見えてきます。143を詠んで、私も何度も骨を拾ってきたものです。ああ、あの時はどうだった、彼の骨はこう拾った、彼女の骨はこうだったと思い出したものです。思い出せば、何度もあるのですね。
15041331

15041305
136 うつゝなきみごゝろの胡蝶哉(安永二・一・二七)

137 暁の雨やすぐろの薄(すすき)はら(安永五)

138 よもすがら音なき雨や種俵(安永九・二・一五)

139 古河の流を引(ひき)つ種おろし(安永九・二・一五)

140 しのゝめに小雨降出す焼野哉(明和年間)
15041306
 これを読んで、少しは俳句というものが江戸時代の庶民にも身近になってきた気がします。そうして俳句はみんなに親しまれてきたのかなあ。いやこれらは私にはよく分からないのですが、芭蕉の時代よりは前に進んだ気がしています。
15041307

15041201
131 閣(かく)に座して遠き蛙をきく夜哉(安永四、二)

132 苗代(なわしろ)の色紙に遊ぶかはづかな(天明二)

133 日は日くれよ夜は夜明ケよと啼蛙(天明三・二)

134 連哥(れんが)してもどる夜鳥羽の蛙哉(天明三)

135 独鈷(とくこ)鎌首水かけ論のかはづかな(明和八)
15041301
 135の「独鈷(とくこ)鎌首水かけ論」とは六〇〇番歌合わせの際のある二人の論争を言うようです。「あれは水掛け論だ」と見られてしまうことが当時もあったのですね(今もあるのですが)。15041302

15040705
126 野ばかまの法師が旅や春のかぜ(安永七、九)

127 片町にさらさ染(そむ)るや春のかぜ(安永七、九)

128 のうれんに東風吹(ふく)いせの出店哉(安永八)

129 河内路(ぢ)や東風吹(ふき)送る巫女が袖(安永八)

   几董(きとう)が蛙(かはづ)合(あはせ)催しけるに
130 月に聞(きき)て蛙(かはづ)ながむる田面(たのも)かな(安永四、二)
15040706
 126の「野ばかま」というのは註にこうあります。「武士の旅行用に着用した袴」ということです。なるほどなあ。127の「さらさ」は南蛮渡来のシャムロ染めという華麗な染色ということです。これもなるほどなあ、と思います。
15040707

15040701
121 大津絵に糞落としゆく燕かな(安永七・一二)

122 大和路の宮もわら屋もつばめ哉(安永八)

123 つばくらや水田(みづた)の風に吹(ふか)れ側(がわ註)(安永三・二・二一)

124 燕啼て夜蛇をうつ小家哉(安永二・二)

   無為庵会
125 曙のむらさきの幕や春の風(安永七、九)
15040702
(註)この字も違うのです。白の下に八を書くのですが、漢字は見つけられましたが、将門Web上に書くことができません。そして読みは今回は「がは」です。
 こうして今回も「大和路」という言葉から関西を思います。今回も「ああ、そうだ。蕪村は関西なのだよなあ」。また芭蕉の「奥の細道」を思うのです。
15040703

15040504
    懐旧
116 遅き日のつもりて遠きむかしかな

117 春の海終日(ひねもす)のたりのたり哉

118 畠(はた)うつや鳥さへ啼(なか)ぬ山かげに

119 耕(たがやす)や五石の粟(ぞく)のあるじ貌(註)

120 飛(とび)かはすたけごゝろや親雀
15040505
(註)ここも105の註で書きました通りです。
 117の句は「春の海ひねもすのたりのたりかな」と覚えていました。こうした漢字熟語を使うのですね。蕪村の海を見ている視線を思います。この海は大阪湾なのだろうか。そうするとこの蕪村の目の前にある海が私も想像できます。私は鎌倉でウインドサーフィンに乗ったときの海を想像していたものでした。
15040506

15040102
111 畑うちや法三章の札(ふだ)のもと

112 きじ啼くや草の武蔵の八平氏

113 きじ鳴(なく)や坂を下(くだり)の駅舎(えきやどり)

    西山遅日(せいざんちじつ)
114 山鳥の尾をふむ春の入日(いりひ)哉

115 遅(おそキ)日や雉子の下りゐる橋の上
15040103
 111の法三章とは註に前漢の劉邦がその前の秦の苛政を改め法をわすか三章としたことをいうそうです。でも今でも秦の始皇帝は中国では大変にほめられてもいるから、難しいですね。私は蕪村の感じるとおりだと思います。
 112の「武蔵の八平氏」とは、秩父・畠山・長野・江戸・渋谷・川越・豊島・稲毛の八氏だということです。関東は平氏が多いのだよな。いや源家も多いですが。
15040104
 画像はおはぎ家族がディズニーランドから御土産で持ってきてくれたコーヒーです。私はこれで実に40年ぶりくらいにコーヒーを飲みました。また当分口にはしないでしょう。

15033007
    琴心(きんしん)挑美人(びじんにいどむ)
106 妹(いも)が垣根さみせん草の花咲ぬ

107 紅梅や比丘より劣る比丘尼寺(びくにてら)

108 紅梅の落花燃らむ馬の糞

109 垣越(かきごし)にものうちかたる接木哉

110 裏門の寺に逢着(ほうちゃく)す蓬(よもぎ)かな

15033008
 私は108の「紅梅の落花燃らむ馬の糞」ついて、過去こう書いています。

百姓の働くつらさと地車をひいている男の姿を見ている蕪村の視線を感じます。

紅梅の落花燃ゆらむ馬の糞

紅梅の咲く寒い日にも、馬車を動かしている男たちがいます。
こうした蕪村の持つ二つの面、ものを写実的にとらえ表現できる感性と、時代の流れの中のつらい面を知りながら、それをただ見ていることしかできないつらい感性が感じられます。

15033009
こうして蕪村は見ていることしかできない「つらい感性」をいっぱい感じたことでしょう。
 このことを今は私こそが大いに感じているところです。

15033003
101 柴刈に砦を出るや雉の声

102 亀山へ通ふ大工やきじの声

103 兀山(はげやま)や何にかくれてきじのこゑ

104 むくと起(おき)て雉追ふ犬や宝でら

105 木瓜(ぼけ)の陰に貌(註)類(かほたぐ)ひ住(す)きゞす哉
15033004
(註)この字は違うのです。白の下に八を書くのですが、漢字は見つけられましたが、将門Web上に書くことができません。なんか、情けないです。
 きじがいくつも歌われています。でもここでも「俳う」と書いても、「うたう」とは読まないよね。私の父の家の庭には鶯は来ましたが、きじはなかったと思いますね。この蕪村は私より230年昔の人ですが、もう大きく違っているのだなあ。それを大きく感じます。15033005

15033015
   芭蕉菴会
96 畑(はた)うつやうごかぬ雲もなくなありぬ

97 はた打(うち)よこちの在所の鐘が鳴(なる)

98 畑打(うつ)や木間(このま)の寺の鐘供養

   小原
99 春雨の中におぼろの清水哉

100 日くるゝに雉子(きじ)うつ春の山辺かな
15033016
 けっこうポメラにいくつもの蕪村の俳句を書きました。ばあばが帰って来るまで時間があったからです。
「芭蕉菴」とは京都一乗寺村の金福寺に蕪村らに建てられた草庵だということです。江戸深川の芭蕉菴(こちらは芭蕉が建てた)とはえらく赴きが違います(深川の芭蕉菴は随分前に私は訪れました)。いろいろと芭蕉と蕪村は違いますね。それをものすごく感じています。
15033017

15032920
91 雁(かり)行(ゆき)て門田も遠くおもはるゝ(安永五)

92 帰る雁(かり)田ごとの月の曇る夜に

93 きのふ去(い)けふいひ雁のなき夜哉(明和七前)

   郊外
94 陽炎や名もしらぬ虫の白き飛(とぶ)(安永四・一)

95 かげろふや簀(あじか)に土をめづる人(安永三・一二)
15032921
この95の「簀(あじか)」を「漢語林」で登録しました。このパソコンのMS-IMEで登録してポメラでも登録します。この二つで登録するのは面倒なのですが(それに間違えてしまいます)、でも今のところ(当分かなあ、いや永遠に続くのかなあ)仕方ないですね。 こうして蕪村の俳句をしながら、いくつものことを思います。ただただ、京都へ行って私の友人にこの愚痴を喋りたいです。
 そんな日が来てくれるのかなあ。
15033012

15032915
   ある人のもとにて
86 命婦(みょうぶ)よりぼた餅たばす彼岸哉

87 そこそこに京見過しぬ田にし売(明和初)

88 なつかしき津守の里や田螺あへ(安永五・二・二〇)

89 静さに堪えて水澄(すむ)たにしかな(安永五・二・二〇)

90 鴈(かり)立(たち)て驚破(ソヨヤ)田にしの戸を閉(とづ)る(安永五・二・二〇)

15032916
 田螺を売っているのですね。今度食べるときには蕪村を思い出します。こうして田螺を食べるのは日本人だけかなあ。
 ぼた餅を食べるのも日本人だけかなあ。私は今も食べられませんが(もう50数年口に入れていません)、今度は口に入れてみようかなあ。あ、少しだけ口に入れてみればいいのだ。
15032917

15032912
81 玉人(タマスリ)の座右(ざいう)にひらくつばき哉(安永八)

82 初午(はつうま)やその家いへの袖だゝみ(明和六)

83 はつむまや鳥羽四塚(よつづか)の鶏の声(安永七、八)

84 初午(はつうま)や物種(ものだね)うりに日のあたる(明和六)

85 莟(つぼみ)とはなれもしらずよ蕗のとう(明和八)
15032913
 蕪村は私は俳人の中では一番親しい思いでした。でもそんな私の思いを見事私は裏切っています。私は全然分かっていなかったのです。これなら芭蕉もやってみるかなあ。私の安易な思いが見事あわらになるのですね。これは実に情けないことです。
 もっともっと親しくなっていくべきだなあ。
15032914

15032908
76 柴漬(ふしずけ)の沈みもやらで春の雨(天明二)

77 春雨やいさよふ月の海半(安永三・二)

78 はるさめや綱が袂(たもと)に小(こ)で(ぢやう)うちん(明和六・二・一〇)

   ある隠士のもとにて
79 古庭に茶筌(ちゃせん)花さく椿かな(明和六・二・一〇)

80 あぢきなや椿落(おち)うづむにはたずみ(安永三・一)
15032909
 毎回のことですが、今回は79の「茶筌(ちゃせん)」の筌の字を出すのが大変でした。そしてまたそれを単語登録するのも大変なのですね。私は「単語登録」もどうやったらいいのか明確に分からなくなってしまっているのです。
 思えば、こうして文庫本に載せていくのも大変だろうな。活字を作ってしまうのも大変なことです。だから蕪村にはできるだけ、ううん、何をお願いするべきなのかなあ。
15032910

15032904
71 滝口に燈(ひ)を呼(よぶ)声や春の雨(安永三・二)

72 ぬなは生ふ池の水(み)かさや春の雨(安永四・二)

   夢中吟
73 春雨やもの書(かか)ぬ身のあわれなる(安永五・二)

74 はるさめや暮なんとしてけふも有(天明二)

75 春雨やものがたりゆく蓑と傘(天明二)
15032904
この5つの句すべてで「春の雨」「春雨」が使われています。いつもこの3月だと、ヘルマン・ヘッセの「春の嵐」を思い出すのですが(けっこう激しい嵐が吹き荒れますね)、いよいよ春が寒い冬を追い払うのですね。ああ、孫に会ってこの激しい嵐のことも喋りたいな。
 それに私は75の「蓑と傘」の傘は持っているのです。背中のリュックサックには常時傘が入っています。今蓑はどうしようかなあと真剣に思いました。
15032905

15032901
66 蛇を追ふ鱒のおもひや春の水(安永七〜天明三)

   西の京にばけもの栖(すみ)て、久しくあれ果たる家有けり。今は其(その)さたなくて
67 春雨や人住て煙(けぶり)壁を洩(も)る(明和六・二・一〇)

68 物種(もろだね)の袋ぬらしつ春のあめ(明和六・二・一〇)

69 春雨や身にふる頭巾着たけり(明和六・二・一〇)

70 春雨や小磯の小貝ぬるゝほど(明和六・二・一〇)
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 67の「西の京にばけもの栖(すみ)て」ってどういうことだろうと思ったわけなのですが、註にも何もありません。京都の西ということかなあ。
 今は春雨が振る季節なのですね。15032903

15032901
61 橋なくて日暮んとする春の水(安永四・一)

62 春水や四条五条の橋の下(安永七〜天明三)

63 足よはのわたりて濁るはるの水(安永七〜天明三)

64 春の水背戸に田作らんとぞ思ふ(安永七〜天明三)

65 春の水うたゝ鵜縄(うなは)の稽古哉(安永七〜天明三)
15032902
 63の「足よはの」とは女子どものことだと註にあります。62の「四条五条の橋の下」とは加茂川を渡る橋のことかなあ。そう思うと景色が浮かんできます。なんだか京都へ行きたくなりました。そして加茂川(鴨川)を見て先斗町で飲んでいたい気持がわいてきます。
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15032601
56 よき人を宿す小家や朧月(安永三・二・二一)

57 さしぬきを足でぬぐ夜や朧月(安永八)

   野望
58 草霞み水に声なき日ぐれ哉

59 指南車を胡地に引去る日ぐれ哉(安永三・一二)

60 高麗(こま)舟のよらで過ゆく霞かな(明和六)
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 59の「指南車」とは、車上の人が常に南をさすように作った車だといいます。黄帝が蚩尤(しゆう)を討つために作ったものだと註に書いてあります。私は諸葛亮孔明が作ったものだとばかり思っていました。この上の像はその蚩尤です。
 高麗(こま)を私は(こうらい)と読んでいました。しっかり蕪村の俳句も詠んでいかないとならないなあ。
 なお58には制作の年月日は記してありません。15032801
 今玄関の花を撮りました。

15032006
51 折釘に烏帽子かけたり春の宿(安永五・三・一〇)

52 公達に狐(きつね)化(ばけ)たり宵の春(安永七〜天明三)

   もろこしの詩格は千金の宵をゝしみ、我が朝(てう)の哥人はむらさきの曙を賞す
53 春の夜や宵あけぼのゝ其中に(安永二・一・二七)

54 女倶(をんなぐ)して内裏拝まんおぼろ月(明和九)

55 薬盗む女やは有おぼろ月(明和年間)

15032007
「漢字林」ははずすことができません。インターネットで読んだのですが、英語の筆記体を見事書けるのは日本の60代の女性だといいます。米国人はもはや筆記体が大部分実際に手で書けません。フランス人も大部分の人は筆記体を手で書くこと(大文字の筆記体)はできません。今回も53の「哥人」は大変です。「漢字林」とインターネットがあって始めて画面上に記(しる)すことができます。
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15032001
   几董(きとう)とわきのはまにあそびし時
46 筋(すぢ)違(かひ)にふとん敷(しき)たり宵の春(安永七・三)

47 肘(ひぢ)白き僧のかり寝や宵の春(明和六・三・一〇)

48 春の夜に尊き御所を守(もる)身かな(明和六・三・一〇)

49 春月(しゅんげつ)や印金(いんきん)堂の木間(このま)より(安永四・二)

   春夜聞琴
50 瀟湘(せいしょう)の鴈(かり)のなみだやおぼろ月(安永四・二)
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 なんとしてもやりぬく所存です。いくつもの漢字を出すのに「漢字林」とインターネットに頼りきりです。やがては「俺は蕪村についてはやったのだ」といえるだろうと思い、それだけが頼りです。鎌倉で実朝と話すときに、「私は俳諧の蕪村もやったのです」といい、実朝の怪訝な顔を想像します。
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15030606
41 養父入(やぶいり)や鉄○(かね)(註1)もらひ来る傘の下(安永七〜天明三)

42 やぶ入は中山寺の男かな(安永七・一二)

   人日(じんじつ)
43 七(なな)くさや袴(はかま)の紐の片むすび(安永五・一)

44 これきりに径(こみち)尽たり芹の中(明和年間)

45 古寺(ふるでら)やほうろく捨(すつ)るせりの中(安永七〜天明三)
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(註1)「しょう」という字なのですが、「漢字林」で見つけられてもここでは出せない私なのです。なかなか漢字を出すのは大変なのです。
 45の「ほうろく」は焙烙のことです。素焼の平たいなべです。蕪村の目の前ではこうした鍋も捨ててしまう世の中なのです。それを蕪村はこうして俳句で詠むだけなのです。何か今も言えていることかなあ、と思ったものです。
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   早春
36 なには女(め)や京を寒がる御忌詣(ぎょきまうで)(明和六・一・一四)

37 御忌(ぎょき)の鐘ひヾくや谷の氷まで(安永四・一・二五)

38 やぶ入の夢や小豆の煮るうち(明和年間)

39 藪いりやよそ目ながらの愛宕山(さん)(安永七・一二)

40 やぶいりや守袋をわすれ草(安永七〜天明三)
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「やぶいり」という言葉が出てきます。ウィキペディアでは、次のようにあります。

薮入りとは、かつて商家などに住み込み奉公していた丁稚や女中など奉公人が実家へと帰ることのできた休日。1月16日と7月16日がその日に当たっていた。

 なるほどな。だからこれは1月16日のことなのだなあ。
「守袋」もインターネットで検索します。この画像が出てきて、私は熱心に読みます。
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15030506
31 燈(ひ)置(お)カで人あるさまや梅が宿(天明二)

   あらむつかしの仮名遣ひやな。字儀に害あらずんば、アヽまヽよ
32 梅咲(さき)ぬどれがむめやらうめじややら(安永五)

33 しら梅の枯木にもどる月夜哉(明和七前)

34 小豆(あづき)売(うる)小家の梅のつぼみがち(安永七〜天明三)

35 梅遠(をち)近(こち)南(みんなみ)北すべく(安永六・一・一四)
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 梅を見ています。私もこの季節梅を見ています(記憶にあるのは白梅です)。
 ここの一番上の写真はここのサイドバーにあるメヌエット(我孫子駅北口にあります)のケーキです。今度また行ったときに、義姉や姪やその息子たちに持っていきます。15030602

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   摺子木(すりこぎ)で重箱を洗ふがごとくせよとは、政(まつりごと)の厳刻なるをいましめ給ふ。賢き御代の春にあふて
26 隅ヽ(すみずみ)に残る寒さやうめの花(天明元)

27 しら梅や北野ヽ(の)茶店(ちゃや)にすまひ取(とり)(安永七・一二)

28 うめ散るや螺鈿(らでん)こぼるヽ卓(しょく)の上(安永七〜天明二)

29 梅咲いて帯買ふ室(むろ)の遊女かな(安永七〜天明三)

30 原八(げんぱち)をわたりて梅のあるじ哉(安永七〜天明二)
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「原八(げんぱち)をわたりて」というのは、大阪市の淀川の渡し場で、桜宮に近いところのようです。私は蕪村を芭蕉と同じように江戸に住んでいた(芭蕉は伊賀上野の出なのですが)と思い込んでいましたが、自分の無知をまた確認しました。
『「蕪村俳句集」5』で、「だが私は新たに知りました。もっと先に知っているべきだったのだなあ」と書いたことですが、「注」を書かれた尾形仂(つとむ)さんがすべてをやってくれたのです。彼のことはウィキペディアで経歴を読みました。芭蕉についてもいっぱい書かれているのですね。15022617

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21 白梅(はくばい)や墨芳しき鴻○館(安永四・一)

22 しら梅や誰むかしより垣の外(安永四・閏一二)

23 舞ヽ(まひまひ)の場(には)もふけたり梅がもと(安永五)

24 出(いづ)くべとして出(で)ずなりぬうめのやど(安永七〜天明三)

25 宿の梅折(をり)取(とる)ほどになりにけり(安永七〜天明三)
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 これも『「蕪村俳句集」4』と同じで「知っています句もないので」というところですが、次第に蕪村になれてきました。もともと好きに思えた俳人だったからなのかなあ。
 だが私は新たに知りました。もっと先に知っているべきだったのだなあ。
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16 捨(すて)やらで柳さしけり雨のひま(安永四・一)

17 青柳や芹生(せりふ)の里のせりの中(安永六・一)

18 出る杭をうたうとしたり柳かな(明和八)

   草庵
19 二(ふた)もとの梅に遅速(ちそく)を愛す哉(安永三)

20 うめ折て皺手(しわで)にかこつ薫かな(安永三・一二)
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 知っています句もないので、でも焦る思いもなく、読んでいます。今は詠むのではなく、ただ読むだけです。今何故かブルータスを思いました。そしてじゅにのことも思います。今度会えるときには、少しは蕪村の句を紹介できるかな。ブルータスは小倉百人一首はやっていますから、こうしてじいじは俳句も覚えているのだよ(実際は覚えてはいませが)。
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15021983
11 鶯や茨(いばら)くヾりて高う飛ぶ(安永九・一)

12 うぐいすの啼(なく)やちいさき口明(あい)て(安永六)

   禁城春色暁蒼ヽ
13 青柳や我(わが)大君の草(字が違います)か木か(明和九)

14 若草に根をわすれたる柳かな(天明二)

15 梅ちりてさびしく成(なり)しやなぎ哉(天明二)

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 こうして蕪村の句が読めて行きます。嬉しいのですが、でもやっぱり私にはまだ蕪村は遠い人です。ずっと読んでいけば、きっと身近な蕪村になってくれるでしょう。そんな日が早く来てくれないものかなあ。15021985

15021980
6 うぐひすソ相(そそう)がましき初音哉(明和八)

7 鶯を雀カと見しそれも春(明和八)

   画賛
8 うぐひすや賢過たる軒の梅(明和九)

9 鶯の日枝(ひえ)をうしろに高音哉(安永三・一二)

10 うぐひすや家内揃ふて飯時分(めしじぶん)(安永五)
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 いやまだ始めたばかりなのに実に大変です。漢字が出てこないのです。「漢字林」ではその字は探せたのですが、漢字そのものは画面上には出せないのです。もうこれは大変な苦労です。ああ、蕪村の俳句を味わうことなんか、私にできるのでしょうか。
15021982

15021972
1 ほうらいの山まつりせむ老(おい)の春(安永四・一・二〇)

2 日の光今朝や鰯のかしらより(明和九)

3 三椀(さんわん)も雑煮かゆるや長者ぶり(明和九)

   離落
4 うぐいすのあちこちとするや小家(こいへ)がち(明和六・一・二七)

5 鶯の声遠き日も暮にけり(明和六・一・二七)
15021973
 与謝蕪村の俳句をやっていきます。蕪村は私には一番親しんでいた俳句です。俳句には短歌と同様に苦手意識しかなかったのでしたが、なんとかその句の全文を書くことにより、親しんでいけたらいいなと思うものなのです。
15021974

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