将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:春秋

12112608 今日の日経新聞の春秋で、最後のほうに「無礼傲慢身勝手無精に勇気礼節謙遜努力」と書いてあるのですが、私は「これ私のポメラで書けるかな?」と思いました。もちろんパソコンでは、一回で書けました。
 ああ、同じだ。ポメラでも一回で書けました。「なーんだ」というところですね。

12100707 こうして新聞はいくらでも読むところがあります。

2012/10/08 05:56やっぱり日経新聞は読んでしまいます。一面の「春秋」ですいが、以下のようにありました。

 童謡の「どんぐりころころ」に、幻の3番の歌詞があるのをご存じだろうか。・・・・・・。それで終わりでは子供にとって悲しすぎると考えたのだろう。別な音楽家がハッピーエンドの歌詞をつけ足した。

12100801 あ、これは私のブログで書きましょう。私の「周の歌の話」で「どんぐりころころ」の歌の続きに書きます。その最後にこうあります。

 これで物語はエンドレスに続く。

 この春秋にこうあります。

 机の中に小さい秋がある。

 私のすぐそばに、小さな小石があります。前に、このブログでも「拾った柳田公園に返しにいこう」といっていましたが、それをやっていませんでした。そのうちに公園は改装工事になり、できて見ますと、もう小石を捨てるところなんかあ12100815りません。いやどこか草のかげにでもすてればいいのかなあ。「机の中に小さい秋がある」。いや私の場合は、机のそばに小さな小石があるのです。「小さな小石」なんて、変でしょう。でもついそう言ってしまうのです。

 この小石はどうしようかな。今もそばにあります。

 こうして書くのですが、パソコンで出てこない(私が出せない)漢字があってまいっています。

12092601120926022012/09/26 06:17少し眠りすぎたかなあ。
「黒書院の六兵衛」を読みました。

 ・・・、六兵衛は迷う様子もなく三之間の畳を踏んだ。儀式の折には諸侯が列座する大広間の一角に歩みこんだのである。
「無礼ぞ、六兵衛」
「身のほどを弁えよ」
 委細かまわず六兵衛は歩む。軋むような巨躯(きょく)が大股で近付いてくる。隼人と源一郎は思わずにじり下がった。指カネ(さしがね)で計ったように曲がると、六兵衛は上段の間の向き合うてかしこまった。
(躯は違う字です。カネも私では漢字が出せません)

 このあと、どうなるのでしょうか。
12092509 一面の春秋に

 バイオリンに提琴という訳語があてられていた頃にこの楽器を奏し、天才少女、神童とうたわれた諏訪根自子さんの訃報に接する。

 このあとも引用したいのですが、全文引用するわけにもいかず、これだけにします。私はこの人を初めて知ったものです。

 日独の敗色が濃くなっていた翌19年11月、中立国のスイスで開いた幾つかの演奏会は記憶にとどめねばならない。

 私もよく記憶にとどめておきます。
2012/09/26 07:53さて「梅ちゃん先生」です。
 今テレビの画面が小さかったので直しました。なんでこうなっていたのかなあ。
2012/09/26 08:00「梅ちゃん先生」を見始めました。ヒロシ君大丈夫かなあ。とっても心配です。
12092511「生きていればきっといいことがある」。いい言葉ですね。私も頑張らないといけないなあ。
 どうしても涙が出てしまいます。涙ばかりだなあ。

 これでまたUPします。

12091711 日経も入るなり、すぐ手にしました。

2012/09/18 05:42「黒書院の六兵衛」を読みました。

「そんな馬鹿な話があってたまるか」

 この奴(やっこ)の言うのと、私も同じ思いです。おかねの言葉はこうです。1209180612091807

「・・・。あの御殿様は、淀屋の手蔓で御旗本のお株を買ったに決まっている。だったら的矢六兵衛様にちがいないんだから、あたしらも知らん顔で従前通りのご奉公を続けりゃいい」

 でもこの奴はいいところがあります。この今のではなく、前の的矢六兵衛の両親のことなのです。まだ前の両親がそのままいて、もうすぐ出てしまうことだと予想します。そして、駆け出します。

 ほかの何を知らんぷりしたって、年寄り夫婦が路頭に迷うさまを、見て見ぬふりなぞできるもんか。

 うーん、また明日が待ち遠しいです。
 一面の春秋が佐藤春夫の詩を載せています。

12091801 あわれ/秋かぜよ/情(こころ)あらば伝えてよ
 さんま、さんま/さんま苦いか塩っぱいか

 私も秋刀魚は好きです。ただ「ウナギは昨今の異常な高騰で縁遠くなる一方」とあります。なんだか悲しいな。

 さんまはいつも食していきましょう。

285fe9e3.jpg「なるほど福地源一郎か」という思いで、この「黒書院の六兵衛」を思いました。「蘭語と仏語と英語を自在に話す」とあります。
  今日の一面の「春秋」は読ませます。糸井重里さんの事務所のことが書いてあります。 会議では他者の提案を否定するのは禁止、不満ならもっといい提案を出す決まりだ。
「価値を増やすのが僕らの仕事。否定は価値を増やさない」と糸井さん。 いいなあ。

 まずは、これでIS01をUPします。

12052504 今日の日経新聞を読んで高峰秀子と高橋泥舟を思い出していました。

2012/05/26 05:47日経新聞の最初に最終面の「黒書院の六兵衛」を読んだ、といいたいところですが、どうしてか今日は一番最初には一面の「春秋」を読みました。そこには、高峰秀子さんの言葉が書いてあります。

 どうすんだ、そんなにトキを増やして。カモ南蛮の次はトキ南蛮でも食べるのか。わざわざ連れてなんかこなくていいんだ。死ぬときゃ、死ぬんだよ。

 私は高峰秀子さんの本は、文庫本になったものは、すべて読んでいたと思いますから、これは知らないな、と思ったのですが、そのあとに(斎藤明美「高峰秀子の捨てられない荷物」)とあって納得です。高峰秀子さんって、こんな感じがありましたよね。
 最終面の「黒書院の六兵衛」ですが、この挿し絵を見て、「勝安房かな、でも少し若いな」と思いましたが、最後に「・・・お待たせいたした、勝安房でござる」とあり、そうかというところです。12052608
 そもそも私は勝海舟というのが、少しも好きになれません。彼は妻と妾を狭い自宅に一緒に住まわせるのです。この日本でも世界でも「妾」の存在は、「家」を「一族」を保つのには致し方なかったのかもしれません。でも狭い自宅に一緒に住ませたのは、世界でも日本でも私が知る限り、この男だけです。
 彼の妻が、「今度生まれてくるときは・・・」「決して、この殿とは出会いませんように」と言ったというのは、実によく分かります。
 昔、柏の布施に広告制作の仕事で撮影に行ったことがあります(1980年代の最初)。檜の家で、「数寄屋造り」の家を撮影に行ったのです(檜の家では、「寄棟」「入母屋」はこの関東には多いのです。「数寄屋」「切妻」は極めて少ないのです)。その家の内部も許可を受けて撮影したのですが、そこには明治の10年代に西郷従道と勝海舟が当時カモ猟に来て、そこで休んで(実際にはゆっくり休むことはできなかったろうけれど)、そこには二人の文がありましたが、私は海舟のは、漢詩は少しも信用していないので(彼の漢詩はほとんどインチキです)、くだらないとしか思えないのですが、でもでも彼の漢詩をすごいものだと思いこんでしまうど素人が今でもいるのですね。
 このことでは、かなり思い出がありますよ。あ、吉本(吉本隆明)さんがこのことを少し書いています。それを読んだときに(1980年代だったかな)、ものすごくうなずいていたものです。私にとって西郷南洲は、今も偉大な人物ですが、勝海舟は実につまらない人物です。幕末の三舟(勝海舟、山岡鉄舟、高橋泥舟)のうち、私は高橋泥舟は、彼のやったことも、彼の漢詩も好きです(「子母澤寛 『逃げ水』」があります)が、勝だけは駄目過ぎますね。

 いや高橋泥舟を思い出していました。子母澤寛なんて、けっこう読んだものだなあ。

dab0cc60.jpg この日経新聞の一面の「春秋(9/14)」はもう読めます。そして私は昨日これを森美術館で見てきました。
 ここに私が今掲載している画像がその森美術館の昨日私が見ましたアイ・ウェイウェイ氏の作品です。私が書きましたように、ちゃんとデジカメで撮影できたので、こうしてUPできます。ただ、動画をスクリーンに映しているところは、画像が撮りましたが、やはり違います。やはり、実際に行きまして、みたほうがいいです。
 今後も私が撮りましたアイ・ウェイウェイ氏の作品の画像のUPが続きます。
続きを読む

7b421c26.jpg

 今朝の日経新聞の1面の「春秋」は頷いて読んでいました。

 都市から農村などに移住する「田舎暮らし」に関心を寄せる人が増えているという。書店には移住者らの充実した生活ぶりを紹介する雑誌が並ぶ。テレビ番組も同様だ。

 もうこのことはものすごく感じています。あれほどなんで田舎暮しがいいと言われるのか理解に苦しみます。そしてその田舎こそが、「あなたの故郷だ」というのですね。
 でもここにも次のように書いてあります。

 一方で、ペンション経営から農業、さらには仕事をしない悠々自適組まで、田舎暮らしを成功させている方々が多いのも事実だ。

 この「多いのも事実」ということを、実際に紙面で教えてもらえないものでしょうか。私は、

 衰退一方だった地方としては張り切りたい局面だ。

ということだけを感じています。
 でもでも、私は、きっと東京という地方のくらし、田舎暮しではなく、各都会での暮しにますます人はあこがれ、移動してしまうと思っています。東京だけではなく、北海道なら、札幌、小樽、函館という都会に、鹿児島県なら鹿児島市という都会に、沖縄県なら、那覇市という都会にみな憧れをもち、移動してしまっているのが、日本の現状だと思いますよ。

続きを読む

↑このページのトップヘ