12042204 実は、昭和天皇がまだ皇太子のとき、相当激しい皇室改革を行っています。牧野伸顕の日記によると、昭和天皇は摂政になる条件として、「宮中の女官をみんな家に帰して、通いにしてほしい」ということと、「生まれた子供を自分たちで育てたい」ということを挙げたといいます。また、側室を廃止した。これは女官や側室、それから乳母、教育係といった存在を排除することで、自分たちの家族を大切にし、守っていくという意味がこめられていたのではないか。つまり、昭和天皇は、家訓的世界に大胆に手を入れたことによって、近代家族としての天皇家を作り上げたという面がある。
「家訓の重圧に耐えられるか」2005.3.1発行の「文藝春秋」3月号に掲載された

 この昭和天皇のやったことは、長い皇室の歴の中で画期的なことでした。ただ、こうやって皇室を改革しなと、もはやそのままでは、皇室は存続できないといったことがあったのだと思います。さて、さらに問題は、この家訓的世界の改革は、今これからも、さらに続いてかなければ、ならないいることでもあるのだろうと想像します。