将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:時鳥(ほととぎす)

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   大徳寺にて
240 時鳥(ほととぎす)絵になけ東四郎次郎(宝暦二)

241 岩倉の狂女恋せよ子規(安永二・四・四)

242 稲葉殿の御茶たぶ夜や時鳥(安永五・三・一〇)

   箱根山を越(こゆ)る日、みやこの友に申遣(もうしつかわ)す
243 わするなよほどは雲助ほとゝぎす(安永九)

244 哥なくてきぬぎぬつらし時鳥(安永七・四・一〇)
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 これも五つの句にすべてほととぎすが詠まれています。そうなのですね。実際の鳥の「ほととぎす」とこうして俳句で書かれる「ほととぎす」を思ってしまいます。
 写真は今月11日と15日と18日の午前中9時代の愛整骨院の風景です。私がいつもデジカメで撮ってしまいます。普通に静かに撮りますから、誰も関心がないようです。
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     寄月恋
五二八 時鳥(ほととぎす)なくや五月(さつき)のさ月あめのはずれもの思ふ頃にも有かな

五二九 時鳥(ほととぎす)なく五月(さつき)の卯の花のうきことの葉のしげきころかな

五三〇 郭公(ほととぎす)待夜(まつよ)ながらの五月雨(さみだれ)にしげきあやめのねにぞなくなる

     寄露恋
六三一 色をだに袖よりつたふ下萩のしのびし秋の野べの夕露

六三二 我袖の涙にもあらぬ露にだに萩の下葉は色に出(いで)にけり
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 こうして時鳥(ほととぎす)と郭公(ほととぎす)と実朝は詠っています。思い出せば私の我孫子の父の家の庭にもこの鳥は来ていましたね。それに五月(さつき)、五月雨(さみだれ)と使い分けています。そうなのだなあ。実際にこうした鳥を見ていたわけだ。 思い出せば、貴重な経験ができていたのだなあ。そばにビッグカメラがありながら(柏駅前にあります)、こうした自然も味わえるのですね。
 こうした自然を見られる、いやそれは我孫子だけでなく、この王子でも長女の住む上中里でも次女の住む君津でも見られることなのだ。四人の孫たちにも言っていこう。「ほら小鳥もそばで見られるのだよ」と。15020904

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一四一 初声を聞くとはなしにけふも又山時鳥(ほととぎす)待(まつ)ずしもあらず

一四二 夏衣たちしときより足引の山郭公なかぬ日ぞなき

     山家郭公
一四三 山ちかく家居(ゐ)しをれば時鳥なく初こゑをわれのみぞ聞く

     夕郭公
一四四 夕闇のたづたづしきに郭公声うらがなし道やまどへる

     深夜郭公
一四五 五月闇おぼつかなきにほとゝぎすふかき嶺より鳴ていづなり
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 こうして「ほととぎす」と「かっこう」がいくつも詠われるのを知りますと、私の父の家で常にそれらを見ていた娘二人を思います。明日12月13日にはおはぎの長男ポコ汰の小学校の学芸会です。ポニョが他の保育園生と一緒に行きます。私も行くのです。

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