将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:暴力団新法

12011905 さて、今後のこの佐川の問題はどうなるのでしょうか。もう国会では終ったとしたいでしょうし、あとはロッキードのように、ときどき裁判での内容で、驚いたりあきれたり、関心なかったりするだけでしょうか。もう終らせたいというのが、すべての国会勢力でしょうね。竹下も金丸も、猪木も田辺も、青島もみんなこれで終りとしたいし、そうなるはずだと思っている。
 ところがそうはいかないんですよ。それは以下2つの理由があります。

 1.暴力団新法によるそれで弾圧される側からの反撃
 2.情報を権力側だけでは操作できないこと

です。
 まず1.は、稲川会のように日本の黒界をつくろうとするところはいいが、それ以外のヤクザ、右翼はもう権力に協力していられない。いままでこんなにつくしてきたのに、こんな形で捨てられるのだから、これからその復讐戦がはじまる。これはもうゲリラ戦だから押えようがない。いやもう押えるとかなんとかということはもうできないのだ。
 2.はまさしく「野坂スパイ問題」を文春がときあかしたように、今後もっと権力側が把握できない形の情報が先取りするかたちでとびかうと思う。すなわち、いままでは大新聞他に記者会見で済んだだろうが、今後はもうそういかない。例えば、私たちのようなパソコン通信だって大きな情報源になる。いくら大マスコミに話通したって、私たちのこのUPするかたちはとめられない。はっきりいえば、たとえなにかで圧力かけられたって、いくらでも反撃できるのだ。今後あらゆるこうした情報網が闘う原点になって行くだろう。
 したがって、社会党が田辺が駄目だから、また土井たか子なんて発想がもう話にならないのだ。あの憲法学者とやらは、明らかな憲法違反の暴力団新法に賛成したんでしょう。
 さあもっといろいろ出てきますよ。もうさまざまなことの情報が収集されていますよ。ひとつくらいいうと、都知事選のとき、猪木が降りたとき、金丸と小沢が土下座して猪木に頼んだというが、その二人のとなりで猪木に頼んでいたのはだれかな、あの猪木降ろしで金を出した人物、それは佐川急便の渡辺裕康(ひろやすってこの字だっけ)じゃないの。こんなのでどうして猪木は、金丸やめろなんていえるの。
 これ以上のもっともっと面白いのが出てきますよ。ますます私たちは元気にならなくちゃ。

2017021820

11060809書  名  警鐘
著  者 高山登久太郎
発行所 ぴいぷる社

 著者は、京都を縄張にするやくざ会津小鉄一家4代目会長です。1代目の上坂仙吉については、飯干晃一「会津の小鉄」で読まれるといいと思います。幕末から今も現役でいるやくざ組織といったら、この会津小鉄一家くらいじゃないでしょうか。山口組も京都だけには手をつけない(まあ、実際にはいろいろと抗争がありましたが)。
 それで、この本は悪法「暴力団新法」に対する怒りの書です。まえがきに

  私(高山登久太郎)は、平成四年三月一日、全国八万八千人の
  侠道に生きるヤクザ、これに対する撲滅作戦を受けて立つ覚悟だ。
  「暴力団新法」の施行は、人間である私らの生きる権利を奪うも
  のである。私らヤクザも人間であると同時に、日本国民の一人で
  ある。それが、ヤクザであることだけを理由にして、憲法が保障
  している人権を私らから取り上げようとしている。これでいいの
  か。

とあります。いいえ私はいいと思っていません。たった1日の審議で、全員一致でこんな悪法を通した国会なんて、ファシズムかスターリン主義としてしか思えない。この法に賛成していった社共にPKO法案を違憲なんていう資格があるのか。私はPKOの国会を見るとき、どうしてもこの「暴力団新法」のことをいわなければと思っていました。そうしたら一昨日この本と出会いました。

  この「暴力団新法」は何が犯罪であり、どんな刑罰が科せられ
  るかもはっきりしていない。いや、「刑罰」だけははっきりして
  いる。刑法では「殴っちゃいかん」「脅しちゃいかん」「殺しちゃ
  いかん」と「犯罪」がはっきり明示されている。「暴力団新法」
  はまことに複雑怪奇だ。法律のなかの「犯罪」について、「何を
  したら」いかんとか、「あいつらが、具体的に何をしたらいかん」
  とか「いま、どういうことをしたから悪いんだ」とかが具体的に
  は何も書かれていない。これほど不思議で怖い法律があるだるう
  か。

 まったくそのとおりです。人を殺したら。人を脅したら、人を殴ったら、いけないことだし、現行法で捕まるんですよ。現行法で罪なんですよ。これじゃ「破防法」とか「公安条例」と同じじゃないですか。現行法で取り締まれるものを、何故こんな法律をつくるのだ。
  日本国憲法に

  第98条 この憲法は、国の最高法規であつて、その条規に反
          する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の
          全部又は一部は、その効力を有しない。(以下略)

とあるわけです。よろしいでしょうか、「悪法」は法ではないのですよ。ソクラテスは「悪法もまた法なり」といって、毒杯をあおいだといわれますが、この98条でそれが間違いなのははっきりするはずです。したがって「条規に反する法律」は「効力を有しない」のだ。
 ここまでかいていたら、本日(6月13日)の毎日新聞の1面「余録」欄にこの本のこと書いていますね。私とは向かうところが正反対みたいですが。
 いったいこの「余録」を書いた人並びに毎日新聞は何を考えているのだ。あなた方がこの「悪法」に賛成などということは、みずから言論の自由をすてていることなのですよ。そんなこと戦前の日本、ワイマール共和国下のナチスで分かっているじゃないですか。

 私はヤクザ映画は大好きです。でもやくざは嫌いです。会えば怖いです。映画はあくまでそれをつくった人達のある表現行為なんです。現実のやくざは、そのほとんどが、弱いもの苛めしかできない、くさった弱い人間たちです。この著者には、「いやちがう、仁侠だっているんだ」といわれるかもしれないが、私はそんなのに会ったこともなければ、見たこともない。
 だけどそんな「くさった弱い」連中でも、私たちと同じ人間なんです。私はこのひとたちを守りたいと言っているわけではありません。自分たちをこんな国家から守らなければと考えているのです。
 日本の大部分の弁護士がこの「暴力団新法」に反対しなかったようです。それどころか、積極的に推進した人がいたみたいですね。このことに限らず、私は日本の弁護士の4割は悪い奴(5割は無能、1割は普通)だと思っています。会社の総務課で苦労されてる方など、うなずかれるのではないですか。もっとも普通のいい弁護士さんもいますよ。例えば、私の会社の役員である大口昭彦弁護士は素晴らしいひとです。
 でもほとんどはひどいものですよ。なんかの本に「弁護士はヤクザには強い」なんて自己宣伝してあったけど、嘘つくな。君たちの大部分がそんなヤクザとのトラブルなんかいつも避けているの、よく知ってます。私は仕事上で悪い弁護士とけっこうやりあうのですが、いままでのところ絶対負けたことありません。法律のことの問題じゃなく、悪いことは悪いのだ。もちろん私のクライアントに非があれば、私はこちらからあやまります。
 このひとたちも、憲法学者土井たか子もみんな賛成。かなしくなります。
 べつにこの法でヤクザ行為がなくなるわけではないのだ。むしろ合法と称して、もっとヤクザと私たち堅気との関係は陰湿になりますよ。それは本日の毎日新聞の27面「用心棒代『減ってないよ』」の記事で明かですよ。もっともっとめんどうになりますよ。いったい法や警察が私たちを守ってくれるのか。
 私はたとえ相手が誰であれ、自らを守るのは自らだと思っています。

 ひとつ例をいいます。私がほんのたまに飲みにいく池袋のある飲み屋でのお話です。
 私が友人と飲んでたら、ある男、どうみてもヤクザが入ってきて、ママの前に座りました。それで、小声で「クミアイに入れ」なんてことを執拗に言っている。ママは昔全共闘シンパだったということなんで、ぜんぜん平気で相手にしない。そこへ突如へんなよれよれのおっさんが入ってきた。マスターが断ろうとするが、カウンターに座って、酒を要求する。
 私ピンときて、たちあがって、「もうおやじ飲めないだろう、帰ったら」と肩をたたいた。でも絶対帰ろうとしない。私腰のあたりつかんで、カウンターからおろした、マスターが気がついて、私とふたりでひきずって、店の外に出しちゃった。そうしたら、予想どうり、ヤクザが私にむかっておこったのなんのって、「お前いいことしてくれるじゃないか」私「いやああのおじいさん、もう酔ってたし、それと私歌ってばかりで騒がしくてすいません」なんて。いくらヤクザおこったって、表向きは私を怒る理由がない。そのうちプリプリしてでていっちゃった。もう格好悪くてこれないだろう。
 つまりこのヤクザとあのおっさんはぐるだったのです。おっさん2,3千円つかまされて、とにかくあの店で暴れる気で、それをあのヤクザがうまく2,3発殴って追い出して、「そらやっぱりこの店だって、俺みたいのがまもってやったほうがいいだろう」ということなんです。それを私のために、彼の出番がなくて、かわいそうだったけど、その店のママもマスターも私好きだから、当然のことしたまでです。
 私のいいたいのは、現行法にしろなんにしろ、法の救済を待つことなく、自らの権利は自らが守るべきだということです。

  権利とか自由といったものは、黙っていて守れるものではなく、
  権利また自由を不当に侵害しようとするものがあるときは、適法
  なる国家の機関によって救済されるのを待つことなく、その場で
  これを阻止しなければならない。もしそれをしないものは権利や
  自由を投げ捨てるに等しい。  (ポポロ事件の東京地裁判決)

 私たち自身でやるべきことなのですよ。現行法にしろ、そして「暴力団新法」にしろ、私たちをまもってなんかくれません。それどころか、また「凶器準備集合罪」と同じことになるのでしょう。

 この「暴力団新法」については、まだ「破防法」「売春禁止法」などとからめて、検討したいのですが、会津小鉄一家の会長さんの本の紹介としてはこれでおわりたいと思います。
 最後に、涙腺のゆるい周がまた涙ながしたところ、紹介します。この著者が62歳歳の誕生日に二女からもらったラブレターです。

 「お父さん、誕生日おめでとう。私も他家へ嫁ぎ、苦労して子ど
  ももできて、やっと世の中がわかるようになりました。だから、
  お父さんのやってきたことも、恥ずかしくないと思うし、お父さ
  んは、素晴らしいと思っていることをやっているのだから、とこ
  とんやったらいいと思います。自分のやったことが、結局、いま
  わかってもらえなくともいいではないですか。死んでから十年先、
  二十年先に、あの人は良かったなあ、と言われればいいのではな
  いですか。だから初志を貫徹して下さい。自分のやっていること
  をキチッとして、一滴の水ももらさないで、次の人にバトンタッ
  チする義務があるでしょ。それをちゃんとやっていかないとあき
  まへんよ」

 私はヤクザ嫌いだけど、この本読んで、この会長さんのことは、好きになった気がします。(1992.06.13)

1102250192-09-21 17:35:47 施設に行ってきました。 SA
高校の中途退学が大変な数になり社会問題になっていますが、自分の子を含め何のために学校に行って勉強をするか?。ここの処が欠落していると言うか「皆が行くから」「高校だけは」と....。学歴社会、大学と言う学暦、もう一方では高校と言う学歴も必要で100%近く進学します。進学した高校には偏差値で分けられた立派な格差ができます。格差を付けられた方はたまった物ではない、常に制服でも意識されて。今の子供達は努力しなくても何でも手に入りますし、先もちゃんと計算出来ます。だから努力する気にはなれない、ただ学校に在籍するだけ。こんな子も増えているのではないでしょうか。
 親も学歴社会の虜になってしまっている。どう見ても悪循環のくり返し。ではどうすれば良いのか。学歴社会を見直す、システムを変える・・・。こんなのは言い尽くされて、答えになっていませんね。だいたい答えはゴトさんの言われる通り、でも全て私立にすれば解決するとは思えません。私立でも立派に体罰を行使している先生もいます(これは私の息子の話)。今の教育産業を見れば学歴社会を助長するばかりのように思えますし、だいたい学費が高くて。解決方法は....詰まってしまって具体的にはでませんが。

 私は商売柄、クライアントの中途採用の時によく面接に立ち会います。あんまり気の進む話ではないのですが、どうしても頼まれてしまいます。そういえば、私はかなり転職を繰り返しましたが、入社するといつの間にか面接する側になっている自分になっていました。その経験からいいますと、人を学歴で判断してしまうのはいちがいにまずいとはいえないのです。そういう意味で、クライアントの経営者はみんな結構革新的で民主的で「学歴ではなく人物本位」で選ぼうとして、かなり失敗します。一見過激派だった私のほうが保守的教科書的ですから、人選で対立もするのですが、逆に社長さんたちは私のそういう自分と反対の見方も頼りにしているところもあるため、いつも呼ばれるのです。私の反対押し切って、それでうまくいけばそれはそれでいいのですが、一見「人物本位」とやらで選んで、そのあと大変な苦労した例を私はいくつもあげることできます。
 私は「皆が行くから」「高校だけは」でかまわないと思います。「高校中退」だと「これはどうかな」と思ってしまうのは仕方ないのです。だからだから、ひどい高校をやむを得ずやめたとしても、検定やなんかの方法で高卒の資格をもっととれるような態勢にしてほしいと思うのです。
 私は大学にしたって、これはゴトさんとは意見が違うかと思いますが、別に入ったらそこで別に遊んでいたっていいと思います。中でまた試験など繰り返す必要なんかありません。人生の中で、楽に遊んでられる好運な4年か8年のある時期があったっていいと思うのです。私はただそこで、なにして一番楽しんでいたのかを面接の時などは執拗に聞きますね。
 それと私は昔真面目に進学教室という教育産業を経営していました。いまでもその業界のことは詳しいと思います。それでいいたいのですが、「学歴社会を助長してばかり」なんてのは、冗談じゃないよといいたいですね。中学生を内申書で、偏差値でおどして進路をきめ、その子の希望なんかを無視しているのは公教育のほうですよ。またこのことはくわしく今後も展開しますが、生徒たちの学校の先生へのくやしい思いはいくらでも聞きました。偏差値をその役割以上に駆使しているのは、学校の先生ですよ。これはいまでも、私の後輩の先生たちにはしつこいほどいっています。その子の適性、その子の希望で考えてあげるべきなんだ、偏差値は、この数値だとそこはむずかしいかもしれないよとしかいえないことなんだよと。
 この偏差値のことで、私がある進学教室の入会案内に書いたものがあります。かなり物議をかもしだし、生徒たちには随分と支持されたコピーなのですが、こんど紹介します。たぶん事務所に本物がおいてあると思いますので。 
 SAさん、すいません、だんだんかいているうちに言いすぎのところも出てきてしまうようです。あともうひとついわせてください。

暴力団も人間の心を持っていたか思うと救われます。暴力団新法が効き目を発揮してこの世から無くなれば良いのに。

 私は7月のOFFで、「山口組の裁判闘争は断乎支持する」とかいって、かなり顰蹙をかったようです。でもその気持ちは今も変わっていません。いつかもっときちんと展開しようとおもって、そのままになってきました。またあらためて必ずこの問題を展開しますが、きょうは少しだけですが、述べたいと思います。
 暴力団新法は要するに、日本の暴力団に今の形じゃなく、アメリカのマフィアみたいになれといっているのですよ。もっと完全に裏の世界にいって、もっと悪くなれといっているのですよ。だからこの世からなくなるわけありません。関東の稲川会や住吉連合が警察に擦り寄っているのは、その道なのですよ。私は箱根山から西は好きにはなれないのですが、少なくとも、会津小鉄一家や山口組が公聴会を開いて、裁判でも闘っていくというのは正しいのです。山口組がもう表では看板下ろして、日本の黒界を作ろうなんて決意しちゃったらどうなると思いますか。それこそおそろしい日本になってしまいますよ。
 暴力団ってのは、弱いもの苛めだけするどうしょうもない連中なのです。それを全く裏の世界へいかしてしまったら、こんどはもっとひどいことやりだしますよ。なぜ現行法で取り締まれるのにとり締まらないのですか。
 私のクライアントで、建設業をやっている会社が、この法のおかげで、建築現場にやくざが金せびりにくることはなくなったが、そのかわり右翼が金とりにくるようになったと詳しく教えてくれました。私たちがいやなのは、やくざだろうと右翼だろうと、ようするにこのようなやくざ行為、たかり行為、暴力行為なのですよ。それがなくならないどころか、金出さないんなら「街宣車で会社におしかけるぞ」なんて脅されるのなら、もっとひどい事態になっているのです。
 SAさん、私はこの悪法は嫌です。私のように考える人間もいるのです。ただSAさんのように真摯に物事を考えてくれる気持ちにに非常に感謝しております。その気持ちに甘えて、このように思うことを述べた次第です。

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