11090509   Sunday, December 05, 2004 9:27 PM
ついに師走に突入しましたね。
 日本人の読む中国の漢文は詩、歴史書、などが多いわけですが、いずれもエリートが書いたものでいわば人類共通の人間のもっとも純粋で上質な部分しかあらわしていないという面があるのではないでしょうか。日本人はそれを読んで中国の精神性の高さに感じ入り、あこがれたわけです。文学でも紅楼夢の様な下世話なものはごく近代になるまで出現しなかったと思います。
 ところが大多数の民衆のもつ古代の人身供儀にまでつながるような土俗性や暗い負の部分はまったく目に触れなかったわけです。これが実際の中国と日本人が漠然と抱く中国との差の原因ではないでしょうか。門外漢が的外れなことをいっているかもしれませんが。文革のころの体験談や、日本人の戦中、戦後の体験談などを読むと、実際の中国というものが少しわかるような気がします。 陳舜臣は戦前の日本の教育で育った人のようですからかなり日本人と同じ感覚になっているとも考えられます。日本人が書いたと思えば問題はないのではありませんか。
 宮城谷三国志の第一巻を手に取って帯を読みましたがものすごくくわしくかいてあるようですねー。全部刊行が終わるまで文庫にはならないだろうと思うとどうしたものか悩ましいところです。
 蒼穹の昴は読み終わりましたがちょっと期待はずれでした。乾隆帝の霊や都合のよすぎる西大后の孫娘などの道具立てでややファンタジーの趣に流れ、期待した骨太な歴史物語という感じではなかったように思います。この人の作品は以前に数作読んでいますが、それらもややファンタジーめいたところが多かれ少なかれあったのですが、壬生義士伝だけはその傾向がほとんどなく、あるいはあっても死際の幻ということなどでリアリティを損なわず、すごくいいできだったので期待したのですが、ちょっと残念です。
 西大后も本文に何度も形容しているほど魅力的な女性とはどうしても感じられません。もっと正攻法で滅びゆく大清帝国を支えようとする女帝をかいて欲しかった。
 ところでほぼ毎夜のように飲んでいらっしゃっていったいいつ本を読まれるのですか。不思議でたまりません。林望さんが人生の貴重な時間を無駄にするからお酒は飲まないとかいていましたよ。まあちょっとこれは極端でしょうけど。
 先週毎日新聞の読書欄で噂の真相の休刊を知りました。買ったことは二、三度しかないんですけど。それで、もしかしたら岡留さんともお友達だったりしてと思い浮かびました。だいぶ前に本の雑誌で編集長対談という企画があって、椎名さんと対談していましたが、その時には部数は順調ということだったんですが、どうしたんでしょうね。

   Wednesday, December 22, 2004 4:21 PM
返事がこんなに遅くなりごめんなさい

 日本人の読む中国の漢文は詩、歴史書、などが多いわけですが、いずれもエリートが書いたものでいわば人類共通の人間のもっとも純粋で上質な部分しかあらわしていないという面があるのではないでしょうか。日本人はそれを読んで中国の精神性の高さに感じ入り、あこがれたわけです。

 これを読みまして、私はその通りだよなと思いました。

 文学でも紅楼夢の様な下世話なものはごく近代になるまで出現しなかったと思います。

 前に、私の「周の掲示板」の中でも書いたのですが、この曹雪芹「紅楼夢」に関しましては、私たちの思うところと、現在の中国人の思いはかなり乖離があるように思います。ものすごく親しくなりました中国のペキンの女性がいるのですが、彼女と最初に会ったとき(たしか1988年頃です)、私より15歳ほど若い彼女が、この「紅楼夢」が愛読書だったことに、私は驚愕を受けたものでした。どうみても、私には「紅楼夢」は少しも面白い小説とは思えなかったたのです。ただ思い当たったのは、中国というのは、日本が江戸文学から、明治期の坪内逍遥や二葉亭四迷たちが必死になって乗り越えていった(たとえば言文一致)ような、いわば近代化をしていないわけなんです。だから、いわばあんな男女の愛を描く世界を魅力あるものとして感じてしますのでしょう。
 さらに私はこの女性を通じて、中国の文学の学界には、この「紅楼夢」派と「金瓶梅」派があって、それが激しい論争をしているなどというのを、聞きまして(これはその彼女の彼氏から聞きました。その彼は日本にいる中国人の大学の先生方に、そうした話を詳しく聞かされたようです)、なんだか、また呆れました。「金瓶梅」なんて、いわばルネサンスの「デカメロン」や「サン・ヌヴェール・ヴェール」よりも、もうずっと遅れた昔の物語がなんで、それがなんで今の問題なんだと、今の中国に呆れたものなのです。

陳舜臣は戦前の日本の教育で育った人のようですからかなり日本人と同じ感覚になっているとも考えられます。日本人が書いたと思えば問題はないのではありませんか。

 まあ、私は日本人が書いたと思ってはいますが、そうだ思ってもまだ読めない感じですね。でも今後彼の小説を読んでいきます。
 それで、実は以下に書きましたように、

 陳舜臣「青玉獅子香炉」

これからこの著者の作品を読んでまいります。

宮城谷三国志の第一巻を手に取って帯を読みましたがものすごくくわしくかいてあるようですねー。

 今第3巻を読み始めたところです。第2巻の中ごろで曹操も、孫堅も、劉備も、まだ「生まれた」といわれるだけなのですね。でも宮城谷さんの三国志の切り口、とらえ方には、私はただただ感心しています。

蒼穹の昴は読み終わりましたがちょっと期待はずれでした。

 私も同じ思いですね。読み終わったときに、私は浅田さんが、「一体何を書きたかったのかな?」という思いを強く感じました。
 読み終わりましたのが、電車の中だったのですが、しばらく西太后のことを考えました。
 私は女性の政治家で歴史の上の人物というと、マリアテレサとエカテリナ2世を思い浮かべ、「思えば、みな可愛い女性でもあったのだろうけれど」というところで、また日本の北条政子と日野富子を思い受かベました。これまた本当は可愛い女性だったこともあったのでしょうね。「でも、いや中国の女性を考え比較しないといけないな」というところで、則天武后を思いだし、さらにすぐ、漢の高祖の呂太后を思い浮かべました。だが、これは到底「可愛い」なんてところが少しも私の気持に湧いてきません。それどころか、考えることにすら怖くなってきました。西太后も、どうしてもそのようなイメージなのですね。ただ、呂太号の恐ろしさとは違うかな、なんていう思いもしました。

ところでほぼ毎夜のように飲んでいらっしゃっていったいいつ本を読まれるのですか。不思議でたまりません。

 ホントに自分でも呆れるほど飲んでいますね。とくにやはり、暮はどうしても、その場が多くなります。外で飲まないときは、ちゃんと帰宅しますが、家でも晩酌します。ただ晩酌の場合は、さほど飲まないのですが、何故か早く眠くなって、午後11時台にベッドに入ってしまいます。そして午前3時台か、4時台には目が覚めるのですが、このところは、なんだか疲れすぎているのか5時台にならないと目が覚めません。ただ、本日は4時半に目が覚めました。昨日午前は毎週の、石岩先生の日ですから、

  日中康復治療院

身体が少し回復したのでしょう。でもいつも石先生には、「身体が疲れすぎ、眠りが少ない、飲み過ぎ」と言われています。
 それで読書は、いつも電車の中です。夜ベツドに入るときに、本を持って行きますが、2分くらいで眠ってしまいますから、3ページくらいしか読めません。とにかく、通勤と、クライアント等々に行くときに、電車の中で読むのが一番の読書の場ですね。それと、私は割と、本を読む速度は早いのだと思います。

林望さんが人生の貴重な時間を無駄にするからお酒は飲まないとかいていましたよ。

 私はこんなのは、まったく認めません。まあ、その人の勝手ですが。そもそも私は「酒を飲むために生きている」というようなところがあります。そもそも私の「周の酒飲み話」のバナーsake

に書いている言葉は、

  酒は飲んでも、飲まれよう

なんです。(ここで書いているバナーは前の将門Webのときのものです。今は違うバナーです。
 本日もまた飲むでしょう。いや、本日は「クリスマスプレゼント」というものについて、少し考えようと思っているのですね。それには、日本酒がないとね。

先週毎日新聞の読書欄で噂の真相の休刊を知りました。買ったことは二、三度しかないんですけど。それで、もしかしたら岡留さんともお友達だったりしてと思い浮かびました。

 申し訳ないのですが、私はこの雑誌は手にしたこともありません。大嫌いです。休刊したのなら、「よかったな」という思いですよ。昔左翼であったことは、それはそれでいいですが、今もその思いをそのままにして続けていたのが、あの雑誌じゃないかな。私は絶対に認めないです。

 たいへんに、こうして遅い返事で、「俺は駄目だな」なんて思っています。なんとなく、この12月は忙しいのです。また明日も出勤になってしまいました。でも午前の打ち合せで、来てくれる女性が素敵な方なので、そのあとどこで昼食しようか、あそこでならビールだけでなく、紹興酒も飲んでいいかな、なんていうよこしまなことを考えています。萩原周二
(第227号 2004.12.20)