将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:月と六ペンス

11042816  モームは1874年1月25日〜1965年12月16日の生涯でした。フランスのパリ生れということで、「イギリス人の作家なのに、こうしてゴーギャンのことを書いたんだなあ」という思いが(少し疑問でした)が氷解した思いです。
  私はこの作品を高校2年生のときに読んでいます。最初に『人間の絆』(中野好夫訳)で読みまして、次にこの作品を中野好夫訳で読んだものです。私の思いでは。『人間の絆』より、この作品のほうが強い印象がありました。題名「月」は夢を、「六ペンス」は現実を意味するということです。
 サラリーマンを何故か棄てて、タヒチへ行って絵を書き出してしまうゴーギャンのことを書いています。ただし、読んでいても少しもゴーギャンのことをよく描いているとは思えません。なんだか、「嫌なやつだなあ」としか思えないのです。
 この頃、ゴッホが自分で片耳を切ったことになっていましたが、実はゴーギャンが喧嘩して切ったようだということを知りました。ゴッホがかばっていたのですね。
 この作品の中でも、このゴーギャンはどんな人物かよく判りません。そのゴーギャンはタヒチでこの作品の中で最後大きな壁画を描いています。だがそれは彼の遺言で燃やされてしまいます。それを描いたゴーギャンはハンセン病にかかっていて、驚くことにその彼には目が見えなくなっていたはずなのです。
 実際にゴーギャンはタヒチではなく、マルキーズ諸島で亡くなっていますし、この作品ではゴーギャンはイギリス人になっていますが、実はフランス人でした。その他いくつもの点が違いますが、私たちにはゴーギャンとはもはやこの作品での姿だと思ってしまいます。(2011.04.28)

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 サマセット・モームの小説を思い出したものです。明後日は「読書さとう」で何を書こうかな。明日は、「歴史さとう」の日です。

2010/06/03 07:44いやはやたくさんのことがありますね。私は昨年末にケータイを落としてデータが破壊されてしまったことが今もひびいています。
2010/06/03 07:53「読書さとう」に「サマセット・モーム『月と六ペンス』」を書こうとしているのですが、まだ途中です。いや朝は食事もあるし、ゴミかたずけもあるのでこればかりに向かっていられないのです。
 昨日ポコ汰を上中里駅まで迎えに行ったことを思い出します。さすがポコ汰は動物園で帰りの電車では疲れすぎたようです。少し泣いたようです。
 こうゆう遠足に「今度じいじが行こうか?」と言ったのですが、おはぎが言うのには、じいじでは無理なようです。動物園の中を子どもたちは走り回るようです。お母さんだけでなく、お父さんもけっこうたくさん来ていたようです。
2010/06/03 17:03ポポの寝顔を見ています。ポコ汰とポニョは外で隣の女の子二人と遊んでいます。もちろん、おはぎも隣の女の子のお母さんもいます。ポポはぐっすり眠っていますね。
2010/06/03 17:12今ここにいて、私がケータイを忘れてきたことに気がつきました。普通なら忘れないのですが、充電していて忘れてしまったのです。だめなじいじです。ケータイがないと、すぐに連絡がとれません。今後忘れないようにしましょう。
 今窓から見たら美女のK子さんが来ていました。顔だけでも見られてよかったな。それにしてもポコ汰もポニョも何しているのかなあ。隣の女の子と、どんなおしゃべりをするのでしょうか。
 あした鎌倉に行きたいのです。あじさい寺に行きたいのです。成就院のあじさい寺です。

 成就院は、駅は極楽寺です。成就院もいいところですね。

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