将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:朝日新聞

12071908 私はこの販売所に東京新聞を買いに行ったことがあります。東京新聞に吉本(吉本隆明)さんの言葉が載ったときです。
 それを今探したかったのですが、今は時間がありません。またの機会です。12071909
 いつも家に玄関に入れてくれる音を聞いています。
 いつもこの販売店のどなたが入れてくれているのかなあ、なんて思っているものです。

12022402  次にFAXでは、9日の時点で手に入れていたのですが、ご本人の了解をとることと、私の個人的な用のために、掲載するのが本日になってしまいました。浅野さんとは面識はありませんが、この文を読んでいくと、昔からの友人のような思いにとらわれます。それからその次には、「反司法ファッショ集会」への緊急のお知らせです。(98/12/14 11:44:25)

「越えてはならない一線を越えた」のは朝日新聞だ 98/12・9
「警視庁はオウムの麻原被告の主任弁護人、安田好弘弁護士を逮捕。住専の資産を隠し強制執行妨害を指南の疑い」。九八年一二月六日(日曜日)、京都から東京へ向かう新幹線車内に流れた中日新聞ニュースがこう伝えていた。死刑廃止や代用監獄廃止を求める市民運動の中心となって活動してきた弁護士への治安当局のあからさま報復だと直感すると同時に、「明日の新聞各紙がどう報道するかによって世論が決まるが、無罪推定で書いてくれるだろうか」と心配した。安田弁護士の逮捕は、通常の犯罪報道のパターンで報道された。案の定、私の不安が的中した。日本の犯罪報道はオウム事件以降、完全にブレーキが外れてしまっているから、今回も警察の言いなりになっている。「ペンを持ったおまわりさん」がなりふり構わず、警視庁捜査二課の広報役として活動している。警視庁幹部が公式には発表できないことを、警視庁の「七社会」などの記者クラブに所属する“少年探偵団”や元警視庁担当の各報道機関幹部たちに不確かな情報をリークしているのだ。これは明らかな「犯罪報道の犯罪」である。旧住専の大口融資先の不動産会社「スーンズコーポレーション」が二億円のテナント料収入を隠していたとされる強制執行妨害事件で、同社の社長らに資産隠しの手口を発案・指示していたという容疑で逮捕されたと、決め付けた表現で書かれている。「疑い」とか「調べによると」という表現はあるが、新聞を読んだ市民は、安田氏を「悪い弁護士」と思ってしまうだろう。世間で評判のいい中坊公平住管社長が新聞に「欲に駆られて・・・」とコメントしているが、その根拠は示されていない。報道機関が警察から聞いた情報だけで、そういう談話を公表するのでは、ワイドショーに出ている「文化人」と同じではないか。安田氏の弁護人となった麻原被告弁護団長の渡辺脩弁護士の不当逮捕だという声明は出ているが、全体としては警視庁情報で有罪視している。逮捕後、夕刊、翌日の朝刊と連続して不正に顧問料が支払われていたと断定する「つなぎ記事」が出ている。保釈を認めさせないミエミエの世論づくりだ。メディア操作にまんまと成功した当局は安田氏を身柄拘束のまま送検した。とくに朝日新聞がひどい。一二月七日の社会面記事は、渡辺弁護団長の声明を伝えた後に、《さすがに苦渋の表情は隠せない》と書いた。「摘発した警視庁側は、別の強制執行妨害事件への関与も踏まえ、『越えてはならない一線を越えた』と手厳しく批判する」と伝えた。また、警視庁二課が九八年三月に別の不動産会社を摘発したときにも捜査線上に浮かんでいたとか、同社の社長に対する地裁判決で「社長に犯行の手口を示唆した」などと指摘されたとも書いている。時事通信配信の記事(八日の聖教新聞に掲載)によると、判決についてのこの情報は警視庁幹部が提供したという。こんな記述もあった。《一方、警視庁の見方は厳しい。「法と正義を守る弁護士として、決して越えてはならない一線を越えてしまった」。大物弁護士への強制捜査に踏み切った捜査幹部は六日、逮捕の報告を受けてそう語った。》 ここまでいう捜査幹部は匿名だ。なぜ幹部の役職、姓名を伏せるのか。
七日夕刊は四段記事で「ダミー会社から1000万円余」と報じた。「捜査二課の調べで分かった」が繰り返される。八日朝刊では四段記事で「犯行すべて指示共犯容疑の社長に」とエスカレートした。
私は一二月八日、朝日新聞読者広報室に電話で抗議した。朝日の記事について・全体として警視庁の機関紙のようだ・「分かった」「分かっている」などという表現がいくつもあるが、朝日新聞記者がどういう根拠で分かったと書いているのかが不明であり、ニュース・ソースが非常に曖昧になっている・一二月七日の一面記事に「人権派の弁護士としても知られる」という表現があるが、「人権派ではない弁護士」(非人権派、反人権派)という弁護士はいるのかーーなどを指摘した。私は「犯罪報道一般に見られることだが、警察が非公式に匿名を条件に流した情報を、あたかも警察の発表のように書いている。読者のほとんどはそう受け取っている。外国の普通の新聞なら、ニュースソースを書かない記事は欠陥記事だ。ニュースソースを書けないときは、明示できない理由を記事の中で、読者に伝えなければならない」と述べた。
これに対し、読者広報室の社会面担当者は《警視庁からだけでなく記者が様々な取材をしている。いちいちニュースソースを書いていると、読みづらい。日本語の性格もある。「調べによると」とあるのがニュースソースだ》と説明した。
「人権派」については、全く釈明できなかった。
賃借人の移転は普通の経済活動でよく行われる。もし違法性があるとしても、弁護士の指南が必要な専門的なことではないだろう。安田弁護士は任意の調べに応じ、一○月に事務所などへの家宅捜索で証拠類を押収されており、とにかく逃亡・証拠湮滅のおそれなど全くない。逮捕された側からの反論は展開されない。警察が逮捕したということを書くのはいいが、捜査が始まった段階で、「分かった」を連発するのはやめてほしい。違法かどうかは裁判で決められるのだから、そう急ぐことはない。
市民の人権を守り、権力を監視するべきジャーナリストこそ「越えてはならない一線を越えた」と私は痛感している。とくに最近の朝日新聞の警察べったりの姿勢はまさに異常である。神戸連続児童殺傷事件でも精神鑑定書や少年が書いたとされる「犯行メモ」を“スクープ”した。これらの記事には多くの虚報、誤報があった。甲山事件でも検察の不当な控訴趣意書を抜いた。和歌山毒カレー事件でも八月二五日に「疑惑の民家の住人とその家族」を初めて報じて、夫妻の自宅包囲取材のきっかけをつくった。「アエラ」は逮捕された和歌山の女性の顔写真を表紙にして、悪ふざけのコピーを掲載した。「週刊朝日」の人権侵害記事は「アサヒ芸能」も真っ青だ。
今週号の「週刊朝日」には精神医療ユーザーに対する差別と偏見を助長する記事がトップに載っている。ピョンヤン政府を攻撃する記事も多い。
九八年七月一日にあったロス疑惑の三浦和義さんの逆転無罪判決や松本サリン事件の報道被害者である河野義行さんのことを完全に忘れてしまっている。「約二週間後に、カレー事件で女性を逮捕するという予告記事を載せた朝日には、全く幻滅した」と著名な刑事法学者が嘆いた。
私は八四年に『犯罪報道の犯罪』(講談社文庫)を出版して以来、人権と報道の問題を解決する鍵は逮捕時点で実名有罪視報道(逮捕されたら実名を書くルール)する実名報道主義を撤廃して、北欧型の匿名報道主義を導入することだと訴えてきた。ところが、朝日は当時の柴田鉄治社会部長らが匿名報道主義を敵視し、犯罪報道改革運動に参加する記者を徹底的に弾圧した。朝日の無様な現状は自業自得と言えよう。
新聞社や放送局を改革し、報道被害をなくしていくためには、・メディア界が守るべき統一報道倫理綱領を制定する・倫理綱領を守っているかどうかを監視する市民参加型の報道評議会制度をつくるーというメディア責任制度を日本にも設立すべきだ。
また市民がメディアについて不満や苦情があったら、積極的にアピールすべきだ。NHKと民間放送連盟が九七年六月から「放送と人権等権利に関する委員会機構(BRO、03ー5212ー7333、ファクス03ー5212ー7330)」を発足させた。新聞労連は九八年三月に「報道被害相談窓口」(報道被害ホットラインファクス 03ー5275ー0359)を設置した。私が世話人を務める「人権と報道・連絡会」(郵便番号168ー8691 東京都杉並南郵便局私書箱23号、ファクスで3341−9515)は八五年から「日本に報道評議会を」という活動を展開している。日本に報道評議会ができるまで、こうした組織を活用してメディアに訴えていこう。
安田弁護士に関する報道は、従来の警察べったりの刑事事件報道のパターンと一緒だ。安田弁護士の名誉・プライバシーを侵害し、逮捕で有罪・犯人視する取材・報道を記録し、反撃しよう。
多くの人に放送ビデの録画を呼び掛けたい。
河野義行さんは「メディアの人たちには加害者意識が欠如している。報道被害は市民を社会的に抹殺する深刻なものだということを分からせなければならない」と訴えている。
日弁連はこのほど九九年一○月一四、一五日に前橋市で「人権と報道」をテーマに人権大会を開くことを決めた。日弁連は河野さんや安田弁護士ら報道被害者を壇上に迎えるべきである。みんなで前橋に出掛けて、ジャーナリズム再生の道を探ろう。
   浅野 健一(同志社大学文学部社会学科新聞学専攻教授)

11102504 先月小沢一郎が千葉県の新生党の集まりで、マスコミを批判している挨拶をテレビの報道番組でみました。私は聞いていて、ほとんど小沢のいうことにうなずいていました。そのことを報道した新聞記事を抜き出してみます。一番朝日新聞がこのことを熱心に報道しているようです。

「今の論調が続くなら国の将来危うくする」 小沢氏がマスコミを批判
                                       1994.05.17  朝刊 22頁
 新生党の小沢一郎代表幹事は十六日、千葉市で開かれた同党千葉県連主催の「新生党と歩む千葉県民の集い」で、「今日のマスコミの論調が続くならば、国の将来を危うくする」などとマスコミを批判、そのなかで「朝日新聞というのはアカ新聞かブラックジャーナリズムかと思った」と述べた。衆院の新会派「改新」の結成に反発して社会党が政権離脱を決めた四月二十五日、小沢氏が国会内で「どの女と一緒に寝ようがいいじゃないか」などと語ったと報じた記事(同二十六日付朝刊)を念頭に置いての発言とみられる。
 小沢氏が朝日新聞について触れたのはあいさつの冒頭。会場内で取材にあたる記者団について「彼らは商売で私のことを利用しているだけ」と述べた後で、「この間も朝日新聞にまさに誹謗(ひぼう)、中傷の記事が載った。こうしたマスコミを通じたペンの暴力を断じて許してはならないという信念で私は戦っている」と述べた。
 小沢氏はマスコミ批判の中で戦前の報道を例にあげ、「軍部の手先になって『大東亜共栄圏』を唱えたのはマスコミそのものだ。今日も同じ過ちを犯そうとしている」と主張した。

 ○言論の役割に認識欠き残念 箱島信一朝日新聞東京本社編集局長の話
 本社の報道に対する批判に対しては常に謙虚に耳を傾けるべきだと考えているが、「朝日新聞はアカ新聞かブラックジャーナリズム」という小沢氏の発言は、なにを根拠にしているのか、理解に苦しむ。先日の小沢氏の国会内における発言を報道したことを指しているとすれば、その報道は事実をそのまま伝えたもので、「誹謗、中傷」には当たらない。現代社会における言論、報道機関の役割についても、小沢氏の発言内容は正当な認識と品位を欠き、有力な政党幹部の発言としては残念としかいいようがない。

 ●小沢氏の批判発言<要旨>
 マスメディアを通じ、お騒がせしている。しかし、私が好んでやっているわけではない。彼らは商売のために私のことを利用しているだけで、この間も朝日新聞にまさに誹謗、中傷の記事が載った。この記事を見て、本当に私は、朝日新聞は「アカ新聞」か「ブラックジャーナリズム」かと思った。私はこうしたペンの暴力を断じて許してはならない、こういう信念で戦っている。
 私は個人的な問題で申し上げているのではない。今日のマスコミの論調が続くならば、必ずわが国の将来を危うくする、私はそういう心配をしている。私ども日本の近代史は、満州事変、シナ事変、そして太平洋戦争、三百万同胞の命を犠牲にして、あの悲惨な戦争の結果、歴史をわれわれは体験している。あの時の状況をいま、マスコミを中心にしてあたかも一部の軍人だけが悪かったようなことを言い、自らの責任をのがれている。しかし、戦前のあの新聞の縮刷版を見てください。軍部の手先になって、「鬼畜米英」「一億玉砕」「聖戦完遂」だと、「大東亜共栄圏」を唱えたのはマスコミそのものなのであります。
 そういう意味において、今日も同じ過ちを犯そうとしている。その当時も、一つの正義の小さな枠を決めて、大東亜共栄圏とか、天皇絶対制とか、この枠からはずれた者はみな「非国民」だと。だからみんな戦争に協力して、全員一億死んでも戦え、こういう論調が当時をおおったことは年配の方はご記憶であろうと思います。現在といえどもそうだ。彼らマスコミの正義の枠からはずれたいろいろな意見は、例えば私もそうだが、あれは権力主義者だ、あれは国家主義者だ、あれは反動だ、右翼だ、と、この一言で片づけている。 私個人は何を言われても構わない。しかし、日米関係も、あるいは世界全体、今非常に難しい時期に来ている。細川―クリントン会談で、細川首相が「ノー」と言った。「初めてノーと言った」とマスコミがワイワイ書き立てた。しかし、その翌日から円が上がったらば「いやこれはいけなかった、失敗だ」と言う。勝手なことをメチャクチャその場その場で言っている。朝日新聞社

 この「小沢氏の批判発言<要旨>」のところを、そのままテレビで私は聞いていました。私は「まったくそのとおり」と叫んでいました。どこが、箱島信一朝日新聞東京本社編集局長がいうように「現代社会における言論、報道機関の役割についても、小沢氏の発言内容は正当な認識と品位を欠き」などといえるのでしょうか。なんら、自らが戦前戦中にはたしてきたことを反省することなく、また戦後の世界でも同じことをやってきたのではないのですか。
 朝日新聞はこの小沢発言に、次のように反論しています。

小沢氏発言は論理のすりかえ マスコミ批判に3紙が反論(メディア)
                                                94.05.19  朝刊 33頁
 新生党の小沢一郎代表幹事が「朝日新聞はアカ新聞かブラックジャーナリズムかと思った」「今日のマスコミ論調が続くならば、国の将来を危うくする」などと発言したことに、東京で発行されている全国紙、ブロック紙六紙のうち三紙は、十八日付の社説で「小沢氏には論理のすりかえがある」などと反論、一紙が一面コラムで批判的な見方を載せた。 社説でとりあげたのは、毎日、東京、朝日の三紙。
 小沢氏が自分についての論調を戦前の報道になぞらえたことに、東京は「報道機関は軍部の独走を止めることができなかった。その反省があるからこそ、私たちは政治と政治家を厳しくチェックしようとしている。権力に追随した過去のマスメディアと、小沢氏をはじめとする権力者、権力機関を監視し批判する現代のマスメディアを同一視して非難するのは、聴衆受けを狙ったとはいえ、こじつけが過ぎる」と述べた。
 毎日は、「発言には明らかな論理のすり替えがある」としたうえで、「確かによくも悪くも『すべてが小沢』のような小沢神話づくりは危険である。しかし小沢氏が実力者の一人である以上、同氏の言動を追うのはマスコミとして当然である。そのことによって、氏の不用意な発言が取り上げられたとしても、それは自業自得ではないか」。
 朝日は、「軍部などの言論統制下で戦争に協力した戦前の新聞と、権力の座にある政治家を自由に批判する現在の新聞が、どうして同じだといえるのか。論理のすりかえである」とした。
「アカ新聞」発言について毎日は、「新聞の同人として看過することができない……朝日新聞の何をもって“アカ新聞”と呼んだのか不明で、そのことによってマスコミ全体を攻撃している」と分析。見出しで毎日は「小沢氏の新聞批判に応える」、東京は「ゆがんだ小沢氏のマスコミ観」とし、いずれも報道機関全体の問題として論じている。
   ◇
 産経は一面コラム「産経抄」で「小欄などは朝日新聞の論調や主張に共鳴できないことがあり、むしろ正反対であることも多い」としつつ、小沢氏の発言について「こうした言論認識や新聞感覚は黙過できない」と述べた。
   ◇
 読売と日経は、小沢氏の発言について社説やコラムで触れなかった。メディア取材班は両紙に、(1)論評しなかった理由(2)小沢氏の発言への評価、を尋ねた。

 日本経済新聞社の山田登広報担当部長は、「マスコミに対する批判は自由であり、あって当然と考える。だが、今回の小沢氏の批判は的はずれであり、品格にも欠けるところがあると思う。より根本的な問題は、特定のマスコミを公人である小沢氏が記者会見から排除しようとしたり、記者会見を拒否したりすることで、この点については、社説をはじめ、紙面で厳しく批判してきた」と話す。
 読売新聞社は論説委員会名で次のような回答を寄せた。
「小沢氏の発言を、『報道機関一般を批判したもの』であるとは受け取っておらず、現時点では論評に値するとは考えていない」
「一部のマスコミを批判した発言と受け取っているが、どのような事実を念頭に置いて発言したのかなど不明な部分もあり、現時点では評価はできない。今回の場合、個々の言葉遣いなど公党の責任者として品位に欠けている部分はあるが、基本的には、マスコミのあり方を個人的に批判することは論評の自由に属すると考えている」

 朝日新聞もよほど頭にきているのか、たいへんな勢いですが、その実、

  軍部などの言論統制下で戦争に協力した戦前の新聞と、権力の
 座にある政治家を自由に批判する現在の新聞が、どうして同じだ
 といえるのか。論理のすりかえである

ということしか言っていません。もうちょっと、戦前の新聞といまはどのように違うというのかはっきりさせられないのですかね。
 私は小沢一郎にただただ当り前のことをいってほしいだけです。朝日新聞のような品位のないマスコミには腹がたつだけです。私は朝日新聞をとっているわけでなく、よく読む機会もないのですが、多分今後この新聞のいうことには、さまざまみていかないといけないなと思っています。なにか言うべきときにはいおうと思いました。

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 この王子に住みだしてから、ずっと日経新聞を読んでいます。義父が長年購読していたからです。私は我孫子では、ずっと毎日新聞を購読していました。いや、もう私は毎日新聞のみを長年購読してきていたものでした。
 御茶ノ水の事務所では、日経産業新聞をとっていました。一時は日経流通新聞と日経新聞もとっていましたが、やはり日経産業新聞のみが面白くて、それだけにしていました。
 ところが、今朝は朝日新聞が入っています。なんでだろうと思いまして、とにかく販売店に電話しました。そうすると、販売店は、日経と朝日を取り扱っていたのです。すぐに来てくれました。私は朝日新聞は読む気が全くしないので、そのまま返しました。雨の気候のため、みな雨よけのつつみに覆われているのです。

 しかし、今の若い世代は新聞をまったく購読しないので、私なんかには不思儀な感じです。でももう、そういう時代なのですね。

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