将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:朝霞署

10120806 いつもテレビを見ていて、いくつものことを思い出しています。

2010/12/08 07:35昨日も私はいくつものことがあったのですね。
2010/12/08 07:58この時間は食事をすることと、ゴミを集めたりいろいろです。
「てっぱん」を見始めました。そういえば、昨日この番組のホームページを見ました。あかりの本当の父親が気になります。
2010/12/08 09:59「ちい散歩」を見ています。私は2度目の逮捕は朝霞警察署に拘留されました。逮捕されてパトカーの中で眠り出したら(実は前日は大宮厚生病院のアルバイトで徹夜だったのです)、起こされて起きたところが朝霞で、私は「朝霞は野戦病院がある。去年デモしに来た」といいましたら、逮捕した埼玉県警の人も1年前のことを覚えていました。懐かしいな。
2010/12/08 11:57ちょうど義母の介護の時間でした。
2010/12/08 12:22三曹の詩のことを書いています。
2010/12/08 12:42さて、まだまだやるべきことがあるな。いくつもの飲み屋も行きまして、そこで話したいこともあります。
 あ、ある手紙を書こうと強く決意しました。

 手紙は、私は今後は、自分の署名のみは手書きにしようと思ったということです。

10080801 よっしー はさんから梅干が今朝9時15分に着きました。ここに掲げた写真のものです。私はすぐに開けて、一つを口に入れました。
 私の亡くなった母は、毎年必ず梅干を作ってくれていました。いつも私の小学校の遠足や運動会にはいつもそれがおにぎりの中にありました。それと中学からは、毎日のお弁当に入っていました。
 私が東大闘争で逮捕された東調布署(田園調布にありました)では、母が差し入れをしても、留置場には入りませんでした。でも取調べの刑事が調べの途中で食べさせてくれたものでした。ずっと黙秘していた10080802私に、警察もよくやってくれたものです。朝霞署でも、取調べのときに、母の弁当を食べさせてくれて、そのときにも母の梅干が入っていたものです。
 子どものときには、それほど好きになれない母の梅10080803干でしたが、もう20歳を過ぎると、実に私には大好きで、大事なものになりました。
 今回届いた梅干は、何故か私の母の梅干と同じ味がします。
 届いて、すぐに開けて口に入れました。懐かしい母の梅干の味です。
 よっしー はさん、ありがとう。

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 中島敦は、私は最初に高校1年のときに読んでいました。その『悟浄出世』と『悟浄歎異』を今朝思い出していました。そしてとくにその『悟浄歎異』の冒頭のシーンを思い出していました。
 だが実際に読んでみると、冒頭の悟空と八戒の変身の術の練習の場よりも、今の私には、そのあとの悟空を見て評価している悟浄の目と心のほうが面白いと感じました。

 我々にはなんの奇異もなく見える事柄も、悟空の眼から見ると、ことごとくすばらしい冒険の端緒だったり、彼の壮烈な活動を促(うなが)す機縁だったりする。もともと意味を有(も)った外(そと)の世界が彼の注意を惹(ひ)くというよりは、むしろ、彼のほうで外の世界に一つ一つ意味を与えていくように思われる。彼の内なる火が、外の世界に空(むな)しく冷えたまま眠っている火薬に、いちいち点火していくのである。探偵の眼をもってそれらを探し出すのではなく、詩人の心をもって(恐ろしく荒っぽい詩人だが)彼に触れるすべてを温(あたた)め、(ときに焦(こ)がす惧(おそ)れもないではない。)そこから種々な思いがけない芽を出させ、実を結ばせるのだ。だから、渠(かれ)・悟空(ごくう)の眼にとって平凡陳腐(ちんぷ)なものは何一つない。毎日早朝に起きると決まって彼は日の出を拝み、そして、はじめてそれを見る者のような驚嘆をもってその美に感じ入っている。心の底から、溜息(ためいき)をついて、讃嘆(さんたん)するのである。これがほとんど毎朝のことだ。松の種子から松の芽の出かかっているのを見て、なんたる不思議さよと眼を瞠(みは)るのも、この男である。

 この『悟浄歎異』には『沙門悟浄の手記』という副題がついています。そのことも今朝知りました。
 悟浄という化け物は、『西遊記』の中でもあまり性格がはっきりしません。いつも、三藏法師と馬のそばでで、三蔵と荷物を守っているだけです。もっぱら悪い奴を退治に出かけるのは、悟空と八戒だけです。
 そして悟浄を中心人物としてえがいたのは、この中島敦だけです。だがもちろん、それは悟浄が見つめている他の3人の人物、悟空、八戒、三蔵法師をどういう風に悟浄が見ているのかということのみです。
 最後に、以下のようにあります。

なぜか知らないが、そのときふと俺は、三蔵法師(さんぞうほうし)の澄んだ寂しげな眼を思い出した。常に遠くを見つめているような・何物かに対する憫(あわ)れみをいつも湛(たた)えているような眼である。それが何に対する憫れみなのか、平生(へいぜい)はいっこう見当が付かないでいたが、今、ひょいと、判(わか)ったような気がした。師父(しふ)はいつも永遠を見ていられる。それから、その永遠と対比された地上のなべてのものの運命(さだめ)をもはっきりと見ておられる。いつかは来る滅亡(ほろび)の前に、それでも可憐(かれん)に花開こうとする叡智(ちえ)や愛情(なさけ)や、そうした数々の善(よ)きものの上に、師父は絶えず凝乎(じっ)と愍(あわ)れみの眼差(まなざし)を注(そそ)いでおられるのではなかろうか。星を見ていると、なんだかそんな気がしてきた。俺は起上がって、隣に寐(ね)ておられる師父の顔を覗(のぞ)き込む。しばらくその安らかな寝顔を見、静かな寝息を聞いているうちに、俺は、心の奥に何かがポッと点火されたようなほの温かさを感じてきた。

 どうか、この悟浄も見事インドへ到達できることを祈ります。

 思えば、『西遊記』自体は、私が1970年1月に、埼玉県警の朝霞署の留置場の中で読んだものでした。そのときも、『西遊記』の中でも、何も語らない悟浄の思いを考えていたものでした。

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 私が藤原隆家というペンネームで毎日書いています ニュースきくち で書きました 人気のサッシから分析する住宅デザインの流行 で次のように書きましたことで、強く思い出していたことがあります。

 私のクライアントに、建具屋さんがあります。もともとは木工屋とでもいう仕事でしたが、今は建具といいましても、やっぱり一番多いのは、アルミサッシの仕事です。今は一戸建てよりも、マンションの家が多く、一戸建てといいましても、昔とは違ってもうどこの部屋もアルミサッシを使っています。
 そのアルミサッシにも人気色があるんですね。今度、行きましたときに、この人気色のことを聞いてみましょう。(藤原隆家)

 私が1969年12月10日に逮捕されました事件で(芝浦工大内ゲバ殺人事件と言われました。でもね、殺人でもなんでもないよ)、私は埼玉県朝霞署に逮捕勾留されたのですが、その留置場に、私より先にS君がいました。彼は窃盗罪の疑いでした。
 そのS君が、仕事がサッシ屋だったのです。私は「サッシ屋」と言ってもよく何なのか判りませんので、彼に聞きますと、彼が説明してくれたものでした。

 サッシ屋と言っても、よく判らないかもしれないけれど、前は家というと建具屋ばかりだったけれど、今はみなアルミサッシを使うじゃない。それでね、アルミサッシっていうとね、…………………………

とよく教えてくれたものでした。アルミサッシと言っても、円形のものもあるんだというようなことも教えてくれたものでした。
 私の房の入口には「殺人、殺人未遂、…………………」という罪名が書いてありましたから、けっこう大変な存在だったのですが、お互いの事件のことは話さないで、彼の仕事のことを話したものでした。あともう一人在日韓国人のRさんもいて、その彼とは吉川英治の「三国志」の話をしたものでした。

 このS君とRさんとの思い出で、前に書いたことがありました。この留置場にいたときにあった参議院選挙のことです。2005年9月10日に書いた 明日は投票日 です。

 またいくつものことを思い出しました。

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