12042010 私は「周の『独楽吟のススメ』の705」で次のように書いていました。

好きな漢詩で、杜甫や李白の詩はそういう心地になれるものがあるのです。

 私はもうちょうど一年前のことだと思いますが、長女の家に行こうと王子である通りの信号を渡っていました。私はなんとか、芭蕉の俳句を思い浮かべようとして考えていました。でも通りを渡ったときに、それまでずっと私が口の中で、いや自分の脳裏で浮かんでいたのは、「杜甫『登高』」だったのです。
 実は、この詩は私がそんなに好きだとは思えない詩でした。だから私は驚いてしまったのです。この詩は以下の通りです。

   登高 杜甫
  風急天高猿嘯哀
  渚清沙白鳥飛廻
  無辺落木蕭蕭下
  不尽長江滾滾来
  万里悲秋常作客
  百年多病独登台
  艱難苦恨繁霜鬢
  潦倒新停濁酒杯

 そして、私が自分の口の中で読んでいたのは以下なのです。

  風急に天高くして猿嘯(えんしょう)哀し
  渚清く沙白くして鳥飛び廻(めぐ)る
  無辺の落木は蕭蕭として下(くだ)り
  不尽の長江は滾滾として来たる
  万里悲愁常に客となり
  百年多病(たへい)独り台に登る
  艱難(かんなん)苦(はなは)だ恨む繁霜の鬢
  潦倒(ろうとう)新たに停む濁酒(だくしゅ)の杯

 私はけっして、それほど杜甫は好きではなく(このとき寸前までは)、そして「これは吉川幸次郎の書き下しじゃないか(少し違いますが)」と思い驚いたのです。それまでは、私はけっして吉川幸次郎先生のいい読者とはいえなかったのです。
 でもこのときに、それから長女の家に行くまで、私は杜甫を考え、吉川幸次郎先生を思い、この詩を思い、杜甫の登る山(小さな山でしょうが、丘かもしれません。それとも塔みたいなところに登るのかもしれません)を思いました。
 やはりこの詩は世界で最高の詩だと思います(私にはそう思えます)。そしてまた私には杜甫が世界で一番優れた詩人だと思えるのです。