将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:東京北区王子

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 いくつも画像を手に入れていました。それをここにあげていきます。インターネットで「東京北区王子」と入れたら、いくつもの画像が出てきました。そのごく一部がこれなのです。16042409
 大昔からなじんだ風景です。もちろん、みんな歩いて見ている風景です。16042406
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10091811 私はほぼ毎日この王子の家から、王子駅まで行く時に、いつも柳田公園を通ります。公園の中をいくも斜めに横切るのです。
 今朝、私はいつもツイッターを書いてUPしていたら(私はブログでもツイッターでも、まずエディタで書いてからUPします。直接は絶対にUPはしません)、くしゃまんべの竹内正則さんのサイトを見ているうちに、その竹内さんが新しく開設された以下のページを知りました。

 http://blog.goo.ne.jp/yanagida_park
   東京北区の柳田公園にある不思議な遊具

 それで、もちろん読んでいて感心いたしまして、ここのサイドバーの「東京都北区王子のウェブサイト」に載せたものです。実に竹内さんが載せている写真も、私はいつも見かけますものですから、嬉しくなりました。でも、この遊具も取り壊されてしまうのですね。
 この柳田公園は、私には1968年の2月20日の王子野戦病院撤去闘争の集会で始めて来たものです(でも当日は、王子駅前から機動隊に襲われ、散々なあと公園に到着できたものでした)。
 そのあとは、何度かの王子闘争で来たあと(3月28日が大きな闘争でした)、その後何度も別な用でこの公園を訪れ、そして何故か結婚して、またこの公園を通るようになり、またその後30年くらいを経て、またこの公園を通るようになったものです。
 この写真の遊具も、私の二人の娘とよく遊びました。また2年くらい前にまだ1歳のポコ汰をあの遊具に乗せて遊んだのですが、私が滑り台ですべるのに、少し怖かったものでした。もうじいじなのですね。
 あれが無くなってしまうのかと、大変に驚いてしまいます。

 とにかく、こうしたサイトを立ち上げてくれまして、こうして画像(二番目の画像です)で見られて嬉しいです。

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 きのう夕方妻に言われて、王子駅前の東武ストアへ買い物に行きました。自転車で王子の駅前を走りながら、私は自分の住んでみたいくつもの故郷を思い出していました。そのときになにかがつかめたような思いになりました。

 私はこのところ、何度も我孫子の自宅に帰り、そこから自転車に乗って母の入院しているつくしの病院へ行きます。いつも、病院までいく途中のいくつかの森では、春なのでしょうね、いつも鶯の啼く声が聞こえます。いや、病院に行くときばかりではなく、私が北柏から自宅へ帰る際にも、このところはいつも鶯の声が聞こえます。
 この鶯の声は、私の我孫子の家でいつも聞いていたものでした。私は父は、春になると庭に来る鶯を何羽も捕まえて、雌はすべて逃がし、雄だけを檻に入れて、テープで鶯の啼く声を聞かせて(ただし、いい声で啼く鶯の声)、それを覚えさせて、その声を楽しんで、また5月中旬になる頃、「また来年おいで!」と庭から空に放つのでした。
 私の娘二人が小学生の頃、「おじいちゃん、きょうも鶯を捕まえたよ」というので、「そんな馬鹿なことはない、野性の鳥が簡単に捕まるものか」と言っていたのですが、娘たちと、本当のことかと確かめに、日曜日の朝から行きましたら、父の家の庭の池の石垣の上で、簡単にとらえられる鶯をこの目で見たものでした。
 父は名古屋に住んでいたときから、野鳥を飼い始め、とくにめじろとうぐいすはよく家で飼っていました(あ、今は飼ってはいけません)。その他の鳥の何種類も何羽もいました。
 ところが、この我孫子では、もう鳥屋に行って買うのではなく、自分でこうして捕らえるようになりました。しかも実に簡単にです。そしてまたそのうちに自然に空に還します。
 いや、実をいえば、我孫子という街は野鳥の宝庫です。だから私の父の家の庭には、もうたくさんの鳥が来ていました。ただし、私は鳥なんかにまったく関心がありませんから、全然気がつきもしませんでしたが、父はいろいろな思いを抱いていたものでしょう。

 今は父はもういませんから、私たちは誰も何も判りません。ただ、こうして母の入院している病院に行くときに、鶯の啼く声をきき、さらにその病院までのあらゆるところで、いくつもの野鳥におめにかかります。やはり、この我孫子というのは野鳥の宝庫です。今も驚くほど多くの野鳥をあちこちで私の走るすぐそばにいるのを感じています。

 ただし、こうして野鳥を目の前にしても、その声を聴いたとしても、しょせんは私です。少しもたいした感動はありません。いつも、「さすが親父が選んだ街なんだねえ」と、思っているだけです。

 だが、私は昨日も王子の街を自転車で走っていて、いくつものコンビニを目の前に入れながら、どうしても、こうした王子のような街のほうが好きになるのです。それで昨日自転車の上で、私が過去住んだ街をいくつも思い出しながら比較していました。
 私は記憶ある子どものときから、いわゆる田園のある田舎というようなところには住んだことがありません。みな大都市の住宅地か、大都市の都心部です。もの心ついてから住んだところを比較してみます。

1.大都市の住宅地 秋田市で2つ住んだところ、札幌市南区(あの頃は区ではなかったけれど)、名古屋市南区若草町、鹿児島市原良町、横浜市港北区篠原町、浦和市2カ所 船橋市湊町 我孫子市台田の4カ所

2.大都市の都心部 名古屋市千種区今池 名古屋市北区大曽根 鹿児島市東千石町、東京都電早稲田駅近く 東京北区王子

3.どうみても上二つと違うところ 府中刑務所 沖縄県久志村

 ええと、3はいわば私の中で例外のところでしたが、1と2が私が住んだ一番の故郷です。そして私は、昨日自転車の上で感じていたのは、「俺はもう、2の都会の都心でないと嫌だなあ」ということなのです。鶯の声が聞こえるのはいいけれど、そんなことよりも、もう私は都会の都心がいいです。
 このことを、もういつも如実に感じています。

 いや、このことをまたいくつも書いていくべきだなあ、と思っています。私は都会の都心で、コンビニがそばにあれば、そこが一番住みやすいです。そのことを今大きく感じています。

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 私がいつもこのブログの画像をUPしていますが、それはもちろん、それ以前に撮りましたものです。周のケータイブログは、ケータイで書いてそれをすぐ前に撮りましたものを添付するわけですが、でもケータイの場合は、どこでもすぐに書けますが、ケータイのデジカメをいつでもその場で撮るというわけにはいきません。
 それで、ケータイのデジカメでも、いつも持っているデジカメでも、画像をUPしてしまうときに、「あれ、これはいつのどこの画像だろうか?」と思うことが、それこそ怖ろしいほどいつもあることです。
 でも画像のもともとには、日時が明記されているので、それで「あ、そうだ、これはあそこで撮ったんだ」と理解ができます。
 でもデジカメを見ても、「え、これは桜の画像だが、一体この時間に俺はどこで撮っていたのだろうか?」ということが多々あります。まあ、夜飲んでから撮るものは、「あ、しかたない、俺は酔っているな」で、済むのですが、そうでない画像もいくつもあります。
 何故か、昨日午後3時すぎにいくつもの桜の画像があります。「あれ、なんでこんな画像があるんだろう?」と私は不思儀で堪りませんでした。

 でも今判りました。
 私は昨日午後3時すぎ突如北都税事務所に行く用ができました。いえ、ある書類をもらうのですが、そしてインターネット上でもその書類はもらえるのですが、それをダウンロードしてから印刷すると、どうしても美的に私は寛容できないのです。
 それで、私は自転車で走りました。

 でもそうすると、あちこち桜が綺麗です。そして誰もその桜の樹の下で飲んでいるわけではありません。
 そして、その事務所に行きまして、そしてまた係の方の前でぐずぐず言って、そして私は、目的のものを手にいれて、また帰ります。でも帰るときには、やはり桜の画像を撮ります。風が強い日でそういう風の強い時間でした。でもいくつも桜が綺麗でした。
 そして明るい日でした。東京都北区は、王子はたくさんの綺麗なところがありますよ。

 いいところです。

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660e3b9c.JPGいくつか買い物があります。

  写真は昨日朝7時代の柳田公園です。あ、それでこれは柳田公園を通りすぎて、振り返って撮りました。

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