将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:東京日和

11110908 カクテルというと、私は「ドライマティニ」しか頼みません。バーへいくとウィスキー飲んでいても、必ず頼みます。最初「ドライマティニ」と注文して、次に「もっとドライに」といいます。バーテンさんはけっこう一生懸命に作ってくれます。そこで、「チャーチルはベルモットの瓶を横目でにらみながらジンを飲んだ」なんて話をしながら、さらに「もっとドライ」といい続けます。しかし4杯目には、いわなきゃいいのに、「結局ジンストでいいんだよ」などと言ってしまい、ここでいっきにくずれてしまいます。たしかに、ドライマティニとジンストは同じようなものでも、赤坂の高級料亭と御徒町ガード下の飲み屋ほどの落差がありますね。
 それにしても、いつもおいしいマティニにはなかなかお目にかかれません。それでも私があちこちで飲んで、一番美味しいと感じたドライマティニの飲めるバーがあります。

店 名 カメリア
住 所 100-0005 東京都千代田区丸の内1-9-1
    東京ステーションホテル内
電 話 03−3214−9052
営業時間 午後4時30分から11時まで
     午前11時30分から午後9時まで
定休日 日曜日・祝日

 場所は、東京丸の内南口出た、東京ステーションホテルの一番の南側ですから、すぐ分かると思います。待合せにいいですね。ただしこんでいて、バーの中に入れないこともあります。それでもホテルの駅構内が見渡せるところで飲むことができます。
 ここで飲んでいるといろいろなこと思い出します。この東京駅から京都方面に行ったときのことです。そんなことを思い出すためにも、あのバーはあるのでしょうね。また私は何処からか帰ってきたときにも、よくあのバーに寄ります。東京駅に帰ってきてほっとして、さて家まで帰るその前にまず一杯なんて考えるわけです。でもそれで結局家まで帰らず飲み続けたことがありましたが。
 また以下の映画でも、このバーでのシーンがありました。

   東京日和

 この映画の中で、私が一番好きな場面です。それとこの映画でも、ステーションホテルから見ている画像もありますが、あの東京ステーションホテルも私は好きです。私が新聞記者のときに旅行関係の団体の会合の取材で、始めてあのホテルに入りました。東京駅の丸の内側にあんなホテルあるのを知らなくて、感激しました。その後は、何度かいろいろなことで行く機会があります。そしてそのあとすぐあのバーを知りました。その頃から1年に2度くらい行っているでしょうか。
 ここはひとりで行くか、友人と二人でいくのにいいお店ですね。

b6dcbe36.jpg  テレビで映画の「東京日和」を見ました。
  私も「周の映画館」に書いているわけですが、いくつものシーンを忘れ果てています。

  陽子(中山美穂)が道で車に引かれてしますシーンでは、私は「ワッ」と声をあげて涙を流していました。

 ひさしぶりに画面で、久我美子を確認していました。「あ、久我美子だ!」なんてです。

10110903題名  東京日和
封切 1997年10月
原作 荒木陽子、荒木経惟
監督 竹中直人
配給会社 東宝
キャスト
 ヨーコ   中山美穂
 島津    竹中直人
 水谷    松たか子
 高橋    田口トモロヲ
 外岡    三浦友和
 阿波野   森田芳光
 バーのママ 中島みゆき
 車掌    荒木経惟

10110902 私は中山美穂という女優が少しも好きではありませんでした。だがこの映画を見た途端に、ファンになってしまいました。この映画は彼女のためにこそあるような気になってしまいました。
  この映画では、東京で普段見慣れている風景がいくつも出てきます。私の御茶の水の事務所の周りを島津がカメラを持って歩いている姿がいくつもあります。映像の中に、それがあまりに普段接している風景なので、ハッとしてしまいます。そしてそれは私もまた好きな風景なのです。

  何を書けばいいのだろうかと迷います。
  男女の愛というのは、何なのだろうかなんて考えました。恋というのは、互いに同じ程度に惹き合うわけではありません。50%と50%で愛し合う関係ならいいのでしょうが、時間の経過の中ではそんなことばかりではありません。そして互いに二人だけの関係ではなく、その二人にはたくさんの他の要素が関わってきます。時代の情況もあるし、家族や職場の人間関係もあります。

 私も激しく恋をした気でいます。私が一方的に惚れて、一方的にいろいろな関係を作ってしまいました。ただ今から思えば、私の相手にとっては、私の身勝手に哀しい思いばかりだったでしょう。私が100%惚れているということで、私こそが相手のことばかり想っているのだと思い込んでいましたが、相手のほうも、私のことを必要とする時には、私のほうが、まったく別な世界にばかり向き合っているということがあったことだと思います。それこそ、哀しい思いばかりさせてしまったことでしょう。

 ヨーコ「あなた、私に、やさしすぎやしない?」
 島津 「…………え?」
    「ちょっと待ってよ。どういうこと?」
 ヨーコ「え?」
 島津 「やさしすぎるって……それ、どういうことなの?」
 ヨーコ「………」
 島津 「え!?」
 ヨーコ「見ないで欲しいのよ、私のことを、そんなに」

 島津とヨーコの二人きりの部屋での会話です。このヨーコの最後の言葉を解説するのは難しいなと思います。だが、女であれ、男であれ、二人の愛のある瞬間には、こうした言葉を出したい思いのときがあるのではないでしょうか。

  私が一番好きな場面は、島津とヨーコが東京ステーションホテルでデートするシーンです。私自身もあのホテルが好きなのです。そしてそのホテルの中にあるカメリアというバーでのシーン、バーテンと島津の会話がなんだかほっとします(いやバーテンは「暗くないですか?」というだけですが)。ときどきあのバーで独りで飲んでいる私は、なんだかあんなゆったりした時間がほしいからそこにいる気がします(もっともなるべく時間を考えないと、あそこは混んでいて困ります)。
 南口の構内から見上げるヨーコを島津がホテルの廊下からカメラを向けるところなんか、私には一番好きになれるシーンです。あのように、私も自分の好きな女性(ひと)を見ていられる瞬間があれば、それこそ人生は最高ですね。

10110904 この物語はひたすら二人のことしか描きません。二人が相手のことだけを想って、それだけで生きられるならいいのですが、実際にはそれではすむわけがありません。私たちの場合には、それが時代の情況であったり、生活をしていくことへの苦難だったりしました。このヨーコと島津の場合には、二人のことだけで終始することができないことが、やがてヨーコの死に至ります。これは悲しくて堪らないことなわけですが、これで島津はきっと何かの世界を獲得できるきっかけをつかんだといえるのではないかと思います。私もそうだったのかもしれないな、なんて思いがしてきました。恋の相手を失うことは、計り知れないほど悲しいことではあるけれども、なんらかのことを自分にもたらしてくれたような気がしています。

 この映画を私はビデオにて2度見ました。一度目は妻と二人で、2度目は家4人全員で見ました。
 でもいい映画というのは、何度も見ると、そのたびに新しいなにかを発見するものです。
 映画というのは、実際に映画になるものよりも、その数十倍、数百倍のフィルムがあるわけでしょう。だから放映されないでしまうシーンがたくさんあるわけです。それとシナリオにはあっても、無くなってしまうところがあったり、違う展開になる場合もあるのでしょう。そんなところを想像していくのも面白いものです。

 柳川でのシーンもひまわりの花も何もかもがいいですね。(1998年のいつかビデオで見ました)

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